第四話‐②
場所は日の高い時間でも賑わう酒場の中。
依頼掲示板に貼られた『勇者大募集!』の依頼表には名前どころか触れられた形跡すらない。それを確認した私は隣で立ち尽くすリリィに視線を移した。
「………。」
「り、リリィ…。顔、凄く怖いよ。」
「大丈夫。ちょっと睨んでただけだから。……なんで…なんでこんな素晴らしい依頼を誰も受けようと思わないのかしら……勇者からなのに……。」
目を細めながら依頼表を睨みつけるリリィ。こんな怖い顔は見た事ない。
そんな私達を他所に腰に剣を下げた者や如何にも旅人みたいな人達が次々と貼られた依頼表を取っていく。勿論、掲示板の中心にある私達の依頼表なんて目もくれずに。
「………。」
「リリィ…。あの人達を睨んでもしょうがないでしょ。」
「…そうね。こんな偉大なる依頼をこなす度胸もない奴を睨んでもしょうがないわ。」
「そういう事を言ってるんじゃないんだけど……。」
「そうね。こんな事をしてる場合じゃないわ。…そもそも依頼表で集めようとしたのがダメだったわ。時間が掛かるだけで無駄だわ。こういう時こそ、直接交渉しないといけないわよね!さぁ、行くわよ!!」
「だ、だからそういう意味でも……、」
「すみませ~ん。仲間になってくれませんか~?」
「あぁ!もう声掛けてる!!」
気付いた時にはもうリリィは掲示板近くにいた男性二人組に声を掛けていた。若い男性二人組だが、肩幅も体つきも大きく…如何にも強いそうな人達だ。
「ん?仲間?…あぁ、悪いな。俺達今、二人で依頼を受け持っていてさ……今の依頼でこれ以上仲間を増やすのは無理なんだよ。」
「悪かったな、お嬢ちゃん。」
「そうなんですかぁ~…残念です。…じゃあ、この辺で強そうな人とか知りません?」
「リリィ!…す、すみません!急に変な事を聞いて……!」
「いや別に気にしてないが……強そうな人か。…んー…いたかな。」
「そうだな……あ、アイツはどうだ?クロトとか。」
「「クロト?」」
男性が出した言葉に私とリリィの声が重なる。重なった事に驚いて思わずリリィと目を合わせるとリリィが先に男性に視線を移した。
「クロトって?」
「剣士のクロトだよ。半年くらい前だったか……この街に来て以来この辺の村や街を回って依頼をこなしてる奴なんだよ。」
「高難度の依頼を一人でやり遂げる凄腕剣士さ。恐らくアイツがこの街で一番強い奴なんじゃないかな。」
「凄腕剣士……うん、私達の仲間にピッタリの肩書きじゃないの…!」
「リリィ…まさか、そのクロトっていう人を仲間に…?」
「当たり前じゃない!早速クロトを探して仲間になってもらいましょう!」
「あー……それは無理かもしれないなぁ。」
「え、なんで?」
「アイツの剣の腕は確かだ。アイツの実力を買って仲間にしたい奴も沢山いる。だけどクロトはそれらの話を全て断って、今の今までずっと一人で依頼をこなしてる。」
「かく言う俺達も一度クロトに仲間にならないかと誘ったんだが……断られちまったよ。」
「そうなんですか…。」
「益々いいじゃない。強くて他の人達が誘っても決して話に乗らない、揺らがない精神力……益々欲しくなった。」
フフフと怪しげに微笑むリリィ。本当…毎回思うけど、リリィのその自信はどこから来るのだろうか。話聞く限り私達では難しそうだけど……。
「あ、噂をしたら……ほら、アイツがクロトだぜ。」
「え。」
「どれ!?どの人!?」
「ほら、あそこ。今酒場に入ってきた奴だよ。」
男性に言われ私とリリィは酒場の入り口に視線を向ける。するとそこには一人の男性の姿があった。
腰に剣を下げ、黒い服装に黒いマントを羽織った黒髪の男性……って、あれ?
「あの人って……、」
「なんだ、知り合いか?」
「あ…以前魔物に襲われた時に助けてもらったんですよ。まさかあの時の人が……、」
噂のクロトって人だったなんて……。初めてこの世界に来た時、魔物に襲われた所を助けてくれた。その後も初めて訪れた村でも一度顔を合わせた事がある。
そして今日は仲間を探している所で……一度ならず二度、三度もあるなんて。しかもそれが剣の腕が十分にある強い人だったなんて……でも考えてみれば魔物を一撃で倒したりしていたし、強い人なのは確かなのだろう。
……本当、偶然って本当にあるんだ。
「確かあの人って魔物狩りって奴だっけ。ねぇ、リリィ。…あれ?さっきまで隣にいたのにいなくなって…、」
「ねぇ、貴方。勇者の仲間になりたくない!?」
「え!?リリィ!?」
別の場所から聞こえるリリィの声に視線を声のした方に向けると男性…クロトさんに声を掛けているリリィの姿があった。
ほ、本当に行動が早すぎる…!
「………。」
「ねぇ、貴方。この辺で凄腕なんでしょ?世界の為にその力、貸してくれないかしら!?」
「………。」
「ちょっと、聞いてるの?さっきから無視してんじゃ……むごごごごご!!」
「ご、ごめんなさい!いきなり話しかけちゃって…!リリィ!いきなり過ぎだって!失礼でしょ!?」
あまりにも上から目線で物言うリリィに私は急いで駆け寄り、リリィの口を後ろから手で押さえる。本当にいきなり過ぎて失礼だし、無視されるのは当然だ。
「そ、その…すみません。急に……この子の言う事はあまり気にしないで下さい。えっと…、」
「……お前が、」
「え?」
「お前が、勇者なのか。」
「……は、はい……一応…。」
「………そうか。」
そうしてクロトさんは近くにあった椅子に腰を下ろした。
……は、初めて声を聞いてしまった。しかも内容が勇者かどうかだなんて……。表情がないから何を考えてその質問をしたのか分からない。
…全く読めない。
「むぐぐぐ……ぷはぁ!もう!マツリ!いきなり口塞がないでよ!」
「あ、忘れてた。ごめん。」
「もう…いいわよ。…それより、クロト。マツリの事聞いたでしょ?彼女は勇者なの。貴方が仲間になってくれたら、これからの旅、心強いわ。だから仲間になって頂戴。」
「………。」
「貴方凄く強い剣士なんでしょ?貴方の力があれば魔王にだって対抗できる。魔王を封印する事が出来る。だから、」
「勇者だぁ?魔王だぁ?……何言っているんだ。」
「「!!」」
別の方向から男の声がした。突然の声に私とリリィは驚く中、私達に大股で近づいてくる男性がいた。
私と変わらない身長に髪と同じ金色の立派な髭を生やした小太りの男性だ。両脇には男性を守る様にして二人の背の高い男性が立っている。
私達の近くまでやってくるとフン、と鼻で笑いながら口を開いた。
「何をおとぎ話を話してるのかと思ったが……クロトを仲間にしたいと言い出すとは……バカげた事を言ってるものだなぁ。」
「…何よ、このジジィ。」
「リリィ…!」
「いい、いい。どうせ世間を知らない田舎者なのだろう。だから勇者等とおとぎ話を未だに信じている。可哀そうな子だ。」
「ハァ!?馬鹿にしてんの!?この小太りジジィ!!」
「貴様!一度ならず二度までも……失礼だぞ!」
「この御方はアステリ一番の商人、グラミク様の御子息、グラニフ様だぞ!」
二人の男性に紹介された男性…グラニフさんは自慢げに胸を張りながら、にんまりと笑みを浮かべる。
アステリ一の商人の息子……確かに聞くだけだと凄い人、なんだろう。だけどその凄さは異世界から来た私には伝わらなくて……反応出来なかった。
そしてそれはリリィも同じらしく「ハァ」と小さく溜め息をつくと真っ直ぐグラニフさんに視線を向けた。その表情は心底つまらなさそうだ。
「…で?」
「な…だ、だからこの方は凄い方であるから、失礼な態度だと…!」
「だって私知らないもん。そんな奴。」
「な…!」
「リリィ…直球過ぎだよ…。」
あまりにも興味のない反応を示すリリィに思わずツッコんでしまった。対してグラニフさんはというと眉間に皺を寄せてピクピクと顔を動かしている。その表情は怒りを我慢している…様に見える。
「ふん。い、田舎者なら仕方ない。…それよりも、だ。お前、クロトを仲間にしたがってるみたいだが…諦めるんだな。」
「なんで諦めないといけないのよ。」
「それは簡単だ。私がクロトを仲間にするからだ。」
「は!?」
「クロト、こんな奴より私と共にこい。金ならちゃんとある。だから私と仲間になり、用心棒として私と共にこい。」
驚くリリィを無視してグラニフさんが座るクロトさんに声を掛ける。だがクロトさんは無視しているのか表情を変えずにテーブルに置いてあるメニュー表を手にとり開いた。
「ふん。相変わらず頑なな奴だ。だが、その強さ…私はとても欲しいのだ。こんな夢見る子供の仲間になるより私と仲間になる方がよっぽどいい。」
「ちょっと!それ、どういう意味よ!!」
バンッ!!とクロトさんにいるテーブルに手をつくリリィ。ちょ、ちょっと、そこクロトさんいるんだから迷惑になるんじゃ……!
「夢見る子供ですって?冗談じゃない。現実を見ずに勇者の事を信じていないアンタの方がガキじゃない!そんな奴の仲間になったら頭までガキになっちゃうわよ!!」
「何を馬鹿な……夢物語だろう。勇者なんておとぎ話じゃないか。現実を見るのはお前の方だ。」
「だから、実際に勇者はいるし!てかその勇者を召喚したのが私だし!おとぎ話じゃありませんー!!」
「ほう!それならその召喚された勇者というのは誰だ!?まさかそこの女じゃないだろうな!?こんなどこにでもいる様な奴が勇者なんて笑わせてくれるぞ!」
「私ならまだしもマツリの事を馬鹿にしてんじゃないわよ…!!」
「り、リリィ!落ち着いて!グラニフさんも…ここ店内なんだから、もう少し穏便に……。クロトさんにも迷惑が……、」
「大体、勇者なんて話皆が信じていると思っているのか?信じる訳ないだろう!…ここにいる者達の中で、勇者がいると思っている奴いるか!?えぇ!?」
酒場の中で響くグラニフさんの声。その声と言葉にざわついていた酒場の中が更にざわつく。その中には小さく笑う声が聞こえる。
「勇者だって?確か伝記に載っている世界を救ったってやつだろ?」
「そんなの昔話だろ。てか創作だって俺聞いたぜ?」
「あの子、勇者を信じてるんだって。」
「えー…実際にいないのにねぇ。可哀そう~ふふふ。」
嘲笑う様に、中傷する様に言葉の棘をリリィに向ける。その言葉達にリリィは唇を噛みしめながら顔を背ける。
「リリィ…。」
握られた拳は見ているこちらが痛くなる程強く握りこまれ、震えている。
勇者の事、魔王の事、この世界の事……リリィから全て聞いた話は別の世界から来た私にだって信じられない話だ。だって想像つかないもの。それこそグラニフさんが言った様におとぎ話みたいだ。
けど……リリィは私を信じてくれた。何も出来ない私を勇者として信じて一緒にいてくれたのはリリィだ。怖くて、不安で、どうなるか分からない私を支えてくれたのはリリィだ。
そんな健気で、強引で、自信家で…けど、心強いリリィを馬鹿にするのは……許さない。
「すみません、グラニフさん。私のせいですね。」
「何?」
「マツリ…?」
「私がもっと勇者らしかったらグラニフさんもこんな事言わずにすんだのに……勇者らしくなくてすみません。」
「な、何を言ってるんだ……ま、まさか自分が勇者だと言ってるのか?」
「はい、そうですよ。私はここにいる偉大な魔術師の家系で天才美少女魔術師であるリリィによって召喚され、異世界から来た勇者ですよ。」
「は……ははははは!!な、何を馬鹿な事を…頭がおかし…、」
「嘘だと思うなら占いの館にいるマルサに聞いて下さい。マルサは私を見て、この世界の人間じゃないと…勇者である事を認めてくれました。マルサはこの国で認められた占い師、なんですよね?そんな凄い方を否定するのならばどうぞ、お好きに。」
「な…!」
言い返されたのが信じられないのか、それとも私の話を信じられないのか口を開きながら絶句するグラニフさん。
「マルサが言ってたって本当?」
「そんなバカな……でも本当だったら、あの女の子達が言ってる事は本当って事になる。」
「信じられないけど…マルサを否定するって事は女王を否定する事になる。…怖くてそんな事出来ないよ、私。」
そして酒場の中も冷やかしている空気から、困惑する様な声に変わる。どうやら私が言った事が効いてるみたいだ。…いや、どちらかというとマルサの存在のおかげ、かな。
「馬鹿にしたければどうぞ、お好きに。けど馬鹿にするならリリィじゃなくて勇者本人である私に言ってください。」
「マツリ…。」
「リリィも…一人でかっ飛ばし過ぎ。いつもの自信家はどこいったの。散々私に勇者だって言って信じ込ませたのはどこのどいつ?そんな人が大衆の声に飲み込まれてどうするの。それに喧嘩する為に来たんじゃないんでしょ?」
「……そうね。そうだったわ。私は喧嘩しにきた訳じゃない。強い仲間を探してたの。勇者と共に魔王を封印してくれる心強い仲間を、ね。」
「という訳で」とリリィは再びクロトに顔を向けると一呼吸を置いてから口を開いた。
「もう一度言うわ。クロト、私達の仲間になって。仲間になって魔王の封印を手伝って頂戴。」
「な、何を抜け駆けしている!私だってクロトを仲間にしたい!クロト、こんな小娘達より私を選べ!!」
「………三百万。」
「「え?」」
開かれたメニュー表が閉じられ、クロトの視線が私達に向けられる。灰色の瞳が真っ直ぐ向けられる。
「明日の朝までに三百万ベルを用意した方の仲間になる。」
「「さ、三百万ベル!?」」
「話は以上だ。」
絶句するリリィとグラニフさんを他所に、クロトさんは椅子から立ち上がるとそのまま酒場の入り口に向かって歩き始めた。
そんなクロトさんに私は「あの!」と咄嗟に呼び止めてしまった。
「ど、どこに?」
「宿に戻る。こんな所では落ち着いて食事も出来ないからな。」
「お、仰る通りで……。」
「話はそれだけか。」
「え、」
クロトさんの灰色の瞳が私の瞳を捕える様に視線が交わる。鋭く、冷たく、何も読み取れないクロトさんの瞳。
けど、私の全てを見透かしている様な……そう、マルサと同じ様な瞳をしている。
「その……い、嫌なら嫌って言っていいんですからね。」
「……は?」
「そりゃあ噂になる位クロトさんは強いし仲間になってくれたら心強いです。けど、嫌なのに無理して仲間になる必要はありませんからね。」
「………。」
「クロトさんの人生なんですから、クロトさんがしたい事をして下さい。だから、」
「……変わってるな、お前。」
「え?」
「俺は金さえ貰えれば、それでいい。…用意出来ればだがな。」
「あ…、」
そうしてクロトさんは酒場を後にした。何とも不思議というか…考えが読めない人だ。
……変わってるのかな、私……。自分で言うのもなんだけど普通だと思うんだけどなぁ……。
「で、でも条件を出してくれたし、案外いい人なのかもしれないね、クロトさんって……て、うわあ!!ふ、二人共どうしたの!?」
「さ、三百ベル……。」
「そ、そんな大金を……あ、明日の朝までって……。」
振り返った先にあった光景は正に絶望だった。さっきまでの威勢はどこにいったのかリリィとグラニフさんは膝をついて真っ青な顔をしていた。心なしかグラニフさんのお供の人も顔色が悪い様に見える。
「リリィ、だ、大丈夫?」
「三百…三百って……、」
「その…私この世界のお金事情をよく分からないから聞くけど……三百万ってどれ位なの…?」
「……大金よ。それも田舎だったら家買える位のね。」
「へ。」
「それをあの男……明日の朝までに用意しろって……鬼よ、悪魔よ……!!」
恨む様にして頭を抱えながら言うリリィ。……流石今まで誘いを断ってきた人の言う事は違う訳だ。条件を出してくれたとしても、そう簡単に仲間になってくれないという訳だ。
「ま、まぁ…そんな大金集まる訳ないし、今回は諦めるしかな……、」
「は?何言ってるの?やってやるわよ。」
「え、」
「こんな無茶な要求をしてくるなんて余程自分の腕に自信があるみたいね。いいわ、その勝負……乗ってやるわよ!!」
「り、リリィ…!?で、でも大金なんでしょ?そんな簡単に集まる伝手でもあるの?」
「私の今まで溜めた持ち金が五十万程あるわ。」
「ぜ、全然足りないじゃん!!」
「全くない状態よりマシでしょ!?もしかしたら奇跡が起きて、これが三百万になるかもしれないし!!」
そ、そんな奇跡が起こる訳ないでしょ!?てか半分自暴自棄になってない!?
「ふん…確かに、これは私達に与えられた試練ともいえよう。…いいだろう、この勝負…私も乗ってやろう!!」
「ぐ、グラニフさんも!?そ、そちらも何か伝手があるんですか…?」
「ふん。そんなもの親に頼んで用意してもらうまでよ。まぁ、その為には色々と説得せねばならないがな!」
偉そうに言ってるけど親に頼むとか最低な考えだ!この人!!
「絶対三百万ベル用意して、私達があの男を仲間にしてやるんだから!!」
「それはこちらの台詞だ!!」
「「フン!!」」
互いに睨み合うと一斉に視線を逸らしたリリィとグラニフさん。ま、まさか諦める所か諦めず、それどころか勝負心に火がついてしまうなんて……。
ていうか本当に二人は三百万を用意しようというのか……こんな無謀で無茶な事を本気でやろうとしているの?
「さ、行くわよ!マツリ!宿に戻って作戦会議よ!!」
「え!?ちょ、ちょっと!!」
リリィに手を掴まれた私はそのまま引き摺られる様に無理やり歩かされる。後ろではグラニフさん達もお供の男性達に向かって何か話しているのが見える。
……絶対に無理だよ。二人とも自暴自棄になり過ぎだよ……。
謎のやる気と自信に満ち溢れているリリィに私は半分…いや、八割程諦めている状態で手を引かれながら、宿へと戻った。