第1話「追放」
この作品は——
種族スキルゼロの転生者が、立ち回りだけで全員ねじ伏せる話です。
チートスキルはありません。
天才的な魔力もありません。
神様からの加護もありません。
あるのは前世の廃人ゲーマーとしての「読み」と「判断」と、ちょっとした外道さだけ。
それでも——誰よりも強い。
スキルという「補助輪」を全員が信じて疑わないこの世界で、補助輪なしで走り続けた男の話を、どうぞ最後までお付き合いください。
キーワード:転生・スキルなし・追放・ざまあ・成り上がり・領地経営・仲間
「カイト殿。本日付けで婚約を破棄いたします」
アリシア・フォン・ベルクハルト。
侯爵家の令嬢で、俺の元婚約者。
金色の巻き毛に翡翠の瞳。客観的に見れば美人なんだろうが、今この瞬間だけは顔より言葉の意味を処理することに集中した。
「種族スキルも持たない無能に、私の隣に立つ資格はありません」
隣に立つベルクハルト家の嫡男がせせら笑う。純血エルフ特有の長い耳が、優越感で微かに動いていた。名前はエルディア。三週間前から突然アリシアの周りに現れた男だ。
「お世話になりました」
俺は一礼して部屋を出た。
廊下を歩きながら、五年前のことを思い出していた。
---
この国で孤児として目覚めたのが、十二歳のときだった。
前世の記憶を持ったまま転生したのはいいとして、最初に困ったのは「金がない」「身寄りがない」「種族スキルがない」という三重苦だった。
田中悠人として生きていた頃の経験が一つだけ役に立った。
人を観察する癖だ。
廃人ゲーマーだった頃、対戦相手の動きを読むために人間の行動パターンを徹底的に分析していた。あの習慣は異世界でも使えた。
街で人を見ていると、力関係がよく見えた。
誰が金を持っているか。誰が誰に頭を下げているか。この街で生き延びるには何が必要か。
答えはすぐ出た。
後ろ盾だ。
ベルクハルト家の使用人募集を見たのは、転生から三ヶ月後のことだった。当時のアリシアは十二歳で、スキルなしの俺を見ても馬鹿にしなかった数少ない人間だった。
「スキルがなくても、人は人よ」
そう言ったアリシアを、俺は今でも嫌いになれない。
あの頃の彼女は本気でそう思っていたんだと思う。
使用人として雇われ、その後なぜか婚約者の話が出たのは一年後だった。ベルクハルト侯爵が「アリシアの護衛として傍に置くなら婚約者の形が都合がいい」と言い出したのだ。俺としては渡りに船だった。貴族社会のど真ん中に潜り込めば、この世界の仕組みがより深く見える。
婚約者という立場を得て半年が経った頃、侯爵から新たな話が来た。
「アリシアの護衛として、冒険者登録をしてほしい」
またしても渡りに船だった。冒険者になればフィールドに出られる。この世界の「戦い方の仕組み」を実戦で確かめられる。
登録したその週に、ソウマから声をかけられた。
「スキルなしでも入れてやる。その代わり荷物持ちな」
ソウマは同い年の剣士で、当時Cランクを目指していた。本人は温情のつもりだったんだろう。俺としては潜入先が増えただけだったが。
そうして二年間、荷物持ちとして——実態はパーティ全員の失敗を黙って補填しながら——冒険者をやってきた。
アリシアが変わったのはその頃からだった。
純血エルフの貴族たちと付き合い始めてから、彼女の言葉が少しずつ変わった。
「種族スキルは生まれながらの才能よ。持っていない人には、やはり限界があるわ」
かつてあれほど強く否定していた言葉を、いつの間にか自分の口から言うようになった。
エルディアが現れたのはその頃だ。純血エルフで上位スキル持ち。貴族社会では申し分ない相手だ。
三週間でアリシアの隣に収まった。
俺への婚約破棄は、時間の問題だったと思う。
「種族スキルも持たない無能に、私の隣に立つ資格はありません」
五年前に「スキルがなくても、人は人よ」と言った同じ口が、今日その言葉を言った。
別に責める気はない。人は環境で変わる。それも観察の中で学んだことだ。
ただ一つだけ思った。
(随分と、わかりやすい変わり方をしたな)
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廊下を三十秒ほど歩いたところで、元パーティメンバーのソウマが壁にもたれて待ち構えていた。
腕を組んで、少し目を逸らしている。らしくない態度だった。
「ちょうどよかった。パーティ脱退の書類、ここにあるから」
「あ、ありがとっす」
書類を受け取ってサインしようとすると、ソウマが口を開いた。
「……お前さ、本当に怒ってないの」
「怒る理由が見当たらないんすよね」
「俺たちお前のこと二年間散々こき使って、スキルないからって陰で馬鹿にして、それで今日追い出してんだぞ」
珍しく真っ直ぐ目を見てきた。後悔しているのか、それとも怒ってほしいのか。
どっちにしても、俺には怒る気がなかった。
「ソウマたちのおかげで二年間フィールドに出られたんで。むしろ感謝してるっす」
「……お前って結局なんなの」
「さあ」
書類を返すと、ソウマは受け取りながら小さく舌打ちした。
「次のパーティ、うまくやれよ」
「ソウマこそ」
背中越しに手を振って廊下を歩いた。
二年間、このパーティで俺がやっていたことをソウマは最後まで気づかなかった。
崩れた陣形を立て直すのはいつも俺だった。スキルを過信して突っ込んだメンバーを庇うのもいつも俺だった。それでも「スキルなしがいると流れが悪い」という空気になっていった。
見えないものは、存在しないと同じだ。
この世界のほとんどの人間が、スキルという「見えるもの」しか信じていない。
それがこの世界の最大の弱点だと、二年間で確信した。
その足でギルドへ向かった。
受付の中年男性が眼鏡を外し、おもむろに口を開く。
「カイト君。ベルクハルト家からの後援が切れた以上、君のギルド登録を継続することが難しくなった。スキルなしでFランク以上の認定を出した場合、ギルドの審査基準に反するという上からの判断でね」
「了解です」
「怒らないのか」
「なんで怒るんすか」
三連続で同じことを言われた日だった。
---
街の外に出ると、急に静かになった。
風が草を揺らす音。遠くで鳥が鳴いている。それだけだ。
俺——カイト。齢十七。種族スキル未発現。本日付けで無職。
ポケットの中を確認する。銀貨が十三枚。当面は生きていける。
五年間の観察で得たものは金じゃない。
この世界の仕組みを、骨の髄まで理解したことだ。
誰が誰を支配していて、どこに綻びがあって、何を使えば何が動くか。
全部、頭に入っている。
(さて)
空を見上げた。雲が流れている。
補助輪が全部外れた。
ようやく、本当の意味で自由になった気がした。
---
前世の名前は田中悠人といった。
享年二十三歳。職業は無職。死因は——ゲームしながら寝落ちしたまま、そのまま逝った。
我ながら最高の死に際だったと思う。
廃人と呼ばれるレベルでゲームをやり込んでいた。特にオンラインゲームのPvPが好きだった。格上相手に立ち回りだけで勝つのが、何よりも好きだった。
スキルに頼らず、読みと判断で戦う。
それが田中悠人の生き方だった。
(スキルって、要は補助輪だろ)
転生してすぐそう思った。そしてその確信は五年間で完全に証明された。
---
森の入り口に立った。
「久しぶりに、全力でやるか」
最初に反応したのは地面の振動だった。
重い。四足歩行。体重は三百キロ以上。——アイアンベアだ。鉄のような皮膚を持つ熊型の魔物で、並の冒険者なら即死コースの相手。
目が合った。
向こうが突進してくる。
俺は横に一歩ずれた。
ほんの少しだけ。でも完全に軌道の外側に出た。
(重心が右に傾いてる。前足の踏み込みが浅い。——右後ろ足に古傷があるな)
通り過ぎた瞬間、首の付け根に手刀を叩き込む。
神経の集中している一点だけを、正確に。
アイアンベアが前足から崩れた。
俺はその背中に乗り、後頭部に同じ動作を三回繰り返す。
どさり、と地面に伏した。
「一分かかったか。まあ初戦だし」
息が上がっていない。
次に現れたのはシャドウウルフが三頭。群れで動くタイプで、挟み撃ちを得意とする。
(正面の個体が一瞬遅い。群れのリーダーじゃない。——左から来る個体が指示役だ)
左の個体だけを先に潰す。
残り二頭が連携を失った瞬間、各個撃破。
四分。
二時間後、森の入り口まで戻ってきた。
返り血も浴びていない。服も汚れていない。
俺は空を見上げて、小さく笑った。
「これでずっと手加減してたわけだ」
五年間、スキルがないふりをして力を隠し、貴族社会のルールに合わせて生きてきた。
婚約して、パーティに入って、ギルドに登録して。
全部、この世界を理解するための五年間だった。
後悔は一つもない。
むしろ感謝している。
アリシアたちのおかげで、この世界の「倒し方」が完全にわかった。
「さて」
俺は次の街に向けて歩き出した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
この作品、スキルとか才能とか関係なく、純粋に"うまさ"だけで全員ねじ伏せる話を書きたくて始めました。
チートスキルなし。天賦の才なし。あるのは観察と読みと、ちょっとした外道さだけ。
それでも全員より強い主人公を、ぜひ最後まで見届けてください。
一つだけお願いがあります。
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