第14話 元勇者と暗殺娘と聖剣少女の昼ご飯ー2
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「……今、俺の飯に何を入れた?」
午後一時。サップちゃんと緋宮が協力して(?)台無しにしたスープを作り直し、ようやく昼食の準備が整った矢先のことだった。
またしても、俺の平穏を脅かす危機が訪れようとしていた。しかも再び食事関係で。
異世界から帰還して、毎日口にしていた毒性の強い魔獣の肉からおさらばできたと思っていたのに。油断も隙もあったもんじゃない。俺、前世か現世で何か大罪でも犯したんだろうか。
問い詰められた緋宮は、怪しげな赤い小瓶を背後に隠しながら、泳ぎまくっている視線を天井に飛ばした。
「……えっと、旨味成分、的な?」
「嘘をつけ」
かつての腕利き暗殺者の面影はどこにもない。もしこれが彼女の言う「暗殺のふり」だとしたら、あまりに拙かった。かわいいかよ。
だが、それとこれとは話が別だ。
「旨味成分、ねぇ」
ここで正論を叩きつけてもよかったが、ふと悪魔的な考えが脳裏をよぎった。
「じゃあ、俺はいいから、それは緋宮が食べなよ。ほら、交換だ」
「えっ、ちょっと待って。あ、あの……!」
抵抗する間も与えずマグカップを取り替えると、緋宮は「あうあう」と情けない声を漏らした。
「サップちゃん、お昼できたぞ」
ソファで丸まって寝ていたサップちゃんに声をかける。一連の騒動で疲れ果ててしまったらしい。こういう無防備なところを見ると、やはり子供っぽさを感じてしまう。
本人に言えばまた「ヤリ●ン」呼ばわりされそうだが。
「ふぁ……。ありがとうございます、マスター」
サップちゃんが大きな欠伸を噛み殺しながら席に着く。
「あ、あのね、悠里。ちょっと聞いてほしいことが……」
「いただきます」
「いただきまぁす!」
必死に弁明しようとする緋宮を無視し、俺たちは手を合わせた。
サップちゃんが元気よく食べ始める傍らで、緋宮だけは呆然とした様子で目の前のスープを見つめていた。どうせ、激辛パウダーでも入っているんだろう?
「どうしたのですか、緋宮? 体調でも悪いのですか? マスターが作ってくださった料理を残すなんて、万死に値する無礼ですよ」
サップちゃんのジト目が突き刺さる。
その言葉でようやく我に返ったのか、緋宮は震える手でスプーンを握った。
「ほら緋宮、冷めないうちに飲んじゃいなよ。せっかくの『旨味成分』が台無しだぞ?」
「う、うう……」
涙目で見上げてくる彼女の顔は、不覚にも俺の中のサディスティックな部分をくすぐった。いや、俺は決してそっちの属性ではないはずなのだが……この家にいると目覚めてしまいそうで怖い。
覚悟を決めたのか、緋宮が一口、スープを口に含んだ。
「――ッ!!」
刹那、彼女の顔が茹で上がったように真っ赤に染まった。
やはり中身は、殺傷能力はないが攻撃力の極めて高い激辛パウダーだったらしい。人にされて嫌なことは自分もしてはいけない、という道徳の授業のような展開だ。これには小学校教師もニッコリ。ぜひぜひ教科書に採用してほしい。
「か、から……っ」
「どうしたんだい、緋宮?」
俺がにっこりと紳士的な微笑を向けると、彼女は絶望の表情を浮かべたまま凍りついた。
……さすがにやりすぎたか。
少しだけ反省した俺は、自分の手元にある「無害な」スープを彼女の前に差し出した。
「ほら、飲みかけで悪いけど、俺のを飲めよ。俺はさっき味見したからもういい」
「マスター、それなら私のを……」
「いいんだ。ちょっと腹が痛くなってきたからさ」
「そうですか……?」
サップちゃんが不思議そうにこちらを見る。こうして間近で見ると、彼女の幼い顔立ちには、将来を約束されたような神々しい美しさが宿っている。……まあ、性格はアレだが。
一方、譲られたスープをじーっと見つめていた緋宮は、警戒と喜びが入り混じったような複雑な表情で頬を染めていた。
こんな結末になるなら俺も遊ばなければ良かったとも思うが、彼女の脆い一面を見られたのは、あながち無駄ではなかったかもしれない。
さすがの紳士、俺。
「ほら、そのスープは俺が貰ってやるから」
「……? マスター、お腹が痛いのではなかったのですか?」
「ん、ああ……一瞬で治った」
「さすがマスターですね」
適当な言い訳を並べて、俺は彼女が残した「地獄のスープ」を一口すする。
――うげっ。
思わず顔をしかめた。唐辛子をそのまま噛み潰したような、刺すような痛みが舌を襲う。だが、自業自得の部分もあるので文句は言わず、そのまま胃に流し込んだ。
「ほら、緋宮も早く飲め」
「……う、うん」
彼女は小さく頷くと、大切そうにマグカップを両手で包んだ。そして、恥ずかしそうに俯きながら、消え入りそうな声で呟いた。
「……ありがとう。もう、こんなことはしないわ。食材を無駄にするのは、良くないものね」
「分かればいいよ」
俺が静かに微笑むと、彼女も少しだけ口角を上げた。
……まあ、それはそれとして。
緋宮が仕掛けたスープは確かに殺人的な辛さだったが、その後味には、ほんの少しだけ甘い隠し味が混ざっていたような――そんな気がした。




