56.特別な夜を
最終話です!
「もういいのか?」
「え、ええ、十分ですわ。」
フィニアスがひどく残念そうな顔でフォークを置いた。エリーナは赤い顔をし、膝に両手を乗せた状態で硬直している。
(なんだかいつもと様子が違うわ。今日はどうしてこんなっ…)
エリーナは今ひどく混乱していた。
それもそのはず、ぴたりと寄り添ったフィニアスに、手ずから夕飯を食べさせられていたからだ。
言葉を選んで必死に固辞するエリーナを無視して、親鳥のようにせっせせっせと口に運んでいた。
咀嚼する姿を間近でじっと見つめ、口の中が空になるとまた食べ物を運ぶ。甘い笑みを浮かべたフィニアスは、それを繰り返していた。
「もう少し見ていたかったが。」
フィニアスが艶やかな笑みを浮かべる。凛々しい目元からは色香が漂う。その視線から逃げるようにエリーナが俯いた。
「あの、あまり揶揄わないでくださいませ。」
「本心だ。一日中見ていても飽きることはない。」
甘い顔でエリーナを見つめながら、彼女の細く長い髪を指で絡め取って口付けを落とす。唇を離しても目は離してくれない。
(ふぃ、フィニアスさまのくちびるが…一体何がどうなってこんなっ…)
真っ赤な顔をしたエリーナが狼狽した様子でフィニアスを見上げる。つい顔を見たものの、余計に気まずさが増して勝手に口が動く。
「あ、あの、い、いい、今のは…」
「迷惑だったか?」
微塵もそう思っていない声音だったが、エリーナは彼の本音に気付かず、焦ってぶんぶんと思い切り首を横に振った。
それを見たフィニアスが意地悪な笑みを浮かべる。俯いたままのエリーナの顔を覗き込んできた。
「それとも、唇の方が良かったか?」
「〜〜〜〜〜〜っ」
たったの一言なのに、その言葉に致死量の色気が込められていた。ぎゅっと唇を結んだエリーナが泣きそうな顔でフィニアスを見上げる。
何か言わなければと思えば思うほど、言葉が出てこない。こういう時、何と言うのが正解なのか分からなかった。ただただ、尋常ではないほどの恥ずかしさが込み上げて来る。
「意地悪な言い方をしたな。」
彼女の限界を感じたフィニアスが優しい手つきで頭を撫でてきた。
(なんて温かな…)
彼の温もりはいつだってエリーナに安心感をもたらす。その温かさと共に、初めて交わした口付けが脳裏に蘇ってきた。あの多幸感に満たされた夜の日のことを…
そのせいでつい視線がフィニアスの唇に向く。
「いえ、その…私も…」
気付いたら、恥じるよりも先に強請るような顔をしてしまっていた。無自覚に煽って来るエリーナ。
潤んだ瞳で欲しがるように上目遣いをされ、フィニアスの理性が激しく揺さぶられる。
(今日はやめておこうと思ったんだがな…こうなるともう抑えが効かない。)
ごくりと生唾を飲み込む。
すでに近い距離にあるエリーナに迫り、彼女の額に自分の額をくっつけた。熱のこもった真剣な瞳で彼女を見る。吸い込まれそうな金の瞳にはエリーナしか映っていない。
この世界にいるのは二人だけ…
そんなあり得ない感覚に襲われる。
フィニアスが覚悟を決めた顔で口を開いた。
「エリーナと特別な夜を過ごしたい。」
「………っ」
突如として掛けられた言葉に、エリーナの息が止まりそうになる。
いくら色恋事に疎いとはいえ、今の状況と彼の放つ艶めかしい雰囲気で言葉の意味を理解した。
一心に見つめて来る金の瞳に見えるのは、激しい渇望。目の前にいるエリーナのことを全身で欲しがっていた。
動悸が止まらない。
緊張で身体が震える。
羞恥心で顔が熱い。
だがそれ以上に、心が満たされていく感覚があった。それはこれまで感じたことのない悦びだった。
(どうしたらこの幸せがフィニアス様にも届くのかしら?)
胸の内を曝け出したくて、
この溢れんばかりの気持ちに気付いて欲しくて、
必死にフィニアスのことを見つめる。
彼女はこの気持ちを現せる言葉を知らなかった。
(どうか…どうか…フィニアス様に満たされた私の心が伝わりますように。)
初めて湧き上がった衝動が彼女を突き動かす。
(貴方のおかげで私は、)
エリーナの感情が最高潮に達したその時、気付いたら彼女はすぐ近くにあるフィニアスの唇に自ら口付けをしていた。
「……っ」
不意打ちの口付けにフィニアスが瞬きも忘れて驚愕する。
まさか彼女の方から口付けられるとは、夢にも思ってもみなかった。軽く触れるだけの口付けだというのに、全身に衝撃が走る。同時に、欲しかったものが手に入ったのだと心が叫ぶ。
今までの自分の人生が如何に空虚であったか思い知らされた。
(あの時の言葉は本心だったのか…)
半ば強制的に言わせたと思っていたエリーナの告白。それが本心だと分かった途端、彼の理性は完全に焼き切れた。
「エリーナ、愛してる。」
「…んっ」
ゆっくりと時間をかけ、丁寧に味わうように深い口付けを返す。
今頃真っ赤になって固まるエリーナのことを軽々と抱き上げ、迅る気持ちで夫婦の寝室へと運び込んだ。
腕の中に囚われたエリーナがフィニアスの横顔を見上げる。
「私も愛してます。」
小さな声で独り言のように囁いた。
恥ずかしそうにしながらも、ぎゅっと自分の身体にしがみついて来るエリーナに愛おしさが爆発した。フィニアスは理性を置き去りにして、求める心のまま足早にベッドへと向かう。
こうして生涯記憶に残る特別な夜を過ごし、二人の甘やかな結婚は幕を開けたのだった。
当初の予定より長くなってしまいましたが…最後までお読みいただきありがとうございます!
また気が向いたら二人のその後も描ければと思います(´∀`)
本当にありがとうございました!




