「そちらの片づけは終わりましたか?」
「そこ、タイルが浮いて出っ張ってるから気を付けて! あ、もう剥がす方が早そう? じゃあそれもまとめてあっちの瓦礫置き場に積んどいて!」
鑪とハーミーズ争いを止め、気が済むまで二人の尻を叩き続けた晶子は現在、魔道具達と一部の人間達と共に広間の瓦礫を撤去している。
魔道具達の協力によってまとめられた損害リストを片手にテキパキと指示を出す晶子は、ボロボロの広間を改めて見回した。
床はまともに歩くのも困難な程にぐちゃぐちゃで、柱も時折砂埃を零すくらいにはボロボロ。頭上からも偶に石粒が降って来るので、早急に柱の交換と天井の改修を行わなければいけない。
建築に詳しい魔道具と人間達によって更に詳しい見分が行われているが、結論が出るにはもう少しかかりそうだ。
また広間は勿論の事、二人の英雄がぶつかりあった余波を受けた廊下や外郭も罅や崩壊した痕跡が多くあり、いっそ再編で纏めて修繕するかとも考えた。
(うーん……あまりにも損壊具合が酷過ぎて思わず笑っちゃう。やっぱこの施設そのまま再編した方がいいかなぁ)
(おいおい、止めといたほうが良いって)
心の中で独り言ちていた晶子を止めたのは、広間から少し離れた位置にある廊下の方へ付き添っているアルベートだ。
(晶子お前、自分が病み上がり状態でここに攫われたの忘れたのか? ただでさえまともに回復出来て無い状態だったのに、バカ二人止める為たぁいえ、流石にマナの使い過ぎだぞ?)
(え、待って。あたし今そんな酷いの??)
驚いてそう聞き返せば、アルベートは呆れたように溜息を吐いた。
(あのなぁ……人間とかの生き物と違って、建物みたいな無機物は確かにマナの消費は少ないだろうよ。けどそれは、あくまでも小型の物を再編するって場合の話だ。今回はこのクソデケェ施設を丸ごと直そうって思ったんだろ? 普通に考えて、マナの方が先に底をついちまうって)
(なぁ~に言ってんのよ! 晶子さんだぞ? 女神に選ばれた再編者さんだぞ?? こんぐらいの建物再編したくらいじゃどうって事無いって)
(そらぁ万全な状態だったらな! 今のお前は中途半端にしか回復出来て無いんだよ。マジで気付いてねぇのか?)
(……言われてみれば、帝国や神樹で行動していた時と比べると、体が重いように感じる、かも……?)
アルベートの指摘に、晶子は杖を握っていない方の掌を見つめる。体の中を循環するマナは僅かに流れが悪くなっており、安定しているとは言い難い。
それを自覚した瞬間、どっと疲れが押し寄せて来た晶子は思わず溜息をもらすのだった。
(おいおい、お前なぁ……今の今まで気付いてなかったのかよ)
(しゃーねーでしょ!? こちとら急に誘拐されたと思ったら、そのまま人間の常識を理解してない魔道具達の指導する事になってひぃこら言いながら走り回ってたんだから!!)
要は相変わらずの推しに出会えた喜びと、自分がどうにかしなければと言う使命感から興奮状態となり、感覚がマヒしていたという事だろう。
(その推し、今回は魔道具達か? そいつらの事になると目の色変えて見境なくなるのはまあ良い……いや良くないな。反省してくれマジで心配したんだからな)
(うっ……それについてはもうほんと、申し訳なく……)
苦虫を噛み潰したような顔で謝罪を口にする晶子の裾を、弱々しく引く者がいた。
晶子が視線を向ければ、そこにいたのは触覚を力なく垂れ下げ、威厳もへったくれも無く落ち込んだ様子の鑪がいた。
「その、晶子」
「そちらの片づけは終わりましたか?」
(うっわ今のあたしの声冷た過ぎん??)
想定よりも低く冷たい声が出た事に内心驚きながらも、それを表情に出す事無く問いかける。何か言いたげな鑪だったが、彼も普段接しているのとは真反対な晶子の態度に気圧されているからか、口を噤んでおずおずと頷き返してくる。
「そうですか。では次、下層に廊下が崩壊した場所があるのでそこへ行ってください。瓦礫の撤去と掃除、それから、万一にも子供達が近づいたりしないように立札なり柵を置くなりして対応してください」
(あたし、鑪さん相手にこんな声出せたんやぁ……まあ、この人はゲームの中の存在ちゃうし、こう言う事もあるかぁ……)
鑪に向けられた視線を手元へと落した晶子は、そのまま次の指示を出す。淡々と、しかし有無を言わさぬ様子に、鑪から動揺したような身動ぎが聞こえた。
「場所は天使の子が知ってますから、その子について行ってください」
「……あい、分かった」
「あ、シュトゥルム卿! 天使ちゃん!」
か細い答えに返事をする事無く、晶子は顔を上げた瞬間に偶々目があったシュトゥルム卿と、その隣をふよふよと飛んでいた天使型の魔道具を呼ぶ。
「この人連れて下層の掃除に行って! よろしく!」
「わぁ↑~っかりました!! このシュトゥルムにおっまかせくださ↑~い!」
「御使い様~! ちょっとこっちきてくれぇー!」
「あ、はーい!」
先程鑪にやられていたとは思えない程に元気なシュトゥルム卿に頷きながら、晶子は呼ばれた方へと歩き出そうとする。
「……あの、晶子様!」
「ん?」
が、引き留めるようなシュトゥルム卿の声に今一度足を止めて振り返った。彼は鑪と晶子を何度も見比べながら、何かを言いたげに口を開いては閉ざすを繰り返す。
「どうしたの?」
「えぇっと……鑪様は……」
「あぁ、腕っぷしはある人だからこき使ってくれて良いよ」
決して視線を鑪に向けないようにしながら、晶子は素気無くそう返した。
「え」
「もういい? あたし呼ばれてるから」
あまりにも簡素な答えに驚くシュトゥルム卿を尻目に、足早にその場を去る。後ろからまだ何か呼びかけてくる声が聞こえたが、晶子は振り返る事なく自身を呼んだ人物の傍へと近づいた。
「お待たせ! どうしたの?」
広間の一番奥にある野外を見渡せるバルコニー、そこで待っていたのは無精髭を生やした男と、晶子がこの元研究所に来た要因の一体であるウサギのぬいぐるみ型魔道具だった。
「おう、急に呼びつけてわりぃな。ちょいとここ見てくんな」
「kkkkっこkっこっこ!」
そう言って一人と一体が指し示す先を見れば、バルコニーの端に当たる場所にぽっかりと穴が開いたような所があった。
「あれは……」
視線を向けた事で、晶子の目には自然とマナの流れが映り込む。芳醇とは言い難いものの、それなりの濃さを持ったマナが宿っており、確認の為に近づいて覗き込めば程良く湿り気を帯びた土があった。
「こんな所に土? しかも、湿ってる……ここ最近雨なんか降ってませんでしたよね?」
「そもそも、ここはあのバカデケェ竜巻のせいで、雨雲どころか雲一つすらない有様だよ」
「ですよねー」
分かり切った事ではあったが、男からの返答に晶子は苦笑する。そして少しのあいだ考えを巡らせると、不意にぽんと手を叩いた。
(アルベート~、ユニクラスフラワーの種ってまだ持ってる?)
(おう! どうした? なんかあったのか?)
(ちょうどよく使えそうな場所見つけたから、ついでに植えとこうかなって。ただ、今あたし種持ってないからさ。アルベートは体ん中に溜め込んでたよなって)
(おいこら言い方)
「御使い様? 黙り込んでどうしたんだ?」
ついついアルベートとの念話に夢中になっていた晶子は、肩に置かれた手にハッとする。
「あぁ、ごめんなさい。ちょっとアルベートと話してて」
「アルベート……あ~! あのチビか!」
「っだぁ~れがチビだゴラァ!!」
合点がいったと男が声を上げたのとほぼ同時、アルベートの怒声が聞こえたかと思えば、なんの前触れも無しに上空から降って来た。
「へぶしっ!?」
「あ」
丁度アルベートの落下地点にいた男は重さに耐える事が出来ず、そのまま地面に這いつくばる事に。
アルベートは失言をした男を一度睨みつけると、ふんっと鼻を鳴らして晶子に向き直った。
「ほらよ、お求めの種だぜ」
「ありがと~。てゆーか、その人生きてる?」
ピクリともしない男を、好奇心からかぬいぐるみ型の魔道具が小突く。反応が返ってこない事に心配になるも、そんな晶子を見てアルベートが吐き捨てるように言った。
「けっ、高々俺様の重さくらいでどうにかなるかっての」
「いやあんた……ミニゴーレムとは言え体は金属の塊なんだからね? 普通に怪我するからね??」
「俺様は特注品だから、そんなに重くねぇの!」
「いやいや、あんたまあまあ重量あるからね?」
屁理屈をこねるアルベートに晶子が苦笑する。それにまた腹を立てたのか、彼は顔を真っ赤にして蒸気を吹き出しながら種を晶子へと押し付けた。
「うっせ! 良いからさっさと種植えろよ!」
「はいはい」
幼子のような怒り方をするアルベートに肩を竦めつつも、晶子はしゃがみ込んで受け取った種を植えた。被せ直した土の上に手を重ねてマナを注ぎつつ、口元がつい緩んでしまうのを抑えられない。
(こういう子供っぽいところ、アルベートって感じ……やっぱり安心するなぁ)
(俺様が聞いてるって事忘れてねぇだろうな??)
(やだなぁ~、分かってて言ってるに決まってるじゃないですかやだ~!)
(っかぁー!! こいつ腹立つぅ~!!)
念話の中でも忙しなく怒るアルベートに、晶子はニコニコが止まらない。なにより数週間ぶりのふざけ合いに、自分でも気づいていなかった緊張が解れていくようだ。。
魔道具達への指導が忙しく考えている暇はあまり無かったが、アルベート達と離れていた時間は思ったよりも負担になっていたようだ。
(こうしてわちゃわちゃやるだけで、元気が出てくる気がするよ)
(そう言うんだったら、鑪の事も許してやれよ)
鑪の名前を出された事で、上向いていた気分が一気に下がる。
(それはそれ。あたし、あの人とはしばらく距離置くから)
(……あいつが哀れでしかたねぇぜ)
晶子の反応に冷静さを取り戻したらしいアルベートが頭を抱えるのが見え、ひっそりと溜息を零す。
(何べんも言ってるがよぉ、あいつは——)
(あたしを想っての行動でしょ? もうそれ何回も聞いたって)
自身を恋い慕う故に起こした暴走。アルベートや魔道具達の言葉からそれが事実であり、彼の気持ちが本物であるということもある程度は理解した。
だが、それでもやはり限度というものがある。
(恋は人を盲目にするって言うけど、まさか鑪さんにも当てはまるとは……誰が想像するよ? え? いや別に鑪さんが恋をしちゃいけないって訳じゃ無いけどね? だいたい鑪さんがあたしと行動を共にする理由は、女神の使者としてこの世界に害をなす存在じゃ無いかを監視する為だし、そもそも一体何時からそんな風にあたしを見てたのかって話で)
(っだぁ! ホントお前は変な所でグダグダ考え事ばっかする奴だな!!)
手を被せたままぼうっと長考していた晶子の脳内を、アルベートの大きな声が揺さぶった。
(あ、アルベートさぁ……ただでさえ元から声デカいんだから、念話の中でくらいもう少し抑えめに出来ないわけ?? 耳が痛いんですけど!?)
(耳使って音を聞いてる訳じゃねーんだから、痛いもくそもねぇだろうが。そんな事より、さっさと花咲かせろ。話はそれからだっての)
(ぐぅ……分かったよ)
両手を腰に当てて仁王立ちするアルベートを恨めし気に睨みながら、晶子はユニクラスフラワーへマナを送る。元々マナがそれなりに宿っていた関係か晶子自身の消耗は少なく、結晶の花はものの十数秒でその蕾を大きく開いた。
「いつ見ても綺麗ねぇ」
「ほお! こいつぁすげぇや!! これも御使いの力ってやつか!?」
「はhhhッははhhhっはっははなnnnnnnなっなn!!」
「うわぁっ!?」
いつの間にか復活していた男と、彼を気に入ったのかべったりとくっついているぬいぐるみ型魔道具に驚く。
「なあ嬢ちゃん! これって一体なんだ!? もしかして、かなり貴重な宝石なのか??」
(嬢ちゃん呼びになってる……こっちがこの人の素かな?)
「あ、えっと、これはですね」
ぐいぐい食い付いてくる男にユニクラスフラワーは女神の遺産である事などを掻い摘んで説明していると、急に背中から誰かに引かれた感覚がした。
「ん?」
振り返ると、そこに立っていたのミスオラージュだった。愛用しているクラシックタイプのメイド服はさきの戦闘で所々解れ、土汚れなどもついていたが、幸いな事に目立った外傷は残っていない。
(再編してはいたけど、大きな怪我も無くて本当に良かったよ)
「オラージュ? ゼファーちゃんのとこから戻って来てたの?」
内心ほっとしながらそう続ければ、ミスオラージュは疲れた笑みを浮かべながら頷いた。
「えぇ。晶子様、ゼファーから晶子様に中枢へ来るようにと言伝を預かっております」
「ゼファーちゃんが??」
「はい、アルベート様と鑪様もご一緒に、と」
急なゼファーからの呼び出しに、用件はなんだろうかと晶子は首を傾げる。騒動が一通り解決した後、ゼファーにはすぐ事の次第を説明しに戻ったからだ。
(大体の事は話したと思うけど、まだ何かあったかな?)
「というか、なんで可愛らしく袖なんか引いたのよ? 普通に呼んでくれたら良かったのに」
「イヤですわ晶子様。私はこう見えて鑪様に吹き飛ばされて大怪我をした身。そんな体で声を上げるだなんて……」
「ほんっとその意味深な言い回し好きだなオイ」
体をくねらせて恥ずかしそうに言うミスオラージュに、晶子は呆れた目を向ける。
「ふふっ、冗談ですわ。私もたまには可愛い子ぶりたいお年頃なんです」
「いやいやお年頃ってね……そんな言い回しどこで覚えてくるのよ」
「き・ぎょ・う・ひ・み・つ」
ミスオラージュは唇の前で指を縦ながらそう囁くと、流れるような動きでカテーシーをし、その場を去って行った。
「いや自由か! ほんっとにあの子は……」
「……はっ! あんまりにも自然に颯爽と去ってくから、そのまま見送っちまった……」
思わず頭を抱えた晶子の横で、アルベートが呆然としながら言葉を零す。
この数週間のみならず、WtRsでの彼女達を知っている晶子からすればこのやり取りは最早日常と言っても過言では無いが、つい数時間前にここに辿り着いたアルベートにしてみれば、嵐のようにも感じられただろう。
「あの魔道具、いつもああいう感じなのか?」
「あ、あははは……まあ、そうと言えば、そうか、な……」
「あー……あいつは昔からあんな感じだからよ。気にせんでくれ」
呆然と遠ざかるミスオラージュの背を見送るアルベートに、晶子と男は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
「でもま、ミスオラージュは変わったよ。御使い様の指導を受けて以降、目に見えて表情豊かになった。前は無機質っつうか、無機物っぽかったのによ」
「あたしのやった事で、貴方達と彼女達の蟠りが少しでも解消出来てるなら嬉しい」
「ちょっとどころじゃねーさ! 今じゃ、俺達はこいつらがいねぇと寂しくて仕方ないからな。ありがとよ」
そう言って、男は頭の上を陣取るぬいぐるみを撫でる。少し手付きは荒かったが、ぬいぐるみは文句を言う事も無く、むしろ嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぎながらそれを受け入れていた。
「んじゃ、俺は別のとこ行ってくるぜ」
「はい! まだ崩落の危険はありますから、安全にはくれぐれも気を付けて!」
「おう!」
「あaaaaあああああaんnnnnnあnzzzぜぜzzzぜんnnnnん」
揃って手を挙げながら別の修繕に向かった男達に手を振り、晶子はアルベートを見下ろす。
「とりあえず、あたし達も呼ばれてるみたいだから行こっか」
「いよいよこの施設のボスとご対面ってか。俺様、ちょいとばかし緊張して来たぜ……」
なんて言いながら胸部を抑えるアルベートが可笑しくて、晶子はぷっと吹き出した。
「おうこら晶子! なんで笑ってんだ!!」
「だって、アルベートが緊張って……ないわぁ」
「偉大な大冒険家の俺様だってな! 緊張の一つや二つするんだっての!!」
「それ毎回思ってたんだけど、大冒険家なの? トレジャーハンターなの? ちょいちょいブレてるから気になってて」
「それ今聞くところか……?」
目元のライトをジト目型にしながらも「どっちもカッコいいからどっちでも良いんだよ!」と答えてくれる辺り、アルベートは何だかんだ面倒見がいい。
「ふーん」
「聞いといてその反応は何だ!! もっと俺様に興味持ちやがれ!!」
「んふふ。あーはいはいごめんって! ほらもう行くよ!」
くだらないやり取りが楽しくて笑みを零しながら、晶子はアルベート共にバルコニーを後にした。
次回更新は、4/17(金)予定です。




