(あ、れは……だ、れ……?)
新が宣言した途端、晶子に突っかかってきていた男と族長以外の戦士達が苦しみ始め、一人目と同じようにヘドロへと溶けていった。
「な、なんだ……何が起きているのだ!?」
「神子様!! これは一体どう言う事ですか!?」
尻もちを着いて震える事しか出来ない族長を置き去りに、唯一無事だった戦士の男が新に詰め寄る。
「見れば分かるだろ? 君達はこれから、君達が望む神を降臨させる為の礎になるんだよ」
「なぜ我々なのです!? 贄はそこの出来損ない共じゃないのですか!!」
男が土鈴の中にいる弦達を指さした瞬間、広間全体が上から圧し潰してくるような威圧感に支配された。
顔色を悪くして膝をついた男は、何も発する事が出来ずに冷や汗を流しながら床を見つめている。そんな彼を一瞥する新の顔は、不愉快極まりないと言いたげに歪んでいた。
「いつ、僕がそんな事を言ったんだ?」
「っ、そ、れは……」
声色こそ穏やかに問うている新だが、男を見る目は恐ろしく冷たい。神子から向けられるゴミを見るような眼差しに、男は黙り込んだまま身動き一つ出来ないようだ。
(あ~……ありゃ、新くんの地雷踏んだねアイツ)
「ふふっ、うっごぼっ、はぁ……ごほっ」
図体の大きな男が怯えている様子にざまみろと内心笑っていた晶子だが、息を吸う度に腹の風穴が痛み、口から血を吐き出してしまう。
「晶子、しっかりするのだ。お主なら自身の体を再編できるのであろう。我のマナも使って、傷を塞ぐのだ」
「は、はは……ごめ、ん。それは、でき、ない」
風穴に手を翳してマナを注ぎ込んで来る鑪の手を弱々しく握り、緩く首を振ってやめさせる。鑪は何か言いたげにしていたが、晶子が再び血を吐いたのを見て無言でマナを送り続けた。
(はぁ、真面目で堅物で、でも懐に入れた人に対しては不器用な優しさを見せてくれる鑪さん。ほんと、好きだなぁ……)
(暢気にそんな事言ってる場合か!! こっちに回してるマナ解いて、自分を再編しろ! でなけりゃおめぇ、死んじまうぞ!?)
(ちょ、っと……あんまりデカい声出さないでよ。脳内会話でも傷口に響くんだから)
(それどころじゃねーだろ!? 自分の状況分かってんのか!?)
しみじみと鑪を好きだと思う晶子に、アルベートが焦った声でツッコんだ。彼の言う事は御尤もだと分かっているが、晶子はそれでもマナを自分の再編に回す訳にはいかなかった。
(お前なら再編の力でその傷治せるだろ!? 何でこっちのマナ解除しねぇんだ!!)
(今、あたし自身を再編する為にマナを使えば、その土鈴を維持する事が出来なくなる)
そう、晶子が自身を再編しない理由。それは、土鈴の中にいる弦達を守る為であった。
(本来、土鈴割りって秘技はマナで創り出した土鈴に相手を閉じ込めて、マナを纏ったバトルアックスを叩きこんで割るって技なの。土鈴のマナとバトルアックスのマナが衝突して、大爆発を起こしてダメージを与えるって仕組みなのね)
(んな解説を聞いてる訳じゃ!)
(良いから)
尚も説得しようとしたアルベートだったが、晶子自身から強く止められてしまえば、口を噤むしかない。
(弦ちゃん達を守ってる土鈴を維持するには、マナを流し続けなければいけない。けれど、傷を治す為にマナを使えば、土鈴を維持するのが難しくなる。今の発言から、新くんが子供達に何かしようとしてる訳じゃ無いって思ってはいるけど……)
この場にいるのが新だけであったなら、体の修復に手を付けたかもしれない。しかし、この広間にはたった一人残った戦士の男以外にもう一人、行動を懸念する人物がいた。
(……族長か)
(うん。土鈴を消したら、こいつが皆に危害を加えないとも限らないから)
いくら崇拝する神子の目があるとはいえ、追い込まれた人間がどんな行動を起こすのか予測不能だ。万が一、防御も無い状態の弦達に攻撃が向いてしまえば、今の晶子では彼女達を守れない。
(鑪さんもいるけど……正直、今のこの人にそんな余裕はないと思う)
何より、鑪は晶子を少しでも生きながらえさせるために、傷口にマナを注ぎ続けている。晶子が新達のやり取りを眺めながらアルベートとのんびり話が出来ているのも、鑪と彼のマナのおかげなのだ。
(まあ……英雄と言えど、あの狼狽えようじゃまともな判断が出来るとも思えねぇし、何よりお前の命を辛うじて繋ぎとめてくれてるしなぁ……)
うんうんと相槌を打つアルベートの声に、急に静かになったなと不思議に思う。
(アルベート……意外と冷静?)
(んな訳ねぇだろ察しろよ馬鹿野郎!!)
(アッアッアッ、それに関しては本当に申し訳……)
現状が見えていない彼なりの、精一杯の虚勢だったようだ。本当は今にでも、土鈴を壊して晶子に駆け寄りたいのだろう。
だが、今それをしてしまえば、強固な守りに穴をあけてしまう事になる。それが分かっているからこそ、アルベートは大人しく、土鈴の中で弦達のケアに尽力しているのだろう。
(まだたまに、小さい子達の泣き声が聞こえる)
(それ、お前が無意識に耳にマナ集中させて、集音してるからじゃねぇか? こっちはもうほとんど泣き止んですすり泣いてる程度だぜ?)
(マジか)
自分の無意識な行動に、思わず笑いが零れる。
「晶子」
「ふふ、ごめ、な、んか、おかしく、なって、ごほ、ごほっ」
傷に障ると咎めるように名を呼んだ鑪に、申し訳ないと思いつつも苦笑を返した晶子。その表情を見て鑪の触覚は力なく垂れさがったものの、彼はそれでもマナを送る事を止めなかった。
「僕はね、ずっとこの時を待っていたんだ」
そんな晶子達の耳に、新の声が聞こえてくる。彼らに改めて視線を向ければ、新は膝をつく男の首を掴み、悠々と持ち上げた所だった。
「ぐっ、がっぁ……」
「生まれた時から、光を宿す者として崇められて来た。でも、心の何処かで、ずっと何かが欠けている気がしていたんだ。それでも、身寄りのない僕を育ててくれた一族の人達の為に、その気持ちに蓋をし続けて来た。でも……」
新はそこで言葉を切ると、男の首を握る手に一層力を込める。男は新と比べ、頭二つ分以上の体格差があるうえ、強靭な肉体を持っている戦士。
普通に考えても、純粋な力関係では男の方が勝るはず。にも関わらず、細く色白な手は男の太い首をギチギチと締め付け、今にも折ってしまいそうだった。
「ある日、長年付き人をしていた司祭の部屋で見つけたんだ。僕には双子の姉がいた事、けれどその姉は闇の力を色濃く受け継いでいたから処分した事。そして、僕と姉を産み落とした両親を、口封じの為に殺した事が書かれた、記録書を」
(……ま、じか)
WtRsの物語中、新と満の両親は一切その姿を現さず、消息も何もかもが不明のまま終わる。神樹編のシナリオでも、新は姉を黄泉に落とされた復讐だとは言うものの、両親に関しては一切口述がないのだ。
記述のある書物も無かった事から、プレイヤー間でも色々と考察はされ、既に故人であるとの意見が一番有力視されてはいたが。
(まさか、有翼族が自ら手を下していたとは……)
何となく予想はしていた事ではあったが、実際に真実を知らされるとあまりの衝撃に空いた口が塞がらなくなる。
「だ、だが! あの者達は貴方様のみならず、穢れを纏った子も産み、育てようとしていたのですぞ!?」
「親なら、腹を痛めて産んだ子を育てるのは当然の事なんじゃないのかい」
言い訳を並べようと声を荒げる族長を見る事もせず、新はそう即答した。無垢な子供が尋ねるような声色の新に、族長は何も言い返せず黙り込んだ。
「僕、可笑しな事は言ってないよね。少なくとも両親は、僕と姉を平等に愛そうとする一族の中でも稀有な存在だった。お前達は、それが忌々しくて仕方なかったんだろう?」
それはきっと、司祭なる人物の記録書に詳細に書かれていたのだろう。
『黒黴病』と言い、翼の色と言い、ただでさえ『黒』という色を宿す何かしらを殺したい程に忌避している有翼族達。そんな一族の中に、漆黒の翼を持つ子が生まれたとなればどうなるか。
(まあ、許容出来ないだろうね)
「真実を知って、ずっとお前達を憎んできた。僕から姉さんを、父さんと母さんを、全てを奪ったお前達がのうのうと生きている事が妬ましかった。だからいつか復讐しようと、何年も何年も準備して来たんだ」
「……その一つが、一族の時を止める事だったのであるな」
重く低い鑪の言葉に、新は振り返る事無く笑った。
「誰一人逃がすものか……姉さんを黄泉の底に落とし、父さんと母さんを殺した当時の大人達は、皆みぃんな、僕の手で嬲り殺して……」
「あ、がっ……がふっ……」
「ひっ」
血管が浮き出る程の力で首を絞められ、男は口から泡を吹いて気絶する寸前だ。尋常ではない新の姿に、族長は座り込んだ状態のまま少し後退る。
「っ、ぃ、命だけは……」
「誇り高き天の翼を名乗るくせに、命乞いかい? 呆れて言葉も無いよ」
か細い声で命乞いをする族長を鼻で笑った新だが、何かを思いついたのか掴んでいた男を、乱暴な手付きで魔法陣の上に放り投げた。
咳き込む男を尻目に新は族長に近づくと、その耳元に顔を寄せて、一言二言何かを呟く。すると、怯え青褪めていた族長の表情がみるみる変化していき、血走った目が戦士の男を捉えた。
「ごほっごほっ、こ、この、神子として育てられた恩を忘れて、何たる所業……!」
(裏切られた、と思ってんのかね。自分達の方から裏切ったくせに)
男の言い草に、晶子は鼻で笑いたい気持ちで一杯だった。そもそもの原因は、光の力に目を付けた大人達が、一方的に新を神に仕立て上げようとした事が発端なのだ。
「そんな事、僕は一言も頼んでいないよ」
(そらそう言うわ)
素気無く返す新に心の中で同意していた晶子だったが、不意にゆらゆらと族長が立ち上がったのに気付く。
(新くんからなんか耳打ちされとったけど、一体何言われて)
咳き込みながらも新に怒りを向ける男へ、族長がゆらゆらと歩み寄る。その手には、いつの間に生成したのだろうか、荒れ狂う風の槍が握られていた。
「ぐっ、族長! 何をしているんですか! ごほっ、げほっ、早くその裏切者に処罰を……」
男がそう言い終わるよりも早く、族長は無言のまま、風の槍を少しの躊躇いも無く彼に突き立てた。
「な、にを……」
「悪く思うなよ」
(仲間割れ!? いや、でもなんか変)
突然の奇行に驚く晶子達。それは戦士の男も同じようで、信じられない物を見る目で族長を見上げていた。
しかし、それ以上何かを続ける前に、男の傷口から黒いヘドロが勢いよく流れ出す。目鼻からもヘドロを垂れ流し始めた男は、そう時間もかからぬうちに、跡形も無く溶けていった。
「ありがとう、族長。あぁほら、門が開くよ」
男だったものが染み込んだ魔法陣を呆然と眺める族長の肩に新が手を置いた、次の瞬間。魔法陣が一層怪しく輝きだし、悍ましい気配を纏ったマナが溢れてくる。
「こ、れは、まずいん、じゃ、ない……?」
「あぁ、良くは無いな」
途切れ途切れに呟いた晶子を庇うように、鑪が腕を一本構えて同意した。何が飛び出すかと構えていれば、突然、魔法陣の中心に穴が開く。
徐々に広がっていく穴はやがて魔法陣と同等サイズになると、そこから黒い影のような何かが出現した。
(あれは、淀みの……っ事は、〈潜む者〉と同じタイプのモンスター!?)
驚きに顔が強張る晶子の眼前で幾つかの黒い影が絡み合うと、次に現れたのは、翼を持った人であった。
体格とわずかに見える横顔からして恐らく有翼族の女性だろうと暫定するも、生憎と晶子の位置からは、顔の殆どが長い白髪に隠れていて断定は出来ない。
「あぁ……あぁ、得鳥!!」
だが、女性の正面に立っていた族長の目には、しっかりと彼女の顔が見えたのだろう。先程までの生気の感じられなかった彼の顔は、喜びからかほんのりと色を取り戻しているようにみえた。
そんな族長の声に応えるように、直立不動のまま身動ぎの一つもしなかった女性の肩が一瞬跳ね、次いでゆっくりと顔を持ち上げていく。
(あ……)
ようやくはっきりと見えるようになった女性の顔に、晶子の目が見開かれる。そこにいたのは、弦だった。
正確に言えば、弦と良く似た容姿を持つ女性だった。
(奥さん、弦ちゃんと瓜二つじゃん。あぁ……族長が弦ちゃんに当たりがきついのって、このせいか)
愛しい者と同じ顔をした娘。族長にはその顔が、最愛の妻を亡き者にして成り代わったようにすら感じたのかもしれない。
(奥さんのビジュアルは公開されてなかったから初めて見るけど、ホントに生き写しレベルじゃん。色が違うだけで。弦ちゃんのお母さん、新くんと同じで髪も肌も真っ白だわ)
肩口で切り揃えられた髪も、透き通るような肌も、身に着けているローブのような衣服も、何もかもが白い弦の母・得鳥。時代が時代であったなら、神子として崇拝されていたかもしれないが、彼女には新と唯一違う点があった。
(でも、『黒黴病』のせいで翼は殆ど黒に染まってる……だから選ばれなかった)
そのおかげで、彼女は族長と巡り会えたのだろう。『黒黴病』という未知の病すら、二人の愛を止める事は出来なかったのだ。
(はぁ~……だったら猶の事、大事にしてやれよ。嫁さんの忘れ形見だろうがこのクソ親が)
(マジそれな)
心の中の声にアルベートが毒づき、今度はそれに晶子が頷いた。例え族長が弦に対して思っている事が考察通りだったとしても、それが弦を蔑ろにしても良い理由にはならない。
(でも、今更それを言っても、きっとあいつには届かないんだろうな)
「得鳥、私だ。あぁ、お前にまた会えるなんて、今日は何て素晴らしい日なんだ!!」
族長の言葉に、得鳥が柔らかく微笑み両腕を広げた。抱擁を求めるような妻の行動に、恍惚とした表情を浮かべて得鳥に近づいていく族長。それを見ていた晶子は、言い得ぬ嫌な予感に思わず手を伸ばした。
「だ、めっ……!!」
だが、そんな忠告も空しく、族長が妻からの抱擁に喜んだ、その時だった。
「……ぁ、え?」
音も無く、族長の体を黒い影が刺し貫いた。目を白黒させて混乱したまま動けない族長は、次々と体を突き抜けていく槍のような影に成す術も無く。
「ご、が、ぁ……な、ぜ……え、とり……」
影がニ十本目に差し掛かった所で、ついに得鳥に凭れかかったまま絶命した。
「どう言う事だ、その者は」
「これは人じゃないよ。なんなら、生き物でもない」
突然の族長の死に困惑する鑪に、新が答える。
「本当は、こいつを貴女達に嗾けて生贄の代わりにしようと思ってたんだけど……大分予定が狂っちゃったな……」
「我等を贄にして、何をしようとしていたのだ」
「今目の前に答えがあるでしょ? これを開く為だよ」
そう言って、新は足元に広がる穴を指さした。よく見れば、穴は最初と比べてもかなり大きくなっており、ほぼ広間の全体を飲み込まんとしているようだった。
ところが、穴と言う割に落ちる気配も無く、得体の知れないものが迫ってきている様子もない。
「……っ!! これはっ!?」
「あ、やっぱり英雄様は知ってるみたいだね? そう、これは黄泉の門。あの世とこの世を繋ぐためのゲート。僕と、姉さんを引き離した忌々しいもの」
そう言った新の射殺すような視線は、得鳥の腕の中で息絶えている族長に注がれていた。
「雑談はこの辺にしておこう。僕の目的……それは、黄泉の門を破壊して、黄泉から怪物を呼び寄せる事さ! そいつを使って一族みんな、みぃんな、殺してやるんだ」
大手を広げて、高らかに宣言する新。彼自身が変異しないと言うのは喜ばしい事かも知れないが、新がやろうとしている事は決して許されるものでは無い。
仮に実行されてしまえば、神樹のみならず、他の国にも多大な影響を与えるのはまず間違いないだろう。
(っ、何とかしないと)
「晶子! 無理をするでない!!」
「あ、ダメダメ。邪魔しようとしないでよ」
崩れ落ちそうな体に鞭打って起き上がろうとした晶子に、鑪が慌てて止めに入る。それを見ていた新は光魔法で羽の形をした光り輝くナイフを生成すると、晶子と鑪に向かって放った。
鑪は素早く背後に晶子を隠すと、抜いた刀で応戦しほとんどを弾く。だが、天上から差し込む日の光のせいで無尽蔵に生み出されるナイフの全てに対応できるわけが無く、鑪の脇を抜けた何本かが、晶子の足や腕に突き刺さった。
「いっ!!」
「く、晶子はそこを動くでない! 我が前へ出る!!」
痛みに呻く晶子の声を聞いて、鑪はそう告げると新へと駆け出していく。そんな鑪を牽制する為、新が族長を抱えたままの得鳥に指示を出すと、彼女は夫の亡骸を強く抱き寄せて体に吸収し始めた。
(うっわまじか……えぐっ)
骨を砕き、肉を千切る音が響く中、得鳥の体は膨張していき、見るも無残な肉塊の怪物へと変化した。
怪物は口と思わしき器官を開いて大きな咆哮を上げると、次の獲物を見つけたと言わんばかりに、鑪へと突っ込んでいく。
「ぬ、ぐ、ぅう……」
武人の一撃すらも防ぐ肉塊の猛攻に、晶子の元へ行かせまいとする鑪は防戦を強いられる事になった。
(さすがに、やばいな。仕方ない、マナを戻して、少しでも再編を)
「子供達を守ってくれたことには感謝する。けれど、目的を達成するために、貴女にはここで死んでもらう」
土鈴に注いでいたマナを少しずつ回収し、腹の風穴を塞ごうと試みる。しかし、その間にも光から形成した細剣を手にした新が、少しずつ晶子へと近づいていた。
(このままじゃ……)
回復が間に合わない、と諦めかけた時だった。突如、足元に広がる穴の中から、先程の影とは違うものが伸びてくる。
掠れる目を窄めながら見たそれは、鋭く長い爪を持った黒い手のようで。
「……え、あ、ちょ、ちょっと、……!?」
新手かと身構えた晶子を掴むと、手はそのまま穴の中へ潜って行こうとした。
「なっ!? ま、待って!!」
「は、え、え!? な、なんだこの状況!?」
大事な生贄を持っていかれまいと咄嗟に細剣を振るう新だが、刃先は別の手に弾かれ、晶子に掠る事もない。
一方のアルベートは、回されるマナが無くなった事で消滅していく土鈴の中から飛び出して来たは良いものの、広間の様相を見回して、動揺から固まってしまっていた。
(あっ、やば)
黒い手に必死に抵抗していた晶子だが、傷と出血のせいで視界が霞み、思考も纏まらないせいで抗う力も失われていく。
それを好機と思ったのか、門の向こうから次々と手が伸びてきて、晶子を勢いよく黄泉へと引きずり込んでいく。
(あ、れは……だ、れ……?)
四肢の感覚も無くなっていく中、誰かが伸ばした手を取ろうとした所で、晶子の意識は暗闇に吞み込まれていった。
次回更新は、1/24(金)予定です。




