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「ごぼっ、あたしは! だい、じょうぶ!!」

※ 細かい誤字と違和感を感じる部分を発見したので修正しました。

 暫しの間、互いに窓越しで睨み合っていた晶子と族長。そんな中、先に口を開いたのは、晶子の事をまじまじと観察して鼻で笑った族長だった。

「ふん。神子様が自ら招き入れたと言うからどんな人物かと思えば、ただの小娘ではないか」

(かっちーん)

「そのただの小娘に、天翼族の精鋭戦士とかいう男共はあっさり負けたんやけどねぇ?」

 こちらを侮蔑しているのがありありと分かる族長の態度に腹が立った晶子は、自分でも一番厭味ったらしいと思った笑顔を浮かべて言い返す。

 まさかそんな返しをされると思わなかったようで、族長は一瞬ポカンと間抜け面を晒したが、すぐに顔を顰めて怒りを露わにする。

「ちっ、異種族の分際で生意気な……あまりいい気にならない方が身の為だぞ?」

「そっちこそ、こっちはあんた達が崇める神子様じ・き・じ・きに招待されたお客様なんやで?? そんな横柄な態度しとってええんかなぁ? なぁ~??」

「ぐっぬぬ……このっ!!」

 不愉快そうなのを隠しもしない族長が猶も言い募るが、神子の後ろ盾はやはり強いらしい。晶子が新の名を出した途端、歯を食いしばって黙ってしまった。

 弦の事もあり、晶子は神樹編のモブの中でも特に族長が嫌いだ。ざまみろと言う代わりにべぇっと舌を大きく出せば、相手は顔を真っ赤に染めて一層こちらを睨みつける。

「晶子! そんなクソジジイと遊んでねぇでこっち手伝え! ドアが開かねぇんだ!!」

「無礼だぞ! わしはこのっ」

「は!? さっきまで普通に出入り出来てたでしょ!?」

 ジジイ呼ばわりされて憤慨する族長の言葉を容赦なく遮り、巣の入口を振り返った晶子。いつの間にか入口の方に移動していた弦と鑪が扉を開こうと奮闘しているのが見えたが、どうにもうまくいっていないらしい。

(華奢な身体つきの弦ちゃんは置いとくとして、この中の誰よりも大きな体をしてて、ダイヤモンドの甲殻持ちの鑪さんが体当たりしてもビクともしない木のドアとか明らかに可笑しいよね?)

 巣の中に入る際も、扉からは特別何かを感じなかった。強化魔法がかかっているわけでもないはずなのに、鑪のタックルを受けても傷どころか軋む事もしないのは異常である。

 晶子はすぐに鑪達の方へ駆け寄ると、抱えていたひいなを弦に預けた。

「お姉ちゃん……」

「大丈夫だから、心配しないで。弦ちゃんと一緒にいてね」

 不安から泣きそうなのを懸命に堪えているひいなの頭を一撫でし、晶子は鑪と場所を変わってもらう。

「鑪さんの刀で斬れないの?」

「我が体をぶつけても傷一つ無い木の板が、刀に持ち替えた程度で斬れると思うか?」

「……正直、魔法を使われても無いのにそれなら、無駄な気はしてる」

 なんて冗談めかして鑪と言い合った晶子だったものの、唯一の逃げ道を塞がれてしまっている事に焦りを感じていた。

(扉でこれなら、確実に窓の方も駄目だろうし、一体何の為に)

「ふん、逃がす訳が無かろう。お前達はこれから、神を降臨させる贄となるのだからな」

 相手の目的を測りかねていると、勝ち誇ったように族長が言い放つ。

「贄だぁ!? どういうつもりだよ!!」

「どうもこうも、貴様等のような野蛮で傲慢な異種族と、穢れた翼の出来損ない共を有効活用してやろうと言っているのだ。我等、天翼の一族の糧となるのだから、光栄に思うが良い」

 とんでもない発言にアルベートが噛みつくも、族長は窓の外から弦に庇われている子供達を睨みつけた。

(……子供達の事、本当にどうでも良いんだ。『黒黴病』の黒点で翼が汚れたからって、この子達を邪魔者扱いして……)

 声を上げて泣きはじめた子を弦達が宥める姿を見ても、族長は冷たい眼差しのまま。彼の耳には、彼らの泣き声など煩わしい雑音にしか聞こえていないのだろう。

(なぁ、気付いてるか? あのクソジジイ、一度も弦の嬢ちゃんの事見てねぇんだぜ)

 脳内で響くアルベートの声を聞いて、晶子は奥歯を噛みしめる。弦は子供達をあやしながらも父親の事を見ているのに対して、族長は娘に一瞥すらしていない。

 赤の他人が傍から見ても察してしまう程あからさまなのだから、恐らく弦自身も気が付いているだろう。

「神子様が何故、貴様等をこの聖域に迎え入れたのか謎であったが、きっとこの為だったのだな。それなのにわしはそれに気付かず、遂に血迷われたのかと疑ってしまった」

「そう言うとるけど、新くんはこの事知っとんのか?」

「なっ無礼者!! 神子様の名を異種族が軽々しく口にするなど、不敬であるぞ!!」

 半ば癖になってしまった呼び方で新の名を出せば、族長は激高し、何かを合図するように右手を高く上げた。すると、それに呼応するように巣が大きく傾き、より激しく揺れ始めたのだ。

「きゃあああ!?」

「うわあ!?」

「うおおおおお!! 頑張ってしがみ付け!! 振り落とされるな!!」

 傾きによって滅茶苦茶になっていく巣の中、泣き喚く幼い子供達の声に交じって、アルベートの絶叫が木霊する。

 鑪も残りの刀を床に突き刺すと、腕の多さを利用してより多くの子供達を抱えて支えていた。

 恐怖に怯える子供達に追い打ちをかけるように、今度は四方から何本もの風の槍が突き刺され、巣を穴だらけにしていく。

「あぁ! 僕達の巣が!!」

「やめて! やめてぇええ!!」

 兄弟姉妹で一生懸命に作ったタペストリーも、年期の入っていたあらゆる家具も、大事な巣も、あらゆる物が傷つけられていく光景に必死に声を上げる子供達。

(他にもいたのか! しかも、こんな……っ)

 しかし、どれだけ縋っても攻撃の手が緩められる事は無く、全てが終わったのは神樹の最上部に到達した時だった。

 神樹の中でも最も天に近いその場所は、根の間のような円形の広間になっており、床には禍々しいマナを纏った魔法陣のようなものが描かれている。

 魔法陣の上に乱雑に放り投げられた頃には巣は辛うじて原形は留めているものの、所々に大きな穴が開き、色鮮やかなタペストリーは攻撃によってぼろ布に成り果てていた。

「なんて酷い……こんな事しよって、泣いてる子供達を見ても、あんた等の良心は痛まんのかいな!?」

「酷い? 穢らわしい翼持ちの癖に、神子様の寵愛を受けている事の方が問題なのだ。神子様もきっと、目障りな塵芥を始末出来て、さぞお喜びになるだろう」

 少し遅れて着地した族長に訴えかけるも、彼には少しも届かないようだ。子供達を成り損ないと蔑み、こうなる事が至極当然なのだと嘲笑する族長の目は、射抜くように子供達を見下ろしている。

 歪な笑みを浮かべる目の前の男に嫌悪しか沸かない晶子だが、その視線に少し違和感を覚えた。

(……あぁ、こいつ子供達を見てる訳じゃ無い。これは……『黒黴病』の子供達を通して、同じ病気で亡くなった奥さんの事を見てるんだ)

 どこか遠くを見ているような虚ろな目に映るのは、今は亡き最愛の妻なのだろう。弦が言っていたように、弦の母親は『黒黴病』を患いながらも我が子を産み落とし、そのまま命を落とした。

 資料集の情報などから加味しても、恐らくは仲の良い夫婦だったのだろう。そんな彼にとって、『黒黴病』を持って生まれた弦や他の子供達は、愛おしい人を奪った忌々しい存在なのだ。

(にしても多いな……いつの間にこんな人数揃えたんだか。それにこの感じ、族長の独断でこんな凶行に及んでるっぽいんよね)

 危機的状況を打破しようと周囲を見回した晶子は、族長に付き従い巣を滅茶苦茶にした戦士達の数にげんなりした。

 円を描くようにぐるりと展開された隊列に参加しているのは、総勢二十人程の男達。皆一様に無表情を貫き、族長同様、生気を感じない。

(てかあの口ぶりからするに、絶対に新くんの許可なく襲撃して来てんじゃん。……いや、実は新くんが族長達を誘導してるとか?)

 脳裏に過った嫌な想像に、背中を冷や汗が流れ落ちる。WtRsというゲームを知り尽くしている晶子からすれば、有り得なくはない展開ではあった。

 その場合、新はこの日の為にわざわざ子供達を懐柔し、目的を成し遂げる為の礎にしようとしているという事になる。

(う、うわぁー……そんな事は無いと信じたいのに、何一つ確証が無い!! 子供達を利用する為に表面上は良いお兄ちゃん的存在を演じてたって考えたくねぇー!!)

 絶望的シナリオよりも個人的に心に刺さる可能性がチラ見えした事に、晶子は悲鳴を上げる一歩手前だった。

「くだらない事で時間を食う訳にはいかん」

 そう言うと、族長は手にマナを集約させて巨大な槍を作ると、晶子達が行動を起こすよりも早く、巣に向かって放つ。


——メリメリメリッ、バキ、バキバキッ


 先程の攻撃のせいでかなり脆くなっていた巣は、巨大な風槍の一撃を受けた事で上半分が跡形も無く吹き飛ばされてしまった。

「ちょ危ないやろが!! 子供達にぶつかったらどうすんねん!!」

「そ奴等が怪我をしようと知った事か。やれ!」

 落ちてくる残骸が子供達に当たらないよう、晶子は鑪と共に上から覆い被さって庇う。

 族長はそんな晶子達を鼻で嘲ると、周りの戦士達に命令して数歩後ろに下がった。入れ替わりに前に出た戦士達が、手を頭上に掲げた。すると、上空に大量のマナが集結し、それらは瞬く間に風の槍へと変形する。

(下で戦士の男が使ってた風槍の雨か! ちっ、子供達守りながらいけるか!? いや、やられる前にやればなんとか!!)

 心の中で自問自答した晶子が走り出そうとしたその時、戦士の一人が掲げていた手を振り下ろす。呼応するように、頭上にあった風槍の一本が真っ直ぐ晶子目がけて落ちて来た。

(しまっ……!)

 マナの揺らぎには気付けたものの、反応が遅れてしまった晶子は攻撃が当たるのを覚悟して目を瞑る。だが、痛みは訪れる事は無かった。

「痛っ!!」

「花朝!!」

 代わりに悲鳴を上げたのは、晶子達の後方で守られていた花朝だった。慌てた弦の声に振り返えって見れば、花朝のまろい頬の右側に斜め一直線の傷が出来ている。

(嘘、まさか途中で軌道変更された!? 端から狙いはあたしじゃなくて……!!)

「いたぃ、痛いよう……!」

「大丈夫だ! ただ掠っただけで、デカい傷じゃない!!」

 頬から血を流し泣きじゃくる花朝の傷を見たアルベートがそう言えば、弦は自身のローブを裂いて妹分の傷口を覆い隠そうとする。

 だが、思った以上に出血が多く、押し当てられた灰色の布は段々と黒に染まっていった。

(『黒黴病』の子に、魔法攻撃は致命的!)

「アルベート! これ!」

 僅かな傷なのに出血が止まらないのは、『黒黴病』の関係で他者のマナに対しても抵抗が出来ないから。そうすぐに思い至った晶子が、ポーション等が入った鞄をアルベート達の方に投げる。

「邪魔をするな!!」

 が、そう言って晶子の鞄に風の槍を投げたのは、神樹に来てからすぐに戦った件の戦士だった。あの時の戦いと比べ、生み出された槍はたったの一本だったが、その分の威力はすさまじく、中身ごと鞄をずたずたにするには十分だった。

 派手な音を立てて砕けた硝子の欠片が穴だらけになった鞄の隙間から零れ落ち、器を失って零れたポーションが原型をとどめないほどに砕かれた巣の床に染み渡っていく。

「はぁ!? 何してくれとんのじゃわれぇ!! その無駄にデカい羽、ズタズタにして切り落とすぞ!?」

「う、うるさい!! こんな出来損ない共を有効活用してやろうと族長が仰っているんだ! 貴様こそ邪魔をするな!!」

 男は晶子の怒号を受けて一瞬怯んだものの、現状は自分達の方が有利だと思い至ったからか、威勢良く吠え始める。

(こいつっ!)

 にやりと不敵に笑って晶子を見る男に、腹の底から怒りが沸き立つ感覚を覚えた。だが、今は男を相手にしている場合では無い。

「いたっ、いたい!!」

「痛いよ! やめて!」

「っ、やめ、やめてください、やめて!!」

「やめてくれ! 小さい子達には手を出さないでくれ!!」

 最初の一本目を皮切りにして、子供達の上空から大量の風の槍が降り注ぐ。槍は絶妙に急所などを避けているらしく、外傷は花朝の時と同じく微々たる程度。

 だが、普通の人にとってはただのかすり傷でも、マナに過剰反応を起こす子供達にとっては全身を斬り刻まれているも同じ。

「鑪さん!!」

「抜刀技・二爪斬!!」

 鑪は晶子の声に即座に反応して突き立てたままだった刀を拾うと、槍の雨を呼び出している戦士に爪痕のような斬撃を放つ。強力な一撃は数人の戦士にぶつかると小規模な爆発が起こり、砂埃が巻き上がった。

 だが魔法の発動は止まるどころか弱まる気配すらなく、床に落ちて弾ける風の槍の衝撃で吹き飛ばされた砂埃の奥からは、傷一つ無い戦士達が姿を現した。

(鑪さんの攻撃喰らって無傷!? そんな訳……)

「土竜双撃!!」

 目の前の光景が信じられず晶子が鑪に続いて秘技を放つも、土で形成された二頭の龍の顎が戦士達へ届く前に消し飛ばされる。

 その様子にすぐ、戦士達の後ろに下がった族長が彼らに守りの魔法を付与していると気が付いた晶子は、思わず舌打ちをした。

「おねえちゃん……いたいよぉ……」

「みんな、しっかり……おねえちゃんも、おにいちゃんも、いるから、ね」

(まずい、子供達の消耗が早すぎる!)

 か細く今にも消えそうな声が聞こえ、このままでは子供達の命が危ういと考えた晶子。

(戦士を倒そうにも、族長が邪魔して攻撃は効かない。だったら!)

「土鈴割り!!」

 術者を攻撃しても意味が無いのならばと、晶子はバトルアックスを子供達に向けて力いっぱい振り下ろす。

 アックスの刃が床を抉ったかと思えば、粘土質の土が沸き出し、濁流のように子供達へ流れていった。

「ちょま、は!? おいおいおいおいーーーーーーー!!」

 それは傍にいたアルベートと一緒に彼らを飲み込んでいき、やがて鑪程のサイズをした猫のような形をした土鈴となった。

(何がどーなってんだ!? 一緒くたに飲み込まれたガキンチョ共は大丈夫なのか!!)

(あ、ごめん、苦しくない? この技って本来、土鈴ごと中に閉じ込めた敵をバトルアックスで叩き割るんだけど、エフェクトとか見る感じかなり堅そうだったんだよね。だからいっそ、あたしが割らずにいたら防護城塞代わりにならないかなって)

 晶子は機転を利かせ、自身の覚えている秘技を利用したのだ。

 アルベートに説明したように、敵を閉じ込める際に創り出される土鈴はかなり頑丈に出来ているようで、ゲーム中のエフェクトもマナを込めたバトルアックスで半ば爆発させるように破壊するというものになっている。

 それを思い出した晶子は一か八かで賭けに出たのだが、効果は十二分に発揮できているようだ。

 無数の風の槍は全く土鈴を傷付けられず、寧ろ陶器の肌に触れるだけで霧散していく。

(お陰様で、こっちは快適に過ごせてるよ!!)

(え、中どうなってんの? 流石にそこまで知らないんだけど)

(ちょっと広めの空洞になってるな。息苦しさもねぇし以外と快適だが……ガキ共の傷が深すぎる)

 土鈴の中から状況を報告してくれるアルベート曰く、弦を含め子供達は皆傷だらけ。意識はなんとかあるものの、花朝を始めとした小さい子供達は、焦点が合わず朦朧とし始めているという。

(土鈴の中って明かりでも点いてんの?)

(今の俺様はミニゴーレムだぜ? この程度の暗がり、目のライトがあれば簡単に明るく出来るっての!!)

 自慢げなアルベートの声に「こいつ絶対ドヤ顔してるな」と少しイラついた晶子だが、一児の父親である彼が居れば、子供達も少しは安心できるかもしれないと思い黙った。

「くっ、なんだこの土くれは……! 相性ならこちらの方が有利であるはずなのに!!」

「あーっはっはっ!! テメェら如きの魔法であたしに勝とうなんざ、烏滸がましいっちゅう話やわ!! ざまぁ!!」

 歯ぎしりをして悔しがる戦士の男を、晶子は全力で煽り散らす。バトルアックスを体で支えながら両手で中指を立てる姿に、男だけでなくこの場にいる全ての有翼族が忌々しそうな顔で晶子を見た。

「えぇい、お前達! 早くあの土くれをどうにかしろ!!」

「どうし、て……どうして、こんな事をするの!? お父さん!!」

 壊れる気配の無い土鈴に苛立ちを露わにして戦士達に怒鳴りつける族長の言葉に、弦が我慢できなくなったように土鈴の中から叫び声を上げた。

「言ったであろう、成り損ないが神子様の恩寵を受けるなどあってはならぬ、と。何より、お前達が生きているせいで、我等はずっと死の病に侵される恐怖に苛まれ続けるのだ!!」

「お父さん、聞いて! この病気は他の人にうつったりしないって! お客人様が教えて下さったの!」

「何を馬鹿な! 現にその子供等が生まれてから、もう何人も犠牲者が出ているのだぞ!!」

 初めて聞く話に、晶子と鑪は思わず顔を見合わせる。

「それは……」

「神子様が懸命に薬を調合し、治療をしてくださったが……病にかかった大人は全員死んだ!! これまで風邪の一つも拗らせた事の無かった大人がだ!! これで他人にうつらぬ病などと、どの口がほざく!!」

 口から泡を吹きながら反論する族長の勢いに、弦は二の句を継げないようだ。

「そもそも、わしはお前を我が子だと認めないと言ったはずだ。わしの最愛の命を奪い、この世に生れ落ちたお前を殺したい程に憎んできた。わしを父と呼ぶなと言っただろう!!」

「で、でも、おとうさ」

「黙れ!!」

 広間に怒声が木霊し、肩で息をする族長は戦士達に攻撃を止めるよう合図を出した。耳障りな槍の雨がやみ、族長の荒い呼吸音以外、静寂が広間を包みこむ。

「良い機会だから、改めて教えてやろう。わしはお前を、わしの妻を殺して生まれて来たお前を生涯許さぬ。泣いても、喚いても、縋りつこうともだ」

 それは、父親から娘へ向けられた拒絶。そして——。

「お前が、お前が死ねばよかったのだ」

 明確な殺意だった。族長は手元にマナを集中させると、一本の風槍を形成する。しかし、それは戦士達のものよりも遥かに大きく、より荒々しいうねりを持っていた。

(あ、あれはアカン!!)

 一目見ただけで分かる凶悪さに背筋が凍った晶子が駆け出すのと同時に、族長の手から槍が放たれた。


——ドンッ、カラン


「がはっ」

「晶子!!」

 槍が土鈴に当たるかと思われた、その瞬間。間一髪で滑り込んだ晶子の腹を、風が貫いた。

「晶子様!? 今の音は何です!? どうされたんですか!? 鑪様、晶子様に何かあったのですか!? ここから出してください!!」

「バッカ! お前は狙われてる身だ!! 心配は分かるが大人しくしてろ!!」

 背後から聞こえる弦とアルベートのやり取りを耳にしながら、晶子は凄まじい勢いで進み続ける槍を両手で掴み、力が抜けそうな足を踏ん張って、土鈴に近づけないよう歯を食いしばる。

「ぐっ、ぬううううう!!」

 すぐさま駆け寄って来た鑪も槍を握るが、少し触れただけでも掌がガリガリと削られ、痛みに呻めいた。

「晶子! お主の手が使い物にならなくなるぞ! 手を離すのだ!」

「だ、め。今、離じた、ら……ど、れいが、割でる……!」

 晶子は、槍の穂先が既に土鈴に到達していて、その表面を少し削っているのに気が付いていた。

 手を離してしまえば、晶子ごと少しずつ進み続けている槍はあっという間に土鈴を貫通し、弦達を殺してしまうだろう。

「だが!」

「ごぼっ、あたしは! だい、じょうぶ!!」

 胃からせり上がってくる血を吐き出しながら、晶子は鑪に笑って見せた。

(ほんとは、ものすっごく痛い。もしかしたら死ぬかも知れない……怖い……アルベートも、あの時、こんな気持ちだったのかな)

 想像もしていなかった死が迫ってきている現実に、晶子はふと最初の洞窟で、自身を庇ったアルベートの姿を思い出した。

「ふん、手間を取らせる余所者め。そのまま出来損ないごと、死に絶えるが良い!!」

 族長の言葉に、槍の威力が急激に上がる。内臓を生きたままミキサーでかき混ぜられているような感覚にまた血を吐きつつ、それでも骨が見え始めた手を離す事はしなかった。

(……ごめん、女神)

 もはやここまで、と諦めかけたその時。突然、槍を形作る風が膨張し、ぱんっと派手な音を立てて弾け飛んだ。

(はぇ、いったい、なにが)

「う、げぇ、げほ、ゴホッ、ゴボッ」

「しっかりするのだ、晶子!!」

 突然の出来事に思考が追い付かない晶子だったが、槍が消失した事で支えを無くし、その場に崩れ落ちる。

 咄嗟に鑪が抱き留めてくれたものの、腹は抉られたような穴が開き、両手もズタズタ。

 どうやっても回復不可だと、晶子にも分かる位には酷い有様だった。

「なっ!? わ、わしの魔法が消し飛んだだと!? 誰だ邪魔をしたのは!?」

「僕だよ」

 狼狽えて視線を右往左往させていた族長に、天上から答えが返って来る。

(この声、は……)

 聞き覚えのある声に呆然と上を見上げた晶子は、広間の上空で滞空している人物に目を見開いた。

「何だか騒がしいと思って来てみれば……って、これ、下でも言った気がするね」

 茶化したように言った声色は凍えそうな程に冷たく、整った顔は無表情に族長達を見下ろしている。

「み、神子様……!? お休みになられたのでは!?」

「かなり五月蠅かったからね、何してるかなって」

 新の問いかけに、その場にいる有翼族達の顔がみるみる青褪めていく。俯いて、沈黙を貫く男達一人ひとりに目を向ける新だったが、誰からも返事が無いとわかると、わざとらしい大きな溜息を吐いた。

「やれやれ、返事もしないとは……随分とふざけた事をしてくれる」

 新がそう呟いて一拍後、戦士の一人が急に苦しみ出し、魔法陣の描かれた床をのたうち回る。かと思えば、口や鼻、全身の孔から黒いヘドロのような物が流れ出し、戦士の姿は一瞬で溶けていった。

「……は、な、なんだ、今のは」

「まあでも、お前達がやらかしてくれたおかげで、ようやくお前達を使う事が出来るよ」

 衝撃の光景にそんな言葉しか出てこない族長と、動く事も出来ない戦士達。

 呆然と立ち尽くす男達の眼前で、たった今生み出されたヘドロが吸い込まれるように魔法陣へ吸収され、赤い光を放ち始める。

「うっ……」

(こ、の腐敗臭は……!!)

 禍々しく輝く魔法陣から立ち昇った臭いに僅かに顔を顰めた晶子とは裏腹に、空から降りて来た新は恍惚とした笑顔を浮かべて言い放った。

「さあ! これより天にのさばる翼は血溜まりに堕ち、扉の奥より黄泉の闇が世界を喰らう!!」

次回更新は、1/17(金)予定です。

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