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「光の力で時間を止めたってどう言う事?」

※ 冒頭の文章を一部修正しました。

※ 全体の気になった部分を加筆・修正しました。全体の話の流れ自体に変更はありません。

 全員のカップに茶を注ぎ終えた弦は、摘まんでいた一塊を晶子に手渡すと、花朝と名乗った少女とアルベートの向かいにある席に腰を下ろした。

 ちなみに、弦から見てアルベートの右側にひいなと言った少女と並んで晶子が座り、子供を二人挟んで弦の右側の椅子に鑪が腰掛けている。

 文句を言いつつも子供の扱いが上手いアルベートとは違い、鑪は目を輝かせて自身を見上げる少年少女にどう接すれば良いのか困っている様子だった。

 自分達を含め総勢十六人が並ぶテーブルに、こんなに賑やかなのは久しぶりだなとちょっぴり感動しつつも、晶子の視線は指先の塊に釘付けだった。

(こんな濃さのマナをここまで小さくするって、相当な技術が必要だと思うんだけど……新くんマジで凄くない?)

「これがさっき言ってた『内外マナ乖離症候群』の薬……? ぱっと見は角砂糖みたいだけどよ、なんでこんな見た目なんだ?」

「錠剤や粉薬だと、子供達が嫌がってしまって……」

 感心した吐息を漏らす晶子の手元を覗き込んで、角砂糖のような薬に首を傾げるアルベートを見て、弦は苦笑しながらそう言った。

「昔は大変でした……薬の時間になると、皆一斉に姿を隠してしまうので……」

 遠くを見つめながら呟く彼女の言うように、子供とは往々にして薬を嫌がるものである。

 こと『内外マナ乖離症候群』の既存薬は、世界中のあらゆる薬草・生薬を使って作られている為、大人でも悶絶するまずさなのだ。

 更に言うならば、この薬は使っている材料の関係でとても高価なので、一般の人間では手を出す事すら難しい。

「かなり高値がつくって聞いたけど、良く手に入れられたね?」

「実は、神樹の周辺では薬に使われる薬草類がある程度採取できるんです。なので、子供達に飲ませる分は私や新様が調合・処方していたのですが……」

 いくら慕う神子や姉が作ってくれたものとはいえ、口にするだけで苦痛を感じる薬を子供達が進んで飲む訳も無く、薬袋を見ただけで逃げ出す有様であったのだとか。

「あぁー……あの薬、昔偶然手に入れた事があって舐めたんだがよ、くっっっっっっっっっそマズいんだよな……」

「いやなんで舐めた」

「やばいって風の噂を聞いてたから、どんなもんか、と」

「好奇心旺盛な子供か!!」

 冒険者故の好奇心に勝てなかったアルベートの過去話に、晶子は片手で顔を押さえた。

「しゃーねぇだろ、気になっちまったんだから」

「アルベートよ……我は時折、お主が幼い子供のように見えて仕方が無い……」

 ぶすくれた様子で拗ねる態度を見ていた鑪が、呆れたように言う。

 それにうんうんと晶子も同意して何度も頷いていれば、アルベートは更に不満そうな表情を浮かべて弦に茶のお代わりを強請り始めた。

「あはは……はい、どうぞ」

「おう、サンキューな! んぐっ、んぐっ」

 苦笑する弦からカップに茶を注いでもらい、まだ湯気が立ち上る緑茶を一気に煽る。

「まあそんな訳でして、子供達は薬を嫌がったんです。でも、『黒黴病』は常に身を引き裂かれるような痛みに苛まれ、放置していれば確実に死が待つのみ」

「しかし、子等は薬を嫌がって飲まぬ悪循環……なるほど、それでこのような物を創り出したのか」

 徐にシュガーポッドから薬を摘まみ上げた鑪を見て、弦は子供達の為だからと答える。

「あの方は、病に苦しむ子供達を少しでも楽にしてあげたいと、何年も何年も独自に研究を重ねてこの薬、核膜糖(かくまくとう)をお作りになられました」

(核膜糖、ねぇ……)

 意味ありげに名付けられた薬を一体どんな心持ちで新が作ったのか。

(でも、悪いモノじゃないのは確かなんだよなぁ。込められてるマナからも、別に嫌な感じはしないし)

 白く小さな核膜糖からは、淀み等の悪いモノは一切感じられない。むしろ、ここに込められているのは、『誰かを守ろうとする強い意志』のような何かだった。

「親兄弟と引き離された子供達にとって、新様は家族のような存在なのです。……本来なら集落どころか、樹から追い出されても仕方ない私にも、良くしてくださって……とても、お優しい人なんです」

 手元にあるカップに視線を落としながら、弦が淡く微笑んだ。

「みこさまはね、おとなたちにひみつでおやつをくれるんだ! きでとれたくだものなんだよ!」

「それにね! ひいな達が寂しくないように、お人形さんとか玩具もくれるんだよ!」

 弦の言葉に触発されるように、それまで静かに薬を溶かした茶を飲んでいた子供達が口々に発言しはじめる。

 一人ひとりの話に登場する新は、謙虚で誠実、時折怖い雰囲気がするものの、概ね穏やかな気質の優秀な指導者らしかった。

「この薬のおかげで、僕達ももう何十年と痛みを感じていないんです」

「痛みのない日々がこんなに幸せだなんて、本当に神子様には感謝してもしきれません」

(あまりにも聖人然としてて、ゲーム中の凶行を知る身としては、ちょっと複雑な感じ……あ~~~~~~!! 中途半端に原作ってか、神樹のシナリオ知ってるせいで新くんの行動の意味が分からなくてモヤモヤするぅ~~~~~~!!)

 この世界がゲームじゃないと頭では分かっている晶子だが、それでも変に知識があるせいで先入観が抜けない。

 聞けば聞く程、一族を皆殺しにしたのと同一人物なのか疑いたくなるくらいに高潔な新の人物像に、頭を掻き毟りたい欲を抑えるのに必死だった。

「……んん?」

 すると、暫く黙って子供達の話を聞いていたアルベートが、何かに気付いて首を傾げた。

 彼の視線は机を挟んで反対側に座る弦へ向けられており、彼女の頭から胸元まで視線を何度も往復させている。

「いやぁ……こんな事、年頃の娘っ子共相手に聞くもんじゃないとは分かってんだけどよ……弦やお前等って、一体いくつなんだ??」

(ちょっ、こいつ……いや待てよ、たしかに……!!)

 女性に対してなんて事を聞くのだと怒りかけた晶子だったが、よくよく考えればアルベートの疑問も致し方ないと気付く。

 弦達の見た目が若々しかったこともあり、たった今なされた会話の不自然さに全く気が付いていなかった。

(数十年って、この見た目で? え、有翼族って別に不老でも長命でも無かったはずだけど……?)

 現実で見た設定資料集やゲーム内の会話文を思い返すも、有翼族は翼や高い身体能力を持つ以外、一般的な人族と何ら変わりない寿命を持つ種だった記憶しかない。

「む、言われてみればそうであるな。我の知るゆ……天翼族は、異種族に対する不信感のせいで度々衝突を起こす結果、戦死する事が多々ある短命種族であったはず」

 鑪の説明にもあるような有翼族が、数十年以上も姿形が変わらずそのままであるなど、到底考えられる事ではなかった。

「アルベート様も鑪様も、物知りでございますね」

 自身の茶に五つ落とした核膜糖をティースプーンでかき混ぜながら、弦は憂いの表情を浮かべる。

「鑪様が仰るように、私達は決して永遠に等しい命を持っている訳ではありません。過去の記録を見ても、寿命の平均は凡そ七十~八十、どれ程長く生きても百歳程度です。しかし、一族の大半は戦いに生き、そして戦場で死んでいきます」

 弦が語る有翼族の一生は、概ね鑪の知識通りだった。晶子の記憶にある情報とも違わず、話を聞く限りでは目立った齟齬は見当たらない。

「じゃあ、なんで?」

「私達がこうして幾年月も変わらぬ姿でいられるのも、偏に新様の御力のおかげなのです」

 そう言って、弦は更に五つ、核膜糖をカップへ放り込んだ。

「弦ちゃん……?」

「『黒黴病』の痛みを抑えても、病自体が治療された訳ではありません。この子達から苦痛を取り除く為にと悠長に治療法を探していては、先にみんなの命が尽きてしまう」

 不治の病として周知されている『黒黴病』もとい『内外マナ乖離症候群』は、数多の研究者がその治療法を探し求めるも、今日に至るまで詳しく解明されていない難病だ。

 発症数が少ないとは公式の弁だが、おそらく認知されていないだけで罹患者(りかんしゃ)事態は相当数存在すると思われる。

(……あたしが知ってるこの世界は、あくまで表面的でしかない。好きだ推しだと言ってるわりに肝心な所は何も分かってないし、その事実をまざまざと突き付けられてるみたいで……はぁーつら)

 頭では分かっていても、心が完全に理解するにはそれなりに時間がかかるもの。晶子も再編者という役割を与えられていれど、彼女自身はただのゲーム好きな一般人なのである。

(偏見は嫌いだけど、あたしも無意識に偏った見方をしっちゃってて嫌になる。……この先もこういう状況に悩まされるだろうから、気を付けないとなぁ)

 そんな事を考えながら、少し冷めてしまった緑茶を一口飲む。

「治療法を見つけるよりも先に、子供達の命が終わってしまう。それに気付いた新様は、自身に宿る光の力を使い、私達の時間を止めたのです」

「ぅぶじっ!?」

 が、弦のとんでもない爆弾発言に驚愕し、動揺したせいで口に含んでいた緑茶を思いっきり吹き出してしまった。

「ちょ、ご、ごほっ、げっほ、げほっ」

「晶子様!?」

「びっくりしたのは分かったから落ち着けって!」

「晶子、一先ず喉を潤せ。これを飲むと良い」

 慌てて息を吸ったせいで変な所にも入り込んでしまい、盛大に咽てしまった晶子。

 焦りながら回り込んで来た弦と子供達に背中を擦られ、鑪から差し出されたカップを受け取ると、一気に流し込んだ。

「んぐ、んぐっ、ぷは、はぁ~……危うく天国のじいちゃんに会いに行く所だった……」

「縁起でもない事を言うでない」

 さらりと口をついて出た言葉を鑪が窘めるも、それどころじゃ無いと弦に問いかける。

「あの、だいじょ」

「光の力で時間を止めたってどう言う事?」

 心配げに覗き込んでいた弦の言葉を遮って尋ねた晶子に、弦が一瞬息を呑んだ。彼女は迷うようにほんの少しの間沈黙していたが、やがて意を決したように口を開く。

「仮に『黒黴病』の治療法を見つけたとして、子供達が生きながらえている確率は低く、間に合ったとしても必ず助けられるとは限りません……新様は、誰も諦めたくないのだと仰っていました」

「あきらめたくない?」

「純粋に、純真に、無垢に己を慕い、笑いかけてくる子供達を救いたいと。神子としてでは無く、ただの『新』として」


——「……みこ、とか、か、みだと、か、どうで、も……よかった。ぼくは、ただ……ねえさ、んと、い、っしょ、に……」


 不協力ルートを進んだシナリオで、今際の際に放たれた新の台詞が不意に脳内で再生される。

(強い光を宿したせいで大事な家族と引き離され、望まぬ地位を与えられ、欺瞞で塗り固められた一族を恨んで……散々な人生を歩む事になった新くんが真に大切なものを取り戻せたのは、主人公に倒された後だった)

 高められた力を使い己諸共一族を滅ぼすか、計画を阻止されて倒され再会した姉と共に消滅するか。神樹編にある二つのルート分岐のどちらにしても、新の結末には死が定められている。

 WtRs内の新にとって、自分自身すら目的を達成する為の道具でしか無かった。

(そんな彼が、大人達のような打算も無く、呼称こそ神子だけどもただただ純粋に自分を慕ってくれる子供達の事を想って行動してる。彼は本来、心優しい人なんだろうな)

「新様は子供達がのびのびと自由に空を羽ばたいて行けるように、『黒黴病』という病を必ず根絶させる、その為の治療法を絶対に見つけてみせると私に誓ってくれました。そして、独自の力で光の力を変質させて、神樹に住まう全ての者の時間を止めたのです」

 誓いを立てるほどとは思わず、晶子は面食らう。それほどまでに、新にとって子供達は何にも代えがたい存在であるという事なのだろう。

「子供達は分かるけどよ……ぶっちゃけ、なんで大人共まで? 神子様だからか?」

 晶子の状態が落ち着いたのを見計らって、席に戻ったアルベートが不満そうな顔を隠す事無く言った。

(あー……言いたい事はわかる)

 病を理由にして、子供を捨てた親達。そんな彼らに対し、アルベートはこの中の誰よりも怒りを覚えているのは致し方ない事だろう。

「チビ共に魔法をかけるってのは、まだ分かる。けどよ、余所もんへの態度も子供に対する扱いもなってねぇ大人共なんかが、何でこいつ等と同じ対応をされてんだよ」

「それは………………分かりません」

 やや語気を強めて尋ねるアルベートに弦は数秒黙り込んだものの、隠しきれないとでも言うように呟いた。

「分からない? どう言う事だ?」

「当時の新様は、『一族の仲間なのだから』と笑って、大人達に魔法を施しておりました。ですが……」

 言葉を切った弦の表情が、恐怖で引き攣っていく。様子の可笑しい弦に気付いた晶子がそっと肩に触れようとするが、指先が掠った瞬間、ビクッと大きく跳ね上がった。

「だ、大丈夫? なんだか顔色が」

「はっ、はぃ……大丈夫です」

 何ともないと答えが返ってくるが、尋常ではない怯え様を見ているととても平気そうには思えない。

 一体何を見たのかと気にはなったが、晶子にはそんな事よりも弦の体調の方が大事なので、無理に話す必要は無いと宥めた。

「ぃいえ、本当に大丈夫です。それに、どうしてだか分からないんですが、晶子様には伝えねばならないと、頭の中で誰かが言うんです」

「頭の、中? 誰かって?」

 ここに来て急に出て来た謎の人物に、心当たりが全くない晶子は困惑する。この世界にやって来てまともに知り合った人と言えば、アルベート親子と鑪、そして皇帝一家の面々であろう。

 だが、アルベートと鑪に関しては殆どの時間を同じ空間にいる上、わざわざ弦を介して話をする必要性は皆無。更に言えば、皇帝一家に至ってはそもそも弦と面識自体が無いはずである。

(おい晶子、一体誰の事なんだ? 俺様達、そんな話一言も聞いてねぇぞ??)

(いやあたしもどちら様~? なんやが?? まさか各地にいる英雄達の内の誰かって事は無いだろうし、かと言って脳内に直接語りかけてくる声なんて、女神以外にしらんし……??)

 説明を求められても、晶子自身何が何だかサッパリなのだから答えようが無い。そうして頭を捻り続けている晶子をよそに、弦は先ほどよりも切羽詰まったように話し出す。

「新様、住人達に魔法をかける時に、とても恐ろしい顔をしておられました。ほんの数秒前までの微笑みが嘘のように、まるで……そう、感情を無くしたような、それでいて全てを憎んでいるような目をしていたんです」

 震える体を自分の翼で抱きしめるように包み、絞り出すように言った弦。彼女の言動から察するに、その時の新はよほど恐ろしい表情をしていたのだろう。

「あのお顔が、ずっと頭から離れないんです。以来ずっと、新様は何か、私には思いつかないような恐ろしい事を企んでいるのではと……そう思えて仕方ないのです」

(……一瞬、今回は和解できるかもって考えてたけど、憎しみってのはそうそう消えるもんじゃないよね)

 新の心の大部分を占めているのは、姉を黄泉へと投げ捨てた大人達への復讐心だ。自分達の都合の良いように扱ってきた大人達を絶望のどん底に突き落とす為、長い年月をかけて計画し、自らの命すらも盤上の駒として扱う。

 例え無垢に慕ってくれる存在がいたとしても、元凶である大人達がいる限り彼は止まる事は無い。そう確信出来るくらいには、晶子は新と言う人物を良く知っているつもりだった。

(彼は止まらない。ううん、止まれない(・・・・・)んだ。子供達っていう名のストッパーが意味をなさない程に)

「住人達に、お父様に相談しても、馬鹿な事を言うなと叱られるばかりで取り合ってもらえず……」

「弦よ、それを我等に語って、お主はどうしたいのだ」

 沈黙を破って問いかける鑪の声に、弦が顔を上げる。何かを言おうとするも、不安そうに鑪の腕にしがみ付く幼い子供達を見て、中々次の言葉が出てこないようだ。

(他の子達も、弦ちゃんの告白に怯えちゃってる……でも、その割には反論というか、新くんを庇うようなのが無いのは……)

 その反応からして、きっと子供達も薄々感じるものがあったのだろう。普段は温厚で優しい神子の、同族に対する憎悪と怨嗟。本人がどれだけ隠そうとしていても、積み重ねられた負の感情を抑える事は出来なかったらしい。

(これだけ自分を想ってくれる存在がいる事、新くんなら気付いてるだろうに……)

(オメェもさっき言ってただろ? 止まれないんだよ)

 より複雑になってきた状況に内心頭を抱える晶子に、アルベートが言う。

(再編される時に晶子の記憶を見たからよ、俺様も新の坊主の過去は大体分かってる。あいつは、家族からの愛を受けられずに図体だけデカくなった子供だよ)

 両親は生きているのか、既に死んでいるのかも不明、唯一の肉親である姉は翼の色のせいで捨てられた。それなのに、物心ついた頃から新の周りにいるのは、彼を神子と崇めおべっかばかり述べる大人達ばかり。

 周りを敵に囲まれたような状態で、新の心の拠り所となったのは。

「私は……私は、新様を止めたいんです!」

 灰色の翼の娘、弦だった。

「新様は、居場所のない私に巣をくれました。温かな食事も、新しい家族も! だから次は、私があの方を助けたいんです!」

(神子の重圧に耐えきれ無くなった新くんを最初に救い上げたのは、当時まだ幼く父親から無下に扱われる理由も分かっていなかった弦ちゃんだった)

(なるほど。その恩もあって、新の坊主は弦の嬢ちゃんの事を気にかけてんのか)

(あのミニイベントは泣けたわ……)

 ミニイベントとは、メイン・サブクエスト程の長さも無く、短い物だとほんの数行の掛け合いだけで終わってしまうような、後日談のようなもの。

 各メインシナリオにはルート・キャラ毎に必ず複数存在するのだが、神樹編の非協力ルートのミニイベントは、全てが終わった後の集落に再度訪れると見る事が出来る。

 その内容は、新の消滅後に彼の日記を見つけた弦と共に読むというもの。日記の中には、姉を奪った一族への恨みつらみがびっしりと書き連ねられ、とても気分の良いものでは無かった。

 しかし、そんな中にも一ページだけ、穏やかな日々を綴ったものがあった。


——「……ふ、ふふ、あぁ……本当に、馬鹿な人なんだから……」


 涙を流しながら指先で優しくページを撫でた弦が、傍らに控える主人公に教えた日記の中身。そこに書かれていたのは、光も届かぬ闇の中で、だた一つだけ掴んた希望(弦)についてだった。

(弦ちゃんにとっての新くんは文字通りの光で、新くんにとっての弦ちゃんも、姉以外に縋りつける光だった。ゲームではあんな結末を辿ってしまったけど、新くんはきっと、本心では弦ちゃんだけでも生きていて欲しかったんだろうな)

 世が世じゃなければ、姉の満と共に三人穏やかに暮らしていた未来があったかもしれない。

(……ううん、そんな未来を、あたしが作るのよ)

 不確定要素だらけの神樹編。WtRsの知識すら信じて良いのかも危うい中で、それでも晶子は自身の愛したキャラ達の為に、何が何でも最悪の結末は阻止しようと気を持ち直す。

「あたし、協力する。そもそも、その為にここに来たんだから」

「え?」

 晶子の発言に、ぽかんと口を開けて呆けた顔をする弦を尻目にアルベート達に目を向ければ、彼らはやれやれと肩を竦めながらも否定しなかった。

「あの晶子様、その為にというのは一体……?」

「あ~……話せば長くなるんだけど、実は」

 意味が理解できないと当惑している弦に、女神関係の事を伏せて神樹に来た経緯を大まかに説明しようとした、その時だった。

「きゃあ!?」

「うぉあっ!? な、なんだ!?」

 突然、何かを叩きつけるような音が響き、巣全体が激しく揺れる。体勢を崩して悲鳴を上げた弦と近くにいた子供を支えた晶子は、数度大きく傾く度に転がりそうになるのを柱に掴まる事で防いだ。

「ち、チビ共は頭を守れ! 年長組はチビ共抱えて何か掴まるんだ!!」

「弦殿! 緊急事態故、謝罪は後でする。巣に傷をつける事を許せ!」

 アルベートも短い腕を精一杯伸ばして二人の子供を近くの柱に掴まらせ、鑪はそう言うなり二対の刀を鞘ごと床に突き刺した。

(ぬし)等はこれに掴まれ、急ぐのだ!」

「は、はい!!」

「こっちよ! 大丈夫、お姉ちゃんが居るからね」

 鑪に促されて、青年と娘が年下の子供達を抱えて刀にしがみ付く。当の鑪はと言えば、虫由来の上腕で床を掴み、残った腕で四人の子供を抱えていた。

「何が起きて……って、はぁ!?」

 偶然にも窓の近くにいた晶子は、ガラス越しに見える外の景色を見て絶叫した。どうやら、さっきまで枝の先にあった巣は取り外され、何処かへ運ばれているらしい。

「ちょっとなにこれ、巣ごとあたし達を移動させてるって事!?」

「左様。どうやら状況を把握するだけの知能はあるようじゃな」

 混乱して叫んだ晶子の耳に、感情の無い低音が届く。どこから聞こえて来たのかと窓の外を見回していれば、上空から一人の男が現れた。

 白い顎髭を無造作に生やし、眼鏡越しに見える灰色の鋭い眼光からは不気味な程に生気を感じない。

(ヴッ……!? この腐敗臭に似た臭いって……!!)

 帝都の時と同じ、鼻を痛い程に刺激する悪臭に、晶子は思わず顔を顰めた。

「ふん。人の顔を見るなり顔を顰めよって、作法のなっていない余所者め」

 灰色の翼を羽ばたかせてこちらを睨みつけるこの男こそ、弦の父であり、有翼族の集落をまとめ上げる族長、その人であった。

次回更新は、1/10(金)予定です。

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