表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の約束  作者: 雪見桜
【番外編2】終わるもの、続くもの
73/74

9.芽衣の思い


“今日は入学式。

調子が良いから大丈夫!

と思ったけれど、長くは持たなかった。

結局前と同じく保健室で大半を過ごす。

けれど保健室の先生は珍しく男の先生で、しかもすごく優しそうだ。

正直けっこうイケメンだったから少し保健室が楽しみになってしまった。私って面食いなのかも……”



……メイリアーデの頭に流れ込んできたのは、日記の文字と映像だ。

白衣を来たナサドが視界の先で笑っている。

ああ、津村芽衣の記憶かと理解すれば映像はどんどん進んだ。


“クラスで少し変わった子と仲良くなった。

暴走体質ですごく活発な女の子。

過去に色々あったみたいで「同情なんてむなしいだけ」が口癖だ。

私のことも病気持ちでも他の人と何ら変わりなく接してくれた。名前を呼び捨て出来る友達なんて初めてだ、嬉しいな”


“黒田先生は少し怖い。目が鋭くて言葉に抑揚がなくて感情を読み取りにくい。でも松木先生と仲がよくて悠里が好きな人なのだから、きっと人思いの優しい人なんだろう”


“どうしてだろう、最近松木先生のことばかり考えてしまう。寝ても起きても授業中も先生のことばかり。先生、今はどんな本読んでいるのかな?”


“恋愛の先輩である悠里からアドバイスをもらった。恋は積極性が大事って。

積極性……悠里みたいに気を強くして先生にアタックできるだろうか。

ああ、でもあまり付きまとっても先生が怒られてしまう? 最近ニュースで教師のセクハラ問題になってるし……なんて、言い訳だ。”


膨大な記憶が流れてメイリアーデの頭が混乱する。

どれもが覚えのないものばかり。

それでも何故だか苦しくなって涙が止まらない。

溶けて消えてしまう記憶だからだろうか。

零れ落ちていく思いを、メイリアーデは止めることが出来ない。

次々に記憶は流れてくる。


“余命宣告を受けた。今の医療ではあと1年……高校卒業まで生きられないみたいだ。どうしよう、怖くて途方もない”


“最近なんだかすごく感覚が鋭い。もしかして死期が近いから? そう思うと怖くて仕方がない。嫌だ、死にたくない”


“松木先生って何だか他の人と違う? よくよく見てみると黒田先生も何だか違う。どうしてなのかは、分からない”


“先生達の秘密の話を聞いてしまった。この世界の人ではないって。龍と人とは寿命がどうこうって。

松木先生のことを黒田先生がナサド? って呼んでいて、松木先生は黒田先生をイーラン様? と恭しく呼んでいる。深刻そうで、私の存在は気付かれなかったみたいだ。

どうしてだろう、そのファンタジーみたいな話が嘘だとは思えなかった”


勝手に流れ落ちる記憶はメイリアーデの中に瞬間的にしか残らない。

とても大事な、大事すぎて奥にしまわれてきた記憶達。

初めて知る事実に驚き、そして次の瞬間には忘れていた。


“悠里の様子がおかしい。

何だか思い詰めた表情で私を見ている。

けれど悠里から言われたのはたった一つだけ、黒田先生と両想いになれたと。

どうしてその嬉しい報告を泣きそうになってしているのだろう。言葉を何度も詰まらせる理由は何?”


“体が言うことを聞かない。けれど絶対に悟られたくはなかった。だって大好きな人達の足を引っ張りたくはない。病気にたくさんのものを奪われてきた、大事な人達の笑顔まで奪われたくない”


“松木先生が「この世界には多くの可能性に溢れている」って言う。先生の世界はもっと可能性が少ない世界なのかな?

でも先生、そう言ってくれる世界でも無理なものは無理みたい。余命が近付いてくるのが分かる、怖い”


津村芽衣が隠し続けた大事な記憶は、苦しみに満ちていた。それを必死に隠し、必死に戦っていたようだ。

本当は手足の先まで体が悲鳴をあげていた。

けれどそれを悟らせないよう笑顔でふるまう。

一重に大事な人達の笑顔を見たかったから。


“怖いと思う心を誤魔化すのはやめた。怖いものは怖いけれど可能性を信じたい。だって先生達は違う世界からここに来てくれたんでしょう?

悠里だって誰もがみんな無理だと思ったのに黒田先生を振り向かせた。奇跡なんて言ったら悠里に怒られてしまいそうだけど”


“私に元気な体があれば悠里と同じようにもっと強く思いを伝えて付いていくと覚悟できただろうか。

でも私には出来ない。先生に付いていったってすぐ死ぬかもしれない、迷惑しかかけない。そんなのは嫌だ”


“……アメリカで病気の完治を目指す治験をやるらしい。珍しい病気だから私でも応募できるだろうか?

このまま見込みのない今ならば賭けてみたい”


“決めた。頑張って体を整えて、アメリカに行く。

奇跡を起こして先生に会いに行く”


芽衣は初めから気を強く持っていたわけではない。

少しずつ前向きになれるよう努力したのだろう。

やがて無理に取り繕った笑みは、無理のない強い笑みになった。


“先生に告白した。即刻フラれてしまった。

でもね、先生? そんなに辛そうに断られても諦めきれないよ。期待してしまう”


“不思議な人と出会った、自分を神様と言う謎の人。

「あいつは面倒だからやめておけ」って言うけど、そう言われて「はい」なんて言えない。

「死ぬほど好きな人だから無理」と言うとすごく難しい顔で考え込んで「お前が言うと洒落になんねえよ」と言う。

超能力なのかな?”


そうして日記の文字がプツリと止まり、メイリアーデの脳内に浮かんだのは映像だ。

暗い部屋でナサドと2人きり。


そこで津村芽衣はナサドととある約束を交わす。

いつかまた必ず会いに行くこと、「大好き」だと絶対にまた伝えると。

そしてその時こそナサドの本心が知りたいと。


大事な約束、決して最後までメイリアーデが手放さなかった記憶。

そこからどれほどの時間が経ったか分からない。

次に映ったのは、本当の別れの瞬間だった。


学校のグラウンドにイェランとナサドと悠里の姿。

芽衣の視線はとても高い所にある。

少しだけ離れた位置の高い場所。

校舎の屋上だと何故だか分かった。

ぼんやりとイェランを中心に光る。バサッと大きな音が響いたかと思えばその姿は人の数倍はあるだろう異形の姿へ。

驚きすぎて芽衣が何度も目をこする。

そうこうしている間にも光は増して、3人を覆って見えなくなった。


「……俺を恨むか? 永遠の別れをお前に課す俺を」


その意味をおそらく芽衣は理解できなかったのだろう。

首を傾げ、自身を神だと名乗る少年を見つめる。

芽衣はやがて首を横に振った。


「奇跡を起こすから。まずはこの体を治して、会いに行くの」

「……その夢がどれだけ儚いものだとしてもか」

「私が奇跡を信じなきゃ始まらない。この気持ちを教えてくれた人達はあそこにいる。私も相応しくありたい」


芽衣の毅然とした言葉に、メイリアーデは覚悟を感じる。


「松木先生と約束を果たす、の……」


しかし体はもう限界で、視界から3人の姿が消えた瞬間に芽衣の体も崩れ落ちる。

視界が黒く塗りつぶされ、どうすれば体が起き上がるのか分からない。


「……無理なんだよ、お前じゃ」


苦々しげに吐き出された声が響いた気がした。



津村芽衣の記憶はそこで完全に途絶える。

メイリアーデの中からどれほど絞っても、この先は何も出てこない。

そして今までの比ではないほど心が揺れて寂しくて仕方がなかった。

何も残っていない。津村芽衣という名すら、今のメイリアーデの中から消えている。

誰かから言われなければ認識できないほど。


真っ黒な視界のなか、映像は終了したとばかりに静寂を保ち続けている。

ああ、これで全て溶けてしまった。

そう分かった。



「浄化完了だ、メイリアーデ」

「貴方は……、ここは?」

「言ったろ、容量が大きいって。脳にでかい負荷がかかれば意識も保てない。ここはお前の精神世界とでも言えば良いか」

「どうして貴方はここに来れるのですか」

「そりゃ神様だから?」

「……何でも神様だからで片付いてしまうのですね」


転移の神は、どうやらずいぶんと長く見守ってくれていたようだ。

前に会話してから相応の時間が経つというのに、この状況下ですぐ来てくれた。

仕組みは分からないけれど。


「もう忘れてるだろうが、一応言っておく。悪かった、お前には死ぬほど辛い思いをさせた。俺が転移した龍達の影響を最も受け最も苦しみ最も希望のない末路を辿ったのはお前だ」

「そのようなことは」

「あるさ。それでも死してなお希望を捨てずにいてくれたお前を信じ、今度はお前に力を使うと決めたんだ。……ありがとう、奇跡を起こしてくれて」


もう津村芽衣の記憶を完全に失ったメイリアーデには、神の言うことの半分も理解できない。

それでも何故だかメイリアーデの口からはするりと言葉が出てくる。


「こちらこそ、ありがとう」


そうすれば息をのんだような音が響いて、その後ふっとその神は笑う。


「……あの過干渉な神の気持ちが少し分かったよ。まあ、それでもアイツは人間に構いすぎだが。神子に同情するわ、ったく」


今度は全く理解できないことを神が呟く。

そうして最後にメイリアーデに声かけた。


「これで本当にお別れだ。俺との記憶もすぐにお前から消えていく。縁が切れるからな」

「もう会えないのですか?」

「ああ、互いの領分が違うからな。不必要な交わりは避けた方が良い」

「そう、ですか」

「さよならだ、メイリアーデ。これからは神も何もないお前だけの人生を歩め。お前の選んだ番とな」


幸せに。

それきり神からの声は途絶えた。

代わりにメイリアーデの頭に添えられた温かな感触が戻る。

ゆるく柔く、そうして撫でられるこれが何かをメイリアーデはもう理解していた。


「メイリアーデ様」

「ナ、サド」

「おはようございます、大丈夫ですか」


あまりに優しい声に泣きたくなる。

寂しくて悲しくて、けれどその原因が分からない。


ああ、終わった。

終わってしまった。


「ナサド」

「はい」

「ナサド……っ」

「……大丈夫。ここにいます」


強く抱き締めて言葉も紡げないメイリアーデを、ナサドが抱き締め返す。

ボロボロと大粒の涙を何度も流し、嗚咽を漏らせば宥めるように背を撫でてくれた。

メイリアーデが落ち着くまで。

陽が沈むほど長い時間をずっと。


「ありがとう、ナサド。って、あれ、そういえば私……どうしてここに」

「急に倒れたので私が寝台へとお連れしました。龍王陛下も大層心配していらっしゃいましたので、メイリアーデ様のご無事をお報せしても構いませんか」

「え、ご、ごめんなさい! どうしちゃったんだろう、私」

「無理はなさらず」


ようやく意識が覚醒すれば、もうメイリアーデの中には何も残っていなくて、どうして先ほどまでこれだけ悲しんでいたのかも分からない程だった。

ひたすら首を傾げるメイリアーデをナサドが寂しげに笑んで宥める。


「もう少しお休みください、メイリアーデ様。私は陛下にご報告しに行きますので」


メイリアーデに微笑み頭を撫でたナサド。

そっとその場に立ち上がるその手を咄嗟にメイリアーデは掴む。

グッと引き寄せ、背に手を回せばナサドが不思議そうにしながら抱きしめ返した。


「メイリアーデ様?」

「ん? うん、何かごめんなさい。どうしても離し難くて」

「……寂しい、ですか?」

「……そう、なのかな」


説明のつかない感情、未だはっきりとしきらないぼんやりとした頭。

メイリアーデはやはり首を傾げるしかない。

自分の状況を完全に理解し飲み込むにはもう少し時間がかかるようだ。


それでもどうにもナサドを1人にはしたくなくて、メイリアーデは立ち上がった。

ナサドが慌ててメイリアーデの背を支え、心配そうに見つめている。

苦笑しながらメイリアーデは礼を言った。


「大丈夫よ、ナサド。お父様には私が直接行くわ」

「しかしメイリアーデ様」

「本当に大丈夫。けれどそうね……、もし良かったらナサドも一緒に行ってくれる?」

「それは勿論構いませんが」

「ありがとう。お父様に謝ったら、少し庭を散歩しましょう。もう少しシャッキリしたら、貴方にも話したいことがあるし」


ナサドがメイリアーデの話を断るわけもなく、ただひたすら心配そうに見つめながら付いてきてくれる。

なんともナサドらしいと思いながら、共に歩く中でメイリアーデの意識もはっきりと戻って来た。


ナサドが龍としてまた一歩前進したこと。

ついに龍王にナサドが一人前だと認めてもらえた。

そうやって自分達の関係性も立ち位置も前進したことで、メイリアーデの中に変化が訪れたこと。

前世……自分が生まれる前の記憶や繋がりから完全に今切り離されたのだと、そういうことを。


メイリアーデとして生きる。

ナサドと共に龍人として、今の生を必死に生き抜く。

目が覚めて、前世のこと以外全てを思い出したメイリアーデに残ったのは、そんな強い意志だった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ