37・黒い炎
「この力? 貴様に手を貸す者がいるのか」
射抜くようにシルヴィアを睨むライナス殿下。
シルヴィアは「ちっ」と舌打ちをしてから。
「……もう一回、予定変更よ。一旦体勢を立て直す! だけど、必ず『無能』は私が殺す!」
「待て!」
ライナス殿下が手を伸ばすが、その間にシルヴィアの体が黒い炎で包まれる。
え……? なに、あの黒い炎?
あんな禍々しい炎は、見たことがなく……。
困惑していると、やがてシルヴィアが纏う黒い炎はさらにその勢いを増す。
誰も近寄れないでいるうちに、黒い炎とともに彼女はその場から消失してしまったのだ。
「くそっ……」
ライナス殿下が立ち上がり、シルヴィアをすぐに追いかけようとするが。
「殿下……っ!」
「アリシア!?」
私も彼に付いていこうとすると、立ち上がった瞬間にふらついてしまった。それに気付き、ライナス殿下が慌てて私に視線を戻す。
「す、すみません」
「いいんだ。そんなことより……本当に大丈夫か? せっかくのウェディングドレスも汚れている」
「はい。シルヴィアにちょっと踏まれただけですから……」
体のあちこちがじわじわと痛いけど、骨は折れていないみたい。
今度は落ち着いて、ゆっくりと立ち上がる。
「殿下……どうして、私のいる場所が分かったんでしょうか?」
「その髪飾りだ」
そう言って、ライナス殿下は私の頭に目をやる。
「君にプレゼントした髪飾りには、俺の魔力を含ませている。念のために施した処置だったが……役に立った。ミレーユから話を聞いて、君の魔力を辿ってきたんだ」
「そう……だったんですね」
この髪飾りにそんな秘密があったなんて驚きだけど、そのおかげでライナス殿下が来てくれた。
私を守ってくれた髪飾りにそっと手を当て、心の中で感謝した。
「ミレーユさんは無事なんですか? それに他の人も……」
「ああ、ミレーユなら問題ない。君の前に配置していた護衛の兵も──おそらく、シルヴィアのせいだろうが、眠らされていただけだ。命に別状はない。式は緊急事態のためひとまず中止にし、リュカには他の場所をあたらせている」
よかった……。
彼女のあの様子だったら、殺してしまってもおかしくなかったからね。
「アリシア、現状を把握したい。どうして、シルヴィアは君を攫った? 俺はそれなりに魔法に精通しているつもりだが、先ほどの黒い炎は初めて見た。シルヴィアはなにか言ってなかったか?」
「あっ、そうです。シルヴィアは……」
私はシルヴィアから聞かされた全てを、ライナス殿下に説明した。
「俺に……魔神が宿っている……?」
すると、ライナス殿下の表情が戸惑いで染まった。
「しかも、君が光の聖女の力を継いだだと? まさか、そんな……」
「シルヴィアの言っていることは、本当でしょうか?」
「分からないし、本当だと信じるのは危険だろう。しかし、先ほどのヤツは異常だった。なにかを知っているように──な」
冷静にそう口にするライナス殿下。
確かに……。
先ほどのシルヴィアの瞳は、背筋が凍るような異様な輝きを放っていた。
それに、私がライナス殿下に触れると魔力暴走が治まる──そんなこと、シルヴィアは知らないはずなのに、まるで全部把握しているかのような言動だった。
嘘を吐く理由もないし、色々と辻褄が合わなくなる。
「それに……ヤツの言っていることが本当なら、君の“中和”の力といい、全てが腑に落ちるのだ。君には話していなかったが、時たま俺には声が聞こえていた」
「声?」
「邪悪な声だ。殺せ──というような、な。今思えば、あれは魔神の声だったかもしれない」
とライナス殿下は扉の方へ視線を向ける。
「こうしてはいられない。俺はすぐにシルヴィアを追いかける。ヤツにはまだまだ聞きたいことがあるし、放っておけない」
「で、ですが、どこに行ったんでしょうか?」
「これは仮定だが……先ほどの黒い炎を纏ったのは、他の場所に転移するためだ」
「転移? そのようなことは可能なのでしょうか?」
「普通なら出来ん。転移魔法は魔法の中でも最上位に位置するもので、俺にも使えない。この国でも、使えるのは極僅かだ。だが……君がここに連れて来られた件といい、そう考えなければ理由が説明がつかない」
そういえばそうだ。
いくら眠らされていたとはいえ、シルヴィア一人が私を抱え、遠い距離を移動するのは非現実的だろう。
だけど仮に転移の魔法が使えるなら、距離の問題が解決する。
「転移魔法だとするなら、尚更、どこに行ったのか分からないのでは?」
「君の控え室からこの部屋まで、実はさほど距離が離れていないんだ。走れば、二、三分で辿り着けるような場所だ。おそらく、ヤツの転移魔法は長距離を移動出来ないのだと考える。そうでなければ、城内ではなくもっと遠い距離まで逃げればいいだけだからな」
「なるほど……」
理解する。
この時間で、ライナス殿下はここまで考えているなんて……彼の頭の回転速度にただただ感服するばかりだ。
「ゆえに、まだ城内にいるものだと考えられる。すぐに護衛の騎士を寄越すから、君はここで待っていてくれ。俺はシルヴィアを追いかけ──」
「ま、待ってください!」
今にも走り出そうとするライナス殿下を、私は慌てて制止する。
「私も連れて行ってください」
「君を? ダメだ、危険すぎる。いくら君の頼みだとしても、首を縦には振れない」
「もし、シルヴィアの言っていることは真実なら……ライナス殿下の中には魔神が宿っています。そして、今のところ魔神の対処法としては私の力が有効。魔力暴走が起きても対処出来るよう、私を連れていくべきでは?」
それに……シルヴィアは私の妹。
今まで虐げられてきたけど、血の繋がりは消せない家族なのだ。
だったら、家族の問題は自分で解決する。
ここでもライナス殿下に頼りっぱなしでは……私はきっと前に進めないんだから!
「……分かった」
ライナス殿下は一頻り考えた後、そう頷き。
「どちらにせよ、君の身も心配だ。目を離してまた攫われるような事態になるよりかは、俺のすぐ近くにいてくれた方が安心出来る。アリシア、行くぞ。我儘な妹に説教だ」
「はい!」
迷わずに返事をする。
正直言えば、ちょっと怖い。
だけど、先ほどは初めてシルヴィアの言葉に首を横に振ることが出来た。
今なら、彼女に負けないんじゃないか……そんな勇気が湧いてくるのだ。
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