29・化け物と呼ばれた男(ライナス視点)
「どうしたんだよ、ライナス。今日は一段と顰めっ面が酷いな」
玉座の間を後にして。
アリシアと別れてから、俺は執務室で書類仕事をしていた。
「うむ……」
リュカの言葉に、俺は頷きだけで応える。
そんな俺に、リュカは息を吐く。
「そういや、今日って陛下が帰ってくる日だったよな。アリシアさんを、陛下に紹介したのか? 陛下にまたなにか言われたんじゃ?」
さすがはリュカ。
従者である前に幼馴染でもある彼は、昔から俺の感情の機敏をすぐに察する。
いつもはお調子者の男なんだがな……。
こういう妙に勘が鋭い部分も、俺がリュカを信頼している理由の一つだ。
「その通りだ。予想はしていたが、ねちねちと嫌味を言われたよ。陛下は俺が即位することを、よく思っていないんだろうな」
無論、表立っては非難しない。
王家の血筋を持ち、歴代最高とも称されている魔法の才がある俺は、王位を継ぐのに最適だったからだ。
陛下もそのことに苦々しさすら感じているだろう。
せめて、魔力量さえ凡才であったら……少しは変わったかもしれないのにと。
「ほーんと、陛下も自分勝手だよな。まだ、八年前の出来事をまだ根に持ってんのかよ」
後頭部に手を回し、リュカが軽い口調で言う。
八年前──それは俺にとって大きな意味を持つ。
その頃、まだ俺の母上──王妃は健在であった。
だが、母上は俺のことを嫌っていた。膨大な魔力量を誇り、度々魔力暴走を起こす俺を不気味に思ったのだ。
ゆえに、母上はなるべく俺から距離を取った。
しかしある日の出来事。
俺と陛下、母上の三人で食事会が開かれたのだ。
十歳となり、そろそろ王位を継ぐための自覚を俺に持たせなければらない。陛下もそう考えたんだろう。これがきっかけで、家族の関係が修復出来れば……と。
だが、あろうことか俺はその場で魔力暴走を引き起こしてしまった。
魔力を抑えきれず、その余波で食器と悲鳴が飛び交う中、苦しむ俺に対して母上はこう言った。
『や、やっぱり、あなたは化け物なのよ! どうして、あんたなんか生まれたのかしら! 魔神の生まれ変わりなんじゃない!?』
……と。
この国において、『魔神の生まれ変わり』という表現は最大の侮辱だ。
それなのに、母上は恐怖で顔を歪ませて、俺のことを罵った。
最終的にその場で魔力暴走は収めることが出来たが、母上は変わってしまった。
あれほど美しかった髪には白髪が目立ち始め。
利発的な顔が、疲労で染まっていった。
見る見るうちに衰弱していき、あの食事会から三ヶ月後……息を引き取ったのだ。
医者は『流行病』と診断した。
ストレスにより病気への抵抗力が低下したのも一因であるが、母上が亡くなったのはあくまで病気のせい。俺のせいじゃないと医者は言った。
だが、母上──妻のことをなによりも愛していた陛下は、それ以降俺を見る目つきが変わった。
直接には言われたことはないが、『妻が亡くなったのは息子のせい』と思い込んでいるらしい。
それから、俺と陛下の確執は始まった。
「……思えば、母上が亡くなってから、魔力暴走はさらに酷くなった。感情の急激な変化によって、魔力は不安定になりやすい。だからだろう」
「その頃……アリシアさんに出会ったんだよな」
「そうだ」
王子という立場も捨てて、一人で楽になりたい……なんなら、街の片隅でひっそりと死ねばいい。
そう考えていた俺をアリシアは救ってくれた。あの日の出来事をひとときたりとも忘れたことはない。
「アリシアに触れると……不思議と魔力暴走が治るんだ。きっと、彼女が傍にいると心が穏やかになり、魔力が安定するんだろう」
「本当にそれだけだと思うか?」
唐突にリュカが疑問を発する。
「どういう意味だ?」
「いや……お前だって気付いてんだろ。『彼女に触れていると、心が穏やかになる』っていう理由だけで、お前の酷い魔力暴走が治るわけがない。生まれてから、ずっと苦しめ続けられてきたんだ。そんな簡単な理由で治るなら、医者なんてこの世からいらねえ」
……やはり、こいつは鋭い。
リュカに言われたことは、薄々俺も感じていたことだからだ。
思えば、『選定の儀』でもアリシアに触れた途端、八年前の思い出が急激に押し寄せてきて、彼女だと直感した。
彼女に肌の温かさを忘れたことはない。それは事実だ。
だが、八年も経っているのだぞ?
八年も経てば、俺と彼女も変わってしまう。
結果的にはアリシアで間違いなかったから、その疑問に蓋をしていたものの……彼女には、なにか秘密が隠されているんじゃないかと感じていた。
「アリシアさんは、なにも知らないのか?」
「知っている様子はないな。問いただして、彼女に負担をかけたくない」
「それでいいのかよ。だって、お前らは結婚するんだぜ? アリシアさんに触れていると、魔力暴走が治る理由も知らないなんて……」
「構わない」
断定する。
「俺はなにがあっても、彼女を愛し続ける。彼女といると、魔力暴走が治るからという利で結婚するわけではない。俺は彼女と一緒にいたいから、結婚するんだ」
続けてそう言うと、リュカはひゅーと口笛を吹いた。
「言ってくれんね〜。まあ、お前が結婚を焦る理由も分かるけどよ」
このリュカの言葉も間違いない。
アリシアは魔力を持たない、所謂『無能』だ。
決まりがあるわけではないが、代々王子に嫁ぐ女性は多かれ少なかれ、魔力を有していた。
そもそも、この国の貴族のほとんどが生まれながらにして魔力を宿しているのである。
俺はくだらないと感じているが、王子と結婚する女性には格が求められるのだし、必然的に結婚相手は貴族令嬢から選ばれる。
だからこそ、今まで決まりがあったわけではないが……今回、アリシアで問題が表面化した。
母上の一件もある。陛下と結びつきが強い大臣は、俺とアリシアの結婚に反対する者もいると知っている。
もっとも、今は極々少数派ではあるがな。
とはいえ、無作為に時間をかけていれば、結婚反対論を唱える過激派も現れるだろう。
状況が変わらないうちに、アリシアと結婚する。
そうすれば、さすがに反対派の連中だって文句を言わなくなるからだ。
それが一番、アリシアを守れると考えた。
「焦っている……という言葉は否定しないが、俺はアリシアに幸せになってほしいだけだ。そのためなら、俺はどうなってもいい。たとえ、この身が果てようとも──な」
「お前がそこまで言うなんて、アリシアさんも幸せもんだな。お前らの関係も良好なんだろ?」
「う、うむ……」
リュカに言われ、俺は思わず口を噤んでしまう。
「……? どうしたんだ?」
「いや……良好なのには間違いない。喧嘩もしたことがないしな。彼女もそう思ってくれているに違いない。ただ──」
と顎の前で手を組み、こう言う。
「最近、アリシアがやけにそっけない時があるんだ。俺の顔も、まともに見てくれなくて……」
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