28・陛下の帰還
結婚式も近くなってきて、周囲も慌ただしくなってきた。
私は……といったら式の準備と並行して、王妃教育が本格的に始まることになった。
正直、実家にいる頃は貴族作法の勉強をさせてもらえなかったので、覚えることで一杯だ。
家庭教師に叱られることもしばしば。
しかし、ライナス殿下と婚姻するとなってから、分かっていたことだ。
彼の隣にいるためには、それにふさわしい女性でなければならない。置物の王妃──正しくは式を挙げても、殿下がすぐに即位するわけではないけど──ではいけないのだ。
そういうわけで、忙しい毎日を送っていると、ある日ライナス殿下に呼び出された。
「陛下が帰ってくる?」
ライナス殿下から話を切り出されそう問いかけると、彼は神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。長らく外遊に行っていたが、結婚式に合わせて帰ってくるようでな。無視……するわけにもいかないし、陛下に君を紹介したい」
「そうだったんですね。もちろん、私は大丈夫です」
一度もお会いしたことがなかったが、ライナス殿下のお父上なのだ。緊張するけど、彼の妻になるためには避けられないイベントとも言える。
「君がそう言ってくれると、助かるよ」
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべるライナス殿下。
しかし一転、表情を固くして。
「一応言っておくが……陛下と対面すれば、色々と不快だったり疑問が湧いてくると思うが、君が悪いことではない。それだけは心に留めてくれ」
「……? 分かりました」
なんだろう……?
疑問はともかく、どうして不快に? そんなこと、私が思うわけがないのに。
色々と不思議に思いながらも、私は陛下の対面に備えるのであった。
そして翌日──。
私はライナス殿下と共に、陛下がいる玉座の間に向かった。
「──お主がライナスの婚約者か。此度は婚約のほど、心より祝福する」
荘厳な雰囲気。
玉座の間には大臣が騎士がずらりと並んでおり、私たちの対面を静かに見守っていた。
「み、身に余るお言葉、感謝いたします」
そう言って、私はカーテンシーを披露する。
ちゃんと出来てるかな……?
ここ最近、家庭教師の人につきっきりで教えてもらったけど……なにせ実践は初めてだ。少し不安になってくる。
しかし。
「うむ」
玉座に腰を下ろす陛下はそう頷くだけで、私のカーテンシーに対して不快に思っていなさそうだった。
というか、そもそも関心がないような……?
私が疑問に思っている間も、陛下は次にライナス殿下へと視線を移す。
「ライナスよ。外遊先で報告は受けておったが、ようやく身を固める決意をしたのだな。『選定の儀』などというおままごとをするばかりで、なかなか婚約者を決めずに、心配していたぞ」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません」
と隣でライナス殿下は、床に片膝を突きながら言う。
その頭は下げられている。
いくら父上だとはいえ、陛下への対応としてはおかしくないけれど……どうしてだろう?
私には陛下に対するマナー云々よりも、ライナス殿下が陛下とあまり顔を合わせたくないと感じているように思った。
「身を固め、お主の即位も本格的に進むだろう。私も歳だ。お主が後を継いでくれるとなると、私もようやく身を休める」
陛下の話に、ライナス殿下は静かに耳を傾ける。
「しかし──」
一転。
陛下が頬杖を突き、威圧的な口調でこう告げた。
「聞くところによると、お主の婚約者であるアリシア嬢は、魔力を持たない『無能』らしい。そのことについて、お主自身はどう考えておるのだ?」
「魔力を持たない女性と、結婚してはいけない決まりがあるのですか?」
「そうは言っておらん。だが……お主とアリシア嬢の結婚に、異を唱える者も現れるだろう。それでも、お主はアリシア嬢と結婚するつもりか?」
……なんだろう。陛下の言葉にやけに棘を感じる。
ライナス殿下はどういう態度を取るつもりだろうと隣に視線を移すと、彼は拳を握りしめて震えていた。
そして、声を絞り出すようにしてこう言う。
「……仮にどれだけの困難が待ち受けていようとも、俺は彼女と結婚します。それは陛下にも文句を言わせません。たとえ彼女が危険に晒されても、俺が必ず守ります」
それは静かな決意表明。
ライナス殿下の返答を受けて、陛下は僅かに表情を歪ませる。
「うむ……そうか。そう言うなら、私からお主に言うべきことはこれ以上ない」
そう言って。
次に陛下は、私へと顔を向ける。
「アリシア嬢よ、お主の覚悟も知りたい。この国……いや、この世界は魔力で全てが決まる。それなのに、魔力を持たない女性が王太子の妻になるというのは、なにを意味するのか。その意味を分かっておるのか?」
「……はい」
今まで、散々考えてきたことだ。
だけど、ライナス殿下は私を愛してくれている。私も、彼の愛から真正面から受け止めたい。
もう私は、『無能』である自分を責めない。そうでないと、私を信じてくれている彼にも失礼だからだ。
「私は、彼を支えられるような女性になりたい。そのためなら、どのような困難でも受け入れます」
「き、緊張しましたぁ……」
玉座の間から出て。
廊下を歩きながら、私はライナス殿下と言葉を交わしていた。
「とてもそうは見えなかったが?」
「無理してたんです……」
先ほどの緊張と疲れが、どっと肩にのしかかってきた。
陛下は不快に思っていないだろうか? 不安だ。
だけど、ライナス殿下は私の不安を払拭してくれるように、
「だとしても、君は上手くやっている。最初、城にやってきた時を考えると見違えるほどだ。アリシア、変わったな」
と優しく言ってくれた。
そんなライナス殿下の優しさを感じていると、顔に熱を帯びて、真っ直ぐと彼の顔が見られなくなっていた。
「どうした?」
「い、いえ!」
咄嗟に顔を背ける。
私……どうしちゃったんだろう。今までこんなことはなかったのに。
「そ、そういえば! 陛下もやけに険しい顔つきでしたね。睨まれているようで、体がすくんでしまいました」
それは、陛下との対面中にずっと考えていた。
私に対してはマシだったけど、陛下がライナス殿下を見る目つきは、とても息子に向けるものだとは思えない。
「……陛下は俺のことを憎んでいるからな」
顔に影を帯びて、ライナス殿下はぽつりと呟く。
「え?」
「いや、なんでもない。それよりも、今は式のことだ。これから、さらに忙しくなる。当日だが──」
頷き、私たちは結婚式について話し合うのであった。
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