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23・ライナスの弱さ

「ライナス殿下!?」


 息を荒くしているライナス殿下に、私は急いで駆け寄る。


「アリシア……か?」


 すると、ライナス殿下は私がいることに今気付いたのか、ゆっくりと顔を上げる。


「どう……したんだ? なにか、あったの……か?」

「い、いえ、今日のデート……とても楽しかったとお伝えするのを忘れていまして。本当にありがとうございました」


 薄暗い室内。

 窓から差し込む月明かりがうっすらとライナス殿下と私を照らす中、そう告げた。


「それはよかった」


 お礼を言うと、ライナス殿下はかすかに表情を緩めた。


 しかし、苦しそうにしているのには変わりない。


「今はそれよりも……どうしたんですか? 体調が悪いんでしょうか。お昼間はそんなことなかったのに……」


 私は彼の、こういう姿を見たことがある。

 八年前──まだライナス殿下とは知らずに、私が市場の路地裏で彼を助けた際だ。


 額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。

 顔色も悪く、息をしているだけでも辛そうだ。


「上手く隠していたつもりだが……もう限界そうだな。遅かれ早かれ、夫婦になればバレる問題だった」


 問いかけると、ライナス殿下は諦めたように息を吐き、こう続けた。


「君には、なるべく隠し事をしたくない……と、昔言ったのを覚えているか?」

「は、はい。殿下に初めて中庭を案内された時ですよね」

「そうだ。その言葉に偽りはない。ただ……唯一、俺は君に嘘を吐いていたことがある」

「と、いいますと?」

「魔力暴走は克服したと言っていたな。あれは嘘だ。八年前──いや、生まれてからずっと、俺は魔力暴走で苦しめられている」


 魔力暴走──。

 歴代最高とも称される魔力量を誇る半面、ライナス殿下はその魔力の制御に苦しんでいると、前に言っていた気がする。


 だが、そういった兆候は成長していくにつれて魔力の制御を覚え、なくなっていく。

 だからてっきり、ライナス殿下もそうだと思っていたが……違った。


「全く……厄介なものだ。無論、この魔力のおかげで俺は今の地位を保つことが出来ている。今日の昼間も、魔法で君の妹を退けることが出来た。だが……いくら努力しても、この魔力は御せられない」

「そういった風に見えなかったのですが……?」

「見せなかっただけだ。完全に御すことは出来ないとはいえ、発作が起こるタイミングはある程度操れるようになった。だから……人目がなくなった晩、こうして魔力暴走に苦しめられているんだ」


 それは、問題の先延ばしにしかならないんじゃないか?


 魔力暴走というのは、体では抑えきれない魔力が外に放出されることによって引き起こされる症状だ。

 ゆえに時間が経ち、体に宿る魔力が少なくなれば、苦しみも次第と薄くなっていく。


 だけど、ライナス殿下はそうじゃない。

 昼間に感じる苦しみも、全て夜に後回ししているだけなのだ。


 婚約してからいつも毅然としていたライナス殿下だが、今はその面影がない。

 なんとか喋ることが出来ているが、常人なら悶えるほどの苦しみなのだろう。

 今の彼を見て、そう感じた。


「特に魔法を使った日の晩は、さらに苦しくなる。君の妹を前にして……感情を制御しきれず、過分に魔法を使おうとしてしまった」

「ということは……今、殿下が苦しんでいるのも私のせい──」

「そうじゃない」


 言葉を紡ごうとする私を、ライナス殿下は素早く制止する。


「俺が未熟だったせいだ。俺がこの魔力を御せれば、済んだ話。それに……君がそういう顔をすると分かっていたから、今まで言わなかった。頼むから、そんな顔はしないでくれ」

「はい……」


 絞り出すように声を発するが、やっぱり辛い。


 私のせいなんじゃ……という思いもさることながら、今のライナス殿下の苦しみが、まるで自分のことのように感じたからだ。


 なんとか、この苦しみを取り除いてあげたい。

 だけど、私は『無能』。

 ライナス殿下だって、今までなんの策も講じていないわけがないし、手は尽くしてきたはず。でも、魔力暴走の苦しみは止められない。


 だから私の出来ることは……。


「殿下」


 名前を呼んで、私は彼の手をそっと包み込むように握る。


「八年前も、私がこうして殿下の手を握ったことを覚えていますか?」

「その通りだ。八年間、君の手の温かみを忘れたことはない」

「だったら……こうして手を握れば、少しは苦しみがなくなるんじゃないでしょうか? 八年前の時のように」


 根拠は薄い。

 しかし、今の私にはそうすることしか出来なかった。



 ──彼を守りたい。



 そう強く願う。


 すると不思議なことに、今まで冷たかった彼の手が温かみを取り戻し始めたのだ。

 まるで、私の体温が彼に移ったかのようだ。


「ああ……そうだ、この温かさだ。これがあったから、『選定の儀』でもすぐに君を見つけることが出来た……」


 ライナス殿下の表情も安らかなものとなっていく。


 やがて脂汗も引いていき、呼吸も整う。

 肌も血色が出始め、その表情にも力強さが戻った。


「……ありがとう。もう治ったよ」

「よかった……!」


 嬉しくて、声を弾ませてしまう。

 苦肉の策としてやったことだが……ライナス殿下の魔力暴走を止めることが出来たみたい。


 問題は、どうしてただ手を握っただけで止めることが出来たのかだけど……今は分からなかった。


「殿下、あらためて申し上げます。今日は本当にありがとうございました。また落ち着いたら、連れて行ってください」

「もちろん。そうだ──」


 ライナス殿下もなにかを思い出したのか、ベッドから降りて、机の引き出しを開ける。


 そこには、今日シルヴィアと遭遇した際、雑貨屋から出てきたライナス殿下の手に握られていた紙袋だ。


「色々あって渡しそびれていたが、君へのプレゼントだ。俺自身の手で選んだ。アリシア、どうか受け取ってほしい」


 戸惑いながらライナス殿下から紙袋を受け取り、中を確認すると、小さな髪飾りが入っていた。


「可愛い……っ!」


 思わず声を上げてしまう。


 いつも貰っていた服や宝石に比べたら、決して高価じゃないんだろう。どこにでもありそうな花形の髪飾りだ。


 だけど、どんなにキレイな宝石よりも、彼が選んでくれたプレゼントが輝いて見えた。


「もしかして……だから、あの雑貨屋の前で待ってくれと言ったんですか?」

「そうだ。プレゼントには『サプライズが必要』と、リュカが言っていてな。君を驚かせたかった。もっとも、そのせいで君が妹と出会してしまうことになったがな」


 照れくさそうに頬を掻くライナス殿下。


 彼は意外にも、女性に対して奥手なところがある。

 こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど──彼のそんなところが可愛く感じた。


「それを、なるべく……特に外出した際には、身につけてほしい」

「ありがとうございます……! 一生大切にします!」

「渡してよかったよ」


 頬を緩めるライナス殿下。


「あ、あの……私ばっかり幸せにしてもらって悪いので、一つ言ってもいいですか? 私からあなたに渡すプレゼント以外のことです」

「なんだ?」

「私の手を握って、魔力暴走が止まるなら……定期的に──殿下がよければ毎晩でも、同じようにしましょうか? 少しはライナス殿下も楽になるかと思いまして」


 我ながら良い考えだと思った。

 今はもう元気を取り戻しているが、苦しんでいる時のライナス殿下は見ていられなかった。


「いいのか? 君に負担をかけることになる」

「いいんです。なんにせよ、ライナス殿下が苦しんでいると思ったら、私もぐっすり寝られませんよ」


 彼に気を遣わせないように、軽い口調で答える。


 ライナス殿下は俯いて一頻り考えていたが、やがて決心したかのように顔を上げる。


「分かった……じゃあ、よろしく頼む。俺も魔力暴走に苦しめられてきたんだ。君が傍にいてくれるだけでも、随分楽になる」

「お任せください……!」


 よかった。

 これで今まで、ライナス殿下に助けられてばかりだった私も、ようやく彼の助けになれる──。


 そう考えると、昼間の憂鬱な出来事も吹き飛ぶようだった。

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