24・なにもやましいことはしていません
翌日から。
日中は変わらず、ミレーユさんのお手伝い。
夜になるとライナス殿下の部屋に通う生活が始まった。
「アリシア、助かる。やはり君と手を繋いでいるだけで、魔力暴走が治るよ。最近では、疲れも感じなくなった」
「それはよかったです」
ベッドの中で、上半身だけを起きる形になっているライナス殿下。
その隣で、私は椅子に座って彼の手を繋ぐ。
ここのところのお決まりの流れだ。
ライナス殿下はお礼を言ってくれるけれど、私としてはやっと彼の役に立てたのだから嬉しい。
どうやら、日中に一見厳しい顔をしているのも、魔力暴走を抑えるためだったらしい。
そのせいで、使用人に冷たい態度を取ることもしばしば。
しかし、私が夜にこうして手を繋いでいるためか、日中も彼は精力的に働くことが出来ていた。
本当は、ちょっと休んでほしいんだけどね?
だけど彼は人一倍責任感が強く、公務を休もうとしない。
王城での謁見や各地からの嘆願の処理。王都で起きた事件の指揮、隣国との交渉や軍の訓練視察──。
さらに、山のように積まれた書類にも、淡々と片付けていくのだ。
別に彼が元から、そういう才能があったわけではない。彼は誰よりも努力家なだけだ。
私は徐々に、彼のそういう真面目なところも分かってきた。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
そう、優しく微笑むライナス殿下。
彼が元気になったなら、今日の行為はお終いだ。
私は彼から手を離そうとするが。
「待て」
私の手を、ライナス殿下は強く握る。
「……もう少し、このままでもいいか? 君がいなくなると、不安になってくるんだ。だから、なるべく長く君と一緒にいたい」
「別にいいですが……私はどこにも行きませんよ? 明日になれば、また会えます」
「少しだけでも嫌なんだ」
と口にするライナス殿下は、まるで駄々をこねる子どものようだ。
……本当に可愛い人。
くすりと笑い、私も彼の手を握り返す。
「ですが、あまり遅くなると、他の方たちの目は大丈夫なんでしょうか? 密室に男女が二人きりですし……」
「なにを言う。俺と君は婚約者同士だぞ? いずれ夫婦になる者が、同じ部屋にいてもおかしくはない」
首を傾げるライナス殿下。
彼にそう言われて──途端に意識してしまった。
これって、もしかしてかなり大胆なことをしているのでは?
私だって男性経験はないけれど、そういう知識は頭に入っている。
決して、彼とそういうことをするのが嫌なわけではない。
だけど、いまいちイメージが湧かないのだ。ちょっと怖い……と言っていいのだろうか。未知の扉を開く勇気が出ない。
そんな私の不安が顔に出てしまったためか、
「す、すまない。もしや、怖がらせてしまったか? 嫌だというなら、君には決して手を出さない。だから安心してほしい」
と急にしどろもどろになって、ライナス殿下は頬を赤らめたのだ。
「大丈夫ですよ。殿下のことは信頼しています。じゃないと、夜にここを訪れないですから」
彼を安心させるように、柔らかい口調で言った。
……しばしの気まずい沈黙。
しかし。
「……こ、こうしているだけというのも、君も退屈だろう。この国に伝わるお伽話でも話そうか」
ライナス殿下は誤魔化すように一度咳払いをしてから、こう続ける。
「君は『聖女伝承』を知っているか?」
「いえ、知りません。なんでしょうか?」
「いいか。聖女伝承というのは──」
ライナス殿下はゆっくりと語り始める。
『昔々、とある平和な国に黒い雲が広がりました。
やがて雲は闇の魔神となり、人々は怯えます。
けれど、その時──光の聖女が現れ、魔神を討ち、国に再び平和をもたらしたのです』
「……これが我が国、フェルディア王国の成り立ちだと言われている」
「は、初めて聞きました……」
この国で生まれて、十八年が経とうとしているのに……と唖然としてしまう。
「知らなくても無理はない。こんな昔話は、もう人々からほとんど忘れ去られてしまっているからな。俺は王族だから、一応教育を受けていただけだ」
だけどライナス殿下は私が落ち込まないようにと配慮してくれたのか、優しく答える。
「だが、俺はこの話を気に入っているんだ。闇があれば光もある。どんな高い壁が立ち塞がっていたとしても、人類はきっと必ず乗り越えられる……と」
「はい。私もそう思います」
勇気をもらえる話だと思った。
「……話に付き合ってもらって、悪かった。君もそろそろ眠いだろう。名残惜しいが、今日のところは終わりにしよう」
と、そっとライナス殿下は私から手を離す。
「そうですね。また明日」
私も手を振り、ライナス殿下の部屋を去る。
……『君も眠いだろう』とライナス殿下は言ったが、不思議と眠気はなかった。
彼と一緒にいたら、自然と頭がすっきりするのだ。
それに……まだ寝るわけにはいかない。
「もうちょっとだしね。早く終わらせなくっちゃ」
そう呟き、私は自分の部屋に急いだ。
翌朝。
身支度も終え、ミレーユさんと一緒に洗濯物を干してから、ライナス殿下がいる執務室に向かった。
あるものを持って。
「アリシア、おはよう。今日は──」
執務室に入るといつものように執務机の前に座っていたライナス殿下だったが、私が持参している紙袋に気付いて、言葉を止める。
「それはなんだ?」
「実は……」
そう言いながら、私は紙包みから“それ”を取り出す。
「私もあなたにプレゼントしたい、って言ったじゃないですか? ようやく編み物が完成したいんです。だから、渡そうと思って」
「なんだと……っ!」
バッと立ち上がり、驚愕で目を見開くライナス殿下。
彼のために私が編んだプレゼントは、手作りのセーターだ。
冷酷な王子と言われがちのライナス殿下だが、優しい彼には似合わない言葉だと常々思っていた。
だから──せめて、その身だけでも暖かくなってほしい。
セーターの中心には、林檎の刺繍が施されている。
縫っている時は可愛いと思ったが……よくよく考えると、ライナス殿下に似合うだろうか? 急に不安になってきた。
「あ、あの、セーターなんですが……やっぱり子どもっぽすぎましたかね? ライナス殿下が嫌だと言うなら、刺繍部分だけでもすぐに直して……」
「そんなことはない!」
食い気味に答え、ライナス殿下が駆け寄ってくる。
私がセーターを渡すと。
「ありがとう……! 素晴らしいセーターだ。毎日でも着たい。本当に感謝する」
……よかった。
どうやら、気に入ってくれたみたい。
お世辞だという可能性もあったが、ライナス殿下はそういうことを言う人間じゃないと分かっていたし、なにより今の彼の表情だ。
頬を緩め、セーターを大事そうに胸で抱えている。
こんなに嬉しそうな彼は初めてだ。
「ちわーっす。ライナス、報告があって──おっ?」
そんなやり取りをしていると、ライナス殿下の従者であるリュカさんがノックもなしに、部屋に入ってきた。
「アリシアさん……いたんだな。すまん、二人の時間を邪魔しちまって」
「いえいえ、どうかお気になさらず」
「ありがとう。だが……ライナス? その手に持っているセーターは……?」
不思議そうな目で、リュカさんがライナス殿下の持つセーターを見る。
「アリシアからのプレゼントだ」
「おおっ!? お前から話は聞いていたが……アリシアさん、とうとう完成したのか」
「はい。ですが、話は聞いていたとは……?」
「こいつ、ずっとアリシアさんからのプレゼントを楽しみにしていたんだぜ」
そう言って、リュカさんはライナス殿下を、軽く肩で小突く。
いつもなら顰めっ面になるところだったが、今のライナス殿下は機嫌がいいんだろう。特になにも言わなかった。
「『なにがもらえるのだろうか?』だとか、『どんなものでも、一生大切にする』『いや、汚さないように飾っておく方がいいか?』『記念日を制定するべきか』……などなど、まあまあ大変だったぜ」
「当たり前だろう。なにせ、アリシア手作りのプレゼントだ。あまり口にしては急かしているみたいだったから、彼女の前では極力口にしないようにしていたがな」
真顔でそう言い放つ彼。
ライナス殿下……そんなに楽しみにしてくれたんだ。
こういう話を聞くだけでも、心が弾んだ。
「あっ、そうそう。お楽しみのところ悪いが……ライナス、お前に報告があるんだ。例の件だ」
一転。
リュカさんがそう言うと、ライナス殿下の表情に真剣味が帯びる。
「……どうだった?」
「やっぱり、黒だ。しかも真っ黒。証拠もあらかた集め終わっているが……今は渡さない方がいいだろう?」
「そうだな」
……?
二人でなにを話しているのだろう?
思いの外、真剣な空気の二人の一方、私はぽつーんと立ち尽くす形となってしまった。
「あ、あのー、一体なにを話されて……」
「大丈夫だ。俺に任せてくれれば」
とライナス殿下が、私の肩を叩く。
「君の障害は、俺が全て取り除く。だから……安心してくれ。もう少しで終わるから」
「……? 分かりました」
なんだろう、相変わらずピンとこない。
でも、きっとお仕事の話なのだろう。だったら、私が口を挟む問題でもないはず。
首を傾げ、そう思うのだった。
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