15・ライナス殿下のプレゼント攻勢
ライナス殿下と婚約してから、十日が経とうとしている。
そんな私は現在──早起きして、メイドのミレーユさんと一緒に洗濯物を干していた。
「アリシア様、本当にいいんですよ? これが私の仕事なんですから。それなのに、アリシア様に手伝わせて……」
ベッドのシーツを広げながら、ミレーユさんが申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、なにもしてない方が落ち着かないですから。私の我儘なので、ミレーユさんが気にしないでください」
そう言いながら、私もミレーユさんと同じようにベッドのシーツを手に取る。
──家族に捨てられた私だけど、ライナス殿下に拾われてから、生活の変化に戸惑っていた。
なにせ今まで、少しでも起きるのが遅れたら、両親からきつく叱られていたのだ。
だけど、ここの人たちはそんなことをしない。
朝起きると、まるでミレーユさんが準備していたかのように、身支度を手伝ってくれる。
最初はなされるがまま。
やっていることといえば、城の内観を覚えることだけど……それも一段落が付いて、ライナス殿下にあらためて『仕事をさせてほしい』と頼んだ。
渋い顔をしていたライナス殿下だったが、私が根気強くお願いしたおかげか、最終的には折れてくれた。
今では朝からこうして、ミレーユさんの手伝いをすることが日課となっている。
「でも、これが終わったら、すぐにライナス殿下のところへ行ってくださいね。殿下、一日でもアリシア様のお顔を見られないと、落ち込んでしまいそうですから」
そう言って、くすりと笑うミレーユさん。
「ええ、もちろんです。ですが、一日会えないだけで落ち込むというのは、どうでしょう?」
「なにをおっしゃいますか。ライナス殿下がどれほど、アリシア様を愛しているかご存知でしょう? アリシア様が来てから、殿下は人が変わったようなんですから」
……確かに。
私はいまいちピンとこないけれど、周りの人々が口々に『殿下は変わった』と言っている。
私が来る前、彼は笑顔すらもなかなか見せなかったらしい。
だけど、私といる時のライナス殿下は表情をコロコロ変えていた。
「アリシア様、溺愛されていますよね。私は婚約者どころか、恋人すらも出来たことがないので……羨ましいです」
「そうですね。溺愛されているかどうかはともかく、殿下が私をとても大切にしてくださっていることには感謝しかありません。ですが、少し困ったこともありまして……」
「困ったこと?」
つい口から出てしまった言葉に、ミレーユさんが首を傾げる。
「い、いえ、なんでもありません。私の考えすぎかもしれませんから」
「……? 分かりました」
ミレーユさんは不思議そうな顔をしながらも、それ以上追及してこようとはせず、次の洗濯物に視線を移した。
もう少しで、これも終わる。私も頑張って、早くライナス殿下のところへ行かないと。
そう気合いを入れ直して、私は洗濯物を干す手を早めるのだった。
「殿下」
ミレーユさんと別れ、私は一人でライナス殿下の執務室の前まで来た。
すぐに中から『入ってくれ』という声が聞こえ、私はゆっくりと扉を開ける。
部屋の中には、相変わらず山積みになった書類を前にするライナス殿下の他にもう一人、男性がいた。
「おっ。お前の愛しの婚約者が来たみたいだな」
その方は私に気付き、ライナス殿下に軽い口調で言う。
赤髪で明るそうな性格をした男性だ。
対して、ライナス殿下は彼の言葉に答えず、非難するように鋭い視線を向けていた。
「え、えーっと、あなたは……もしかして、『選定の儀』にいた方ですか?」
「覚えてくれてたのか。ライナス愛しの婚約者に覚えてもらえるなんて、光栄だぜ」
と、彼は大仰に頭を下げる。
『選定の儀』で、ライナス殿下が来る前に、私たちを出迎えた人だ。
あの時はきっちりした印象があったが、今の彼は嘘のように表情を崩している。
「リュカ、俺相手ならいいが、アリシア相手に無礼な言葉遣いは許さんぞ。ちゃんと喋れ」
そんな赤髪の彼に、ライナス殿下が厳しく注意する。
「私なら結構ですよ。どのような喋り方でも、彼のやりやすいようにやってもらえれば……」
「だが……」
「じゃないと肩が凝って、仕方がありません。私が肩こりで死んだら、あなたも困るでしょう?」
もちろん、冗談だ。
しかし効果はテキメンだったようで、ライナス殿下は額に手を当て溜め息を吐いたものの、それ以上赤髪の彼を注意することはなかった。
「あらためまして、私はライナス殿下の婚約者、アリシアと申します」
「俺はリュカだ。ライナスとは昔から仲がよくて、従者をしている。これから色々と関わることも多いが、よろしく頼むぜ」
笑顔で自己紹介をする彼──リュカさん。
このお城の人たちは、ミレーユさんの一部を除いてライナス殿下を怖がっているが、リュカさんはそうじゃない。
昔から仲がいいというのは、嘘ではなさそうだ。
「自己紹介はもういいだろう。アリシア、早速だが君に渡したいものがあるんだ」
来た──。
少し嫌な予感を感じつつも待っていると、ライナス殿下は机の引き出しから小箱を取り出した。
小箱を受け取り中を確認すると、予想通り、そこには高そうな指輪が鎮座していた。
「これが今日のプレゼントだ。その指輪には、蒼瑠璃という宝石が飾られている」
真剣な口調で、ライナス殿下は続ける。
「男性が女性に蒼瑠璃を贈ると、永遠の絆が約束されるという話があるらしい。一日一日、君と共に刻む時間を大切にしたいという俺の想いにも合い──」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて、話を止めにかかる。
「プレゼントはとても嬉しいです。ありがとうございます。お忙しい中、わざわざプレゼントを用意してくれて……」
「気にするな。指輪は、手隙な騎士に買いに行かせたからな」
ライナス殿下はそう肩をすくめる。
「気に入らないものだったら、どうしようかと不安だったが……そうじゃなくてよかった」
「ですが、これで指輪を頂くのは四つ目ですが? このままでは指が足らなくなってしまいます」
そうなのだ。
ライナス殿下は私と婚約して以来、毎日のように贈り物をしてくれる。
それは嬉しいのだけど、指輪以外にも宝石や服など、全てが高価なものすぎて申し訳なさが勝つ。
断るのは失礼だと想い、有り難く頂戴していたが……さすがにもう限界だ。
「なにを言う」
しかし、ライナス殿下は毅然とした態度でこう言う。
「最低でも、二十個の指輪を贈ろうと思うんだ。両手に付けられなくなっても、足の指があるだろうから」
「うげぇ、お前、ナチュラルに気持ち悪ぃことを考えやがんな……」
リュカさんが顔を歪めてぽつりと呟くが、ライナス殿下は気付いていないのか、なにも反論しない。
「だから、もし気兼ねしているようなら、そんなことはしなくてもいい」
「し、しかし……」
十日も経って、ライナス殿下のことも少しずつ分かり始めた。
このままでは、本当に毎日プレゼントを贈られる。さすがに頂いたものが大きすぎて、返せる気がしない。
私は勇気を振り絞って、途絶え途絶えにこう言葉を紡ぐ。
「プ、プレゼントというのは……毎日もらっていたら、意味がその……薄れると思うんです」
「なに?」
「どんなに嬉しいプレゼントでも、毎日もらっていればそれが日常となります。私は……ライナス殿下から頂いた嬉しさを……その、薄れさせたくありません」
「ふむ……」
断固として自分の意見を譲らなそうだったライナス殿下だったが、一転、私の言葉を噛み締めるように黙る。
「それでも……プレゼントを頂けるなら、たくさんのプレゼントよりも、あなたが必死に選んだたった一つのものがいい。これも私の我儘でしょうか?」
「いや、君は間違っていない。間違っているのは俺の方だった。女性は贈り物が好きだと聞いて、実践してみたが……俺自身で選ばなければ意味がなかったようだな。すまなかった」
そう言って、ライナス殿下は立って頭を下げる。
「や、やめてください! 謝る必要なんてありませんから!」
慌てて止めにかかるが、彼が頭を上げる様子はない。
傍では、リュカさんが「そうだ、そうだ! 反省しろ!」と囃し立てるようなことを言っていた。
続けて。
「すまないな、アリシアさん。こいつ、こんなキレイな顔してんのに女性経験がないんだ。だから初めての相手が出来て、どうしていいか分かっちゃいない」
とリュカさんは私に教えてくれた。
女性経験がない……?
それは意外だ。
いくら、『選定の儀』で女性を追い返していたとしても、他ではそれなりの経験を積んでいると思ったから。
もっとも、私はライナス殿下よりもさらに異性と接した経験がないので、偉そうなことは言えないけど……急に、彼のことが可愛く見えた。
とはいえ、私がいなくならない限り、ライナス殿下も頭を上げそうにない。
「で、では、ライナス殿下もお忙しいでしょう。私はそろそろ行きますね」
「ま、待ってくれ。俺はもっと君と一緒に──」
呼び止めてくるライナス殿下の声から、私は逃げるように執務室を後にするのであった。
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