13・アリシアの謎(ライナス視点)
俺──ライナス・フェルディアの体には、生まれながらにして卓越した魔力を宿していた。
そのせいで頻繁に魔力暴走を起こし、幼い頃から周囲を困らせてきたこともある。
だが、この国は魔力で全てが決まる。
仕事や生活──はたまた結婚する相手まで。
国を束ねる王族なら尚更だ。
他よりも魔力に優れている俺には、自分がまだなにも為しえていないのに、次期国王の期待がかけられることになった。
無論、そのことで困ることも多いが……考えれば考えるだけ、憂鬱になる。
ゆえに、俺は暗い気持ちを振り払うために、今日も執務室で一人、公務に勤しんでいたが……。
『ライナス、いるか?』
扉の向こうから、耳馴染みのある声が聞こえてきた。
「ああ」
『じゃあ、開けるぜ』
その不躾な男はずかずかと部屋に入ってきた。
「うわっ。なんだよ、その書類の束。見慣れてるつもりだったけど、今日はいつにも増して多いな」
その男は執務机に積み重ねられている書類の束を見て、「うげぇ」という感じで顔を歪めた。
彼はリュカ。
俺の従者だ。
伯爵家の長男である彼は、幼い頃から王城に勤めている。
歳が近く、幼馴染のように過ごしてきた彼は、この城で俺が心を許せる数少ない存在の一人だった。
武芸にも秀でており、俺の護衛も兼ねている。
本来なら文句の付けどころがない、完璧な従者だ。
だが一方、こいつは主人……つまり俺が相手でも、気負いせずに接してくる。
今だって、そうだ。こいつは俺のことを『ライナス』と呼び捨てにした。王子殿下である俺に、だ。
もっとも、それを許しているのは俺自身だがな。
まだ主従関係がはっきりしていない頃から、リュカとは仲良くしている。なのに今さら、『ライナス殿下』と呼ばれても、気持ち悪いだけだ。
「公務をいくら片付けても、次から次へと舞い込んでくるんだ。全く、この城の者は俺を忙しさで殺す気か」
嘆息する。
とはいえ、仕事はそれほど嫌いではない。仕事をしている間だけは、億劫な日常を忘れることが出来るからだ。
もっとも、最近ではそれ以外にも“癒し”が出来たが……惚気てる場合じゃない。リュカの前で少しでも顔を緩めれば、なにを言われるか分かったものじゃないからである。
しかし。
「理由はそれだけじゃないんだろう?」
ニカッ。
リュカは悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべ、こう言った。
「婚約者……えーっと、アリシアさんっていったか。ようやく、愛しの人を見つけられたもんな。最近では彼女にべったりで、公務が手に付かないんだろ?」
「…………」
リュカの問いに、俺は沈黙で応える。
彼の言っていることは、強ち間違いではない。
アリシア──ルネヴァン公爵家の長女らしいが、今まで名前すら聞いたことがなかった。
八年前、俺の心を救ってくれた天使。
八年間、ずっと探し続け、そのためには『選定の儀』も始めたが、結果は芳しくなかった。
時が経つにつれ、彼女への想いはなくなるどころか、さらに強いものとなった。
だが、ようやく見つけることが出来たのだ。
アリシアと婚約し数日が経っているが、その間は俺はなるべく彼女と一緒にいた。
毎日、城内の美しい場所や置かれている芸術品を目にし、表情をコロコロ変える彼女を見ているだけでも飽きない。
城内の案内も一通り終わったところで、やっぱり彼女が『なにか仕事を……』と求めてきたので、最近では『ミレーユと一緒なら』と条件付きで掃除や洗濯をやってもらっている。
もっとも、彼女が嫌だと言えばすぐにやめてもらうつもりだ。
俺の希望としては、アリシアにはそんな使用人の仕事をやってもらいたくないが……行動を縛りすぎたら、彼女も息苦しさを感じるだけだろうから。
そう考えた上での、苦渋の決断であった。
「お前に言われる筋合いはない」
「まあまあ、そんなこと言うなって」
ニシシ、と笑うリュカ。
「それにしても、よかったよな〜。お前がずっと、一目惚れした女を探してたって、俺も知ってたから」
手を組み、リュカは舞台俳優さながらのオーバーな物言いで、こう続ける。
「八年前! たった一度だけ出会った女性に片想いをする王子! しかし、いくら探しても見つからない! 『選定の儀』で、お前が転倒した彼女をいきなり抱えた時は俺もビックリしたぜ。とうとう見つけたんだ……って」
「……口数の多いヤツだ」
その場でクルクルと回り出すリュカに、俺は溜め息を吐く。
だが、決して不快ではない。
リュカのこういう、なんというか……お節介なところは、今さらだったからだ。
なんなら、周囲から『化け物』と恐れられている俺に対して、こうしてざっくばらんに話しかけてくるリュカは有り難かった。
まあ、こいつにそれを伝えたら調子に乗るだけなので、わざわざ口に出すことはないが。
「しかし、お前もよく分かったな? 八年前に一度見ただけなんだろ?」
「俺も驚いている」
自分の掌を見つめ、ぎゅっと拳を握る。
『選定の儀』の際、彼女の手を握った感触は、今でも鮮明に覚えている。
不思議な感覚だった。
一目しただけでは分からなかったのに、アリシアに触れた瞬間、彼女が『八年前の少女』だということを直感した。
結果的には俺の直感は間違っていなかったが……もし違っていたら、恥ずかしいことになっていただろう。
考えると顔が赤くなってしまいそうだ。
「思えば、俺はずっと──彼女の手の感触を覚えていたのかもしれない。魔力暴走で苦しむ俺を救ってくれた、彼女の温かみをな」
「ロマンティックだねえ。まあ、別にいいけどよ」
とリュカは後頭部に手を回す。
「で……お前はなにをしにきた? まさか、俺をからかいにきただけではないだろうな?」
「そんな怖い顔すんなって。別に、親友とその婚約者の関係が気になってもいいだろう? まだアリシアさんと婚約して日も浅いと思うけど、なんも問題は起こってないのかって思ってな」
「貴様に心配されずとも、俺は彼女と上手くやっているつもりだ。だが……彼女と過ごして、一つ気になることがあってな」
「気になること?」
首を傾げるリュカ。
「アリシアの出自は知っているか?」
「もちろん。ルネヴァン公爵家の令嬢だよな」
「そうだ。だが──公爵令嬢だというのに、彼女は貴族として当然のように経験していることを知らない気がするのだ」
思えば、それは『選定の儀』から違和感があった。
他の婚約者候補が着飾る中、彼女の服は質素だった。
皆が俺の顔を見て態度を一変させるというのに、彼女だけはそうじゃない。
それは、『まさか自分なんかが選ばれるはずがない』と諦めていたからではないだろうか?
自己肯定感が高くなりがちな公爵令嬢が?
少なくとも、俺が今まで出会ってきた公爵令嬢はもっと高飛車で、不快な人物ばかりだった。
「しかも、ちょっとしたランチでも目を輝かせて、『初めて食べた』と言う。使用人の仕事をしたがる。ミレーユに聞いたが、アリシアの仕事をする手並みは鮮やかなもののようだ。今まで長年、似たようなことをやってきたんじゃないか? とも言っていた」
「はあ? 公爵令嬢なのに? 使用人の仕事……って、掃除や洗濯だよな。普通の公爵令嬢なら、今まで一度もやったことがないはずだぜ」
「お前の言う通りだ。しかも極め付けは、彼女の右肩に刻まれていた火傷の跡だ」
アリシアは『魔導暖炉を動かそうとしたら、うっかり倒してしまった』と言っていたが……そもそも、どうして公爵令嬢が魔導暖炉を動かす必要がある。
魔導暖炉はそこそこ重く、女の細腕だけではなかなか抱えきれない。
しかも、火傷の跡は適切に処理がなされていないようだった。
普通、女性が……しかも公爵令嬢が火傷なんてしたら、すぐに医者でも呼んで治させると思うが……彼女はそうじゃなかった。
「ミレーユも同じ火傷の跡を見たらしい。もっとも、その時はあまり問い詰めない方がいいと思い、その場では聞かなかったそうだがな」
「そうなのか。公爵令嬢なはずなのに、今まで名前を一度も聞いたことがなく、それ相応の経験もしていない令嬢ねえ……」
リュカも不可解そうに顎を手で撫でる。
「ルネヴァン公爵家といったら、シルヴィアが有名だったな」
「ああ。ルネヴァン家きっての天才。容姿も美しく、数々の男が虜になったとか」
「俺もそう聞いている。実際、ルネヴァン家の話で出てくるのはシルヴィアばかりで、アリシアという名は今まで聞いたことがなかった。彼女は『無能』だからと言っていたが……いくらなんでも歪すぎる」
そう言って、俺は顔の前で手を組む。
「彼女が否定するから我慢してきたが、もう限界だ──リュカ、お前に頼みたいことがある。ルネヴァン家の実体を調査しろ」
「りょーかい。ちなみにライナス、もしお前の予想しているだろうものが出てきたら、どうするつもりだ?」
「決まっている。俺は、彼女を生涯かけて守り抜くと決めた。もし、彼女の笑顔を曇らせるものがあるなら……俺は容赦をしない」
考えたくもない。
アリシアは心が清らかな女性だ。
たとえ自分が苦しむ元凶がルネヴァン家にあったとしても、俺が手を下せば彼女は心は痛めるだろう。
リュカに指示を出しながら、その時が来ないことを俺は切に願った。
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