11・なんだか餌付けされてる気分
中庭を後にし、私が次にライナス殿下に連れられた場所は、城内の食堂だった。
「広いです……!」
大きいステンドガラスに、真っ白なテーブル。
まるで食堂ではなく、ダンスホールのようだ。
これから毎日、ここで食事をするのかな? そう考えるだけで、目が回りそう。
「丁度、ランチの時間だ。シェフには、もう料理を作らせてある。アリシア、この席に」
「はい」
ライナス殿下に椅子を引かれ、私はそこに腰を下ろす。
食堂には私とライナス殿下だけではなく、騎士やメイド、シェフの姿もある。
だが、彼らは食事周りの業務をやっているだけだ。こうして食事を取るのは、私たちだけっぽい。
こんなに広い食堂を私たちだけで使うなんて……なんだか落ち着かない。
そわそわしていると、やがて料理が運ばれてくる。
最初は野菜と豆のスープ。これだけでもお腹が一杯になりそうだ。
だが、ランチのメニューはそれだけに留まらず、続けて焼きたての丸パンや、ミンキャラットのグラッセ。ハーブの香りが漂う肉料理が運ばれてきて、目を見開く。
「あ、あのっ! ちょっと多すぎませんか!?」
「そうか? いつも、こんなものだが……」
ライナス殿下が首を傾げる。
実家では、固いパンと冷えたスープが出れば御の字だった。
両親の機嫌が悪ければ、一日ご飯抜きも多々。
そんな私にとっては、これが城内の食事として当然だとしても、やっぱり戸惑いの方が大きかった。
「まあ……今日は、君と初めて一緒にする食事だ。少々張り切って、シェフには伝えていたかもしれない。しかし、気兼ねしないでほしい。それとも、お腹は空いていないのか?」
「それは……」
口を噤んでしまう。
なにせ朝はライナス殿下に会う緊張感で、ろくに食事が喉を通らなかったのだ。
昨晩は昨晩で、色々ありすぎたせいで、食事を抜いてもらったしね。
だからライナス殿下と会って、食事らしい食事を摂るのはこれが初めてかもしれない。
「お腹……ペコペコです」
「なら、よかった。さあ、食べようじゃないか。城の食事を、君にも味わってほしい」
ふんわりと柔らかく笑うライナス殿下。
彼の視線を感じながら、私は恐る恐るスプーンを手に取り、スープを口に入れる。
「……っ!」
その瞬間、弾けるような衝撃が。
「お、美味しい……っ!」
野菜と豆のシンプルなスープだけど、心の芯まで温まっていくようで、安心出来る味だった。
これがスープなら、実家のはなんだったんだろう?
一口食べてからは、あっという間。
実家でも一度や二度くらいしか口にしたことがないお肉料理には、どうしても食指が伸びなかったけど、それ以外のパンやサラダも食べていった。
「美味しそうに食べるな」
気付けば、ライナス殿下が私を微笑ましく眺めている。
「す、すみませんっ! はしたなかったですよね。こんなに美味しくて豪華な食事は、初めてでしたから……」
「気にしなくていい。君の口に合わなかったら、どうしようと思っていたんだ。そうじゃないみたいで、安心したよ」
そう言って、口元に笑顔を浮かべるライナス殿下。
すると。
「で、殿下が笑った……!?」
「あんなに楽しそうに食事をしている殿下は、初めて見る」
「いつも、食事はお一人で取っていますものね……」
食堂にいた騎士やメイド、料理を運んでくるシェフが口々に驚きの声を発していた。
なんでライナスが笑うだけで、そんなに衝撃を覚えるんだろう……。
そう思いかけるが、それほどいつものライナスは別人のようなんだろう。こういうところが、残虐非道で冷酷な王子と呼ばれる所以の一つじゃないか、と感じた。
「しかし、おかしいな……」
周りの声など聞こえていないのか、それともあえて無視しているのか。
ライナス殿下は顎に手を置き、一頻り考える。
「これくらいの食事は、公爵家でも出されていたはずだ。なのに、初めてとは……? 君は公爵家で、どんなものを食べていたんだ」
「え、えーっと……」
いけない、口を滑らせてしまった。
『実家では家畜に与えるような餌しか、食べさせてもらえませんでした!』
……と言うわけにもいかないし、ここは。
「わ、私の両親は倹約家なんです。だから、日々の食事は質素なものでした。王城で出される料理とは比べものになりませんよ」
「倹約家? ルネヴァン家がそうだったとは、聞いたことがないが……」
ますます不審がるライナス殿下。
いけない。
このままでは、実家のことがバレてしまうかも。
だから……。
「あ、あの! 聞くのが遅くなりましたが、陛下はどちらにいらっしゃるでしょうか? 一度、ご挨拶差し上げたいのですが……」
自分でも露骨すぎると思ったが、話を逸らしにかかる。
ちなみに……ここ、フェルディア王国の王妃様は約五年前に、流行病で亡くなってしまっている。
ライナス殿下と婚約するということは、未来の王妃様になりうる。
ゆえに、すぐにでも陛下にご挨拶をするべきだと思ったが……。
「陛下は外遊に行っている」
ライナス殿下がただ一言そう告げると、今まで和やかだった食堂がピリッと引き締まった気がした。
え?
なんで……?
「しばらく、城には戻ってこない。次に帰還するのは、まだまだ先になるだろう」
「そう……なんですね。ですが、陛下がいない内に婚約者を決めて、本当によかったんでしょうか?」
「婚約者は、俺の一存で決めていいと言われている。文句など言わせない。そのために陛下が口出し出来ないように、結婚式の準備を早く進めよう」
剣のこもった声で告げるライナス。
まるで、陛下の名前を出されるのを嫌悪しているかのようだ。
「そうなんですね。お会いしてみたかったです」
「……会う必要はないがな」
私の言ったことに、ライナス殿下はぽつりと呟く。
気になるけど……これ以上、問いたださない方がよさそうだ。そんな空気を感じ取った。
「食事の手を止めてしまったな。さあ、お腹が空いているなら、もっと食べればいい。気に入ったものがあれば、すぐにシェフに追加の料理を作らせるから」
「は、はいっ!」
慌てて私はスプーンとフォークを手に取り、食事を再開する。
普段の私ならこんなに食べられないはずだけど、美味しさのあまり、ついつい食べすぎてしまった。
なんだか餌付けされてる気分だ。
「…………」
そんな私を、ライナス殿下は意味深に眺めていた。
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