第67話
集団演技のダンス問題はそれで解決のめどが立ったとして、体育祭に関してまだ太郎の悩みは続いていた。
すなわち、どの種目にエントリーすべきか、ということであった。
東部中の体育祭では、生徒の公平な参加をモットーに、エントリールールが決まっている。
行われる競技の中で「男子100メートル走」「女子50メートル走」「集団演技」「綱引き」は、クラスの全員参加競技となっていた。
そして、各生徒はそれ以外に最低一種目、どれかの競技にエントリーしなくてはならないのだ。
より多くに出たい生徒のために、掛け持ちエントリーも三種目まで認められていたが、逆にゼロというのは許されない。
そしてクラス対抗の全ての競技にポイントが設定されていて、学年ごとに優勝を争う形式である。
太郎のようなもともと運動が苦手な生徒にとっては、これはかなり厳しいルールであった。
一学期に行われた球技大会でも同じだが、どの種目も基本はチーム競技ばかりなので、足を引っ張る恐れの大きい太郎がエントリーを希望すると、その競技で勝ちを狙いたい希望者は概ねいい顔をしないのである。
ときには露骨に「なんで来るかな」「ほかのにしとけよ」といった文句を言うものも現れる。
太郎だとて、許されるならエントリーなどしたくないのだが、必ず一種目は参加のこと、というルールのために手を挙げざるを得ないのだ。
その結果として実際の競技でブレーキとなり、獲得ポイントに貢献できなくなる、つまりクラスの足を引っ張ることとなれば、当然また陰口を叩かれる。
いちおう裏技的なものとして、リレー競技の補欠として登録する方法はあるが、正規メンバーだけでちゃんと出場できれば問題ないものの、補欠が出ざるを得ないケースは時折発生するので、それなりのリスクが伴うのだった。
学校の考える教育効果としては、人それぞれに得手不得手があることをひとりひとりが認識し、得意なところで輝いてもらいたい。
苦手な生徒は運動の得意な生徒のフォローを受けて、クラス一丸となってそれぞれに活躍の場所を見出してもらいたい、といったところを狙っているようだったが、学校側の意図など生徒たちの知ったことではなく、現実はそううまく行くものではない。
そのため、毎年体育祭の時期に太郎の受けるストレスは大きく、直前の中間テストで連続学年トップ記録を更新したことが、どうでもよくなるくらいには悩まされることになるのだった。
今年に限っては、超人となった太郎が全力を尽くすつもりになれば活躍できる競技はいくらでもあったが、数字で記録が出るようなものはとくに、目立つことは避けねばならない。
ただ優れている程度ならまだしも、どう考えても人外レベルのパワーとスピードを、全校生徒およびその家族の前で堂々と披露するわけにはいかないのだ。
悩む太郎へ、クラス委員の小田原祐介が声をかけてきた。
「穂村、いまいいか」
「うん」
「体育祭のことなんだけどさ」
小田原は少しばかり話しにくそうだった。
それで、太郎には逆に話の中身の察しが付いた。
「……外山君のこと?」
「……そう。わかっちゃうよな」
やっぱりか、と太郎は小さく嘆息する。
五十嵐といい小田原といい、とりあえず外山の困りごとは太郎を窓口に相談が来るようになって久しい。
体育祭が終わればすぐにクラスの各種委員の選任があり、下期メンバーに交代となるが、太郎はもはや「外山係」を新設してもらって就任した方がいいような気さえしていた。
外山もクラスの一員である以上、競技には参加してもらわねばならない。
全体競技ももちろんであるが、ルール通りに最低一種目はエントリーも要る。
本人がどのように考えているかにもよるが、普段の外山の振る舞いからして、ほかの生徒と同じようにルールに従って種目を選んでくれるとは期待しづらい。
「それで? 相談の中身はどんなこと?」
「うん。おれは、外山に騎馬戦に出てもらいたい」
小田原の提案は、太郎の思いもよらないものだった。
「……なるほど。それは考えつかなかった」
騎馬戦は男子のみの種目である。
各クラスで最大四騎が出場できる。
一体の騎馬には馬役が三人、そこに乗る武者役が一人で合計四人である。
したがって、四騎まで用意するとしたら16人もの人数が必要となる。
怪我人が出る年もあるほど、毎回激しい戦いが起きる競技であるうえ、各クラスともに男子の大半を充てることになるため、調整はそれなりに難しいのだが、この騎馬戦は獲得ポイントが高いのだ。
したがって本気で勝ちに行きたいクラスは、必ずここに力を注ぐ。
あの体格に、性格の凶暴性である。
言われてみれば、肉弾戦の騎馬戦ほど外山に嵌まる競技はほかにないだろうと思えた。
さらに喧嘩ではないとはいえ、外山に向かって挑んでいける度胸のあるものは、そう多くはあるまい。
小田原は真剣に頷いて続ける。
「おれさ、何とかしてこの体育祭、おれたち二組で優勝したいと思ってる。そのために、外山には単にみなと同じように参加するっていうことだけじゃなく、得点源として活躍してほしいんだ」
太郎は目を見開いて、小田原を見つめた。
(……すごいな、小田原君。あの外山君に、参加だけじゃなく活躍の場を考えていたなんて)
太郎も、外山は体育祭をどうするつもりなのか気にはなっていたものの、自分の悩みのほうが大きくて、ちゃんと参加してくれればいいんだけどな、といった程度にしか考えられなかった。
まさか外山の力を生かそうと思っているクラスメートがいるなどと、想像もしていなかったのだ。
太郎は「また外山君のこと?」とため息混じりに考えていた自分を恥じた。
「穂村に外山を説得してもらえりゃ一番いいんだが」
小田原は小さく笑って言った。
「さすがにそこまでお願いしちゃ悪いからな、とりあえず打診だけでもしてもらえないかと思って」
「……うん、わかった」
「頼めるか?」
「いいよ」
太郎は頷いた。
小田原の思いに少しは応えたいと思ったのだ。
「……助かるよ、ほんとに」
小田原はほっとしたように息をつく。太郎は、ふと思いついたことを訊いてみた。
「そういえば、外山君て一年と二年のときの体育祭はどうしてたんだろう?」
「あ……前の話か」
小田原が苦虫を噛み潰したような表情になる。
「知ってるの? 小田原君」
「まあ、いちおう。同じクラスだったやつから聞いた話だけどな」
どうやら情報収集も済んでいるようだった。
それによると、一年生のときはリレー競技にエントリーまではしたらしいが、当日は学校に来たものの「めんどくせぇ」と途中でいなくなってしまい、結局ドタキャンで競技には出なかったという。
リレーは補欠メンバーを代わりに入れて出場したようだ。
「うーん。で、二年生は?」
「……エントリーなしで、当日学校にも来てなかったってさ」
「うわぁ……」
太郎は小田原と顔を見合わせ、お互いに苦笑いすることになった。
「あれ? でもそれってつまりエントリールール違反だよね。なんかそのクラスにペナルティついたのかな」
「ああ、それか? どうも故意にエントリー違反をする、という例が過去になかったみたいでさ」
まあ、普通はそうだろうと太郎も思う。
「ペナルティ規定はあったけど、規定の中身がちゃんとできてなくて、うやむやだったって」
罰金刑はあっても、罰金の額が決められていなかったわけだ。
罰金刑が発生してから後付けで金額を決めるようなことがされなかったのは、まだ公正だったと言えるのか、あるいは単に間に合わなかっただけか。
しかし昨年実際に発生したとなれば、学校側も今年は中身を整えて来るだろう。
太郎と小田原は、二度目の苦笑いを見交わした。
「騎馬戦だぁ?」
外山はぎろりと太郎たちを睨め付けた。
太郎は平気だが、小田原は一瞬身をすくませる。
「……おれに、馬をやれってのか? それとも上に乗れってか?」
太郎ははっとする。
体格から考えれば馬である。
頑丈極まりない騎馬になるだろう。
しかし、外山が武者をやれば、それはもう無敵というか無双というか、これ以上はない鬼武者ぶりを発揮するに違いない。
それこそ縦横無尽の活躍が期待できそうだった。
とはいうものの。
「馬のほう、だよね」
小田原も頷いている。
外山が騎馬の上で好きに暴れたりしたら、早々に馬がダウンしてしまうだろう。
外山を乗せても平気な騎馬が組めるメンバーは、クラス内では揃わないからだ。
騎馬戦の勝負は武者役の被る帽子の奪い合いだが、騎馬が崩れて落馬しても失格になる。
外山の鬼武者が見てみたいというのは現実的ではなかった。
「……フン。やってもいいが」
予想外に素直な外山の返事に、太郎たちは喜びかけたが、まだ続きがあった。
外山は太郎を指さして言った。
「おれが馬をやるとしたら、乗せてもいいのはてっぺんだけだ。ほかのやつを乗せるならやらねぇ」
太郎の目が点になった。
「……で、太郎ちゃんも騎馬戦に出ることになったわけ?」
その日の帰り道。
どよん、とした暗い顔で歩く太郎を横目に見ながら、ことりがおかしそうに言った。
「……うん」
外山の要求はさらにあって、「騎馬戦だろうがなんだろうが、やるなら負けるつもりはねぇ。おれについてこられるメンバーで組ませろ」と言い出し、結局ほかの馬二人についても、柔道部だった富田義則と、野球部で捕手だった吉崎啓太が指名され、二組男子の体格の良いほうから三人が騎馬を組むこととなった。
背の高さだけで言えばもう一人、陸上で走高跳をやっていた佐久間駿がこの三人に負けない長身なのだが、ひょろりとした体形で騎馬向きではない。
富田と吉崎の説得は小田原が行なったが、二人も根っから体育会であり、負けるのは大嫌いであったことから、外山がやる気になっているのなら、ということで比較的スムーズに承知してくれた。
ただ、それで上に乗るのが。
「なんでぼく……」
まず富田たちの考えたのは、「もったいない」であっただろう。
二組でこれ以上は望めない頑丈な騎馬を用意しながら、乗るのが二組最軽量男子の太郎というのは、いかにも軽すぎる。
武者役を軽くすることで、逃げ回って生き延びる作戦もあるが、きわめて好戦的な外山が騎馬にいてそれは何ともそぐわない。
さりとて小柄な太郎が攻撃面で役に立つとは考えにくく、勝ちに行くならそこは、スポーツ万能でそれなりに身体もある小田原自身が乗るべきじゃないのか、と富田も吉崎も顔に書いてあった。
「でも、富田君も吉崎君も、それでいいと言ってくれたんでしょう?」
ことりが尋ねる。
理由はなにより、外山自身が指名したこと。
それに、実際の喧嘩は見ていないが、小田原も富田も吉崎も、外山の日ごろの態度を見ていて、太郎が外山に勝ったことはもう疑っていない。
だから、不承不承ながらも、「きっと何かある」とは思っていたのだろう。
武者役で乗るのが太郎というオーダーに同意してくれたのだった。
「そうだけど……騎馬戦……あんな荒っぽいこと、できればやりたくないなぁ」
見ているぶんには楽しいかもしれないが、周り中から同級生が血相変えて帽子を毟り取りに向かってくるのだ。
一対一ならまだしも、乱戦では闘争心の支えがなくては生き抜けない。
それはどう考えても太郎の趣味ではなかった。
ただ、そのつぶやきはことりを非常にびっくりさせたのである。
(ええ? 太郎ちゃん……あれだけ荒っぽいことさんざんやって来たのに……騎馬戦くらいで? ……いや、そうか。そうだよね。いくら外山君や誘拐犯や、スターンさんとまで戦ったって、もともとの太郎ちゃんの性格からはかけ離れたことしてるんだよね)
いままで、実に自然体で数々の格闘をこなして来ているように見えたため、それが太郎の性分ではないことをことりはすっかり忘れてしまっていた。
(うーん、まいったなぁ。わたしのほうが変に太郎ちゃんの荒事に慣れちゃってたのかなぁ)
誘拐犯から亜佳音を取り戻してくれたとき。
外山に対して怯むことなく対峙したとき。
ことり自身を、誘拐犯から助けてくれたとき。
太郎があまりに迷いなく行動してくれるので、そういうものだと思い込んでしまったのかもしれない。
でも太郎自身は、ナノマシン体を得るまで、喧嘩や暴力沙汰とは無縁であったはずだ。
太郎は以前にことりに対して、「できることだからやっただけ」と言っていた。
しかし、できることであろうとなかろうと、本人にやる意志がなければ決して行動にはつながらない。
そんな当たり前のことを、ことりは失念していたと気づかされた。
きっと太郎は、やりたくてやってきたわけではないのだ。
あくまで、やらなければならないと思ってくれたから、行動に移しただけのこと。
いまだって太郎は、ほんとうなら誰かと戦ったりしたいと思っていないのだろう。
それがもともとの太郎の本質のはずだ。
思えば超人になってからも、ことりの知る限り、太郎のほうから誰かに戦いを仕掛けに行ったことなど一度もなかった。
自分を、あるいは誰かを守るために、さらには思いに応えようと行動した結果ばかりであった。
真理が「また喧嘩?」とからかうと、太郎はいちいち大真面目に否定するではないか。
あれはたぶん太郎の本心だろう。
(太郎ちゃん……すごいなぁ)
ことりはうなだれる太郎をまじまじと見つめた。
やらなければならないのなら、意に染まぬこともきちんとやれる。
それは、できることだから、というだけで済む話ではないだろう。
今回だって、騎馬戦がいやなら断わってしまうこともできただろうに、引き受けてくれている。
えらいなぁ、と思う。でも。
(わたしにだから本音が出ちゃったんだとしたら、嬉しいなぁ)
知らず、ことりの手が太郎の頭に伸びていた。
そして労うようにポンポン、と軽く叩いたのだ。
「えっ?」
太郎が驚きを隠さずことりを振り仰いだ。
「え?」
ことりもびっくりした顔で太郎を見た。
「……あ。ごめん、つい……」
弟の海里に「えらかったね!」と褒めるときの行動が出てしまった。
しまった、と思ったがもう遅い。
「あ、あのさ! これで少なくとも、何にエントリーするかは悩まなくて済むのじゃない?」
とっさに話題を逸らしたことりは、何事もなかったようにぱっと手を引っ込めて言った。
太郎は絶句しながらしばらくことりを見ていたが、ややあって、「なるほど」と前に向き直った。
「確かに、これで一種目にエントリーする義務は果たしたことになるのか。そうだよね」
「そうそう。それにさ」
ことりは勢い込んで続ける。
「いくら騎馬戦でも、スターンさんより強い相手なんて、出てこないと思うよ?」
太郎がぷっと吹き出した。
スターンの乗った騎馬が頭に浮かんだのかもしれない。
「そこでスターンさんを引き合いに出したらずるくない? あの人よりすごい人が体育祭の騎馬戦にいたらおかしいでしょ?」
「……でも、太郎ちゃんはそのすごい人に勝ってますけど?」
言われて、太郎が赤くなって黙り込む。
「ね? だからきっと太郎ちゃんなら大丈夫」
重ねて言うと、太郎は小さく頷いた。
「うん……頑張ってみるよ」
ありがとう、と続けた声は、しかし小さすぎてことりには届かなかった。
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