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第29話

 夜更けになって、ようやく太郎との電話を終えたことりは、中身の濃い大長編SFアクション映画を見終えたときのような気分を味わっていた。

 佳子や真理との長電話の最長記録には及ばないが、男子相手にこれだけの長時間、電話で話したことはこれまでになかった。

 高揚が収まらず、鼻息も荒くなっている。

(宇宙人! ナノマシン! むふー。そう来たかー!)

中身だけ聞いたら、いくらなんでもホラ話もいいところと思っただろうが、何しろ物的証拠を目の前で見ている。

 どこの中学生が、銃弾を手で掴んだり、あまつさえ至近距離から連続で撃たれて、「痛い」だけで済ませられるというのか。

 宇宙人にナノマシンの身体をもらったのだとするなら、それも納得できるというものだった。

 未知のテクノロジー。

 その能力も限界も、こちらの想像を突き抜けていて当たり前だろう。


 公にできないことがなんとも歯がゆいが、宇宙人と接触、会話したということだけでも、これは人類初の偉業なのではないか。

 いや、世の中には宇宙人と遭遇したと主張する人なら大勢いるし、その真偽を確かめようのないケースも少なくない。

 また同じような事情で、接触があったのにそれを公開できない人もいるのかもしれない。

 しかし、太郎の出くわした大宇宙の監視者たる上位存在は、人類レベルの文明とは本来、接触を禁じられているのだという。

 だとしたら、このトップクラスの宇宙人と接触に成功した地球人は、太郎が初めてという可能性がきわめて高いといえよう。……ただその理由が、「交通事故」というのだけはなんとも残念ではあった。


 残念と言えば、セーフモードも残念なことのひとつだった。

(とはいえ、弱点がひとつもないんじゃ、ヒーローとは言えないわよね)

地上では三分しか行動できないとか、超人化する間は知性を失うとか、特殊な鉱石の近くでは力を発揮できないとか。

 世に出ているヒーローは、まず何かしらの弱点をひとつは抱えているものだ。

 完璧で穴のないヒーローはヒーローたり得ない。

 弱点があってこそ、ヒーローの条件を満たすと言っても過言ではない。

 ことりは、太郎が聞いたら「何言ってんの?」と目を剥きそうなことを考えていた。


 残念を通り越して心配になったのが、セーフモードのときに力を使ったらどうなるか、という話である。

 実はこの件について、太郎は始め、自発的には教えてくれなかったのだ。

 しかし、一通り話を聞いたことりがふと思いついて、じゃあセーフモードのときに、それでも力を使ってしまったら? と訊いたのであった。

 一瞬、口籠もった太郎は、しかしきちんと「最後はナノマシン同士の結合を失って、身体が崩壊するそうだよ」と答えてくれた。

 それを聞いたときにはことりも息をのんだ。

 いっぽうで、セーフモードに入ってしまうと、ごはんを食べない限り自発的に解除はできないため、力を使おうにも使えないこと、またセーフモードでエネルギー消費を抑えた状態であれば、かなり長時間活動できると聞いたことも、併せて伝えてくれた。


 それなら安心と一言で片付けられない、そこはかとない不安は残ったものの、ともかくも注意すべき点としてわかっているのといないのでは、行動自体が変わってくる。

 普通に考えたら、ナノマシン太郎のほうが、ことりたち一般の人類よりもずっと丈夫で安全な身体なのだから、闇雲に心配するものではないはずだった。

 だけど、太郎(ヒーロー)をサポートしたい立場として、自分もこのことを忘れないようにしよう、とことりは考えた。


 そのほか、身体がもう成長しない、ということを、太郎はきわめて渋々教えてくれた。

 これも、太郎からは出てこずに、ことりの素朴な疑問から返答してもらったことだった。

 太郎はこの点が心底不満であるようだったが、自分のような高身長女子の悩みがきっと太郎にはわからないであろう、というのと同じで、小さな男子である太郎が、大きくなれないことにどれほど深刻な気持ちでいるか、というのはことりには想像がつかなかった。

(かわいくていいと思うんだけど)

などと感想を述べようものなら、ことりとしては褒め言葉のつもりでも、きっと機嫌が悪くなるんだろうな、ということだけはわかったので、口には出さなかった。


 拳銃の件も訊いた。

 自分の目の前に突きつけられたときより、太郎に向かって撃たれたときの方が肝が冷えたが、少なくとも力の使える状態であるなら、太郎にとっては問題ないとわかった。

 逆に、問題ないということ自体が世間に対してはきわめて大きな問題になるので、拳銃があるかないかもわからなかった、ということにした自分の返答は、太郎の期待に添うものであったようだ。

 誘拐犯に脅迫まがいの「お願い」をして、拳銃をなかったことにさせたということに関しては、太郎の黒い一面を見た気がしたが、ともかくも、太郎の秘密をこれだけ知っているのが、世界中で自分たった一人なのだ、という満足感を存分に堪能できて、ことりは上機嫌であった。


 いっぽう隣りの部屋の弟、海里は姉に関する悩みを抱えていた。

 まさか姉の彼氏かもしれないのが、学校一の猛者を一蹴し、伝説の喧嘩屋という先輩までなぎ倒すような、恐ろしい男であったとは。

 祐二から話を聞いたあと、別の同級生からも、こちらは太郎ではなく三宮の話を教えてもらうことができた。

 彼が言うには、三宮が東部中三年生の頃の一年生であり、海里たちから見ると四学年離れた、いま高校二年生の兄がいる。その兄から、たまたま三宮の喧嘩を実際に見たと聞いたことがあるのだという。

 三宮の下校を待ち伏せた、他校の不良生徒数人を相手の大きな喧嘩であったらしく、三宮の強さは当時から圧倒的だったようだ。

 たった一人であるにもかかわらず、わずかな時間で全員を危なげなくのしてしまって、涼しい顔で帰って行ったのだそうだ。


 その同級生は、三宮が太郎に負けた、という話は知らなかったが、太郎の名前は知っていた。

「外山さんに勝ったって人だろ? うん、聞いた聞いた。そんな人がいるんだってびっくりしたよ」

「あ、そっちは知ってるんだ」

「いやちょっと前にみんなその話をしてたよ? おまえのほうこそ、なんで知らなかったんだ?」

そう言われても、海里の周りでは話題にならなかったのだから仕方がない。というか、姉のことがなければ、そもそも上級生の誰と誰が喧嘩しようと興味もない。

「へぇ、穂村さんって、三宮さんにも勝ったんだ」

「うん、加藤からはそう聞いたよ。加藤もお兄さんから聞いた話だそうだけど」

「伝言ゲームだと、ちょっとどこまでほんとうかはわかんないとこあるけど、うーん、うちの兄ちゃんはそんなの嘘だって言いそうだなぁ」

「なんで?」

「いや、兄ちゃんから三宮さんの話を聞いたの、結構前なんだけどさ。そんでもとにかく兄ちゃんの興奮がすごくて。聞いてるこっちが引いちゃうくらいだったから、よく覚えてんだ。よっぽど強さが印象的だったんだろうなぁと思って、だから穂村さんの話なんかしたら、あの三宮さんが中学生に負けるわけないだろ、とかムキになりそうな気がする」


 海里は苦笑いするしかなかった。

 海里も祐二から聞いたばかりで、自分でも言ってしまったくらいだから、そんなの嘘だと言われても何も言い返せない。

 しかし、三宮という先輩が、確かに伝説を作りそうなほど喧嘩の強い人だったのは伝わった。

 そんな人に太郎が勝ったかもしれないということは、それが噂でも真実でも、海里にとって嬉しい話ではなかった。


 はじめは、学校から帰ったら真っ先にこのことを両親に相談しようと思っていた海里だったが、あらためて考えると、こんな話を伝えたら、母親はまだしも父の幸夫は、その場で失神してしまうのじゃないか、と心配になってきたのだった。

 親切で優しい父であるが、気弱なところも甚だしく、およそこうした荒っぽい話題には向いていない。余計な心労を増やすだけだと考えた。

 どうしよう? 自分に何ができるだろう?

 悩む海里の隣りの部屋では、姉が脳天気に誰かと電話している。話の内容まではさすがにわからないが、ときおり大声で叫んだり、けらけら笑っているのは聞こえてきた。

 こちらがことりのことでこんなに気を揉んでいるのに、いい気なものだと壁でも叩いてやろうかと思ったが、やり返されると勝てないので止めておいた。

 深夜まで寝付けず、勉強も大好きなゲームすら手に付かないほど考えに考えて、海里はあるひとつの決断をする。


 翌朝、海里はいつもより早めに家を出た。

 姉は朝練がなければいつもぎりぎりになってから登校するので、まだ家にいる。

 学校で、まずは自分の教室に鞄を置くと、すぐに三年生の教室のあるフロアへ向かった。姉のクラスは二組のはずだ。

 三年生の教室エリアに、自分のような一年生が一人でうろうろしていれば、嫌でも目立つ。

 周りの視線に居心地の悪さを感じながら、目指す姉のクラスへたどり着いた。

 入り口から中を覗くと、登校している生徒はまだ半分もいない。ここで海里は自分の失敗に気づいた。

(しまった。おれ、穂村太郎の顔を知らない)


 先日の姉の話では、このクラスにいるはずであるが、どの人が姉の相手であるのか、一度も見たことがないのでわからないのだ。

 外山に勝てるような猛者なら、見ればわかるだろうと軽く考えていたのだが、ざっと見渡したところでは、それらしい恐ろしげな巨漢の姿は見当たらない。

(う。もしかして、まだ学校へ来てないのかな?)

相手が登校していなければ、会えない。

 そんな簡単なことにも考えが至っていなかった。考え抜いた決心のつもりだったが、実行したときの想定が甘かったようだ。


 どうしよう? 今日は引き返すか? 

 そう考えたとき、ちょうど海里の横をすり抜けて教室から出ようとしていた三年生がいた。

「あ、あの!」

とっさに海里はその三年生を呼び止めた。

 相手は自分とよく似たタイプの小柄で細身の眼鏡男子で、なんとなく親近感が持てたため、声をかけやすかった。

 三年生は海里を見て、一年生がなぜここに? という疑問を持ったふうだったが、とくに表情を変えずに言った。


 「何かな?」

「あ、あの、このクラスの人……ですか?」

「そうだけど」

「あの、穂村太郎……さんって、どの人?」

海里の問いに、相手はちょっと目を見開く。と、そのまま今度は逆に目を細めて、しげしげと海里を見返した。

「きみのことは初めて見ると思うんだけど」

「え?」

それが何だというのだろう? 海里は訝しんだ。

「ぼくに何か用かな?」

「は? あ、いやおれ、用があるのは穂村さんで……」

「だからぼくだよ」

「?」

「ぼくがその穂村太郎。ぼくに用というのは?」

「……ええええっ!」

海里は文字通り飛び上がった。

 目の前の眼鏡さんが穂村太郎? そんなはずはなかった。

 何しろ、あの外山を病院送りにしたのだ、こんな自分と背もちょっとしか違わないような、細身の男にそのようなマネができるとはとても思えない。


 海里はむっとして言った。

「おれのこと、からかってます?」

「いや。なぜぼくがそんなこと」

「だって、穂村さんって、外山さんにタイマンで勝った人なんでしょ。あんたじゃとてもじゃないけど」

言いかけた海里を、遮る声が上から降ってきた。

「おれが何だって?」

ぎょっとして振り返ると、海里の後ろに立っていたのは、ほかならぬ外山であった。

 最近はようやくギプスも外れたが、まだ右手には包帯が残っている。その外山が、じろりと海里を見下ろした。

「そ、外山……さん?」

「おれを知ってるのか。なんだ、おまえ一年坊主か? どけ、邪魔だ」

立ちすくんだ海里は、一瞬の後に全力で飛びすさった。

 おかげで先の眼鏡の三年生に思い切り背中からぶつかったのだが。

(いってぇ! ええ、なにこの人?)

相手の身体はびくともせず、わずかなよろめきさえ感じなかった。

 おかげで海里は、ちっとも場所を空けたことになっていない。人ではなく壁に当たったような感覚だ。


 「何なんだ? この一年は」

外山の問いに、眼鏡の三年生が答える。

「なんかぼくに用があるらしいんだけど」

まだ言っている。イラっとなった海里は、外山がいるのも忘れて怒鳴った。

「だから言ってるでしょ! おれの用があるのはあんたじゃなくて、外山さんに勝った穂村さんだってば!」

一瞬の間のあとで、爆笑したのは外山であった。

「ぶはははは! 人気者だな、てっぺんは!」

眼鏡の方はあからさまに不機嫌顔で黙っている。

 あっけにとられた海里の頭に、外山の左手がバンと載った。と思うと、握力でぐりんと顔を眼鏡の三年生のほうに向けられる。

「いいか、一年。そいつが間違いなく、このおれに勝った穂村太郎さんだ。おまえの探している相手だよ」

「……は?」


 海里は言葉を失う。

 無理矢理向きを変えられた首も痛かったが、それ以上にあごが外れるかと思うほどあんぐりと口が開いて、塞がらなかった。

「で、ぼくに何の用? そもそも、きみ誰なの?」

むすっとしたままの太郎が海里に尋ねる。海里がぱくぱくと陸の金魚のように、ただ口だけしか動かせないでいるところへ、また別の声がかかった。

「海里? あんたそんなとこで何やってんの?」

太郎、外山、海里の全員が声のした方を見る。そこにはことりが立っていた。

「ね、姉ちゃん!」

海里は目を剥いた。予定外だ。いつもギリギリに来るくせに、なぜ今日に限ってこんなに早いのか。

「姉ちゃん? ……するとこいつは」

「世羅さんの弟ってこと?」

「そうだけど……これいったいどういうこと? 何が起きてんの?」

ことりはぽかんとした表情で三人を眺め、次いで眉間にしわを寄せた。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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