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いつか、君の隣へ  作者: U
第一章 再会、開かれた扉

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第八話 お願い

 桜の花が散り、葉桜の緑が豊かになった四月下旬。

 ゴールデンウィークを次週に控え、段々と世間が浮足立つ。

 眠くなる午後の授業を乗り越え、午後のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴ると、担任が教室を後にする。

 優里菜はチャイムの直後からそそくさと帰り支度を始めた。優里菜なりに悩んで決めたことがあった。

「優里菜」

「はい?」

 後はバッグのファスナーを閉めるだけというところで声をかけられた。

 振り返ると男子の上着しか見えなかったので、首を斜め上に向ける。

「この後、少し時間あるか?」

 そこにはどこか神妙な面持ちのあつしがいた。

 何か話がありそうだったが、これから用事がある相手はそこにいてくれるかわからない。今日は任務じゃないと聞いている。なら天宿の寮にいてくれるはず。

「ごめんね。今日は用事があるんだ。また今度時間作るね」 

 だから優里菜は睦に申し訳ないと思いつつも自分の用事を優先した。

 優里菜は両手を合わせて睦に謝るとそのまま下校していった。

「だから昼休みにしなさいっていったじゃない」

 近くで一部始終を見ていた沙紀はため息まじりだった。

「そうだな。でも安堵してる自分もいる」

 沙紀に同意しつつ、今の関係が続くことにホッとしていることを白状する睦。

 しかし沙紀は容赦ない。

「へたれ」

「そう言うなって。まだ三年もあるんだ。じっくりいこうぜ」

 海がすかさずフォローに入る。

「じっくり行き過ぎよ。もう二年よ、二年」

「正確には一年半だけどな」

「うるさい。それにまだ三年じゃないわよ。三年しかないの。高校生活なんてあっという間よ!」

「まるで高校卒業した奴みたいな言いようだな」

 沙紀は収まらないが、そのセリフを海が茶化す。

「うるさい」

 まるで夫婦漫才でも見ているようだなと、二人の掛け合いを睦は見守った。


  ***


 学校を素早く下校した優里菜は天宿を訪れていた。

 東側が月永、西側が陽本の領域であるこの天宿。陽本の領域一歩手前で優里菜は踏み留まっていた。緊張した面持ちで西側を凝視している。月永の人間、しかもその直系が勝手に足を踏み入れて問題にならないだろうか。今にして思えば、断られるかもしれないと臆せずにきちんと連絡しておけばよかったと思う優里菜だった。

「…………」

 ずっとここにいても変に思われる。覚悟をしろと自分を叱咤し、つばを飲み込んだ時、廊下の向こうから知り合いがやってきた。

 紫鶴と勝弘の娘のあきらだった。

 晶は前髪を綺麗に揃え、後ろ髪は腰を越えるほど長くし、前髪と同じように揃えている。キリッとした顔はそのまま性格を表していて、キツイ性格だった。美人だが男は寄り付かない。

 遠くからでも晶が不機嫌そうなのがわかる。その晶に代わって紫鶴が優里菜に話しかけた。

「優里菜様? 何をされてるんですか?」

「こ、こんにちは」

 優里菜は緊張からか、挨拶だけして終わってしまった。三人の間に変な間が生まれるが、すぐに晶がその間に耐えられなくなったようだ。

「何をしているのかと聞いているのです!」

 不意に怒られて優里菜の体が跳ね、一歩下がる。

「まあまあ、晶さま。優里菜様、この通り晶さまはご機嫌斜めでして」

「紫鶴っ!」

 紫鶴が宥めても無駄らしい。

 優里菜は晶を刺激しないように早く用件を済ませようとする。

「えっと、広輝くんの部屋をご存知ですか?」

「! 知りませんっ!」

 しかし逆に晶の怒りに油を注いでしまったようだ。

 晶はそのまま優里菜の横を通り過ぎて行ってしまう。

「え、え?」

 優里菜は状況がわからず、紫鶴に助けを求めたが、紫鶴も「あちゃー」と顔をしかめる。

「優里菜様、タイミング悪いです。たった今、広輝と」

「紫鶴! 余計なことは言わなくていいの!」

 晶が甲高い声で紫鶴に注意する。

「というわけで、察してください」

「あはは……」

 晶と広輝の間に何かあったようだ。

「それで広輝の部屋でしたね。あの子の部屋は一階の角部屋で……」

「紫鶴? 早く来なさい」

 不機嫌な晶はいつにも増して短気なようだ。

 紫鶴は晶と優里菜を見比べ、騒ぎになったら困る方を選び取る。そのくらい今の晶でも分かってくれる。

「晶さま。優里菜様を送ってきていいですか? 何かあると困るので」

「~~~~! 勝手にしなさい!」

 紫鶴の思った通り、晶は何かが面倒なことであることを察した。が、納得がいかないので素直にいいよとは言えなかった。

「では、晶さまの気分が変わらないうちに行きましょう」

 紫鶴は晶の性格を熟知しているので、優里菜を優先したところでフォローさえ入れておけば、ネチネチ言われないことを知っている。

 逆に優里菜は晶の怒りようを見て、案内してくれる紫鶴にきちんとお礼を言ったのだった。


  ***



 全ての天宿ではないが、天宿には若者や未成年の為の住居が大なり小なり整備されている。

 これらは任務で殉職した天子の子供や、親が天子ではないのにも関わらず天力が発現した天子――源子――の為の施設である。また広輝のように親元を離れて生活する未成年や学生も利用できる。

 鳴上支部の場合は二階建のアパート風味の寮が敷地の東西の端に一棟ずつ建てられている。部屋はワンルームだが、トイレは共同で、キッチンと風呂もついていない。代わりに鳴上支部全員共有の食堂と大浴場がある。食堂では「食べない」という申請をしない限り寮に入居している天子には三食用意され、大浴場も二十四時間いつでも利用可能だ。このような共有スペースは「いさかい禁止」が暗黙の了解になっている。

 寮とは別に居住区もあるが、それらは天守や陽本月永両方の幹部級一家、または侍女たちの居住スペースとなっている。玲菜たちも昔はここに住んでいたが、とある理由で出ていったので、優里菜は天宿に住んでいない。

 紫鶴に案内され、優里菜が陽本の領域を通り抜ける。陽本の天子にはすれ違わなかったが、侍女と鉢合わせして驚かれた。

 広輝の部屋に着き、紫鶴がドアをノックする。

「広輝、いる?」

「紫鶴さん?」

 部屋から広輝の声が聞こえ、しばらくすると鍵を開ける音。ドアノブが傾き、ドアがゆっくりと開く。

「どうしたんです? 晶さんからまた何か?」

 いかにも部屋着らしい黒いジャージ姿の広輝が顔を出す。今日はもう外出する気が微塵もなさそうだ。

「いいえ、その話はまた後日。今回は案内役を買って出たの」

「?」

 紫鶴の影に隠れて、広輝からは死角の位置にいた優里菜が顔を出す。

「こ、こんにちは」

「…………」

 優里菜の謙虚そうな挨拶に比べ、広輝は嫌そうに目を細めた。面倒なのが来たと目が言っている。

 ある意味、優里菜の想像通りのリアクション。帰れと言われないか内心ヒヤヒヤしていた。

「それでは、私はこれで」

「ありがとうございました」

 紫鶴は手を振って晶の元に戻っていき、優里菜と広輝がその姿を見送った。

 広輝は今すぐにでも優里菜に引き返してもらいたかったが、紫鶴が連れてきた手前、無下にする訳にもいかなかった。諦めて優里菜を部屋に招き入れる。

「とりあえず入れ」

「え、あの」

「目立つだろ」

「……はい」

 月永の人間がこんなところに居たら何を言われるか。せめて共有スペースに呼んでほしかったと思う広輝だった。

 優里菜は親戚以外の男子の部屋に入り、緊張が更に増した。睦や海とは遊ぶが部屋どころか家にも行ったことがない。それに優里菜は玄関口で終わらせるつもりだったので、まさか部屋に上げてもらえるとは思っていなかった。

 広輝の部屋は引っ越してきたばかりな事もあってか、物が少なかった。ジロジロ見るのは失礼だと思いつつも目に入ってくるから仕方ない。仕方ないのだ。

 部屋の奥から日の光が差し込み、照明がなくても明るそうだった。窓にはレースカーテンがかかり、袖には紺色のカーテンが纏められている。奥行きのあるワゴン付きの机と背の高い本棚が並び、反対側に広めのベッド。真ん中にこたつの役割を終えた裸のテーブルがあった。衣服は備え付けのクローゼットの中だと思われる。

 机の上のノートパソコンで何かしていたのか、ディスプレイは暗いけれど、ファンが回っている音がしていた。

 そして優里菜に兄の部屋のようなにおいが、ここを男子の部屋だと強く意識させた。

 広輝は優里菜をテーブルの脇にある座布団に座らせて、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出す。

「悪いな。今はお茶しか無い」

 優里菜が常套句の「お構いなく」と言い、広輝もそれに構わず準備する。広輝は取っ手付きのコップとガラスのコップを取ってテーブルに並べると、優里菜から見てテーブルの左側に座る。お茶をコップに注いでガラスのコップを優里菜に差し出す。

「ありがとうございます」

 広輝も普段使うコップにお茶を注いで一口飲むと早速切り出した。

 優里菜が来てしまったのは仕方ないので、なるべく早くお帰りいただくために、できるだけ優しく。

「それで、何の用だ?」

「えと、その……」

 優里菜がコップを両手で持ったまま、視線を逸して言い淀む。

「なんだ、言いにくいことか?」

「いえ……」

 優里菜はコップをテーブルに置くと、意を決する。

「手合わせをお願いできますか?」

 優里菜が本気なのは伝わったが、広輝には優里菜の意図を図り兼ねた。広輝の頭で誤った連想が起こった。

 手合わせする理由→相手の力を知る→今の実力不明→実力の不信→広輝の不信→広輝の報告が不信→オリバーの実力は広輝の想定未満→オリバー容易い→月永分家の意見→分家の意見に賛同?

 広輝はそんな誤った答えに辿り着くも「いやそんなまさか」と一旦保留し、手合わせの理由を訊いてみる。

「理由は?」

「力の差を知りたいんです。広輝くんとの、それからオリバー、さん? との」

 広輝はひとまず安堵した。オリバーの殺気を身を持って受けた優里菜が分家と同じような考えをしていなくて。

 それで今度は、広輝が優里菜のお願いを聞き入れるかどうか。このまま適当に理由をつけて断るのも手だが、大人しく引き下がってくれるかどうかわからない。

 広輝は逡巡の末、交換条件で引き受けることにした。

「――わかった。ただし、いくつか質問に答えてほしい」

「え……」

 優里菜の脳裏に碧の秘宝が過ぎった。これは答えたくても答えられない。

「答えられないものは答えなくていいから」

「わ、わかりました」

 優里菜は広輝の言葉にホッとしながらも身構える。そして本当に[杯]についての質問だった。

「[碧の秘宝]が何か知っているか?」

「……はい」

「その場所を知っているか?」

「…………はい」

「[碧の秘宝]はお前のことか?」

「…………ちがいます」

「[碧の秘宝]が何か答えられるか?」

「……………………」

 黙秘。優里菜は顔を伏せて固まってしまった。

 広輝としては[碧の秘宝]が優里菜とは別の何かと分かっただけでも収穫。オリバーが来たら、それを守るために月永が動くはずだからそれに乗じればいい。そう算段をつけた。

 そして、黙ったままの優里菜を見て、本当に嘘がつけない性格なんだなと改めて思った。

 これで終わりにするつもりだった。

 けれど、優里菜が顔を上げて精一杯の条件を絞り出した。

「…………広輝くんが誰にも教えないって、約束してくれるなら、答える」

「……は?」

 広輝は耳を疑った。広輝は優里菜からすれば会って間もない相手、しかも派閥違いの天子のはずだ。それを月永当主すらも明かさない[碧の秘宝]の秘密を明かそうとしている。ただの口約束で。

「オレは嘘つきだ。オレがその約束を守る保証はないぞ」

「その正体が広輝くんから露見しなかったら、私は広輝くんを信用します」

 優里菜の言葉に嘘はないように見えた。優里菜はきっと嘘をつくくらいなら黙秘を選ぶ。そして広輝にとって優里菜の信用は価値があるものだった。

 だから広輝は、陽本に明かされる情報を渡さずにその信用を得ることに決めた。

「わかった。誰にも教えないと約束する」

「絶対、だよ」

「ああ」

 優里菜は広輝に念押しすると、両手を首元へ。制服のネクタイを緩め、シャツの上2つのボタンを外す。制服の下から首にかけていたチェーンを取り出すと髪をくぐらせる。

 優里菜が制服の下から取り出したのはチェーンに優里菜の瞳と同じ色をした碧色のリングを通したネックレスだった。

「そのネックレスが、[碧の秘宝]?」

「ううん。この碧い指輪。指輪が[ウンディーネの杯]」

 [碧の秘宝]は水精の名を冠した指輪だった。[杯]という名前からは想像できない指輪の形。銀色に碧色のラインが緩やかにカーブを描いたデザインで内側が碧一色だった。

(なるほど。兄さんのと同じか)

 広輝は無意識に左手首を抑えていた。また、その指輪の事情を察したが、初めて見る者として訊いておくことがあった。

「なんでその指輪が秘宝なんだ?」

「これは月永のご先祖様が月永を名乗る時にウンディーネから授かったらしいの。だから[精霊の遺物]って呼ばれたりもする」

「それが、月永がウンディーネの血を引いている証でもある、と」

「うん」

 月永が精霊の血を引くというのは眉唾の話ではなく、明確な証拠があってのことのようだ。ただし、公にすれば[杯]を狙う者が現れてしまうから秘匿し、「精霊の血を引く」という文言だけが外に伝わる。そして証拠のない話には疑念が生まれ、[特別]である事を他に示すことができなければ、精霊の子孫だという事も眉唾ものとされてしまう。だからこそ月永は血統主義を敷いていた。

 広輝は月永の血統主義に少し同情しつつ、トボけた質問もする。

「特別な力があったりするのか?」

「……え?」

「マンガとかアニメとかだと、そういう特別な装飾品には『特別な術式が組み込まれて』たり、『精霊召喚』できたり、『魔術を自動防御』とかあるだろ。だから[杯]にもあるのあかと」

 年相応の少年らしい質問に優里菜の表情が少し固まる。この嘘をつけないのは美徳であり欠点だ。

「…………あるけど、その時のお楽しみということで」

 言ってしまう辺り、広輝を信用する為なのか、脇が甘いのか。

「わかった。教えてくれてありがとう」

「うん」

 優里菜はチェーンを首にかけて、シャツの隙間から杯を胸元に落とす。その一連の所作を広輝に見られていることなど意識もせずに服装を整えていった。

 また一人気まずくなってしまった広輝は、雑念を振り払うように立ち上がる。

「広輝くん?」

「手合わせだろう? 着替えて外の訓練場に来い」

「――はい」

 この後、優里菜は蒼との差をその身に叩き込まれることになった。

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