第七話 ゲーベル・ルシュルド
鳴上から遠く離れた地。人からも忘れられたような山間部。辺りは緑深い豊かな森。
山と森を切り開いてそびえ立つ西洋風の城があった。日本に似合わないその城は、平地からは見えない場所に位置し、人里からは容易に見つけることができない。
もっとも、城が見える場所に行っても所有者による結界によって視認することも叶わないのだが。
その所有者は、多くある部屋の一室に引きこもり研究に没頭していた。
部屋には、洋風でオシャレなインテリアや家具があった痕跡が残っている。
それらは壁一面に敷き詰められた本棚と、無造作に置かれた実験器具や資料、レポートの海に沈んでいた。
所有者たる老人の男がいる場所から、入り口までの間だけは辛うじて床が見えるほどだ。
その部屋に一人の男が訪れ、ノックしても扉を開けても反応を返さない、偏屈な雇い主に声をかけた。
「ゲーベル」
そこでようやくゲーベルが作業を止め、男に振り返る。
「どうじゃった?」
ゲーベルは余計な前振りを置かず、単刀直入に聞く。自ら雇った用心棒もしくは強奪の為の手駒。[雷鬼]オリバー・エクスフォードに。
「人形は壊されていたが、部屋の方は荒らされた形跡がなかった。人形が妖魔と勘違いされて天子に破壊されたようだな」
「ーーその天子をちゃんと始末してきたのじゃろうな」
「いや」
「…………」
『侵入者の排除を命じたはず』『それを見逃してきた言うのか』オリバーを見るゲーベルの目が語らずして全てを語っていた。
オリバーは肩をすくめる。そして広輝たちに約束した通りに答えた。
「そう睨むな。俺が到着した時には、もう天子はいなかった。それに部屋も召喚用の魔法陣があるだけだろう?」
「あれは儂の工房が近くにあると思わせるためのトラップの一つじゃ」
「トラップ? 何も起こらなかったぞ」
「ふん、今はわざと切っておるし、その部屋はブラフじゃ。本物にも少人数で行ったところで発動せんわ。それなりの人数を人形で一網打尽にする仕掛けじゃ。一級魔導人形も三体自動召喚される」
オリバーは、それは自分がかかってみないと思ったが口には出さない。ゲーベルからの小言が増えるだけだ。
「魔術師が用心深いのは知っているが、そこまですることなのか」
一級魔導人形というとゲーベルが製作した魔導人形の中でも上級の人形だ。警備につけていた鬼形の人形よりも段違いに強かったはずだ。
「……お主たち天術士、特にお主のような[化物]には分からぬよ」
天術士とは天子の別称であり、魔術師が天子のことを呼ぶ時にこの名称を使う。
自然の力を扱えるのは、天が大いなる力を人に授けたから。故に、天の子供という意味で天子と呼ばれるようになった。しかしその選民思想は、魔術師たちの反感を買う。魔術師たちは生まれ持って魔術を扱えるわけではなく、彼らにとって長い時間の研鑽の果てにようやく手にする力が魔術だった。それを天子は生まれ持っての素養を持ち、自転車の乗り方を覚えるように、泳ぎ方を覚えるように天術を覚えて行使する。しかもその力を悪霊を浄霊したり妖魔を討伐すると言った戦いの為だけに使う。だから魔術師は天子を天術"士"と呼ぶ。戦いしか脳の無い奴らという揶揄を含んだ呼び方から始まったものだった。
「そうか」
オリバーは魔術師のコンプレックスを刺激しない。魔術師に舌戦で勝てる天子は少ない。知識量には天と地ほどの差がある。
「それにしても面と向かって[化物]と言われるとは」
「お主は褒め言葉に受け取るじゃろうが」
「なんだ、褒めてくれたのか」
「ふん、減らず口め」
ゲーベルは椅子から立ち上がると、机の引き出しから黒い鉱石を取り出した。
オリバーのところまで、のそのそと歩き、テニスボールほどある鉱石をオリバーに手渡す。
「これは?」
黒く輝く鉱石。いや宝石だ。
「お主の天力と起動語で二級魔導人形二百体の全てを召喚できる術式をこのブラックダイヤモンドに組み込んである」
(簡単に言うじゃないか)
魔術には鉱石などの物体に魔力を保管したり、ゲーベルのように術式を組み込む技術がある。その中でも宝石は魔力との相性がよく、多くの魔術師に好まれて使われていた。
だからと言って、二百体もの人形を召喚できる術式を組み込むのは、容易ではないはずである。それをさらりと言うところにゲーベルの力量が窺えた。
オリバーにはこれを渡された意図が全くわからなかったので、希望を言ってみる。
「……暇つぶしにぶっ壊していいのか?」
「違うわい! 話を最後まで聞け」
ゲーベルは馬鹿げたことを言うオリバーに声を荒げた。そんなくだらないことに使われてたまるか、と。
「それを使って天宿を襲え。[ウンディーネの杯]と[碧眼の娘]を奪ってこい。人形は全て破壊されても構わん」
「……ふふ。はははは。何とも楽しいこと命じてくれる」
オリバーは待ちに待った命令に歓喜する。ようやく戦いができると。しかも相手はあの月永と陽本で、碧眼の娘は工場跡にいた娘のことだろう。奴を狙うのであれば工場跡で出会った久下広輝とも戦えるはず。
「だが、本当に良いのか? 俺は加減を知らんぞ」
「構わん。目的さえ見失わなければな。それに関係のない天術士がどうなろうと、知ったことではないわ」
「――未だに強行派思想は健在か」
「儂は今も昔も強行派じゃ」
「……[杯]と[娘]を連れて来次第、開門の準備に入る。頼んだぞ」
ゲーベルはオリバーに託すと、先程までいた机に向かう。
その小さな背中に「了解」と告げて、オリバーは部屋を出た。
オリバーは渡されたブラックダイヤモンドを見ながら思う。
強行派とは、自らの目的の為ならば手段を選ばず、被害は二の次という魔術師の中でも過激派のこと。もっと遡ると、[ソリアス]元強硬派の思想だった。
欧州の世界的研究機関[ソリアス]。世界の神秘を解き明かす機関として立ち上げられた。この機関は魔術師・天術士問わず多様な人材が集まり、数々の神秘を解明していった。その中の一派に強硬派があり、数々の実験という名の蛮行を繰り返した魔術師と天術士の集団。その非道な振る舞いから強行派と呼ばれ、やがてソリアスを追われた。
そして、ゲーベルの考え方や彼の持つソリアスや強行派の知識はどれも正確だ。
強行派に属していたのは間違いないのだろう。
しかし――
「なぜ俺は、ゲーベル・ルシュルドを知らない?」
オリバー・エクスフォード。この男こそ強行派トップだったウィクリフ・エクスフォードの息子である。十五歳でソリアスを飛び出したとは言え、当時のソリアスの人間、特に強行派の人間と顔見知りだった。あの老獪な魔術師ならば当時も在籍していたはずだ。しかし、それにも関わらずオリバーは、ゲーベルの名前にも顔にも覚えがなかったのである。




