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いつか、君の隣へ  作者: U
間章1 萌芽、秘かな灯火

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82/175

第二幕 新年度

 春が本格的に訪れ、桜色が鳴上にも広がり、緑と桜色のコラボレーションが人々を癒やす。今週末には多くの桜が満開になり、お花見の絶好の機会になることだろう。

 優里菜が通う私立成上学園にもそんな桜が立ち並び、まずは再び始まる高校生活を迎える上級生たちを出迎え、祝していた。

 成上学園は二年生時にクラス替えがあり、このクラスが卒業まで続くことになる。

 このクラス替えで優里菜は一組になり、腐れ縁もまた続いていた。

 窓際の列、後ろから二番目の席に座る優里菜とその前の席には親友の吉田沙紀が横向きに座って談笑している。

「いやーまた一緒のクラスなんてね。しかもこの席順、運命感じちゃうね」

「そうだね」

 ()田と()永、五十音順ならば前後ろで隣接することはありえない。

 それがこんなことになっているのは、このクラスの担任になる教師の妙案だった。

「新担任も面白いことするよな。初っ端からくじ引きなんて」

 優里菜の右後ろに廣岩(ひろいわ)(かい)。中学生みたいな見た目だが、この身長で男子バスケットボール部のベンチ入りしており、学年リーダーを務めるほど人望と技量を持っている。

「こんなに固まるなんて初めてじゃないか」

 加えて沙紀の隣の席に諏訪(すわ)(あつし)。身長百八十オーバーでアイドルのような美男子。これで成績上位でバスケ部の次期エースなのだからモテない筈もなく、告白を断った回数は優里菜にも匹敵している。

そうなのよ(・・・・・)初めてなんだよ(・・・・・・・)

 沙紀が意味深に語気を強め、笑顔で睦にプレッシャーを掛けた。

 睦も沙紀から散々せっつかれている為、意味をすぐに理解する。

 このチャンスを『モノにしろ』と言っていた。

「それにしても優里菜の隣は誰になるのかね〜?」

 海が言うと三人は未だ空席の前の席を見つめる。

 くじは黒板の前の教卓にあるが、優里菜の隣が空席だと知った男子たちが一縷の望みをかけて箱の中に手を突っ込んで、三者三様に引き抜いたくじを確認して悔しがる光景が何回も繰り返されていた。

 ちなみに残りのクラスメイトを把握しようにも、今年のクラスは前年度末の通知表に記載されている為、全員を把握することは至難の業であり、交友関係の広い沙紀も六割ほどしか把握できなかった。

「さ〜ね〜。案外女子かもよ」

 予鈴まで後五分で残りの席は二つ。優里菜の隣か教卓の目の前のみ。

 席だけ見ても天国か地獄かである。

 そこに紺色のリュックサックを背負った一人の男子生徒が教室に入ってきた。

 教室を一目見渡すと、すぐに進級を祝う言葉と席決め指示が書かれた黒板に向き合った。

「ねえ、なんかこっち見て嫌な顔しなかった?」

「気のせいじゃね」

「みんな、あいつ知ってる?」

「知らない」「知らん」

 睦の質問に沙紀と海はきっぱりと答えた。もしかしたらすれ違ったことがあるかもしれないが、三人の記憶の中にあの男子の姿はなかった。

 そんな中、優里菜はひとり、目を奪われていた。

 いるはずのない人物がここにいる。

 なんで、ここにいるのか。

 彼女にはさっぱりわからなかった。

 その男子生徒は、神妙な顔で箱の中に手を突っ込むと、すぐにくじを引き抜き、番号を確認した。

 嫌いな食べ物でも口に含んだような、苦そうな顔をした為、誰もが教卓の目の前(ハズレ)を引いたのだと確信する。

「残り物には福があるってことか」

「じゃあ、最後の奴か」

「ーー待て、睦。あれは」

 その男子生徒は白いチョークを持ち、優里菜の隣の席に自分の出席番号と名字を書いた。

 [8 久下]と。

 深い溜め息をつきながらチョークを置くと、優里菜の席へと歩いてくる。

 その男子を優里菜は口を半開きにしながら凝視し続け、ちらりと優里菜を見た彼と目が合うも、彼はそのまま意に介すことなく自分の席となった机の上にリュックを下ろし、椅子を引き、着席した。彼が放つ『話しかけてくるな』オーラに、驚きと疑問が続く優里菜は気づくことなく、いつもと同じように朝の挨拶をする。 

「おはよう」

「……ああ」

 優里菜に視線すら向けず、淡白に答える。リュックを机のフックかける。

 普段の優里菜なら広輝の空気を察してここで止めていたが、今は疑問が優先された。

「広輝くんて、高校生だったの?」

 広輝が固まる。高速の自問自答が行われた。

 なぜ知らないのか。広輝がここに通っていることは周知の事実のはず。『高校生だったの?』から、中学生に見られていたのかと思ったが、今年入学する大樹より年上であることは知っているはず。ならば本当に、同じ学校に通っていることを知らなかったのか。一年間も?

 この間コンマ二秒。

 広輝は念の為、優里菜の意図を聞いてみることにした。

「…………どういう意味で訊いてる?」

「え……高校通ってたかな、って。編入?」

 本当に知らなかったらしい。

「ちゃんといた、六組に。天川が証明してくれる」

 広輝は席に座り、ため息混じりにくいっと左の親指を左後ろに向ける。

 優里菜の後ろの席には、昨年の夏に街の裏路地で出会った天川姉弟の姉・深音(みおん)が座っていた。良くも悪くも優里菜たちの目立つグループの影に隠れるようにひっそりと。

 突然スポットライトを当てられたように優里菜たちの視線が一斉に向いた。

「え、あ、うん。同じクラス、だったよ」

 確認を終えた視線が再び広輝に戻る。 

「一言言ってくれても……」

「言うも何も、玲菜さんたちも知ってるのに何で知らな……」

 ここで広輝の頭の中で一つの推測が成り立つ。

 公式に広輝を優里菜に紹介したのは天守だ。その前後で、天守は広輝に関する情報を伝えたと、広輝は思っていた。玲菜や隆平も、他の面々もきっと同じように思っているに違いない。それにどうせ学校で顔を合わせているだろうと。しかし出会わなければ、優里菜だけが知らない、という今の状況が出来上がる。

 広輝は自分のことを棚に上げて、全部天守になすりつけた。

「天しーーお前のじいさんが悪い。変にオレのこと隠してたから、後で言おうと思って言ってなかったんだろう」

「えー」

 優里菜は不満気だ。

 広輝は会話を続けようとする優里菜に釘を刺す。

「それと、一つ言っておく」

「なに?」

 自分の安寧の学園生活の為に。

「オレ、学校でお前と関わりたくない」

「え゛」

「必要最低限の接触にしてくれ」

「な、なんで」

「目立つ。オレは同窓会とかで『そんな奴いたっけ?』ぐらいの立ち位置が良いんだ」

 広輝は元々高校に通わず、中学卒業後は天会の仕事に専念するつもりだった。だから秋ごろまで受験勉強なんて一切せず、千花たちへの贖罪ばかり考えていたのだが、『せめて高校は卒業しろ(して)』という父母の強い説得などがあり、高校受験することになった。成上学園を受験したのは、岳隠天守・星永泰平からの勧めだった。『月永が理事をしているから、任務の欠席も何とかなる』が理由だった。ただ、見上げるくらいここの偏差値が高く、寝不足が続くことになるが、それはまた別の話。

 そんな感じなので、広輝は高校生活で青春を謳歌するするつもりが一切ない。むしろ早く終われとすら思っている節もある。 

 加えて、このグループの近くに居たら、面倒事や火の粉火花が飛んできて面倒なことこの上なさそうだった。クラスは違ったが優里菜たちのグループの話は耳に入ってきた。

 成績優秀で美少女・美男子の[月永優里菜]と[諏訪睦]。優里菜の親友で学年トップの成績で生徒会に所属する[吉田沙紀]。睦と凸凹コンビで、男子からの信頼が厚く、年上の女子生徒からの人気が高い[廣岩海]。キラッキラのカースト最上位グループ。こんな端正な美術品の近くに汚物(広輝の感想)があったらどうなるか……想像に難くない。

「あっはっは! お前面白いな。月永と距離を置きたい奴なんて始めて見た」

 後ろの席から海が机に乗り上げ、広輝の背中をバンバンと叩く。

 広輝の感情のない視線だけが海に向いた。

「俺は廣岩海。海でいいぜ。よろしく、久下」

「……」

「『お前も目立つだろ』って? 心配すんな。睦のおかげでそんなでもねえよ」

 満面の笑みの海に対し、広輝の返事はなかった。

「の前に!」

 沙紀が優里菜の机に乗り上げる。

「あんたたち知り合いなの? っていうか何で優里菜の家族まで知ってるの?」

 ほら面倒くさい。広輝の顔が言っていた。

「親同士が知り合いなんだよ。その流れ」

 事実と嘘を織り交ぜ、躱しにかかる。

 優里菜は、よくそんなすぐに説明が出てくるなあ、と感心する。自分だったらそんなホイホイと言い訳は出てこないだろうとも思う。

 が、広輝が躱した先には火種が一つ。沙紀が妄想を膨らませる。 

「それって……まさか幼馴染みなんてーー」

 あ、まずい。優里菜は直感した。隣から『憶測で物を言うな』、強めの威圧込みの不機嫌な台詞が聞こえた気がした。

 優里菜はとっさに沙紀の口を塞ぐ。

「沙紀? ちょっと黙ろうか」

 モガモガとなにか言っているが、笑顔でねじ伏せた。

「ね?」

 と。

 割とマジな凄みのある優里菜の笑顔に沙紀はコクコクと首を縦に振らざるを得なかった。

 沙紀が静かになったのを見て、広輝が付け加える。

「目立つっていう点で、吉田も諏訪も同じ。あんまり関わるな」

 ここで予鈴がなった。

 同時に息を切らした一人の男子生徒と若い男性教師が入ってくる。

「席付けー。軽くホームルームしたら始業式だ」



  ***



「なんなんあいつ!」

 始業式を終え、一通りの日程を終えた沙紀が憤慨していた。

 教室に残っている生徒は沙紀たちを除けばまばらで、広輝の姿もない。

「『あんまり関わるな』。こっちから願い下げだわ!」

 数人が広輝に話しかけるも、最低限の応対しかしない広輝に会話が続かず、退散している。

 睦が苦笑いを浮かべながら、優里菜に探りを入れる。

「で、実際どんな奴なんだ?」

「えーっと」

 優里菜は人差し指を顎に当てて、言い回しを考えた。

 彼ら一般人に天子関連のことは言えない。それを引いて、良い方向へ言うには……

 【冷たい・協調性がない・頑固・屁理屈】

 ダメだダメだ。すぐにかき消した。

 もう一度考え直し、褒めすぎず貶しすぎないように気をつけた。

「冷静沈着、面倒くさがりだけど義理堅い、あと子供と身内には優しい、かな?」

「優しい姿が思い浮かばない!」

 沙紀のテンションはまだ下がらない。優里菜も岳隠に行っていなければ沙紀に同意していたに違いない。

「沙紀、そろそろ行った方が良いんじゃない」

「ん? もうこんな時間なの!?」

 沙紀が慌てて荷物を整え始めた。

 この後の講堂で行われる入学式で、吹奏楽部は入退場などの曲を演奏することになっており、沙紀はそのフルート奏者である。

 バッグを肩にかけると優里菜に一つ確認する。

「優里菜、入学式来るんでしょ?」

「うん。親戚が出るから二階から見てるよ」

 親戚と言うには縁遠いが、対外的に大樹との関係はそういうことになっている。

 沙紀が駆けるように教室から出ていくと、優里菜も追うように席を立った。

「私も先に行ってようかな。それじゃ、また明日ね」



  ***



 成上学園には二つある体育館とは別に講堂があり、多くの行事や全校集会がこちらで行われる。始業式も入学式もここで行われた。

 今は厳かにかつ朗らかに執り行われた入学式を終え、高校初めてのホームルームを終えた新入生たちが父兄と共に学園に溢れ出している。

 優里菜は櫻守家を捜しに桜に覆われた中庭に出た。

 その中で大樹を見つける前に、とっくに帰ったと思っていた人物の後ろ姿を見かけ、声をかけた。

「広輝くん?」

 そう言い切ってから教室で言われたことを思い出し、広輝からの冷たい視線を覚悟したが、今回はすぐに杞憂に終わった。

「優里菜か。丁度いい」

 広輝は振り返ると舞台袖にはけるようにスライドし、家族に優里菜を、優里菜に家族を遠くから紹介する。

「こちら月永優里菜、こっちが父、母、妹」

「ざつ! お兄ちゃん雑すぎ」

 広輝が避けると、入学式で新入生代表のあいさつをした少女が現れた。

「あ、妹の幸穂(ゆきほ)です。よろしくお願いします、優里菜さん!」

 講堂では距離があってその魅力に気付ききれなかったが、この近さではダイレクトにその可愛さがその目に飛び込んできた。幼さを残す丸い顔に、光の加減で茶色に見えるショートカットボブ、桜をデザインしたヘアピンが可愛らしさをアップさせている。優里菜はその元気で、妹全開の可愛らしさの暴力に目が眩んだ。思わず腕で顔を覆いそうになった。

 同時に予感の的中も確信した。新入生代表の挨拶で名前に少し引っかかっていたが、彼女こそ話に聞いていた広輝の従妹にして義妹だ。

 続いて隣の広輝たちの母親が口を開く。

「母の美幸です。本当に玲菜ちゃんそっくりね」

「いや、隆平のも……入ってないな、身長だけか。勇人だ。息子が世話になった。ありがとう」

 勇人に倣い、美幸も丁寧に頭を下げた。ワンテンポ遅れて幸穂も「ありがとうございます」とお礼を言った。さらにワンテンポ遅れて、広輝まで目を閉じて軽く頭を下げた。

 勇人と美幸だけなら、ただの社交辞令だと思ったが、幸穂に広輝まで続けば、何事だと驚くも、優里菜はすぐに理由を察した。

 一月の岳隠の件だった。

 三年前、広輝が[堕天子]としての道を決めてしまった為、久下家はそれまで通りに岳隠の天宿との付き合いをしていく訳には行かなかった。一定の距離を置き、来る時まで天宿となるべく関わらないように努めていた。広輝が千花に真実を明かし、再び天宿に受け入れられたことで、久下家も以前と同じくらいに付き合えるようになった。

 その手助けをしてくれた優里菜に、一家一同感謝していた。

「い、いえ! 私の方が助けてもらってばっかりで。こちらこそよろしくお願いします」

 優里菜は慌てて胸の前で両手を振った後、誰よりも腰を曲げて深々とお辞儀するのだった。

 そこに真新しい制服を着た男子生徒が駆け寄って来る。

「優里菜さん!」

「大樹くん。入学おめでとう」

「ありがとうございます!」

 優里菜と会話できて幸せそうだった大樹の顔が、広輝を見つけ、みるみる冷静になっていく。その顔に"邪魔"と書かれていた。

 大樹を追うように櫻守夫妻がやってきて、勇人が先に一樹に挨拶した。

「お久しぶりです、一樹さん」

「まさか本当にこっちに来るとはな」

「いい土地があったので。それと、息子が世話になっているようで」

「全くだ。さすがお前の息子だよ」

「でしょ?」

「褒めてないからな」

 一樹は深い溜め息をつく。

 勇人は一樹の皮肉を理解している。理解した上で親バカするから、一樹は呆れるしかない。

 母親同士は久方の再会にすぐに盛り上がっていた。美幸は鳴上支部の侍女をしていたこともあり、櫻守夫妻とは結婚する前からの顔見知りで仲が良い。放っておけば夫の愚痴も言い始めかねない。

 一樹は二人に水を差される前に言伝の役割を果たす。 

「優里菜、広輝。天守からの伝言だ」

 呼ばれた二人はさっと姿勢を整え、一樹の方を向いた。

「『早く顔を出せ』だそうだ」

 二人は顔を見合わせる。お互いに用事を忘れていないかの確認だったが、二人とも身に覚えはない。

 広輝が一樹に尋ねた。

「……何かありました?」

「さあな。行けば分かるんじゃないか」

 その口ぶりは、事情を知っているようだった。ここでは話せないか、口止めされているか。

 呼び出されているなら応えなければならないが、広輝にも用事がある。

 幸穂の入学祝いで、お昼ごはんをレストランに食べに行く予定だった。

 広輝が美幸を見ると、美幸は広輝が困らないようにすぐ代わりを提案した。

「みんなでの幸穂の入学祝いは夜にしましょ」

 広輝は幸穂に謝り、優里菜と一緒に昇降口へ向かう。

 それを大樹は追いかけようとするがーー

「じゃあ俺も天宿に」

「大樹はこっちよ。邪魔になるだけだから」

「えー!」

 母の寿子(ひさこ)に止められた。



  ***



 昨年四月にオリバー・エクスフォードによって焼け落ちてしまった天子協会・鳴上支部は、先月三十一日に再建が完了し、真新しく美しい日本屋敷として建立した。外見は屋敷だが、中の設備は最先端技術がふんだんに使われている。この最先端技術とは科学技術だけではなく、霊的技術のことも指している。オリバーに破られてしまった強力だった霊的な防衛機構はさらに強化され、セキュリティは登録された天力・魔力を持った人物でなければ、敷地内に入れないようになった。さらに、一般人が無意識に屋敷を避けてしまうような人避けの術まで施される。

 科学のセキュリティ面では、まず正門の監視カメラで人物認識し、登録されていれば指紋または虹彩認証を終えて、ようやく正門を開けられるようになった。

 他にも様々な技術が導入されており、一番喜んでいるのはこの天宿を管理・整備する侍女たちらしい。最新家電に最新の業務用電化製品、最新の大型システムキッチンなどの設備。覚えることは多かったが、色々な仕事の時短に繋がっているとか。

 元々建て直しの計画があり、設計もほぼ完了していた段階だったが、これを一年もない期間で建ててしまうのだから、裏でお金の暴力が働いていたに違いない。

 そんな天宿に広輝と優里菜が入ると、二人を待っていた侍女に案内された先は天守の部屋ではなく、桜が咲き誇る庭園。

 二人揃って桜に見惚れてしまっていると、タックルするように広輝の腰に金髪の少女が抱きついた。 

「愛紗、なんで」

 満面の笑みを向けてくれる少女は、岳隠に居るはずの愛紗だった。

 会えて嬉しいのだが、二人には驚きが大きく、若干動揺していた。

「ま、こういうことだ」

「円さん」

 桜の方から、またも岳隠に居るはずの円が歩いてくる。

 広輝は愛紗の柔らかい髪を撫でながら、円の説明を待った。

「愛紗を少しでもお前たちの近くに居させたい、というのと」

 円が優里菜を見て、ニヤリと笑う。

「な、何でしょう?」

「中伝くらいには鍛え上げろ、とのお達しだ」

「わ、わーい。よろしくお願いします」

 言葉とは反対に嬉しさが籠もっていない。貼り付けたような笑顔と棒読みだった。

 僅かな時間だったが、優里菜にも身に沁みている。円の鍛錬方法のキツさが。

 印象では、キツイ広輝のメニューの倍キツイ。

 愛紗は広輝から離れ、励ますように優里菜の手を握り、広輝は優里菜の肩に手を置き、対岸の火事だと思ってエールを贈った。

「がんば」

 円は二刀流、広輝は一刀流。円との戦闘と天術の共同訓練はあっても、一方的な師と生徒の関係で物事を教わることは少ないーーはずだった。

「コウ、お前の弐ノ型の面倒を見ろと言われてるぞ」

「……円さんは二刀流では?」

「これなんだ」

 円は一枚の写真をスマートフォンに映し、広輝に見せた。

 そこに映っていたのは一枚の賞状。


 ーー星月一刀流剣術・弐ノ型 奥伝授与証ーー


「マジ、ですか?」

「形だけだがな。実戦はコウの方が上だろうが、技のコツは掴んでるぞ」

 広輝は優里菜と同じような表情になった。笑わない広輝が乾いた笑いを浮かべそうだった。

 円はそんな広輝の肩を掴み、愛紗に聞こえないように耳打ちする。

「(表向きはこんなところだが、実際は愛紗(アイ)の為だ)」

 広輝の脳回路が正常に戻る。

「……(診断が下りたんですか)」

「(もう一回桜が見れれば、だそうだ)」

「……」

 天子の体に大量の魔力の注入。そうして生成されていた天魔力。

 前例の無い症例に、最初は専門医も異状としか診断ができなかった。元気に走り回る愛紗の状態が健康なのかどうか分からず、普通の天子の状態に戻す方法も分からない状況が続いていた。

 そして、ようやく出た診断は、無情な余命宣告。その宣告を受けて、岳隠は決断する。

 愛紗が最期のその時まで、一番好きな人の近くに居られるように。

 久下家への同居も考えたが、常道のように天魔力を狙う者も居ないとは限らない為、守りがしっかりしている天宿、そして護衛として円を付けた。

「(こっちの病院の方が設備も医師も揃ってる。力を借りるつもりだ)」

「……(はい)」

「(お兄ちゃん)?」

 愛紗が表情が曇った広輝を心配そうに覗き込んできたが、広輝はすぐにいつもの表情に戻して優しく頭を撫でた。

「なんでもない」

 愛紗の心配そうな顔が消えず、どう言い訳しようか考え始めたところ、視界の端に何かが引っかかる。

 襖の角からこちらを覗き込んでいる女性と目が合った。明らかに目が合っているのに隠れようとはせず、むしろ見つけて欲しそうにしている。

 広輝は仕方なく声をかけた。

「…………何してるんですか、(あゆむ)さん」

「! 見つかっちゃあしょうがない」

 外に跳ねるような短い髪で大きな丸眼鏡を掛けた歩が、物凄く嬉しそうに姿を現す。縁側に腰を下ろし、用意していた外履きに履き替えると、庭園を闊歩する。愛紗に向かって一直線に。

「久しぶりー! 愛紗(アイ)ちゃあああん!」

 ヘットスライディングでもするかのように愛紗に飛びつこうとしたが、怯えた愛紗を広輝が背中に隠し、さっと歩を躱した。

 躱されることは想定内なのか、歩は地面に突っ込むことなく綺麗に方向転換。狩りをする豹の如しだった。

 その首根っこ、ではなく両肩に手を置いて優里菜が歩を制止する。

「歩さん、少し落ち着いてください。ちょっと怖いです」

「うう、あんなかわいい存在を前に落ち着く何で無理だよお」

「気持ちは分かりますが」

「そだ! 落ち着くまで優里菜ちゃんで!」

「へ? ひゃ! ちょっと、歩さん!?」

「優里菜ちゃんもかわいくなったねえ!」

「ちょ、歩さん! 助けてこ……ひゃぁあ!」

 優里菜は歩の餌食になるのだった。

「えーと、あの子は?」

 円が広輝に説明を求めた。一度会ってはいるが、自己紹介する間も無かった為、憶えていなかった。

 広輝は愛紗を背中に隠したまま、まず円の認識を訂正する。

「子、というか円さんより年上ですよ、確か」

「え」

 優里菜と百合百合している歩に視線を向ける。大学生以下にしか見えない。

 そんな円の視線を感じ取ったのか、優里菜の頬から顔を離して振り向いた。

原村(はらむら)(あゆむ)、今月で二十五才です。よろしくね」

 円は先月二十四になったばかり。確かに年上だった。

「そうなの、アラサーになっちゃうの! 慰めて優里菜ちゃん!」

「え、ま、ちょっ、た、助けて広輝くん、円さん!」


 この後、歩の超ハイテンションがハイテンションに戻るまで優里菜は餌食になり続け、無害になったところでようやく歩は、引きつった顔の愛紗を抱き締めることができるのだった。

 愛紗を守るという建前で、優里菜のSOSを無視し続けた広輝と円は、しもくちゃになった優里菜の不機嫌を直すのに苦労したとかしないとか。


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[良い点] 更新ありがとうございます 広輝も同じ高校だったのか!(´⊙ω⊙`)! 学校では関わりたくないことをはっきり言うの、 相変わらずブレなくて好き 日常会も凄く好きなので今回も面白かったです…
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