第一幕 ホワイトデー
この間章は、第三章〜第四章までの間のお話です。
一話完結となっていますので、気軽にお読み頂けたらと思います。
また、第四章開始以降も、何か話が思いついたら差し込めるような
フレキシブルな章に位置づけます。
差し込んだ時は、最新章の前・後書きに載せた旨を記載いたします。
月永邸は住宅街の一郭にあり、周りの家より一回りほど大きいだけで、普通の住宅である。
ただ、すこーしだけセキュリティが万全なだけである。物理的にも電子的にも霊的にも。
そんな月永優里菜の実家を、もうすぐ桜の花が咲き始めそうなこの日、広輝は訪れていた。
『大事な話』があると言って。
玄関で手土産を玲菜に渡すと、すぐ隣のリビングキッチンに通される。
玲菜は台所へ向かい茶菓子の準備を始め、広輝はリビングへと足を向けた。
瞬間、異質な空気に包まれた。ドクンと脈が一度強く打った。
広輝の危機感知が反応している。敵なんて居るはず無いのに。
幸いにも原因はすぐに判明した。
リビングには大型テレビの前にガラスのテーブルがあり、それを囲うように二人用のソファが一つ、一人用のソファが二つがあるが、一番奥の一人用のソファに座る優里菜の父・隆平と二人用のソファに座る兄の隆也が無言のプレッシャーを放っている。目が据わっており、広輝を歓迎していないのが一目瞭然だった。
挨拶しても返してくれない。広輝には全く心当たりがなかった。
反対に母親の玲菜はニッコニコで超上機嫌である。
確かに広輝は、誰かに立ち会ってもらうように優里菜に話をしていたが、まさか家族全員とは想定外だった。隆平か玲菜、どちらか一人だと思っていた。
広輝は長細い木箱が二つ入った紙袋を手前のソファの側に置き、「失礼します」と言って座るも、良いのか悪いのか、反応が返ってこない為、さっぱり分からない。空いている椅子は隆平の隣りにあるスツールとこのソファだけ。合っているはず。
主役の優里菜を見ると、隆也の隣で見たこともないくらいカチコチに緊張していた。
やはり広輝には何が起こっているのか、全く分からなかった。
さっさと用事を済ませてお暇しよう。広輝はそう決めて、話を切り出す。
「えっと、早速ですけど、始めますね」
すると優里菜がビクッと体を揺らし、隆平と隆也のプレッシャーが大きくなった。
広輝の戸惑いは深まるばかりだ。
「あら、お茶は後にした方が良いかしら」
「あ、はい。そうして頂けると助かります。テーブルをお借りするので」
「はーい」
茶菓子とティーポットが乗ったお盆をカウンターキッチンの前にある四人がけのテーブルに置くと、急ぎ足で隆平の隣のソツールに座った。
広輝は軽く咳払いして仕切り直す。
「では、改めて」
紙袋から桐で出来た真新しい木箱を慎重に取り出し、一つ、二つ、優里菜の前に並べた。
桐特有の匂いがリビングに広がり、優里菜は自分の全くの見当違いに気付く。緊張が解け始め、嬉しさが湧き上がった。
「昨日、ようやく届いたんだ」
広輝は右手と銀の腕輪をした左手でゆっくりと蓋を開け、テーブルの上に蓋を置いた。
現れたのは、二本の刀。
二刀一対の直刀である。
優里菜の水鮮花をモデルにした片刃の双剣。姿こそ違うが、刀身と柄の長さ、身幅・太さ、重量、重心の位置がほぼ同じに造られた、優里菜専用の双剣である。
優里菜は目を奪われた。二刀から伝わるその美しさと貴さに。
光を返す漆黒の鞘に、深黒の鍔。柄は優里菜をイメージし、刀の美しさを損なわない絹糸が施されていた。片方が深い青色、もう片方が暗めの碧色で。
この双剣は、優里菜が岳隠に滞在している間に依頼されていた。岳隠での事件の翌日、広輝が眠っている間に円が立ち会って行われた製作依頼。北陸を拠点に活動する岳隠御用達の刀工集団の一人による優里菜への聞き取りが。
広輝が出張を依頼し、本当は初日に行われるはずだったそれは、その人の大遅刻によって後ろ倒しになっていた。彼は岳隠出身であり、広輝とも旧知の仲。そして広輝の太刀[月陰星昌]を打った刀工である。
その彼が打った刀に惹き込まれたのは隆平たちも一緒だった。
堕ちた一族と揶揄されようと月永が名家であることに変わりはない。なればこそ、あらゆる一級品を目にし続け、それの良し悪しが判るくらいには目利きができるようになっている。
特に玲菜が顕著だった。
「えっと、広輝くん?」
「はい」
「その刀、結構するんじゃ?」
天子が扱う刀は、天力を込めても壊れない特殊な材料と特別な精錬方法で作られた玉鋼を使い、実戦に耐えられるように鍛え上げられている。加えてこの双剣は、膨大な優里菜の天力で壊れないように一級品の玉鋼が使われている。さらに、水鮮花という精霊の遺物に使用感を近づける為、天力の収束率・伝導率を可能な限り引き上げる加工も施されている。
岳隠にある刀を合わせても、この双剣は超上級品の完成度を誇っていた。
普通、初伝者に対してここまでの刀を贈られることはない。しかし、普通の物を贈れば、優里菜の天力ですぐに壊れてしまうことが目に見えていた為、広輝が玉鋼を指定していた。また、そこから完成度を引き上げたのは、水鮮花という宝物を目にした刀工の対抗心だった。余談だが、この双剣は練習用に使うと伝えていた広輝からしたら、この努力はありがた迷惑だった。柄も革巻を依頼したのに糸巻で仕上げてきている。理由を聞いたら『その刀には糸巻がベスト』との回答。依頼者と使用者のことをすっぽり忘れて製作に没頭した証拠だ。造り直しも検討したが、見積よりもかなり高い請求額を見積額にさせることで妥結した。
広輝は玲菜たちに当たり前のことをしているだけだと伝える。
「お気になさらず。初伝を修めた者に師が刀を贈るのが岳隠の習わしです」
広輝も最初の刀を慧輔から授かった。その慧輔も鷲一から授かり、鷲一も師匠から授かっている。
その刀は初伝に到達した一つの証であり、星の意思を学び、授与された証でもある。
血統とは別の形、意思の継承だった。
「今回は片方が円さんから、もう片方がオレからになる。あと、登録証とかの書類、手入れの仕方を書いた説明書もこの中にあるから見ておいて。手入れは後で教える」
広輝は、脇に置いてある紙袋の中から高級そうな黒色のハードカバーのクリアブックを取り出し、箱に並べるようにテーブルに置いたが、優里菜の意識は双剣に釘付けである。今の言葉も耳に入っていないかもしれない。
優里菜は双剣から目を離さず訊いた。
「触っていい?」
「もちろん。それはもう優里菜の物だ」
優里菜は深い青色の絹色が施された刀の柄と鞘を掴んで慎重に桐箱取り出し、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いた。
はばきから鋒まで真っ直ぐ伸びる刃紋。水鮮花に似せて小さく造られた鋒。
何より、その刀身を現した刀が放つ存在感は、水鮮花に負けず劣らず。
剣先を天井に向け、手首を捻り、その刀の反対側を視ると、はばき近くに漢字が彫られていた。
「月花……」
由来は、月永と水鮮花。脈々と受け継がれてきた月の名と、同じく継承されてきたウンディーネの杯から取っている。
「その刀の銘だ。もう一本も確かめると良い」
広輝に促され、優里菜は鞘と刀を桐箱に置き、もう一方の碧色の柄の刀を同じように鞘から抜き、その銘を確かめた。
「碧水」
その由来は、優里菜とその力から。月永の中でも限られた者にしか発現しない碧眼と、優里菜自身の能力。
[月花碧水]ーーこれが二刀一対のこの双剣の銘。
「あ、そうだ。エロ介さ……鉄次さんから伝言」
蔵元鉄次(本名:江口理介)がこの刀を打った刀工の名。広輝の師である星永慧輔と同い年であり、高校卒業後に刀匠の一人に弟子入りし、蔵元を名乗ることができるまでに至った。また、軽妙な雰囲気を撒き散らす普段と真剣な時のギャップが著しい人物でもある。
故に、真面目な彼の言葉は、広輝以上のキレと厳しさがある。
「『さっさと夜を照らせ』だ、そうだ」
その意味を、月永が理解できないはずがない。そして、それがどれだけ困難なのかも身に沁みている。
けれど、そんなことは鉄次も百も承知。それでも尚『照らせ』と言う。
どの程度本気で言ったか優里菜にはわからない。
しかし、確かに優里菜への期待があった。
「ーーはい」
優里菜は、受け取った双剣に恥じることがないように、しっかりと答えた。
娘・妹の成長にじーんとし、何かに安心している隆平と隆也。
今度は玲菜が面白くないので、小型爆弾を投下した。
「ところで広輝くん」
「はい」
「今日はホワイトデーよ?」
一瞬にして隆平と隆也の眉間にシワが寄る。
優里菜もビクッと体を震わせて、身を強張らせた。
先月、かのバレンタインデーに広輝は優里菜からチョコレートを貰っている。手作りの。
作っているところを横で見ていた母としてはそれを無下にはさせられない。
娘を援護する遠回しのお返し要求に対し、広輝はーー
「え」
双剣に目を向けた。
玲菜も双剣に目を向ける。
「……え?」
広輝のリアクションは、双剣がお返しと言わんばかりだった。
「…………」
「…………」
イベントとイベントが重なれば、同日に一緒くたにされることはよくある。例えば、クリスマスと誕生日とか、ひな祭りと誕生日とか……。
これもその例に漏れないとしたら。
玲菜が娘を哀れに思うと同時に、広輝を残念に思いそうになった時、広輝が沈黙を破る。
「冗談ですよ」
広輝は双剣が入っていた紙袋に再び手を伸ばす。
玲菜はプレゼントを取り出す広輝を見て不思議に思った。
(……こんな茶目っ気あったかしら)
彼はよく言って冷静沈着、真面目、面倒くさがりだが、義理堅い一面もある。そして遊び心は一切無い。心がいつもパンパンで、余裕が無いように見えていた。
それが冗談なんて言うようになっている。四月に会った時を思い返せば、結構な変わりようだった。人を寄せ付けない雰囲気も緩和されている。特に岳隠から帰ってきてからは顕著だった。優里菜から聞いた岳隠での一部始終も考えれば、肩の荷が少しは下りて、年相応に戻ってきているのかもしれないとも思えた。
新たに明かされた堕天子の真実は、想像しただけで地獄だったが、納得もした。彼を取り巻く環境を考えれば、疑われていた事をするはずがないと思っていたから。
しかし、三年もの時が経った後に公表したことで、広輝を庇っているだけだと、それを嘘だと言う者もいる。広輝との間にしこりがある者ほどその傾向があり、残念なことに月永分家がそうだった。櫻守はどちらでも構わないという姿勢。今後の働き次第といったところ。陽本は元々広輝を受け入れていたこともあり、風評が上がるので歓迎ムードだった。
そんな広輝は今、ハンカチでも入っていそうな薄い紙袋を優里菜に差し出している。
「お返し」
「あ、ありがと……」
優里菜はそのプレゼントを受け取ると、頬をほんのり赤くして固まってしまった。
初々しく、微笑ましい自分の娘に、玲菜は中身を見てみるように促す。
「開けたら?」
優里菜は一度広輝に目をやり、アイコンタクトで了解をもらってから、背面のテープを丁寧に、綺麗に剥がし、中身を取り出した。
出てきたのは、ハンカチのような可愛らしいものではなく、茶色の革製の何か。紙袋を置いて広げてみると、指出しのグローブ二つだった。
「その双剣と水鮮花で、握る感触が違うと思う。慣れるまでの保護具のようなものだ」
優里菜の手の平は、この一年で全くの別物になっていた。
年相応の少女らしく柔らかった手の平が、何度も皮がめくれ、マメもでき、潰れ、固くなり、剣士の手へと変わってきている。
広輝の注文通り、月花碧水の柄が革巻きだったなら、握った感触が水鮮花に近く、マメもできにくかったのだが、糸巻きで完成してしまったものは仕方がない。だからそのグローブを用意した、というのが広輝の建前である。
なぜなら、天力の伝導率を阻害することの無い加工を施したカンガルー皮の耐刃仕様の特注品が、昨日の今日で届くはずがないのだから。
「あ、すごい。こっちの方がしっかり握れる」
優里菜は第二関節まであるグローブを右手だけはめて、両手で刀を握り、その感触を確かめていた。
嬉しそうにしている優里菜を見て、広輝はそっと胸を撫で下ろすのだった。
反対に、隆也は面白くない。
去年まで優里菜は自分が食べたいチョコレート、即ち激甘チョコを作り、身内や友人に贈っていた。何回も甘すぎると感想を言ってみても、その甘さを変える気配すらなかった。
それなのに今年は、普通に甘いチョコレート(優里菜本人にとっては甘くない)を作って、牛乳いらずの普通に美味しいチョコレート。
誰を想って作ったかなど明々白々。
いつか来るその日が、ついに来てしまっただけだ。そう思おうとするが、心は釈然としなかった。
嬉しそうにグローブと双剣を見聞する優里菜を横目に、隆也は広輝が置いたクリアホルダーを手に取る。軽く目を通す程度に一枚一枚めくっていく。
刀の登録証など初めて見る書類などが丁寧に入れられており、保管の方法、手入れの仕方などの説明書類もあった。
その最後に、刀工の表向き用のパンフレットがあったので、隆也はすっと抜き取る。
その際、一枚の写真がクリアポケットに残った。
写っていた光景が一瞬理解できなかったが、すぐに認識して顔を逸して吹き出した。
「ぶふうっ!!」
全員が隆也に注目する。
隆也は顔を肩口に埋め、笑い転げそうなところを堪えている。
玲菜がそっと隆也の後ろからクリアブックを覗き込むと、隆也と同じように吹き出し、お腹を抱えて笑った。
三人の頭上に?マークが立ち並ぶ。
隆也は震える手でその写真を取り出し、広輝に向けてテーブルの上に置いた。
「これ、広輝か?」
桐箱の影になって見えにくい為、広輝はソファから少しだけ腰を浮かして覗き込む。
優里菜は双剣を桐箱の中に置いて覗き込むと、その時を思い出し、口とお腹を押さえて顔を逸らした。
隆平も腰を曲げて写真を確認し、物凄く苦い顔をした。
そして広輝は怒りに震えた。
岳隠の一件の後、開催された"広輝"の誕生日会。
そこで鷹之から課せられた、百人立ち会いの"罰ゲーム"。
広輝は、自分の誕生日会で余興をさせられ、鉄次らはそれを腹を抱えて笑っていた。
非常に、かなりやりたくはなかったが、事件の原因になってしまった手前、少しでも罪滅ぼしになるかなと思って、身を切るような思いで、苦渋の選択で引き受けた。
それをまさか写真に収められていたとは。
広輝一生の不覚。
「あ、あんのエロ介クソ野郎……!!」
その写真には、緑色の全身タイツを着て無の表情で「どじょうすくい」を踊っている広輝の姿が写っていた。




