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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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エピローグ 憎しみの行方

 ダイダラボッチに取り込まれた桑次郎は病院に救急搬送され、そのまま集中治療室行きとなった。魔力の侵蝕が著しく、今は予断を許さない状況だが。医師たちの尽力虚しく、彼は一週間後に息を引き取ることになる。

 他の事件に加担した者は、天守より処罰も言い渡されていた。内容は、年度末まで天々館の無給労働(または手伝い)と一年間の地域への奉仕活動。加えて、地獄の特訓メニュー亜種[春夏秋冬編]の全四種への参加である。良くも悪くも、常道を除けば岳隠内部で片が付いた為、泰平ら幹部の根回しもあり、天会の記録に残るような懲罰が下されることなく済んだのだった。

 その事件を裏から操っていたと思われる常道は、捜索班によって遺体で発見されていた。桑次郎から話を聞けなかったが、千花たちへの事情聴取により、常道の関与だけは確認できた。

 しかし、なぜ常道がそんなことをしたのか、何を考えていたのか、闇に葬られてしまった。

 また、愛紗を連れ出した手段も不明だった。千花たちは誰もその拉致に関与しておらず、明朝に丸太小屋に行ったら常道が連れていたらしい。そして、愛紗に連れ去られていた記憶が一切なかった。

 愛紗としては「いつも通りに寝て起きたら病院のベッドの上」という感覚らしい。健康上、どこにも変化が無かった為、翌朝退院となった。

 優里菜たちも検査を受けたが、特段問題なく一晩病院で様子を見て、愛紗と同じく翌朝に岳隠の天宿に戻った。

 その日の夕方、学校から帰宅した幹春が優里菜が帰ってきている情報を得て、探し出し、試合を申し込む。近くにいた円が立会人となり、試合が成立。面白そうな対戦に小中学生がわらわらとやって来た。思いもよらぬギャラリーが観戦した試合の結果は、優里菜の辛勝。

 優里菜は、天位:黄の面目躍如となり、ほっと胸を撫で下ろしていると、納得してない幹春に天術込みの試合を申し込まれる。困り顔で円を見たが、円は苦笑いを浮かべて「身の程を知るといい」と幹春に告げて、その試合も立会う。

 剣術の試合内容から、伯仲すると思った優里菜は最初から全力(・・)でいった。

 結果、優里菜の圧勝。

 その試合を見ていた天子たちも幹春に同情するほどだった。

 「覚えてろよ!」と、悔しさを隠しきれない全身びしょ濡れの幹春は、捨て台詞を吐いて、くしゃみと一緒に去って行った。

 入れ替わるように病院から帰って来た広輝は、妙な雰囲気に首を傾げそうになったものの束の間、愛紗のタックルのような抱擁の歓迎を受ける。向けられる天真爛漫な笑顔と「(おかえり)」に、金色の柔らかい髪を撫でながら「ただいま」と応えた。

 その今にも微笑みを零しそうな広輝に、優里菜は……違和感を、覚えた。それは広輝が、肩の力が抜けたような、心の壁が一枚なくなったような柔らかな空気だったことが一つ。

 もう一つは自分への違和感。

(あれ……?)

 胸が温かくて、苦しい。

 精霊の力を使った後遺症が今になって来たのか、体調に異変が起きたのか、よく分からなかった。

 いつの間にか円が広輝に土下座している。困り顔の広輝は必死に円に頭を上げさせようとしているが、円が中々引き下がらない。

 いつもなら間に入って行くところ、優里菜は固まったまま。広輝から目が離せなかった。

 円との押し問答をようやく終えた、広輝と目が合う。

 胸の奥がきゅうっと締め付けられ、全ての血が顔に集まったかのように顔が熱くなった。

 広輝が怪訝そうな顔をする。

「? なんだ?」

「なん、でもない」

「?」

 全力疾走した後のような脈動を必死に抑えた。今は声を掛けないで欲しいとまで思った。

 その時、何かを察した円が「ちょっと来てくれ」と、助け舟を出してくれた。訝しむ広輝を遮り、三人を天宿の一室へと連れていく。

 幹春の来襲によって中断させられていた続きだった。

 畳の部屋で広輝と愛紗はそれを見守る。

 師から弟子へ初伝の授与。本来ならば、免状の他にもう一つの品を渡す儀式だが、今日は免状のみ。

「私から授けるのもおかしな気がするが」

 昨日の事件の手前、円は決まりが悪かった。鷹之にも代理をお願いしたが「俺は何も教えてない」と突っぱねられ、自分でやる他なくなった。

 円は軽く咳払し、両手で免状を差し出す。

「おめでとう。これで君もーーユリも星月二刀流初伝だ」

「ありがとうございます!」

 優里菜は初伝の要件には、一昨日の道場で合格していた。岳隠に来た時点で身のこなしについては問題なく、必要な術技を修得するだけであり、その修得も短時間で終えていた。

「(おめでとう!)」

「ありがとう、アイちゃん!」

 駆け寄った愛紗を優里菜が迎え、二人は姉妹のように抱きしめ合う。

 その微笑ましい光景を目にしても、どこか表情の晴れない広輝。

 円は隣に立って、少し後ろめたさを感じながら聞いてみた。姉が弟を気にかけるように。

「どうした」

「いえ……病院で父さんたちに会ったんですが、久々に誕生日を祝ってくれて……変な感じです」

 広輝は"嬉しい"という感情を持て余していた。

 長らく幸せに繋がる感情を封じてきたから、その表し方まで忘れてしまっていた。笑顔を作ることも難しくなっていった。 

 赦されてもいないし、これからも赦されることもないだろう。だけど、秀が『乗り越える』と言ってくれて、他の人たちも同じ思いだった。千花たちに心の変化があったかは分からないが、少なくとも重くのしかかっていた感情の蓋は軽くなっていた。

 そんな素直に喜べずにいる広輝に円は言う。


「バカを言うな。毎年言われてただろ」


 と。

 目を丸くして広輝は円を見上げた。

「そりゃ声を大にして言ってないが、私も言ってたし、真白さんも紅美さんも言ってたぞ」

 広輝には憶えがなかった。聞いた心当たりもなかった。

 それだけ、重く蓋をしたをいていたのだろう。自分を追い詰めるように罪悪感を肥大させ、罪深さで心を押し潰すように。

 円は眉尻を下げ、軽く息を吐く。

 右手で拳を作って、広輝の胸に当てた。

「ここに、届くようになって何よりだ」



 その様子を、愛紗を抱きしめたままの優里菜がじっと見守っていた。

 愛紗の不思議そうな視線にも気づかず、両頬に当てられた小さな手にもリアクションも示さずに。

(おねえちゃんのほっぺ、あったかい。おねつ?)



  ***



 翌朝、広輝と優里菜は荷物をまとめて天宿へ顔を出した。天守たちに挨拶を済ませ、玄関で愛紗と別れを惜しんでいる。

 優里菜の中でひとまず広輝への気持ちに踏ん切りが付いたらしく平静に見える程度には落ち着いていた。

 昨夜、悩みに悩んであらかじめ選んで、持ってきていた本革のキーホルダーをなんとか渡すことができたものの、喜んでくれたのか分からず、不安の中ではあった。

 今はその不安を吹き飛ばしてくれる天使が目の前にいる。

 優里菜は愛紗に目線を合わせて、頭を優しく撫でる。柔らかい金色の髪の感触が心地いい。

「また来るからね」

(うん!)

 愛紗の満面の笑み。

 優里菜は絶えきれずにぎゅーっと愛紗を抱き締めた。愛紗も精一杯抱き締め返す。

「元気にしててね」

 お日様のような暖かい肌と匂いを感じながら、これも一つの会話のように感じた。

 そんな愛紗を満喫していると、「ユリ!」と優里菜を呼ぶ声。

 見ると円が手招きしていて、隣に真白が小さく手を振っている。

 愛紗と広輝にアイコンタクトを取ってから二人の元へ駆け寄ると、真白の後ろに隠れていた琳が顔を覗かせた。

「お別れを言いに来たのよ」

 恥ずかしそうにしている琳の代わりに、真白が用件だけ伝えた。

 真白と一緒に来ているならば、琳は自分のことを真白に話したか、話す気でいるのだと優里菜は推測し、その勇気を称えた。

 愛紗にしたように、目線を琳に合わせる。

「ありがとう琳くん」

 琳はその笑顔を直視できず、頬がもっと赤くなり、目がぐるりと一周した。優里菜の顔が映るか映らないかくらいの上目遣いで、呟くように再会を望む。

「……また来る?」

「うん。多分また広輝くんと一緒に来させてもらうよ」

 連れてきてもらわなければ路頭に迷うからだ。それだけの理由だ。特別な意味はない。

「広輝くん?」

「ああ、あいつのことだ」

 円が広輝を指差した。

 琳は広輝が鳴上に引っ越した後に岳隠に来たので、二人に面識はない。

 円の指の先を、琳は何の準備もなく追った。

「ひっ」

 再び真白の後ろに隠れてしまった。

「琳くん?」

「どうした?」

 妖怪でも見たような怖がりぶり。

 広輝を見ても変わったところはない。千花と話しているせいか少しぎこちない。それくらいだった。

 しかし、琳には違うように見えているらしい。

 琳は恐る恐る尋ねた。

「みんな……あの人、千花お姉ちゃんと話してる人、知り合いなの?」

「うん、そうだよ」

「コウちゃんがどうしたの?」

 琳だけが持つ、特異なその眼は一体何を映しているのだろうか。

「何で平気なの?」

 琳は真白の後ろから眼だけを覗かせ、改めて広輝を見た。

 やっぱり恐ろしい。

 濁りに濁っていることも恐かったが、それ以上にあんなものに耐えている広輝を怖ろしく思った。

「あんな、あんなにぐちゃぐちゃな人、ぼく見たことない」

 心の表層と奥底に抱え込んだ部分に隔たりが大きければ大きいほど琳にはそれがはっきり見えていた。

 優里菜、円、真白は顔を見合わせ、すぐに納得してしまう。

 今回の事件と昨晩に開かれた三年越しの広輝の誕生日会。これらが広輝の心を少しは軽くしたと思いたいが、まだ自分を赦せないのだろう。必要以上に罪悪感を三年も抱え続けていれば無理もない、と。

 優里菜は琳と真白に別れの挨拶をして、広輝の元に戻っていく。納得はしても心配にはなる。


 広輝と千花に近づくほど聞こえてくる不穏そうな二人の会話。優里菜は会話を邪魔しない距離で立ち止まった。

「やっぱり赦せない」

 千花がはっきりと広輝に告げた。

 真実を知ってからでも遅くは無いのでは、と優里菜は言った。そして真実を知っても尚、赦せないのなら、広輝は彼女に償って行かなければならない。

 優里菜は悲しく目を伏せそうになったが、次で風向きが変わる。

「でも、コウ兄の苦しみも分かる」

 大きな一歩。一昨日までのような問答無用の無理解ではなく、相手に理解を示した。

 そして千花は、更に前進していた。

「だから、絶対に赦さない。あの事故(・・)で失った命に背を向けることだけは絶対に赦さない」

 広輝を正視するその瞳は清廉さを取り戻し、今までで一番力強かった。

 憎しみに囚われる千花は、もうどこにもいない。耐え抜き、乗り越え、新たな明日に向かって歩き始めている。

 千花は広輝が、大人たちが思うよりも遥かに強く成長していた。

「だから私は、コウ兄のこと絶対に赦さないからっ!」

 少しばかり、少女らしさを残して。

 言葉の通り、千花は広輝を赦しはしないだろう。ただ、今までとは違い、広輝が罪に背を向けない限り、憎悪も怨恨は無いのだと千花は言ってくれている。

 罪を憎んで人を憎まず。

 広輝はちゃんと受け取った。 

 広輝の表情が少し柔らかくなる。今にも微笑みを零しそうだった。

「ありがとう、千花」

 つい昔の習慣が出てしまう。

 右手が千花の頭に乗り、髪の流れに沿って一回二回と撫でた。

「ーーっ!?」

 一瞬、ほっとしたような嬉しそうな笑みを浮かべそうになったが、千花はすぐに顔を真っ赤にして広輝の手を払いのける。

「ば、バカじゃないの!? 私は赦さないって言ったのっ!」

 千花は天宿の奥へ走り去ってしまい、呆然とする広輝が取り残される。

 その広輝に、優里菜は自分の思いも忘れて、隣に寄り添う。

 広輝と同じ方向を見て、本心から二人の仲直りを喜んだ。

「よかったね」

「ああ」

 右の手のひらをじっと見ながら、何かを掴むように広輝はその手をゆっくり閉じた。

 『まだ、早いのかもしれない』と思っていた。

 『耐えられないかもしれない』とも思っていた。

 『でも、手遅れになる前に』と心に決めた。

 『たとえ、苦しみが待ち受けていようと』それが千花の為になると信じて。

 しかし結果はどうだった。

 広輝の心配など大げさな杞憂であり、広輝の期待など豆粒に見えるほど大きく飛び越えていった。

(自惚れ、傲慢……その通りだ)

 広輝はようやく(しゅう)に言われた『傲慢』を消化しきった。

 他人の限界を勝手に決めつけ、分かった気になって、危ない橋に近づかないように封鎖した。けれど、広輝には危なそうに見えた橋を軽々と渡ってみせた。

 傲慢……いや侮辱にも等しい。

 思っていたより遥かに小さな自分を自覚すると、何故か心が軽くなった。

 ここまで来るのに大きく遠回りしてきた。その道のりで迷惑をかけた人がたくさんいる。

 お礼を言おうと思った。

 まずは隣にいる、傍にいてくれた碧い瞳の女の子に。

「優里菜も……なんだ」

 広輝が顔を向けると、優里菜がさっと一歩退いた。

 優里菜の目が泳いでいる。

「なんでもないよ?」

「いや、昨日からおかしい」

 昨日はずっと妙に距離を置かれ、誕生日会も一言も話すことはなかった。

 部屋に戻ると、噛み噛みにながらプレゼントをくれたものの、他にまともに会話が成立しなかった。

 寝て起きたら会話はいくらか元に戻ったものの、目元に薄っすら隈を作っていた。

 不自然なことばかりだった。

 しかし、その本人は全力で否定する。

「何もおかしくありません!」

 優里菜は颯爽と靴を履き、ボストンバッグを肩にかけ、外を指さした。

「ほら、円さんもう車に向かってる。帰ろう? アイちゃん、またね」

「(またね)!」

 満面の笑みで愛紗に手を振り、早足で円が乗ろうとしている車に向かう。

 上着を握りしめるように胸を押さえ、早くなった鼓動を鎮めようと試みるも、収まりそうにない。

(こういう、感じなんだ……)

 初めて自覚する感情。話には聞いていたが、いざ自分の身に降りかかってみると、自分を抑えられない理由がよく理解できた。

 あの横顔。

 広輝を薄暗く包んでいた靄が晴れたような雰囲気。

 決して零すことのない微笑み。でも、安堵と嬉しさで確かに微笑んでいるように優里菜には見えた。


 それが、どうしようもなく、愛おしく感じたのだ。


お読み頂き、ありがとうございました。


これにて[第三章 欺瞞、憎しみの行方]、また、【第一部】が終了となります。

全二十九話の長丁場にお付き合い頂き、ありがとうございました。


本章を以て、主人公の背景、物語の世界観をだいたい開示できたかな、と思っています。

今後はぽろぽろ出していた、特務隊[紅]や天武演などを補完しながら進めていきます。


次章の[第四章 伝統、行き着く先]は、間章[萌芽、秘かな灯火]を三話挟んだ後に開始する予定です。

四章の季節は夏なのですが、春に環境の変化とイベントがありますので、そのお話です。

(ぽろりもあるよ……嘘だよ?)



それでは改めて、ここまでお読み頂きまして、本当にありがとうございました。

引き続き、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 円さんが優里菜に渡すときに 「ユリ」って言ってるのですが、これは誤字でしょうか?
[良い点] 第3章までヒロインレース優里菜一強かと思ってたけど、過去編に最強がいて、広輝はまだ引きずっているのかな? 美宙と広輝は両想いだったけど、今優里菜が自覚したことで広輝にどう影響を与えるのか…
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