第六話 派閥体質
広輝と優里菜がオリバーと遭遇してから三日が経過した。
鳴上の天宿に緩い緊張感が蔓延していた。
[雷鬼]オリバー・エクスフォードが現れたことが広まると、二通りのリアクションがあった。一つはオリバーの武勇を恐怖して天宿としての対応を願う者、もう一つはオリバーなど取るに足らない者と楽観する者だった。
陽本と月永の双方に見られたが、月永は楽観視している者が大半を占めていた。碧の秘宝が狙われているのに、である。陽本に碧の秘宝に該当するような宝物が無いことから、月永側の何かであることは確かだったが、月永はそれを一切明かさなかった。その為、そもそもそんな秘宝が存在するのかという懐疑的な意見が陽本にはあった。
このような経緯から天宿には、締まりきらない緊張感だけが漂っている。
そんな中、広輝は陽本代表、陽本勝弘に呼び出されていた。
挨拶代わりの世間話を二、三した後、広輝が話を切り出す。
「それで、ご用件は何でしょうか」
「オリバー・エクスフォードについて、個人的にお前の意見を聞きたい」
(オリバーについて?)
広輝は勝弘の意図が分からなかった。誰かに雇われている戦闘狂。戦いたくないが広輝に標的を定めた天子。それぐらいしか持っていない。
「意見、と言われましても、オリバーの何についてでしょうか?」
「オリバーは何を企んでいると考える?」
「企み…………?」
ますますわからなくなった。企んでいるのはオリバーを雇っている契約主なる者。それは勝弘も知っているはず。
「正直なところオリバーは僕との戦闘以外は何も考えていないと思います。いい迷惑ですが、噂通りの戦闘狂と思われます」
「オリバーは、その戦闘欲求を満たす為にそこにいる、ということか」
勝弘が何か確信したように、悪そうな笑みを浮かべる。
「何をお考えですか?」
「オリバーのその欲求を満たせることができるのなら、こちらに引き込めるとは思わないか?」
そういう事かと、広輝はようやく勝弘の考えがわかった。オリバーを陽本で飼う気だ。自分と同じように。
実力主義で力を集める陽本らしかった。
しかし、オリバーを引き込んだ後の周囲の反応は批判必至。オリバーの行動がまだよくわからない。臨む戦いがなければ暴れ散らすかも知れない。
「オレを迎え入れてくれてるので、そういう戦力増強に賛否は言いませんけど、やりすぎは崩壊の元になりますよ」
堕天子たる広輝を受け入れた時も不平不満はあったはずだ。広輝はどちらにも所属することができず、仕方なく天守直轄で仕事をしていくこともあり得た。
しかし、陽本は天位・蒼というランクと堕天子と畏怖される実力を買い、広輝を受け入れた。文字通りに崩壊の種になるかも知れないのに。
「望む所だ」
勝弘は笑い飛ばす。まるで気にしていなかった。
「だが、月永は思い知るだろう」
「何をですか?」
「この世界は力を持つ者こそが正しいのだと」
勝弘の顔に影が落ちる。
「ウンディーネの末裔、精霊なる血が幾分流れているというだけで傲慢になり、選ばれし者と勘違いしている奴らに」
その言葉には怒りが滲み出ていた。今まで苦渋を舐めさせられた鬱憤か、もっと別の何かか。いずれにせよ広輝には窺い知ることはできない。
ウンディーネ。それは四大精霊の内、水を司る精霊の名であり、水精を束ねる長の名前だった。四大精霊は精霊だけの世界、通称[精霊界]にいて、精霊界からこちらの世界の精霊を調律し、自然界のバランスを調えている、と言われている。また、こちらの世界に興味を持った精霊が遊びに来て、気に入った人間と交わることもあるという。一説ではそれが天子の始まりとも言われている。その血に水精の長たるウンディーネを祖先として持つ月永は、天子の中でも特別であるという意識を持っていた。
広輝は勝弘の言葉を肯定も否定もすることはなかった。
ただこのままでは同意を求められそうだったので、広輝は話題を変える。
「ところで、オリバーが言っていた碧の秘宝が何かご存知ですか?」
実のところ広輝は碧の秘宝が月永側にあることは分かっていた。しかしそれが何なのかは知らない。オリバーと遭遇した日、天宿に戻る帰路で、優里菜がそれを何か知っている素振りを見せたが押し黙った。嘘も付けず、かつそれを秘密にしなければならないので、優里菜としては口を閉ざすしかなかったようだ。
広輝はこの件を勝弘には報告していなかった。
「さあな。俺は天守の孫娘のことだと思っているが」
「優里菜、ですか?」
優里菜自身が秘宝? 優里菜の反応から広輝はもっと別のなにかかと思っているので、それは無いだろうと思いつつ勝弘の意見を聞く。
「あの娘、瞳が碧いだろう? あの瞳を持った娘は精霊の力を宿している、と月永では言われている。その力を[秘宝]と例えるのには違和感があるが、他に思い当たらない故、孫娘のことだと陽本は考えている」
少なくとも陽本はまだ秘宝に関して情報を持ち合わせていないようだった。
「それで遠巻きに護衛を?」
勝弘の動きは迅速だった。広輝たちの任務の一報を聞くと、陽本の中枢を集めて討議してその日の内に当面の方針を定めた。翌日になっても月永が秘宝に関する情報を明かさないので、陽本は月永に許可なく優里菜の監視を開始した。その会議に広輝は出席していないので、その経緯を知らない。
「何かあったら、亀に恩でも売ろうかと思ってな」
小気味悪く笑う。
優里菜がオリバーに襲われ、そこを陽本が守り通せたなら、月永は陽本に大きな借りを作ることになるだろう。守り通せたなら。
[雷鬼]の実力を知る者はいない。全員伝え聞いているだけだ。
ただの強敵として見るか、尋常ならざる相手として見るか。広輝の意見は後者だった。
「会議でも言いましたが、オリバーは[紅]クラスだと思います。それから守れると?」
特別任務執行部隊。通称[紅]。一人ひとりが一騎当千の実力を持ち、一介の天子には遂行不可能と判断された任務を遂行する。十人ほどのその部隊は、武永という武に特化した一家によって統括されている。
「そうは言うがな、この支部の[紅]は勝炎しかいない」
「[紅]、いるんですか?」
「俺の不肖の息子だ。奴もどこをほっつき歩いているか見当もつかない」
やれやれと勝弘は首を振る。陽本勝炎は勝弘の息子であり、現陽本家当主。性格に難があるが、紅に抜擢されていた。実力主義の陽本家らしく勝弘よりも強いので、勝炎がその座についているが、勝炎本人は家のことなど全く興味がなく、外を放浪し、親の勝弘もその所在を知らない。なので、勝弘が代表という肩書の元、陽本を纏めていた。
「他の紅に応援を依頼するというのは?」
「あっちが応じると思うか?」
思えない。無駄にプライドが高い月永がそれを良しとするとは思えない。天守は賛成するかも知れないが、周りがそれを許さないだろう。
「そうですね。今あるものでやりくりするしか無いということですか」
「そういうことだ」
広輝は天宿の現状に落胆し、勝弘の部屋を後にした。
***
場所は天宿の西側から東側へ。
桜の間と呼ばれる畳部屋で、月永のトップクラスが集まって会議するときによく使われる部屋だった。陽本に言わせると堕月の間らしい。
オリバーに対する会議を慣例に習い、その部屋で行っていた。
メンバーは五名。天守にして月永当主・月永大悟、月永を代々補佐してきた櫻守家の当主・櫻守一樹、分家筆頭永倉家当主・永倉肇、分家の一つ永澤家の当主・永澤博、同じく分家の永江家当主・永江賢一。
大悟を上座に、右側に櫻守一樹と永江賢一、左側に永倉肇、永澤博が着席していた。
同じ派閥の会議だというのに雰囲気が著しく重かった。
「オリバー・エクスフォードの戦歴、見聞から[杯]の場所が割れれば確実に奪われる」
大悟が資料から目を離し、メンバーに語りかける。
その資料は月永の天子が収集し、纏めた資料だった。
「よって、厳戒態勢を敷き、天宿および[杯]の守護、敵のアジトの捜索を要請する」
「異議なし」
櫻守一樹が大悟に同意する。
櫻守家は月永を補佐してきたが、それは月永全体ではなく、月永宗家を支えてきていた。もっと踏み込むと月永の当主をだ。時には当主を諌めたり、分家との間を取り持ったりもしてきた。過去には分家を押しのけ婿入りしたこともあるという。
今代の櫻守当主である一樹は鍛え上げられた肉体と深慮を持って忠臣と呼ぶに相応しき働きをしていた。[紅]に匹敵すると言われる武で当主を守り支え、分家の増長を一線を超えぬように抑え、次期当主候補である月永隆平の師匠のような関係にある。
これだけの働きをしてきた櫻守もきっと少ない。だが、一樹にはこれだけの働きをしなくてはならない理由があった。
この場で大悟の意見に同意する者は一樹一人だった。
分家の者は一人も賛同しない。
「――天守。この件、そこまでする必要性を感じないのですが」
永倉家当主・肇の言だ。
髪をオールバックにし、細い眼鏡をかけている。細い顔ながら強面で、その風貌は参謀のようだった。
「オリバーなる者は、蒼の堕天子との戦いを望んでいるとあります。であるならば、好戦的な彼が『いい勝負』ができる相手は蒼クラスということです。蒼程度であれば、数で囲ってしまえば終わりです」
オリバーが真に実力者ならば、広輝など歯牙にもかけなかっただろうと永倉は言っていた。
「同意。[杯]を狙いながらも、孫娘殿を前にして引いた。これは[杯]の場所がどこか分かっていない証左。天守が危惧されている通り、天宿を狙ってくるでしょう。ならば[杯]と堕天子を餌に天宿でオリバーを待ち受けるのが良いかと。場所はそうですね……庭、もしくは殆ど使われていない修練場が良いでしょう」
永澤家当主・博が永倉に同意し、畳み上げる。
永倉と違い、小太りな永澤は一見、酒好きの短気な中年男性そのままだ。髪は無事。
「反対だ」
櫻守が永倉の案を一蹴した。
「彼らはまだ十五歳の少年少女だ。その役目は子供には危険過ぎる」
「逆ですよ」
永倉が右人差し指で眼鏡の位置を整えて言う。
「十五歳の子供とは言え、片や月永直系かつ碧眼。片や天位・蒼の天子。相応の扱いをしてやれば失礼というものでしょう」
言葉に熱はなく、明らかに二人を囮にするための方便だった。
「しかし、子供を守るのが我ら大人な事もまた事実。永澤殿の案は若者の背中を押すのではなく、崖に突き落としている」
「『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』と言いますし、次世代を担う彼女らには乗り越えて頂きたいものです」
「貴殿は……!」
机を叩きつけ、身を乗り出そうとしたところを寸前のところで思い留まる。議論で冷静さを失ったらだめだと。
「そう言えば、娘に関わることなのに婿殿はどうしたんです?」
分家側が優勢と見ると永澤は流れを切る。まずは一勝と言ったところ。
婿殿とは、優里菜の父であり、玲菜の夫である次期当主候補の月永隆平のことである。
大悟がこれに簡潔に答えた。
「隆平は工房が見つかった工場跡の調査をしている」
すると永澤が嫌味たっぷりに、天守の前ということをきにすることなく、声を大に吠える。
「さすが。実績作りに熱心なことで。盗人は大変ですな」
大悟はそれを聞き捨てることができない。怒りを隠しつつ、永澤に警告する。
「永澤の。その話は付いたはずだ」
「これは失礼を」
あっさりと形式的に永澤は頭を下げる。
この永澤博はかつて玲菜の許嫁だった。けれど玲菜が拒否と拒絶を重ね、ある日、隆平を夫にすると連れてきた。それからというもの、永澤家と宗家の関係は悪化の一途を辿っっている。
ちなみに永倉肇の息子が優里菜の許嫁となるはずだったが、玲菜が大反対した結果、優里菜にそういった相手はいない。永澤家ほどではないが永倉家と宗家の間には距離がある。
「永江殿、先程から一言もないが、なにか意見は?」
永倉が同じ分家の永江に意見を求める。暗に同調を求めていた。
永江は資料をそっと机に置き、静かに口を開く。
「……我が永江家はこの中で立場が一番弱い。どちらに与しても我が一族に障りがありましょう」
この五人の中で一番若く、まだ三十半ばだ。濃い男らの中で唯一爽やかな容姿をしていた。
「なので、我らは決まったことに対し、忠実に従います」
永江は冷静に二派に述べた。
天守らに協力すれば他の分家から圧力を受け、分家らに協力すれば宗家からの恩恵が少なくなる。ならばと、永江は傷が浅そうな、絶対中立の道を取った。
永倉と永澤からは鋭い視線が刺さった。心の中の舌打ちまで聞こえてきそうだ。
その時、遠くから大きな足音とともに女性の声が桜の間まで届く。
「お、お止めください! まだ会議中です!」
侍女が誰かを止めているようだが、足音は近づいてきている。
侍女の声から、敵ではないがこの場に相応しくない人物のようだ。
永江の後ろの襖の前でマナーのない足跡が止まる。
「失礼します」
その言葉とは反対に、襖は乱暴に開けられた。
現れたのは[堕天子]と話に出ていた広輝本人だった。
広輝を止めきれなかった侍女が広輝の傍らで崩れ落ちて涙目になっている。
「陽本の人間が何の用だ。それに急に入ってきて失礼だろう」
永倉が広輝を注意する。
しかし広輝は無視。広輝の目的は一人だった。
「天守。単刀直入に聞きます。[碧の秘宝]とは何ですか?」
「貴様、なんだその態度は!」
永澤が机に乗り上げて声を荒げた。血も歴史もなく陽本派の若造に侮られている。血統主義の彼らには耐え難いものだ。
「永澤の」
天守が永澤をなだめ、永澤も引き下がる。その顔はいかにも頑張って怒りを抑えている感じだった。
「広輝、お主が何に憤っているか見当がつく。だが、永倉のが言う通り、礼儀を欠く行動は慎め」
広輝も天守に諌められ、片膝を折って頭を下げる。
「失礼しました。しかし、何故未だ対策を取られていないのです? 陽本は既に手を打ちました」
「ふん。力なきものが迅速に準備するのは当然だろう? 我らは陽本のようにせずとも返り討ちできる」
大悟ではなく、永澤が両腕を組み、自慢気に答える。広輝が頭を下げたことで、少しは溜飲が下がったらしい。
「…………本気で言っているのか?」
広輝は演技ではなく、心の底から驚愕した。あの[雷鬼]オリバー・エクスフォードを迎撃できると思っていることに。
永倉が永澤の言葉を補足する。
「ここに居るメンツの色は皆、朱以上だ。永澤殿と永江殿は朱、私と櫻守殿が紫、そして我らが当主が黒。これだけでも問題あるまい」
色とは天位の通称である。天位のランクが色で識別されているため、色とも呼ぶようになった。
「天守は戦いを控えられている」
櫻守が今の大悟の立場を説明した。
「おっと、そうでしたな」
永倉は忘れていたととぼけるように言った。どこか嘲笑しているように。
「我々はそう簡単に行くとは思っていない。故にこうして会議をしている」
「ならば櫻守殿のところだけで十分では? 特に貴殿の力は[紅]に匹敵すると言われているほどなのですから」
「そう上手くオリバーと対峙できるとは限りません。いつ、どこで、どうやってオリバーが襲ってくるかわからないのですから」
(ーーああ、なるほど)
後からやってきた広輝にも察せられるほどだった。こうやって、時間を潰してきていたのだと。
「だから、そこの堕天子を囮に使えば良いではないか。奴も堕天子との戦いを望んでいるのだろう?」
永澤が先の案を再び提示する。
広輝は堕天子の連呼に心が反応してしまいそうだったが、理性で止める。
「僕ではオリバーを止められません。オリバーは[紅]級だと報告したはずです」
「貴様に[紅]の何がわかる」
永澤が若造の意見など聞き入れないとばかりに広輝の裏付けを消そうとする。
「……岳隠の縁で[紅]の副長と面識があります」
「ほう、武蔵野殿か。オリバーが彼女と同等だと?」
分家ではなく櫻守が反応した。
武蔵野麻美子。岳隠出身の[紅]。紅のメンバーから[おかん]と呼ばれ、[紅]の中で一癖も二癖もある実力者たちの母的な役割を担っていた。
「はい」
そして広輝は断言する。オリバーが危険だと認識させる必要があった。
「ふん、特務任務執行部隊など所詮、問題児を管理するための方便だろう? そやつらだって囲んでしまえばお終いだろう」
「ばかな」
永澤の言葉に広輝は絶句した。[紅]の鬼神が如き強さを知らないというのか。膨大な天力量に蛇口が壊れたような天術の放出量。彼らの全力は歩く災害とも言われるほどなのに。
広輝は呆れ、どこかのエロ坊主の言葉を思い出す。
「『月は落ち、夜空には星が輝くばかり。闇夜に守人はいれど、照らす者はなし』か。まさか本当だとは」
これは鳴上に来る前に太刀をメンテナンスしてくれた鍛冶師の評定だった。
「なんだって?」
永倉と永澤には聞こえなかったようだ。
問題ない、むしろ好都合だった。
広輝は何を言っても無駄だと判断し、部屋を去ろうとする。
天守に直訴しても分家が足を引っ張るのだろう。天守が強引に進めても納得がいかない分家が中途半端な協力しかしないのだ、きっと。
「失礼します」
「優里菜を頼むぞ」
「……僕は陽本の人間です」
大悟は去り際の広輝に言葉をかけるも広輝は素直には受け取らなかった。
この部屋に来た時とは反対に静かに去っていた。
「……少しは堕天子も領分を分かっているようだな」
嵐が去った桜の間で、永倉が眼鏡の位置を直す。
何も変わらなかった。宗家から好条件を提示させてから協力しよう。
永倉と永澤の思惑に変化はなかった。
「黙れ」
しかし、大悟の覚悟に変化が生じていた。
大悟の本気に永倉も永澤も気圧される。
「『月は落ち、照らす者なし』か。言ってくれる」
[月が導き、星が守り、櫻が支える]。かつての創まりの三家の誓いの言葉だという。月は月永のことを示し、「暗い夜は月永が人々を導く」という意味だ。
広輝の受け売りは、月永の現状を揶揄したものだった。
ここまで言われて、大悟も黙ってはいられない。大悟は覚悟を決める。
「厳戒態勢に入る。異論は認めん」




