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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第十一話 風上広輝[破]

ゴールデンウィークの連日投稿2/8日目。

毎話、午前9:00に投稿します。


「武闘演」→「天武演」へ名称を変更しました。(2023/12/4)

「もう逃げられねえぞ、クソガキ」

「はあ、はあ……」

 広輝が背にした大木の向こうは直角に近い急斜面。三メートル以上あり、その下は石の河川敷。落ちればただでは済まない。

 天力を纏い、森の中を逃げ回ってみたが、鬼は枝葉や木の根、地面の段差を意にも介さず広輝を追い回した。広輝に物陰に隠れられないよう、常に視界の中に収めるように。

 広輝は鬼を振り払うことができずに、体力の底が見え始めていた。

「すぐに殺すのはもったいねえな。嬲って泣かしてから殺すか。良い意趣返しにもなりそうだ」

 鬼は肩で息をしている広輝を見て、楽しみ方を考え始めた。どう痛めつければ自分が一番気持ち良いかを。

 その隙きを広輝は見逃さない。鬼ごっこの要領だ。鬼の手に触れないように逃げる。鬼から見て左側に飛び出した。

 足止め代わりの天術を、鬼の体の中でも一番柔らかそうな腹に当てて。

風刃(ふうじん)

 ほんの少し傷ついた程度。紙で切った程度の傷でしか無い。

 広輝は自分一人では倒せない相手だと直感。再び逃げに徹する。

「ーーってえんだよ、このガキが!」

 けれど、体の大きい鬼は足の歩幅も腕のリーチも長い。

 たった一歩、大きな一歩でその腕の間合いに入ってしまう。

 アッパー気味の左拳が広輝に直撃した。

「がっーー」

 横腹に直撃。悲鳴すら圧殺され、広輝は川原に殴り飛ばされる。

 川原に落ちるまで時間はない。天力をも貫通してきた鬼の打撃の痛みに、広輝は頭が支配されそうだった。

 着地、受け身、取れそうにない。落ちる中、崖の上にいる鬼の『やっべ』みたいな顔が見えた。

 落下、落下。突然お腹の中に空っぽの空間ができるような、風が吹き上がるような感覚に襲われる。何よりの落ちている証拠。

 天力を力いっぱい纏う。それから考えた訳ではないが、せめて頭からの着地を免れようと、必死に首を上げ、背中を下に向ける。

 地面は見えない。いつ来るかわからない衝撃に備え

「っが!?」

 小石群に背中から直撃。跳ね返され、バウンドを繰り返し、川原を転がった。

 気づいたらうつ伏せで止まっていた。

 血の味がする。石の味がする。全身が痛い。痛みで、痛いのに笑ってしまいそうだ。

 うまく力が入らない。立ち上がれない。首も満足に動かない。

 目の前は石の地面。

 耳だけが危険を知らせてくれる。

 石を踏みしめ、近づいてくる。

「おお、生きてるか。ガキでも岳隠の天子ってところか」

 まずいまずいまずい。

 離れなきゃ、逃げなきゃと思うが体は動かない。辛うじて指先が動くくらい。

 天力を体の隅々まで張り巡らせようとするが、上手くいかない。不出来な(まとい)が出来上がる。

 これでは同じような攻撃をまた受けてしまったら。

「さて、どうしてくれようか」

 瀕死の獲物を前に、鬼は調理の仕方をあれやこれやと考える。

 獲物はもう逃げないから、今は急ぐ必要はない。

 しかし、それに割って入るノイズが現れた。


 広輝たちが居た崖の上に少女が一人。その腰には初伝を修めた証として授けられた天子用の小太刀。

 淀みなく、自然に抜刀。ポニーテールが風に揺れる。

 天力を纏い、鬼に向かって勢いよく飛び降りる。

「はあああ!」

 

 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型[飛墜鷲(ひついじゅ)]ーー


 鬼の背中を縦に一太刀。空中から、助走と落下のスピードを刀に乗せた一撃。

 逃げ場がなくなる危険を伴うが、小さな体でも十分な攻撃力を出せる技。

「生きてる? お兄ちゃん(・・・・・)

 それを繰り出したのは、藤森(ふじもり)美宙(みそら)

 九歳で星月一刀流の初伝を修め、小学五年生の時に天位:白を賜ることを許された二人目の神童。

 小太刀を自在に扱う、お日様のような少女がそこにいた。

 頼りになる助っ人が来てくれた。希望が見え始めた。広輝は体を起こすことに専念する。

 背中を斬られた鬼は、広輝に背を向け、苦悶の表情で美宙を見つける。

「なにしやがる……またガキか」

「あんまし効いてない?」

 美宙の思った以上に鬼の傷が浅い。鬼の動きは落ちていそうにない。

 鬼の単細胞さがその言動に滲み出ているので、美宙は思ったことをそのまま口にした。

「デブだったら普通柔らか肉でしょ」

「……殺す」

「あ、怒った? でもそのお腹はどうにかした方が良いと思うわよ。他の鬼にもモテないでしょ」

「ぶっ殺す!」

「脇がら空き!」

 脇の開いた大きな動き、攻撃の線、目の動き、全て読み易い。

 鈍重なその動きは美宙にとってカモそのものだった。


 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型[飛電]ーー


「ぐっ」

 脇腹を斬って、さらに畳み掛ける。


 飛翔燕・旋廻輪・空破斬[裂]


 計四連撃。しかし致命傷を与えるには程遠かった。

「えー、硬すぎでしょこいつ」

 傷は付く、血も流す。しかし肉を斬っている感じがしない。硬い皮膚に傷を付けているだけだ。

「てめえ、絶対泣かす」

 鬼は美宙の顔ほどありそうな石を拾い上げ、振りかぶる。

 けれど、それを投げつけようと美宙がその石を躱すことは朝飯前ーー何もなければ。

「殺すんじゃなかっ」

 石が滑り、足を取られた。

「まず」

 鬼が石を振りかぶった。

 美宙が回避から防御に切り替えようとすると、鬼が左膝を折られた。

「うおっ」

 膝カックンである。

 なんとか立ち上がった広輝が鬼の膝裏に蹴りを入れたのだ。

 鬼が腕を下げ、左膝をつくと、広輝は鬼から距離を取る。

「てめえ」

「はあ、はあ、ぅぐっ」

 隙きを見て一矢報いたが、肩で息をしていることに変わりない。

「やるじゃない、お兄ちゃん」

 美宙は左手に火の玉を作り、鬼の顔面へ放つ。

「こっちよ、緑の鬼さん」

「熱っ、このメスガキ!」

 髪の毛先が焼けた程度。全く効いていない。

 右手の石を美宙に投げつけ、石を突進。難なく避けた美宙を頭から潰すように拳を振り下ろすが、それも空を切る。

 鬼に叩きつけられた地面は窪み、あたりに小石を吹き飛ばす。

 まともに当たってはいけない。

「ちょこまかと!」

 鬼が再びその剛腕を振り回し始めた。

 美宙はこの時すでに目的を切り替えていた。

 広輝がここで追い詰められていたのなら、広輝の足では緑鬼から逃げられないということ。鬼は鈍重だが、防御力は高い。切り崩すには時間がかかる。

 だから、ここで時間を稼ぐ。

 幸い、広輝は戦える。天力を持つ、武術を習っている意味ではなく、強敵を前に戦いから逃げず、戦いに耐えうるという意味。

 美宙が主に鬼と戦い、広輝が隙きを見て鬼を崩す。広輝の体力に注意をはらいながら、一進一退の攻防を繰り返す。その最中、勝敗の天秤が鬼に傾いていることに気づく。

 最初に傷付けた背中の傷が塞がっていた。

 次の一手を考え、広輝の側に着地した時、作戦を伝える。

「あんた[風]よね? ちょっと耳貸しなさい」

 応援に来てくれると信じてはいるが、期待してはいけない。

 今あるもので最善を尽くす。

 美宙は天力を小太刀へ流し込み、鬼へ突貫する

「くらえええ!」

 一太刀入れることは難しくない。相変わらず大振りな腕の脇に潜り、一番焼けそうな膨れた腹を傷付け、すぐに離れた。

「そんな蚊に刺されたような攻撃、すぐにーーなっ! ぐああ!」

 鬼の腹が発火、爆発した。鬼の体が炎に焼かれる。 

「一発成功! どうよ。ファイヤー! ってね!」


 爆発剣


 刀に天力を収束させて、炎へ変える。それを空破斬の要領で斬りつけ、敵に置いてくる。すると収束されていた天力が行き場をなくし、(あらかじ)め付けておいた炎に引火して爆発するーーというメカニズムなのだが、本当のところは、ただただ美宙が収束させた天力を制御できていないだけである。

 天はこの少女に、剣の才能は与えても天術の才能は与えてくれなかったらしい。

 不幸中の幸い、もしくは怪我の功名と言えばいいのか、この術技はそれなりの攻撃力を持っていた。岳隠のお歴々をも呆れさせた美宙の開き直り剣である。

「ほら、煽って煽って。バーベキューの火みたいに。あ、消しちゃだめだからね」

 広輝は美宙の指示に従って、うちわで(あお)ぐような風を鬼に向かって送る。

 炎はさらに燃え上がり、上半身が炎に包まれる。身体を振り回すが、炎は消えない。

「ぐおお……この、クソガキ共……!」

 効いている。天力を乗せた刀では僅かな傷しか負わせられなかった緑の鬼に。

 鬼は風を送りつ続けてくる広輝を一睨みすると、体を反転。

 燃える体を川へ投げ込んだ。

「あーあ、またやり直しかー」

 ため息混じりの美宙はまだまだ余裕がありそうだったが、広輝はここで決めたかった。もう体力が無い。気力で動いているようなものだった。

 浅黒く火傷を負った鬼が、川から這い出てくる。全身から水を滴らせ、明確な殺意をその眼に持って。

 一歩一歩、殺意を研ぎ澄ますように地面を踏みしめる。

 その狙いが広輝に定まっていた。ちょこまかと動き回る美宙は後回し。未だ呼吸が整わず、川原に落ちた時のダメージも残っているはず。

 美宙も剣の腕はあってもまだまだ子供。体力に限界がある。広輝さえ殺せば時間の問題。

 そう判断し、全身に力を込めた。

「そこまでだ」

 冷静な青年の声。再びの招かれざる客。彼の眼は鬼を捉えて離さず、足跡静かに近づいてくる。左手で鯉口を切り、抜刀。刀身が日を受けて煌めく。

「今度は何だ……っ!?」

 邪魔を入れる男に視線を向け、鬼は驚愕した。

 最も出会いたくない人物の一人。若干十八歳で星永の傑物の一人となった次代の星永当主。

 美宙と同じく九歳で初伝を修めた一人目の神童。

 天武演を制覇し、十代で初めて朱に昇格した傑物。

 その名を全国に轟かせ、ある二つ名を付けられた。

 彼の象徴を示し、力を冠するその名をーー

「[剣帝]」 

 星月一刀流剣術の奥伝を修めた皆伝者。

 星永慧輔、その人である。

 慧輔の二つ名を口にした鬼の顔は険しい。実力差を理解しているのだ。

 すでに子供(ガキ)の相手をしている場合ではなくなっている。生きるか死ぬかの瀬戸際に立っていた。

 二つ名で呼ばれた慧輔は、左手を鞘から手を離し頭をかく。

 慧輔自身は、まだまだその領域に達していると思っていない。上には上が、泰平()鷲一(しゅういち)、二刀流に目を向ければ鷹之もいる。彼らに並ぶまでは保留というのが彼の考えである。

「その名はまだ相応しくないんだが、まあいいか」

 慧輔は鬼とも広輝たちともまだ離れた位置でその足を止めた。

 両手で刀を握り、左足を後ろへ一歩、重心を落とす。刀の(きっさき)を鬼に向けたまま、柄を右耳の横へ。

 ーー霞の構えーー

 狙いは緑の体躯の鬼。

「うちの妹弟(きょうだい)を嬲った落とし前、つけさせてもらうぞ」

 その眼は、気迫は、一瞬で鬼を気圧させ、たじろがす。

「くそ! ふっざけんな。やってられっか!」

 勝てるわけがないと、鬼はその身を反転させたが、そこまでだった。

「逃さん」

 鬼に逃走の一歩も許されなかった。

 慧輔の姿が消えた。彼が足を付けていた地面は凹み、小石が跳ね上がる。

 鬼の体に光の線が走る。それとほぼ同時に鬼を追い抜いた慧輔が姿を現し、悠々と刀を払った。

 気のせいだろうか。一瞬よりも短い狭間だけ彼の視認より遅れて、彼の急制動によって小石が押し退けられた地面の抉れる音が聞こえた。


 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型 奥義派生の()飛彗(ひすい)一閃(いっせん)]ーー


 これは慧輔が編み出した技。

 一刀流・壱ノ型の奥義は他の型と毛色が違う。明確な術技として存在していなかった。必殺の一撃ではあったが、構えも一連の動作も人によって違い、またその発動の瞬間によっても変わった。

 しかし奥義を放つ時、最頻度で繰り出す一連の術技があった。それを慧輔が具現化した技が[飛彗一閃]。

 千変万化の奥義に再現性を求めた結果だった。

(そら)に還れ」

 刀を鞘に納め、鍔が鞘に合わさる。

 鬼の腹部に斜線が入り、上体はその線に沿ってずれ落ちていき、その顔は焦りの色のまま、目に光はない。鮮血が吹き、斬断された上体が地面に触れると、魔力の塵となって霧散していった。闇緑色の体も、その骨も、血飛沫も全て。

 慧輔は振り返り、鬼の消滅を見届ける。この岳隠支部の近くで出没したなど聞いたこともない中鬼の最期を。

「慧(にい)!」

 美宙が嬉しそうに慧輔に駆け寄った。

 きっと来てくれる。そう信じて待っていた兄弟子の元へ。

「お前は無事みたいだな」

「当然!」

 自信に溢れた満面の笑みで答える。美宙はまだまだ元気が有り余っている様子だ。

 妹分の無事を確認するともう一人に目を向けた。

 擦り傷だらけで、溢れそうな涙を必死に堪えながら、ちゃんと助けを言い求めることをやり遂げた幸穂の従兄(あに)へ。

 目が合った。肩で息をし、呼吸も短い。それでもその眼には力があったーーと思ったのだが。

「おい!」

 糸が切れたように、広輝は小石ばかりの川原に倒れた。

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