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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第八話 憎しみの行き場

 日が落ち始めた頃、天宿の客間で優里菜は緊張した面持ちで端然と正座していた。

 円に清天寮や天宿を案内してもらってこの岳隠の暖かな空気を感じ取れているが、目の前の人物らを前にその空気は持ち込めない。

 岳隠天守・星永(ほしなが)泰平(たいへい)と陰陽師・葦北(あしきた)常道(つねみち)を前にしては。

 隣に居る広輝ですら円の前ほど緊張を崩していない。出されたお茶もむざむざ冷めるのを待つだけのように思えたが、泰平がその緊張を解していく。

「そう構えなくてもいい。お互い話したことは無いが、知らぬ間柄でもない」

 泰平が鳴上を訪れた時や、会合などの折に遠目でお互いの姿を見たことはあった。この場には同席していない鷲一(しゅういち)鷹之(たかゆき)も同じである。

「それに、緊張してお茶も飲めなかったと報告されたら大悟の奴に何て嫌味を言われるか」

 泰平と鳴上の天守・月永大悟は旧知の仲。プライベートでも酒を飲み交わすこともある間柄だった。

 泰平は軽く咳払いし、優里菜に向き合う。名を述べ、一つの礼をする為に。

「改めて、星永泰平だ。広輝(そいつ)のパートナーをやってくれて、ありがとう」

「! いえ、私の方が助けられてばかりでーーーーあ、月永優里菜です。よろしくお願いします」

「よろしく。しかし、あのはねっかえりから、よくこんなできた娘が生まれたもんだ」

 大悟との関係から玲菜との面識があっても不思議ではないが、泰平の口振りは具体的な付き合いを思わせるものだった。

 その疑問を感じ取ったのか、優里菜に補足する。優里菜はそれで納得するも、常道は苦笑を隠せなかった。

「いやなに。婚姻の折に一騒動あったのは知っているだろう? それに一枚噛んでいる」

「あれは『噛まされた』の方が正しいのでは?」

「そうとも言う」

 常道は小さく溜め息をつくと優里菜に目をやり、ニコリと笑う。

「私は葦北常道と言います。ここには月に一回、裏事情の教師役として通わせて頂いています」

 その丸い御仁の何でも受け入れてくれそうな柔和な雰囲気は優里菜の固さを解してくれた。

 いくつかの雑談の後、広輝の左手に銀の腕輪しか無いのを見ると常道は寂しそうな顔を浮かべる

「やはりミサンガは付けてくれませんか?」

「僕にはもう、それを付ける資格はありません」

「ーー気が向いたら付けてみてください」

「……」

 広輝は頷くことができなかった。

「そうだ、貴女も一つどうです? 本当は授業を受けた参加賞みたいに配っている品ですが、彼のパートナーをしてくれているお礼に」

 そう言うと常道は懐から小袋を取り出し、優里菜に似合いそうなミサンガを三つ見繕って机の上に並べた。「どうぞ」と言わんばかりの満面の笑みを添えて。

「えっと……」

 優里菜は二つ返事で受け取れなかった。広輝が『付ける資格がない』と自ら一線を引いた品をあっさり貰ってしまってもいいのか、と。

 広輝に目をやると、まるで自分には関係ないとでも言うようにお茶を啜っていた。

「……」

「……」

 優里菜の視線に気づいて広輝は口から湯呑を離して目を合わすも、すぐに視線を切ってお茶を啜った。

 それを『ご自由に』だと優里菜は受け取る。

「それでは一つ、頂きます」

「はい」

 優里菜は明るい青と緑、白色の三色で編まれたミサンガを手に取った。この丁寧で彩り綺麗なミサンガを岳隠の多くの人から見ることができた。子供から大人に至るまで。彼らがそれをを身に付け続けているのは、ひとえに常道の人徳なのだろう。広輝が先生と呼び、岳隠の人々から慕われているのも納得だった。

 優里菜がミサンガを受け取ったのを見届けると、泰平は広輝に話しかける。 

「それで広輝」

「なんでしょうか」

 抑揚もなく不機嫌にも見えかねない冷静な広輝へ、泰平は狙いすましたかのように不敵な笑みで一言付け加える。

「少しは発散できたか」

 それだけで広輝は諸々理解した。罰と称した鷲一のしごきと百人立ち会いの末の鷹之との一対一。すべてが泰平の計らいであることを。

「ーーええ。おかげさまで」

 少し不貞腐れた様子の広輝に優里菜は年相応を垣間見る。泰平の意図を理解していても、ただ素直に感謝するのは難しい。鳴上ではあまり見られないそんな少年らしい一面を微笑ましく思うのだった。

「それは良かった」

「まさかとは思いますが、明日も?」

「いや、してないぞ。千花(ちか)との時間も必要だろう? ああ、やりたいと言うのなら」

「いえ、結構です」

 言葉は丁寧でも、その態度は少年そのもの。その子供っぽさ(わがまま)を出せるのは広輝が彼らに心を許しているからなのだろう。

 それを嬉しく思うのは優里菜だけではないらしい。

「それで良いんですよ、広輝君」

「どういう意味ですか。葦北先生」

「君は以前に比べて深く考えるようになりましたから。ああ、それが悪いわけではありません。ただ、まだ大人の手を借りる少年で良いんですよ」

「考え無しがあの結果を招いたんです」

 せっかく和やかだった雰囲気にピシャリと冷や水が落ちる。常道は言葉の選び間違いに気づき、後頭部をかいた。

「常道殿は、浅慮になれと言っている訳ではない。人の力を借りる勇気を持った方が良い、と言っている」

「……」

「すぐにとは言わんが、独りはどうしても限界がある。それを忘れてはならんぞ」

「…………はい」

 長い沈黙と渋々と言った顔は、返事とは逆にとても了承していないのが一目瞭然だった。

 その理由を天守は知っている。下準備が全て終わってしまった後に本人から聞いたから。断腸の思い、苦渋の決断……いくつ言い訳を重ねても今の泰平たちにはあれを善と言うことはできない。だからせめてもの埋め合わせとして少しずつ少しずつ取り返していく。

「まだ千花に話せていないようだから言葉を重ねさせてもらう」

 これを”償い”と呼ぶには、きっと烏滸(おこ)がましい。

「お前の……広輝の覚悟も、思いやりもーー罪も、分かっている。だからこそ、それを少し分けてもらえないだろうか」

 広輝本人が手を伸ばせないのなら、手を差し伸べる。少しでも手を伸ばしてくれたのならそれをしっかりと掴めるようにと。

「あの時は『それで良い』と思ってしまったが、今となっては『それだけでは足りなかった』と思っている」

 決して広輝が悪くないとも言わない。謝罪もしない。それをしたら、あれから今までの広輝の否定になってしまうから。

「……オレは……」

 泰平の言葉が嬉しくないわけではない。手を伸ばしたくないわけではない。ただ、それを手に取り全てが解決した時、彼ら彼女らの前に居てもいいと思えるのか。それで自分を赦せるのか。

 その自問自答の答えはもう、わからなくなっていた。

 皆が広輝の答えを待つ中、水を差す来客。

 背後から突き刺されるような殺気。

「……天守」

「ーー来客中だ、やるなら後で、外でやれ」

 泰平の重く厳しい声。皆の祖父ではなく天守しての顔。

 しかし天守の制止を踏み越え、襖が開け放たれた、

「それは聞けません!」

「風守!」

 少女の一刀が躊躇なく振り下ろされ、広輝は風守を展開して相対する。

 その隣で常道が優里菜を避難させていた。

「君は下がりなさい」

「え、でも」

「いいから」

 広輝を狙うのは少女ーー千花ーーひとりではなかった。

 左右からの斬撃を千花の脇を抜けて躱す。隣の部屋に移動したが、囲まれた。

(四、五、六……七人か)

 太刀を持たない広輝には厳しい状況だった。いや、太刀を持っていたとしても、振り回しづらい屋内ではあまり変わらないかもしれない。

 広輝を囲った襲撃者かつ家族同然の仲間へ、立ち上がった天守の忠告がのしかかる。

「お主ら、ここがどこか分かっているのだろうな」

 天宿内での戦闘は禁止。まして私闘など認められるものではない。

 だが、彼らは折れない。

「ならばなぜ、ようやく放逐したこの堕天子に足を踏み入れさせているのですか」

 若い青年が抗議を上げ、それに刀を持った天子たちが続く。

「この堕天子を野放しにするのですか! 仲間を、家族を殺したこの殺人鬼を!」

「なぜ赦せるのですか。貴方だって息子を、慧輔さんを殺されたのに!」

 時が止まったような感覚を受けた。

 その衝撃は初耳の者ほど大きい。優里菜に至っては目見開いて驚愕、喉を閉ざされたような絶句に陥った。

 ついさっきまでの会談が不気味に思える。息子の仇を前にして、彼は確かに天守だった。それどころか広輝を思いやってすらいた。

 恐る恐る首を動かし、泰平の顔を覗く。

 平然としているように見える。少なくとも外から動揺は見られなかった。 

「ーーーー。まあなんだ。落ち着け」

 木材が軋んだ音がした直後、建物が崩れたかと錯覚するほどの音と地震のような振動に震えた。

「!?」

 星永泰平の力は「木」。生きている樹木だけでなく、木材も己の力とする。

 木造の天宿の中は彼の腹の中も同じ。一瞬で広輝を囲む天子たちの手足を拘束した。その場から動くこともなく、手を翳すこともなく、詠唱もなく、何の予兆すら見せずに。

 それだけで泰平の技量が抜きん出ていると分かる。

「天守」

「遅くなりました」

 優里菜と常道の近くに鷹之、泰平を挟んで反対側に鷲一が到着する。二人ともその腰に刀を差し、いつでも抜刀できる構えで。

「うむ。まだ待て」

「「御意」」

 天守に加えて星月流剣術の達人の二人。この場を収めるだけなら十分すぎる勢力だった。

「天守。こいつではなく、僕らを止めるだけの理由を説明してもらえるのでしょうね」

 木々で縛られた手にはまだ刀が力強く握られている。憎しみの力によって。

 憎悪に染まった眼が泰平に向けられた。

 それを真正面から受け止める。

「お主らは納得しないだろうが、答えはある」

 天守として、星永当主として、岳隠の一人として、答えを述べる。それが彼らの望む答えではないと知りながら。

「其奴は罰は受けた。そのうえで彼らの命を背負う覚悟がある。ならば罰を受け続ける必要は無かろう」

「そんなことでーー!」

 生じた怒りで、天力が走り出す。全力を出せば何人かは泰平の拘束を引きちぎることができる。

 その前に言葉を重ねる。

「納得しろとは言わない。法による処罰は往々にして納得できるものではない」

 彼らの中の悲しみを、苦しみを否定しない。

「だが、理解はしろ。憎悪と怨嗟の果てにあの大戦が起こったことを」

 彼らの中に天魔大戦の時代を受けた天子はいない。しかし、その悲惨さは泰平たちから、常道から伝え聞いている。それを理解できないほど岳隠の天子は愚かではない。

 しかしーー

「御託は終わりでいい?」

 千花を縛っていた木々が凍り付き、砕け散る。解放されたカノジョの周りに氷の鱗粉が舞う。背中越しに天守を睨んだ。

「やったもん勝ちを認めるってことでしょ」

 天守の言葉を理解しても、認められない。

「違う」

「違わない。天守もマド姉も、こいつを庇う人はみんな同じよ」

 千花の言葉に賛同して一人、また一人と絆されそうになった天子も木々の拘束から抜け出していく。

 千花は天守から視線を外し、ターゲットに狙いを定める。

「ーー死ね」

 刀を氷刀とし、その首を斬り落とす。自分の手で、力で仇を取る為に

 その仇は刀に怯えることも、罪悪感で顔を歪めることも、刃を向ける者を敵視もしていない。ただ、じっと見返してくる。まるで心の内まで見通すかのように。 


 ーー関係無いーー


 今までがどうであれ、それまでが何であれ、大好きな姉の仇。


 ーーここで決別するーー


 彼と、過去と、弱い自分と。

 覚悟を込めた一刀。

 達人三人が動いた気配は無い。不可視の天術(風守)さえ突破すれば届くーーはずだった。

「水守」

 間に入って来たのは部外者(優里菜)。水の守りが氷の刃を阻んだ。

「邪魔を、しないで!」

「ーー」

 千花の叫びに、表情に、その瞳に優里菜はいつかの魔術師を重ねた。

 復讐者。大事な人を奪われた者。

「退け、優里菜」

()()()!」

 優里菜は反対側にも水守を展開し、青年の刀を防ぐ。

 広輝を攻撃する者でも、この場を収める者でも、静観する者でもない。唯一の広輝の味方。

何故庇かばう! この殺人鬼を」

「彼は私の命の恩人です。それ以上の理由が必要ですか?」

 ……嘘は言っていないはず。何故だが、言ってから確かめた。

 彼らの主張は止まらない。千花と青年の刀を受け止めてなお優里菜に余力が見える。強引に破ることが難しいとして、そこを退くように言うのだ。

「そいつは居てはならない。仲間に災厄を(もたら)す。自分がそれと成って」

「身内同然の仲間をも殺す。また殺す! その前にーー!」


「本当に?」


 彼らの刀と同じように彼らの主張も阻み拒む。優里菜だけの真実を以て。

「私は当事者ではなく、皆さんのように長い時を一緒に過ごしたわけでもありません。それでもこの一年にも満たない間で、たったそれだけの時間でーー」

 彼はいつだってそうだった。月永との衝突も、魔術師への理解も、意志を貫くその背中は。

 反発しているように見える態度は、鳴上の姿勢が彼の信念と相容れないから。驕りを嫌い、過信を忌避する。守ると決めたら全力で守る。その為に日々を積み重ね、力を磨く。その時に守れるように。

 自らを先導する人が居なくても、支えてくれる人が居なくても、守る為に全霊を尽くす。

 それは(はじ)まりの三家の一つ、星の意思に他ならない。

「彼が星の意思をきちんと受け継いでいると、確信します」

 力強く言い切る。問いかけるように。解っているでしょう? と。

千花が刀を水守に叩きつける。何度も、何度も。

「っ! あんたに、何が、わかる!?」

()()()()()

 子供の癇癪のような嘆きを優里菜は突っぱねた。魔術師(クルス)の時と同じように。

「だから、真実を知ってからでも遅くないんじゃないかな」

 天守と常道の対応、(まどか)の心配り、外聞と本人のズレ。

 何かあるのは疑いようがない。ただそれを明かそうとしない。

「真実も何も、そいつが慧輔(けいすけ)さんたちを殺したんだ!」

「そうよ、言ったもの、『オレが美宙(みそら)さんを殺した』って! お姉ちゃんを殺したって!」

 それがこの結果。

 隠し続けることが岳隠の判断なのかもしれない。それがベターな選択だったのかもしれない。

 けれど優里菜は『そんなの知らない』。部外者だから。今の彼女に理解し合わない選択肢は無い。

「結果だけ見た事実じゃなくて、その時何があったのか、どうしてそうなったのか、そういう広輝くんの真実を知ってからでも遅くはないんじゃないかな」

 優里菜の投じた一石が、彼女らの行為を止めた。何かを思い出させたかのように。

 優里菜は気づいていた。広輝が人一倍、命を失うことを恐れていること。失うことで生じる(かな)しみを怖がっていることを。

 五月、優里菜の奪還作戦に大樹を加えることを最初は拒否した。それは彼の死を父親や優里菜に背負わせることを嫌ったから。

 十月、翠の鳳凰と化した愛紗に誰かを傷つけさせることを拒んだ。それは彼女に罪を背負わせることを嫌ったから。

 そんな広輝が一体誰の命を奪うというのか。もしかしたら広輝は、誰よりも命を重く見ているのではないか。

「広輝」

 年貢の納め時。そう天守が言っているように聞こえた。

「オレは……」

 拳を握りしめ、唇を噛む。千花たちの襲撃に表情を崩さなかった広輝が意を決しようと覚悟に揺れた。

 懸念はある。けれど、憎しみで生きることが痛い(・・)ことも知った。

 だから今こそーー

「そういう問答は良いんだよ!」

 刀ではない。金属の棍棒が水守に叩きつけられた。包囲の隙間から場にひびを入れる一撃。

 割って入った桑次郎(そうじろう)は誰より(うるさ)かった。

「あなたも部外者だったのでしょう? 今は黙っていて」

 大事な時間を、場を奪われる訳にはいかない。広輝の為にも、彼女たちの為にも。

「いいや黙らねえ。お前ら一度退くぞ」

 襲撃の機を逸した。説得されてしまえば、戦力が減ってしまう。

 桑次郎は復讐心が落ち着いてしまった彼らを退かせ、次に備える。

「桑次郎君、いたずらに負の感情を煽るのを止めなさい」

「ああ?」

 想定外の者からの諌めに首を捻る。天守でも脇に控える二人でもない。岳隠の者ではない優里菜と同じ部外者。

 桑次郎も付けているミサンガの製作者にして、岳隠の先生。

 ばつが悪いのか桑次郎のトーンが下がった。

「……うっせえよ、じじい。奪われた奴にしか解らねえよ、この憎しみ(激情)は」

 桑次郎は理解しているのだ。この者たちの気持ちを。行き場を彷徨うぐちゃぐちゃな心を。

 だから師の言葉でも止まりはしない。爆発しそうな不満と鬱憤を憎しみに乗せて一点に向ける。そうすることで彼らの心を解消しようとしていた。

 千花たちは刀を鞘に納め、この場を後にしようとする。

 広輝の意思に関係なく広輝を守る水の盾。天宿での狼藉を収められる天守と達人二人。分が悪いことは明らかだ。

 天守たちに一言もなく去ろうとする背中。その無礼に叱りが飛ぶ。

「ーー喝!!」

 全員の背筋が伸びる。条件反射に近い。岳隠の誰も彼もが泰平の叱責を一度は受けている。その記憶も相まっていた。

「好き勝手暴れおって」

 ……その通りではあるのだが、状況だけ見ると誰が一番暴れたかと訊かれたら一目瞭然。

 それは"言わない"がお約束ではある。

「ーー行け」

「は」「了解」

 天守の命令で脇の二人が始動する。襲撃者たちは次々と伏せされていく。

 刀は抜かずとも実力差は天地の差。僅かな天力を纏うだけで青年たちの手に手を追えない。礼儀なき者たちに手加減はなく、床に叩きつけられた。特に桑次郎は鷲一によって入念に。

 そしてその二人に混じって千花を組み伏せる者も加わった。

「っ! ……マド姉まで」

「お前の気持ちが分からない訳ではない。が、さすがに場所を弁えろ」

 円にとって千花も大事な妹分の一人。できるだけ優しく取り押さえてはいるが、下手に動けば肩が外れた。

 千花もまた星に連なる者。円から逃れられないことを体で知っている。だから、せめてもの疑問を肩越しに訴えた。平常心に自分を取り押さえる姉弟子に。

「なんで!? なんで平気なの? (けい)(にい)だって殺されたのに。大事な男性(ひと)じゃなかったの!?」

「大事さ。大切だったさ。将来を約束した仲。悔しくないはずがないだろう」

「なら! ならなんで……」

 円を理解できない。悲しみを秘めた悔しさに歯を噛み締める。ならばなぜ、自身の行動を否定するのかと。

 大事な人を奪われ、"同じ"はずなのに、と。

 円は困ったように眉を八の字にすると、どこか自分に言い聞かせるように千花に語りかけた。

「……もしも逆だったら、と考えたんだ。もしもあの時、いなくなったのが私だったのなら、慧輔さんはどうしたのだろうと」

 瞼を閉じて、思い出し、想像する。自分がいなくなった後、愛しき人はどういう行動をするのだろうか。

 あの時の選択を後悔して涙を流すだろうか。全てを受け止め、飲み込み、自分の中へ押し留めるだろうか。想像するどれも合っていそうだが、やっぱり彼の火はきっと燃え上がるだろう。

(いか)るだろう、怒鳴り散らすだろう、コウを一発ぶん殴るかも知れない」

 そして、問い詰め、調べ、真実を明らかにして、きっと乗り越えてくれる。円への想いを忘れることなく、明日への一歩をきっと踏み出してくれる。

 円はそう信じることができた。

「それでも……それでも憎しみに囚われることはなかっただろう。亡くなった者への思いを胸に、きっと、いつもの格好良い背中をお前たちに見せていた。私はそう思うんだ」

「! …………」

 彼を知る者でその背中を想像できない者はいなかった。星月流の兄弟子として、岳隠の兄貴分として彼を慕う者は多く、その強さにも憧れる者も少なくない。

 冷静な振りして情熱家。"弱気を助け強きを挫く"を地で行く星を継ぐはずだった者。星月一刀流の練達者にして元・星永次期当主。

 星永(ほしなが)慧輔(けいすけ)。その偉大な背中を。

 千花たちの熱が冷め、しんと静まり返る。円の言っていることも、天守が言ったことも理解はできるのだ。だから燃え盛った復讐の火が燻りに落ち着く。

「場を設ける。今は全員、頭を冷やせ」

 天守の号令によってその場は解散となった。

 広輝と優里菜は天々館へ。

 広輝を襲った千花たちは、岳隠お馴染みの反省部屋で一晩過ごすことになった。



 彼らの燻りは彼らが納得するまで消えることはない。だからまたきっとーー。


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