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いつか、君の隣へ  作者: U
第一章 再会、開かれた扉

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第二十四話 シルフィード

 屋上に辿り着いた時、既に大部分が崩壊し、床が崩落していた。

 跡形もなくなった神殿の代わりに碧い球体が耀き、暴風に包まれている。

(遊んでるなあ)

 吹き荒れる風を前にして、出てくる感想がこれである。

 はしゃぐ子どもを見守る親兄姉のような、休み時間に精一杯遊ぶ児童を見守る先生のような。慈悲の染みた暖かな感情。

 どうして自分がこんな感情を持つのか理解できなかったが、納得はしていた。きっとそういう事なんだろうと。

 義両親から聞いた時は驚きながらも心が躍った。

 自分は特別なんだと。

 でも、すぐにそんな特別なことが役に立たないことを味わった。

 特別に意味はあっても意義はない。意義があるのは力だった。必要なのは力だった。

 それから力をみがいた。みがき続けた結果、大任を任せられた。忌み名を負いながらも、使い物になることを示すことができた。

 ここに在れるのも、結果の一つで、特別の意味を価値あることにできる。

 風上広輝の遺物が久下広輝の始まりの人を救うのなら悪くない。

「悪いが、今はしずかにしてくれ」

 方法は知らなかった。だから広輝にできるのは声に出して念じるだけ。通じるかはわからなかったが、先生の声に従うように、荒れ狂っている暴風にしか見えなかった風が徐々に止んでいく。

 広輝は天力を纏い、風を纏う。初めて訪れる世界にはしゃぐ子供(精霊)を統率し、力を借りる。

 (精霊)は、不可思議な紋様が描かれた碧の球体から来ていた。

(あれが精霊界への扉……)

 広輝はゲーベルなる魔術師に称賛を送った。魔術の研鑽を止めず、研究へ邁進し、それを実現した。その過程も結果も決して褒められもしないし、許されもしない。けれど信念の成就を果たした。

 それだけはきっと称賛には値するだろう。

 広輝はゆっくりと左手を碧の球体に掲げる。袖から銀色の腕輪が覗いた。父から兄へ贈られ、兄が遺した腕輪。広輝はこれを扱うことができないが、父の力を少しは受け継いでいるらしい。さっきそれが理解わかった。

 天力に混じるそれの具体的な使い方はわからない。だから天術を使うように想像イメージして詠唱(言葉に)する。

 緑がかった黒瞳で碧の球体を見据えて。

 風の精霊の子供(シルフィード)として。

「閉じろ」

 碧の球体は広輝(シルフィード)に応じるように、碧の世界を閉じていく。耀くことを止め、結界が狭まっていく。球体も小さくなり、やがて碧が青に変わる。青色の光がなくなっていき、新月の闇夜が戻ってくる。

 球体が本当に消える寸前、下方から振動と何かを叩きつけた音が広輝に届く。広輝は下で戦闘が始まったと推測するだけで、確認はしない。

 今は、宙に浮く浮力をなくすであろう優里菜を助ける必要があった。

 球体が消滅すると、案の定、優里菜は落下を始めた。

 広輝は自分から優里菜への間に風の道を作り、終着点で優里菜を風で浮かす。風の道を滑るように移動すると、優里菜を腕に抱きかかえ、来た時と同じように風の道を作り、下を見下ろせる途中の階に着地した。

 普段の広輝では見られない天術の数々。精霊の力を借り、風を自在に操れる今だからできる天術だった。広輝が失わない為に鍛え続けた力は魔を滅する為の、敵を討つ為の力ばかり。それ以外の天術は、天力を無駄にすると選択肢から外したが、発想(アイデア)想像(イメージ)は頭の片隅に残っていた。

 物語の英雄が、王子が、騎士が誰かを守り救う時に使う優しい術。どこか憧れを持ちつつも広輝は不要とした術。それを使うことになろうとは、と広輝は自分を皮肉った。

 優里菜を抱えながら下の状況を窺うと、ケンタウロス型の魔導人形が巨大な二振りの剣で隆也と大樹を追い回している。

 ケンタウロスが纏う鎧が意匠に沿って、薄い赤白い光を発していた。そのおかげで新月でも隆也たちの様子を窺い知ることができる。

 大樹は大剣から必死に避け続けて偶に反撃するものの鎧に弾かれている。隆也は大樹よりは余裕を持って攻撃を凌いでおり、ケンタウロスの攻撃のタイミングを図って、弱点を探っているように見えた。

 広輝も上からケンタウロスの弱点らしきものを探していると、優里菜が目を覚ます。

「ん……広輝、くん?」

「目が覚めたか」

「?…………――っ!?」

 薄っすらした目覚めの意識に飛び込んできたのは、暗くてよく見えなかったが、広輝らしき顔。それが声で確信に至り、徐々に状況を把握。自分が抱きかかえられて(お姫様抱っこされて)いることに気づき、戸惑いと恥ずかしさで頬を染めて身じろぐ。

「待て、下ろすから。今落ちると危ない」

 戦場に背を向けて優里菜を足から下ろした。

 優里菜は衣服を整えつつ、辺りを見渡す。

 闇夜なれど薄っすら見える崩壊の跡。吹き抜ける風が冷たく、戦いの音が響いている。

 眠りにつく前とは一変し過ぎていて、何が起こったのか疑問は尽きない。

 答えてくれそうな広輝に倣って、崩れた床の端から下を見た。

 思わず声に出る。

「兄さん、大樹くん!」

 なぜ広輝や隆也たちがここにいるかは、明々白々。

 感謝と申し訳無さに胸が締め付けられる。ぎゅっと右手で胸あたりの服を握りしめた。

 が、広輝はそんな感傷に一瞬も浸らせてはくれない。

「情報の擦り合わせは後でする。今は二人を助ける」

 広輝の視線は常に戦場に注がれ、打開の一手を探っていた。

 優里菜も広輝の意見には賛成なので、すぐに頭を切り替え、力強く応えた。

「はい」


 



      *****





 最初の一撃は危なかった。

 隆也と大樹が二人揃って青の球体の変化に呆けていたら、ゲーベルが激怒し、ケンタウロスが襲いかかった。

 巨大な剣を転がるように間一髪で躱すと、二人は全力で同じ方向に逃げ回った。

 ここが一階だからか、大剣は神殿のように石床が破砕されても、神殿ほどには陥没しなかった。幸いしたのは、鎧に描かれた細やかな意匠が、実は意匠ではなくて、魔力を行き渡させる魔道腺だったこと。魔道腺を流れる濃度が濃い魔力が色を発し、辺りを不気味な赤白い色で照らしてくれた。真っ暗になって、見えないので、床をその剣でローラーを掛けるように横薙ぎにされていたら、そこで両断されていたかもしれない。

 ケンタウロスがもう一振り背中の剣を抜いた時、隆也は大樹に指示を出して別れた。一つはケンタウロスの狙いを一つに集中させない為。もう一つは弱点を探る為だった。

 大樹はケンタウロスの注意が隆也に向いた時に炎を放つが、残念ながら全然効かなかった。あの白き炎には届かなくても、それに近い炎のはずだったが効かなかった。

 隆也は隙を見てゲーベルを昏倒させようとしたが、ケンタウロスから逃げ回っている間にゲーベルは姿を消してしまっていた。その為、ケンタウロスの対処に集中した。同じく姿が見えなくなった優里菜がゲーベルに回収されていないことを祈りながら。

「隆也さん! 全然弱点なんて見つからないですよ!」

 隆也と大樹は別々に逃げながらも、近くに寄ることはあり、半ば叫びながら意思疎通をしていた。

 何回目かの合流で大樹から泣きが入る。

「優里菜さん見つけて、父ちゃんたちに合流したほうが良いと思うですけど!」

「それはいいな。優里菜を探している間、こいつが見逃してくれればだけど!」

 大樹も優里菜が消えたことに気づいていたらしい。確かに一樹ならばこの騎士人形をどうにかできるかもしれない。ただし隆也も言っているようにケンタウロスが見逃してくれるとは到底思えなかった。

 逆に見逃したならば、辺り一面を破壊の限りを尽くし始めそうだった。

「じゃあ、父ちゃんたちのところに連れてってから探しませんか!」

「どこを通ってだ!? 城が完全に崩壊するだろ!」

 ただでさえ、ケンタウロスの重量によって床が突き抜け、暴風によって抉られたように崩落している城だった。ケンタウロス級の穴が空いたら城全体の崩壊が始まってもおかしくなかった。

 大樹はすでに自分たちでケンタウロスがどうにかできる敵ではないと思っているので、外の力を頼り、この場を乗り切ろうと必死だった。

「そうだ、オリバーに押し付けましょうよ! 戦闘狂ですよね!」

 広輝がここに来ていないということは、オリバーに負けた可能性が濃厚。ならばと、戦い好きのオリバーにこの凶悪な人形を壊してもらえないかと考えた。オリバーなら喜んで引き受けてくれそうだった。

 しかし朗報か悲報か、大樹は隆也から衝撃の報せをもらう。

「広輝が倒した! 右腕斬ってな!」

「はあ!? マジっすか!? じゃ、あいつサボり!? この状況で!?」

 この状況……隆也と大樹は大声で会話こそしているものの、その大剣は繰り返し、振り下ろされ、床を壊して拳ほどの石が飛び上がるほどの振動が城を揺らしている。

「屋上に行く途中で体調が急変したから置いてきた! 復活したなら来ると思う!」

「来ないじゃないですか! 演技じゃないですか?」

「あれが演技ならレッドカーペットだな!」

 隆也は大樹に言われて思い返すも、あれが演技には見えなかった。寧ろよくぞオリバー・エクスフォードに勝ってくれたと褒め、後は任せておけと言いたいところだった。このケンタウロスさえいなければ。

 今はケンタウロスを倒す打開策がほしい。その為には、弱点を見出すための手が足りなかった。

 ケンタウロスの大剣が隆也の後ろに積み重なった瓦礫を粉砕した。

 それを見た大樹が閃く。

「あ! 下敷きか」

「縁起でもないこと言うな! まだ立てないか、悪化したかのどっちかだと思う!」

 城の崩落に巻き込まれて、瓦礫の下敷き。苦しんでいた広輝には十分にありそうな可能性だけに笑えなかった。

「隆也さん!!」

 大樹の焦った声。

 それは恐れていた横薙ぎの剣。ケンタウロスは姿勢を低くし、腰を曲げ、左の剣を水平にして剣を薙ぐ。

 横の移動では意味がない。縦に跳ぶ必要があったが、間に合わなそうだった。遅れた足が斬られて轢かれてしまうと予測した。

 一瞬でも盾で耐え、ぶつかった衝撃を使って後方に飛ばされる。ダメージは負うが、力を上手く使えばダメージを軽減できると思っての判断だ。

 両手を剣に合わせ、天術を展開した。

重力壁(グラビティ・ウォール)


――烈風刃――

水の衝撃(アクア・インパクト)!」


 隆也の天術に合わさるかのように、二つの天術がケンタウロスの大剣に降る。

 風の刃と水の爆発が大剣を砕き割った。

「グオオッ!?」

 ケンタウロスは剣を折られ、剣を手放して一旦後退する。

 その剣の側に天術を放った広輝と優里菜が着地した。

「優里菜」

「優里菜さん!」

 念願だった優里菜が帰ってきた。その喜びで隆也と大樹が優里菜に近づいていく。

「ご心配おかけしました」

 優里菜の笑顔に二人のあらゆる心配が吹き飛んだ。重要人物だったおかげか、悪いようには扱われていなかったようだった。

 その再会を喜ぶ時間はすぐに終わる。

 左の剣を砕かれたケンタウロスが、今度は右の剣を振りかぶった。

「任せて」

 そこに何故か優里菜が勢いよく飛び出した。

 優里菜は胸元の杯を取り出し、両手で丁寧に握りしめる。そしてウンディーネの杯に天力を注ぎ込む。

「(顕現――)(すい)(せん)()!」

 優里菜が名を呼び、両手を振り払うと、その両手には碧い片刃の双剣が握られていた。

 長さは小太刀ほどで、片手で扱うには丁度良さそうな長さだった。

 その双剣を初めて見た広輝は関心していた。優里菜はウンディーネの杯に特別な力があると言っていたが、武器化だとは思わなかった。どちらかといえば、耐魔力や天術の補助的役割の力だと思っていたから。

 それで優里菜はケンタウロスの剣をどう凌ぐのか、広輝は万が一に備えながら、見物することにした。

 優里菜が双剣に天力を込め、双剣を掲げると、高圧の水流が剣身を包み込むように天高く放出された。

 ケンタウロスの光で赤白く染まる水流を振り下ろされつつある剣に叩きつける。


 ・・・


 優里菜の誤算は、ケンタウロスの剣を叩き割った要因に、自分の天術が半分近く入っていると思ってしまったこと。

 だから、高出力をすぐに展開できるこの双剣ならもう一方の剣も折ることができると、勘違いしてしまったのだった。


 ・・・


 ケンタウロスの剣は優里菜の双剣を物ともせず通過。

「ーーあれ?」

 剣は四人に斬りかかる。

 広輝は疾風を纏い、優里菜を回収。

 隆也は剣の軌道が逸れるように結界を張り、剣を誘導。ケンタウロスの剣の直撃を何とか免れた。

「決死のギャグは面白くないぞ」

「そ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」

 優里菜は広輝の左脇に抱えられる形になっていた。色々恥ずかしくて両手で顔を隠した。

 広輝は優里菜を抱えたまま隆也たちの元へ戻って優里菜を下ろす。

「三十秒ください。できれば一分」

 広輝は優里菜に弁解の時間を与えない。いや、その時間が惜しかった。

「――それで勝てるのか?」

「必ず」

 隆也と広輝の短い会話。

 大樹は広輝には色々言いたいことがあったが押し黙る。

『気が進まない指示に躊躇して、気に入らない指示には最悪抗議してきて時間を浪費しそう』

 広輝が大樹を部隊に加えたくない理由として挙げた一つ。今ここで感情のまま発言すれば、広輝に言われたことを再現しそうだった。それだけは避ける。全力で避ける。

「了解。優里菜、申し開きしたいならこれで挽回しろ、さあ散れ!」

 隆也の合図に合わせ四人が四方に跳ぶ。四人がいたところに大剣が振り下ろされ、床を陥没させる。

 ケンタウロスが剣を戻す前に、隆也が早々に仕掛けた。

「加重力結界、最大出力!」

 神殿ではゲーベルという人間を潰しかねなかったから少し遠慮していた。だけど今はその必要はない。広輝の天術で全てが終わるなら後先を考える必要はない。全天力を単純かつ巨体には一番効くはずの加重力結界をお見舞いした。

 ケンタウロスの動きが鈍る。剣を持ち上げられない。四足に力を入れ、重力に耐え忍んでいる・・・・・・・

 確かな手応え。隆也は二人に合図を送った。

「優里菜! 大樹!」

「「はい!」」

 優里菜は剣を持つ右側を、大樹は左側を受け持つ。

 二人は、己の最強の天術の詠唱を唱え始めた。


「 大いなる水流をここに 」

「 燃え盛る業火をここに 」


 優里菜の前に渦ができ、大樹の前で炎が燃え上がる。

 本来、詠唱は個人唯一のもの。それは一人ひとりイメージし易い言の葉が違うからだ。けれど、何かを参考にしたり、誰かを真似したのならその限りではない。広輝の[疾風]も[嵐]も、かの戦国武将の風林火山からその文言を借り受けている。そして、大樹もこれに倣う。


「 汝、我が命に従いて、大いなる神獣へと昇華する 」

「 汝、我が命に従いて、新たなる進化を遂げる 」


 渦の勢いが増して水流が渦巻く球体が成り、炎もその火力を上げ、赤から黄、黄から白へ色を変えて行く。

 優里菜に宿題を手伝ってもらうように、一緒に遊ぶように、天術を共に学び、励んだ。先に完成した優里菜の詠唱を真似させてもらうと、その詠唱は大樹にも嵌った。


「 天を翔け、水を支配し、神々たる身体を与えられた神獣なり 」

「 その身体は既に全ての獣の頂点、百獣の王 」


 水球から勢いよく水が噴出し、白き炎が勇ましい身体に変異する。

 二人の詠唱は隆也がよく知っている。優里菜が女子からぬ単語ばかり並べているのは、『詠唱って、なに!?』と産みの苦しみを味わっていた妹に隆也が助言したからだった。だから、次で終わることを知っている。

 隆也はこの重力の中、剣を再び振りかぶったケンタウロスに、さらなる重力を加えた。自分の体が弾けそうなほど強く、強く。

「限界突破、加重力結界!!」

 隆也の身体が悲鳴を上げる。今まで一度も使ったことのない量の天力が全身から迸る。その骨が、筋肉が、血管が、砕けそうに、千切れそうに、破裂しそうでも止めることはない。

 ケンタウロスの四足が床に食い込む。振りかぶった剣は手首から背中に折れ、肘も曲がった。

 その重力はケンタウロスの魔導線の光をも地に落とし始めた。


「 鋭く閃くその牙を持って、我を仇なす怪物(けもの)を喰らえ 」

「 この業火を持って、全ての怪物(けもの)を支配せよ 」


 二人の天術が完成した。

 オリバーの天を斬り裂く刃(ラグナロク)に匹敵する水龍といつもの赤い獅子ではなく白い獅子。

 次世代の月永と櫻守の全力がここにあった。


「 水龍の牙(アクア・アグナ) 」

「 獅子炎々(ししえんえん) 」


 龍が天を翔け、獅子が地を駆けた時、隆也は全力を出し切った。重力が切れる刹那、ケンタウロスの鎧に亀裂が入る。

 直後、獅子がケンタウロスの左腕を喰らい、内包する全ての炎を吐き出す。水龍は曲がった右肘から右半身を喰らっていく。

 ケンタウロスの左半身は業火に包まれ、右半身は滝のような水流に押し潰されていく。

 高熱の炎と大量の水はケンタウロスを喰らいながらその範囲を広げていき、やがて接触する。してしまう。

 勉強のできる隆也も優里菜もケンタウロスを倒すことに頭がいっぱいで忘れていた。水が炎で蒸発するのを見てようやく思い出したくらいに忘れていた。

「あ」

「やば」

「――え」

 水蒸気爆発。その恐ろしさを。





□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□





 文字通りに天地を揺るがす大爆発。

 碧の球体から出てきた突風など比ではない大爆発が起こった。

 オリバーの雷撃を優に超える爆音と衝撃。

 爆風で辺りが吹き飛び、高熱の水蒸気の世界に変わる。

 天力を纏うことで高熱の水蒸気を防げたとしても、爆風には耐えられず、呼吸時に喉から肺が火傷する。

 四人とも大怪我を負った。

 いつもなら。

 隆也と優里菜、大樹はとっさに身構え、衝撃に備えた。爆音による大きな耳鳴りを覚えるも、来るはずの衝撃は来なかった。高熱の水蒸気もない。

 恐る恐る三人は目を開けた。

 一面真っ白の世界。けれど、それは結界の外の話。

 四人は少し綠色が混じる風の結界によって守られていた。

 優里菜が結界の中で一人だけ冷静な人物を見つける。この結界の術者に違いなかった。

「広輝くん!」

 広輝は中段に構え、瞼を閉じ、天力を太刀に収束させていた。

 この結界の源は、広輝が屋上で集めた風の精霊たち。彼らが居なければ今ので全員巻き込まれていたはず。普段の広輝では決してできない芸当が彼らのおかげでできていた。

 爆発から救ってくれた救世主に優里菜は駆け寄ろうとするが、痛烈に制止された。

「邪魔、来るな」

 それはまるで、終わっていないと言っていた。

 この爆発でまだケンタウロスが健在だと言っていた。

 広輝は結界を解除することと水蒸気を吹き飛ばすことを同時に行う。

 晴れた視界に現れたのは、原型を留めているケンタウロス。ただし、鎧兜と剣は全て破壊され、どこかへ吹き飛んでいた。残っているのはケンタウロスの躯体だけ。天を仰ぎ、両腕が垂れていた。四足が棒となってバランスが保たれている為、倒れていないだけのように見えた。

 しかし、あの爆発でまだ躯体を残しているとなると、ゲーベルはケンタウロスに相当の魔力障壁を施していたらしい。三人の全力で果たして本当に鎧兜を壊すことができたのか、謎だった。

 ケンタウロスの腕が微動する。人間が意識を取り戻したかのように再起動する。

 仰いだ上半身をゆっくりと戻す。屈強な男性を思わせる顔と上半身に軍馬の如く鍛えられたような下半身。ケンタウロスは生物のように四肢を少しずつ動かして、動くことを確認した。

 そして――


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 全力の雄叫び。

 攻撃への怒りか、破壊への憤怒か。しかしどこか、歓喜を含んでいるように感じる。

 その歓喜の雄叫びの理由は、雄叫びと共に膨れ上がった魔力が教えてくれた。

 隆也たちは戦慄する。

 尋常ではない魔力の量。人間の域では到達できない。

 これではまるで、ケンタウロスの鎧兜は防具ではなく、拘束具。ゲーベルがケンタウロスを制御するために施した矯正の為の武具。壊してはならなかったのだ。

 濃密な魔力による真赤の光が闇夜を灼く。

 魔力と同じ、真っ赤な眼が一番の脅威を捉えた。


「オオオオオオオオオオオオオ!!」


 ケンタウロスがその拳を振り上げた。剣を振り回していたときよりも遥かに強く。束縛されていた今までの分を発散するかのように。

「広輝くん!!」

 止めなければ。

 優里菜だけじゃない。隆也も大樹もそう思った。あれはやばいと。

 しかし三人とも足が竦んでしまっていた。本能が足を動かすことを拒否していた。ならば天術をと思うが、今のケンタウロスの注意を引かせるほどの強力な天術を行使できるだろうか? という疑問と、引いたところでどうする? という次が、天術の行使を躊躇わせた。

 ケンタウロスの形相は正に鬼。オリバーより鬼らしい。自分に害なすものを全力で叩き潰そうとしている。

 ケンタウロスの拳は、この城をも破壊してしまう。

 広輝はそんなケンタウロスに臆することはない。今だけの緑がかった黒瞳でケンタウロスを見据える。視線をそらすことはしない。

 右足を一歩前に出し、両腕を上げる。

 広輝の天力を注ぎ込み、収束に収束を重ねた絶刀を振り下ろした。














 ――絶技・真空破斬――















 真空の一刀がケンタウロスを両断した。

 一瞬の出来事のはずなのに時が止まったみたいだった。

 世界という生き物が呼吸を忘れてしまったかのように。

 全ての動きが停止した。

 世界が再び呼吸を始めた時、ケンタウロスの魔力は既になく、赤い光が消失していた。

 徐々にズレ始める。ケンタウロスの身体が真っ二つに。

 それズレが視覚できるくらいに大きくなると、次の副産物たる変化が起こる。

 広輝が斬り放った亜音速の真空。真空の道を戻すために空気が入り込む。真空が通ったその場所に、気圧が零となり負圧となったその場所に。空気が風となって入り込む。

 その風は突風となって、真空の道に在るものを吹き飛ばした。

 それはケンタウロスの躯体も例外ではない。魔力源を破壊された躯体はただの物。巨大な躯体を支える力も維持する力も、留まる力もない。突風に圧し崩され、吹き飛ばされた。

 絶技・真空破斬。広輝が空破斬を必殺の一撃に昇華させた、広輝の、広輝だけのオリジナルの技。何物をも斬るその斬撃は、天力尽きるまで、彼方へ飛んでいった。

 そして、再び暗闇が訪れる。

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