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悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第三章 侯爵令嬢とアンリ・パトリックの奪還
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第45話 侯爵令嬢と裏路地の幼女 後編


 アリスは恐る恐る、気絶して倒れる二人を壁際に寄せた。レティシアは杖を握って、何が起きても対処できるように構えていた。

 その作業の途中で、アリスが不思議そうに尋ねる。


「レティ様。さっきの凄い動きって……もしかして、魔法、ですか?」

「はい、クリスさまに魔法をかけていただきました。久しぶりでしたが、うまくいきました!」

「そんな魔法もあるんですね……知りませんでした」

「マイナーなので、学園では習いませんねえ」

「でも、すごく便利だと思うんですけれど、どうして教わらないんですか?」


 アリスは、首を傾けて尋ねる。


「無属性の魔法で、扱いがちょっと難しいんです。それに、これで強化できる相手は貴族……つまり、魔法が使える人に限られるんですよ」


 アリスも、なるほどという表情でうなずいた。

 前衛を兵士に任せて、後衛として戦う貴族には必要のない技術だ。

 修得にも時間がかかるため、あまり積極的に覚える貴族はいない。相性のいいレティシアがいるからこそ、クリスタも、切れる手札の一つとして習得していた。

 

 作業を終えたアリスとレティシアは、まずは一息ついた。

 これからどうしよう――そう考えて振り返ると、何やら雰囲気が変だ。

 

「……クリスさま?」

  

 レティシアが、目をぱちくりと瞬かせた。

 主の首のあたりに、細い腕が抱きついているように見えたのだ。

 急いで前に回ってみて、変な声が出た。


「うぇっ! こ、こらっ、クリスさまになんてことを……!」


 助けた平民の幼女が、しっかりと侯爵令嬢に首を回して、抱きついているのを見つけてしまい、大慌てである。


「あっ、ダメです、レティ様!」

「アリスちゃん! でも、これはいくら何でも……っ」


 いくら奔放なレティシアでも、主に抱きついている状況を、流石に看破することはできない。

 しかし、アリスに促されて、その子供の様子をよく見てみた。

 小さな手が震えていた。よほど怖い目に遭ったのだろう……それを困ったように受け入れている主を見て、手を引っ込めた。

 ふうっ、と一息ついた。

 主が受け入れているのだから、自分が何も言う必要はない。


「怖がらなくていいですよ。さっきの人は、もういませんから」


 しがみついていた女の子は、ゆっくりとレティシアを見た。

 怯えの色が濃く混じっている。さっきの男達が、よほど怖かったのだろう。


「あなたの名前を、教えてくれませんか?」

「…………」

「レティっていいます。名前、分かりますか?」

「…………」

「むむぅ……」


 話しかけてくるレティシアを見つめているものの、一向に何も話そうとしない。

 困っていると、横からアリスが入ってくる。


「こんにちは。わたしは、アリスって言うの。あなたの名前が知りたいな」

 

 アリスの、花開くような純真な微笑みが向けられる。

 しかし、幼女はかたく目を瞑って、クリスタの胸の中に顔を埋めてしまった。

 取りつくしまもない。

 二人は、全く聞き入れてくれない様子に困り果ててしまった。


「クリスさま……どうしましょう?」

「そうね……」


 クリスタは、倒れている連中に視線を向けた。

 犯罪を目撃することは想定の範囲内であったが、誘拐されかけていた幼い子供を保護することは、完全にクリスタの想定外であった。

 考えていた予定が狂ってしまったが、仕方がない。

 ひとまずこの子を、大人しく衛兵に引き渡すべきだろう。


「……?」


 ……そう考えたとき、首元が小さな力で引っ張られた。

 下を見ると、幼女がじいっと、クリスタの顔を見上げている。


「……くりす?」

「え、ええ……そうですわ。あなたは、名前が言えますの?」

「しゃーろっと……」


 クリスタが尋ねると、幼女はあっさりと自分の名前を教えてくれた。

 なぜか懐いてしまったらしい。しかしちょうどいいとばかりに、クリスタとアリスが、抱きついた平民の子供に尋ねる。


「家まで連れて行って差し上げますわ。あなた、自分の家は分かりますの?」

「……わかんない」

「シャーロットちゃんは、お父さんか、お母さんとはぐれたの?」

「ううん。いない……」


 ようやく会話してくれるようになったシャーロットの暗い返事は、三人を戸惑わせた。

 家も分からないといい、そして両親はいないとなると、答えは限られる。

 つまり、この子は孤児である可能性が極めて高いということだ。 


 しかし、それにしては妙な点があった。

 身なりが明らかに孤児院のそれではなく、今は汚れているものの、そこそこ良い身なりをしていた。どうやら何か事情がありそうだ。

 しかし、それを問い質すのはクリスタ達の役目ではない。

 

「とりあえず、表に戻って兵士さんに後を任せますか?」


 考え込んだレティシアが、そう提案した。

 確かにそれが真っ当な対応だ。事情説明のために、倒した男たちも連れて行かれてしまうだろうが、今回は仕方がない。

 クリスタの頭の中にある予定が一つ狂ったが、全く問題がない程度だ。


「やっ……! 白いおねえちゃん、行かないで……」


 しかしシャーロットは、クリスタの首元を硬く掴んで、離そうとしなかった。

 

「シャーロットちゃん、クリスさまを困らせちゃ駄目ですよ……?」

「や!」


 頑として首を縦に振らず、全く離れる様子がなかった。

 しかしクリスタも、いつまでも自由にさせているわけにもいかない。犯罪に巻き込まれた王国の民を、そのまま見捨てることはできないが、クリスタには、クリスタ達の目的があるのだ。

 平民のことは、平民の世界をよく知る兵士に任せたほうが良いだろう。

 だから、このまま連れて行こうと決断しようとした。

 だがその前にシャーロットが、クリスタの首元の服を引っ張って尋ねた。


「おねえちゃん……さっきのピカって光るやつ、どうやったの……?」

「……?」


 急に、クリスタに奇妙なことを言い始めた幼女を訝しんだ。

 言っている本人も説明に困ったのか、ちょっと考えこんでから、思いついたようにレティシアに視線を移した。


「そっちの赤いおねえちゃんにやったの、もう一回見せてほしいの……!」

「ほえっ?」

「何を言っていますの……?」

「クリス様……もしかして、さっきレティ様にかけた"あれ"じゃないですか?」


 二人が全く理解できていない中で、アリスだけが思いついたように言った。

 そして少し考えて、ようやくその発想に至った。


「……まさか」


 クリスタとレティシアは、顔を見合わせて、意思を確認しあった。

 急に深刻な表情を浮かべた二人に、アリスは不思議そうに首を傾げる。その間に、レティシアは耳元で主人から命令を受けて、懐に手を伸ばした。

 

「はい。では軽く……『アウラ・アエストゥス』、です!」

 

 取り出した杖で、幼女から見えないように、こっそりと風系統魔法を使った。

 単純に小さな風の流れを作り出すだけの下級魔法だ。そよ風を起こすだけの魔法で、言われなければ、魔法が使われたことに気づくことさえできないだろう。

 しかし、何も知らないはずのシャーロットは違った。


「みどり……! すごい、きらきら……!」


 しかし幼女は、明らかに風の流れを目で追って、その方向に手を伸ばしていた。

 それを見たクリスタは目を見開いた。

 レティシアも、信じられないものを見るように幼女を見つめる。


「おねえちゃんは、きらきらを出す木の棒、ないの?」


 それを聞いた瞬間に、二人は確信に至った。

 主と視線を合わせて頷き合い、クリスタは、シャーロットを抱き抱えたまま立ち上がった。


「はわっ。おねえちゃん……?」

「アリス。私は、一旦この子を連れて拠点に帰りますわ」

「えっ……兵士の人に引き渡さないんですか!?」

 

 アリスは、大変驚いた。

 誘拐された子供を見つけたのに、なぜ連れて帰ってしまうのか。

 だが、事情がわかっているらしいレティシアは、たしなめるように言う。


「戻ってからアリスちゃんにも事情を話します。そこの失礼な人は、兵士さんに連れていってもらってください」


 疑問の最中で、レティシアからアリスに、丸めた羊皮紙が手渡される。

 

「え。これは、何ですか?」

「それを見せれば、話が通ると思います……あっ。シャーロットちゃんのことは、クリスさまが話すまで、誰にも内緒にしておいてくださいね」

「えっ? えっ……?」

「とにかく、急がなければなりませんので、よろしくお願いしますっ」


 困惑をよそに、誘拐された少女を抱えたクリスタとレティシアは、慌てた様子で、表通りに戻っていった。

 

 アリスには意味がわからなかった。

 しかし、気絶する二人の男とともに取り残されていることを思い出す。ここで目覚められたら大変だと、大慌てで、兵士を呼びに走り出した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] マイナーな魔法はあんまり評価されない……? [一言] 魔法が色で見える……? 一気に重要人物になったシャーロットちゃんの素性は如何に
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