第32話 侯爵令嬢と王子の召集 前編
王国の貴族達への説明は、シエル魔術学園で執り行われることになった。
入学式の時と同じ、学園の大ホールに、ほとんど全ての学生が集まっていた。
さらには侯爵家をはじめとした、国の重臣の姿も見られる。
空気はひりついていて、普段のような優雅な雰囲気はない。
多くの学生の心に傷を負わせた、今回の一件。一体何が起きたのか。
彼らはその詳細を知るために、時間を割いて集まったのだ。
「あっ……! ポール様です!」
ホールの中央の階段から、従者を連れた金髪の青年が降りてくる。
それまで、静かに壁際で考え込んでいたクリスタと、レティシアとアリスも、ポール王子に意識を向けた。
全員が雑談を止めたことで、会場はしんと静まりかえる。
そして、正面を向いた時点で全員が一斉に頭を下げた。
「顔をあげて構わないよ」
優しくも、凛とした第一王子の声が会場に届けられる。
まず集まった貴族達全員を見回した。クリスタとも一瞬だけ視線を合わせたが、すぐに視線を広く戻した。
「急な呼びかけに集まってくれて、ありがとう。今日は、王の代理として全てを説明させてもらおうと思う」
ポール王子の言葉に、誰もが聞き入っている。
そんな中で、クリスタは影から、横目で参加者の一人を見つめた。
中央に陣取っているのは老年の貴族達だ。国の重臣に近づくことが憚られるのか、周囲の貴族も、間を開けている。
その中に、父親であるモーリス・ドゥ・ニーベル侯爵の姿もあった。
「……クリスタ様、どうしましたか?」
「いえ、何でもありませんわ」
クリスタは、胸にネックレスのようにさげた、ニーベル家の指輪を弄った。
父にはこの指輪について聞かなければならない。悪夢を見る原因かどうか、まだはっきりはしないが、父親ならば何かを知っているかもしれないからだ。
しかし、ともかく現在は婚約者の言葉を聞かなければならない。
「さて。まず説明の前に……今回の一件を収めた、主たる立役者二人を称えようと思う」
ポール王子はそう言って、腕を組んだクリスタの方に視線を落とした。
クリスタも、それに合わせて視線を持ち上げた。
「一人目は、モーリスの娘であり、僕の婚約者でもある、クリスタ・ドゥ・ニーベル」
周囲の貴族達も、いっせいにクリスタに視線を向けた……そばにいた配下の二人も、あわてて姿勢を正した。
「知っての通り、今回、学園で行われた魔獣討伐演習では大きな被害が出た。彼女がいなければ、被害はより大きくなっていただろう」
「…………」
しかし、褒め称えられるクリスタの表情は、厳しいままであった。
しだいに周囲の貴族達も異変に気付いて、ざわつき始める。
「どうしたのかな、クリスタ」
「ポール様。その栄誉を私一人で受け取るわけにはいきませんわ」
その言葉で、会場のざわめきはより大きく、激しくなった。
「君は貴族の誇りにかけて、命を賭して戦った。それは讃えられるべきことだよ、クリスタ」
「……ええ」
「そしてレティシア・ピィ。君も素晴らしい活躍であったと聞いているよ」
「えっ」
急に振られたレティシアが、ぽかんと自分を指差す。
周囲の視線も、いっせいにレティシアの方にあつまって、こういう場が苦手な彼女は、急にだらだらと冷や汗を流した。
「君の素晴らしい活躍も、バールを通して聞いているよ」
「は、はいっ……!」
「今回の一件、最も大きな功績をあげたのが君だ。代表して、君に褒賞を与えようと思うのだけれど、どうかな」
「つ、謹んで、お受けいたします……っ!」
混乱の渦の中で目を回す彼女に、ポールは優しく語りかける。
クリスタとポールの間で、この場の流れは取り決めていた。
貴族的な礼儀が苦手なレティシアも、精一杯、頑張って言葉を作っているのがわかった……動きは、とてもぎこちなかった。
クリスタの代わりにレティシアが立つのは、一番の功労者として栄誉を受け取ることを、自身の誇りが許さなかったからだ。
なぜなら自分は結局、敵を倒すことができなかった。勇者がいなければ、今頃はこの場に立ってすらいないのだ。レティシアも同様ではあったため、慌てる彼女を見て、若干の罪悪感があった。
「彼女達は今回の一件の首謀者を暴いた、その立役者だ。クリスタ・ドゥ・ニーベルの意向を受け、レティシア・ピィに、代表として相当の褒賞を与えようと思う」
それは素晴らしいことであるはずだ。
だが、首謀者という言葉が出たことで、空気が重くなってしまう。この一件が、ただの魔獣騒ぎでないことが明言されてしまったのだ。
しかし、それで逆に周囲も幾分か納得したようだった。
これほどの大事を起こした首謀者がいるのなら、王からの栄誉が与えられることも納得だ。
主の侯爵令嬢クリスタが受け取るのが本来であるが、ピィ家の者ならば、その役を果たすに相応しい。
むろんこの功績に、アリスの努力が大きく関わっていることは、クリスタも分かっている。だが王からの功績は、与えられるに相応しい人物でなければならない。他の貴族の納得が得られなければ成り立たないのだ。
よって、レティシアが抜擢されたのである。
「さて。栄誉を受けるべきもう一人だけれど……その者は今、この場にはいない」
「えっ……?」
「それは、どういうことですかな。ポール第一王子」
茶髭を蓄えた、リリアン辺境伯が、率先して問いかける。
今回の件で大きな怪我を負った貴族はいないはずだ。ならば、全貴族が集うこの場に、いないはずがない。見知った大貴族は揃っている。
「そうだね。まずは、そのための説明しなければいけないね」
ポール王子は目を瞑って、少し間を置いた。
それから満を時して宣言する。
「グレゴリー・エル・セラフィン公爵」
一度言葉を止めて、周囲を見回しながら様子を探った。
「この名前に、聞き覚えのある者はいるかな」
ほとんどの貴族が、目を丸くするばかりだった。
侯爵家にそんな人間がいたか。そもそも聞いたことのない家名だ。そんな言葉が、ちらほらと聞こえた。クリスタ達も初めて聞く家名だった。
そうやって、ほとんどの貴族が首を捻る中、爵位の高い家の当主は全く違う反応を見せていた。
ダルク侯爵、パスカル宮中伯、リリアン辺境伯やピィ辺境伯家当主……そして父親の、ニーベル侯爵も。
他にも、知った素振りを見せる者がいたことに、クリスタは気がついた。
「モーリス。答えてくれないかな」
「……そのお方は、四十年前に亡くなられたはずだ」
「そうだね。だが彼は、生きているんだ」
ニーベル侯爵が敬語を使ったことに、誰もが目を見開いた。
王国で二番目の地位を持つ侯爵家が、王家以外に敬語を使うはずがないのに。
「知らないものには、こう言えば分かるかな。永久貴族セラフィン公爵……つまり、王国の勇者だよ」
しんと、会場が水を打ったように静まりかえった。
家名は知られていないが、勇者の名前は伝説だ。王国で知らない者はいない。
そしてポールが語るのは、王国における勇者の遍歴だ。
「四十年前。王国領の海域に侵攻してきた敵国に、大きく侵攻を受けた」
クリスタも、その歴史についてはよく知っていた。
王国では魔獣に対抗するため、常に軍事力を保有し続けている。
王国では常に、武力だけでなく、移動手段や資源の物流などが最適化されている。魔獣の活性化が起こっていた当時は、貴族の練度も今よりずっと高かった。
しかし、そんな王国に隣接する海に、大量の軍事船が突然現れた。
何の前触れもないそれが、開戦の切っ掛けであった。
「彼らは特別な魔法を扱った。系統魔法も物理攻撃も通用しない、特殊な魔法の鎧のせいで、相当苦戦したという話は聞いている」
「……その通りです、ポール王子」
上位貴族と、他の一部の貴族は、その戦いの生き残りだ。
例えばクリスタの父モーリスは、当時のシエル魔術学園の学生であったが、優秀であったが故に、最前線に駆り出されて戦った。それほどに戦況はひっ迫していたのだ。
「だが、僕たちには勇者という希望があった。彼がいたからこそ、敵は撃ち倒され、弱点も暴くことができた。その功績を持って、王は『公爵家』という、三大侯爵家に並ぶ権威を、彼に与えたんだ」
クリスタも実家で勉強していた時、父親から話だけは聞いていた。
公爵家の存在も、噂程度には聞いていた。しかし、もはや存在しない爵位だと、今となっては眉唾程度の存在だと教わっていたのだ。
「……今回、不穏な気配が動いていることは分かっていた。それゆえに、引退した彼に動いてもらったんだ。
「ポール王子。なぜ勇者様が生きていることが、今まで明かされていなかったのですかな……?」
再びリリアン辺境伯が手を上げて、率先して質問する。
彼は大貴族の中でも特に若く、クリスタの十ほど年上である。当時の戦いも経緯も知らず、困惑している中の一人であった。
話の途中で質問を挟んだことを、咎めることなく、頷いて答えた。
「彼は訳あって、当時の戦いのあと、貴族の務めを果たせない状態になっていたんだ。今回無理を言って出てもらったのは、特殊な魔法の鎧を使う敵を、打ち倒すためだ」
「特殊な魔法の鎧……系統魔法も、物理攻撃も効かない、ということでしたな」
「正確には光系統魔法と、白銀の剣での攻撃以外だ。今回、クリスタからも、同じような魔法が使われていたと報告を受けている」
「ならば、敵国の者が攻めてきたと?」
「……その質問に答えるのは難しいね。僕たちも、全貌を掴めているわけじゃないんだ」
この場に参加しているほとんどの者が、大きく動揺していた。
系統魔法が通用しないなど、そんなことが本当にあり得るのだろうか、と。
「だが分かっていることもある。皆に一つ、残念なことを伝えなければならない」
モーリスを始めとした爵位の高い者達は、より厳しい表情と雰囲気を見せた。
下級貴族達は、お互いに恐れるような視線を交わしあった。
「何だか、雰囲気がひりついてないか……?」
「あ、ああ……なんか怖いな」
しかし、これから話すことは、相応の――王国を揺るがす発言だ。
水を打ったように静まり返った貴族の会場に、王子ポールの声はよく通った。
「侯爵令息マルセル・エル・カルマが、彼らに与したことが分かってしまった」
「え……?」
事前に知らされていなかった貴族達は、唖然とした。
「ちょっと待ってください! それって、どういうことですか……!?」
上位貴族に動揺はない。かわりに、離れた場所にいた貴族が、焦り叫んだ。
しかし、ポール王子は冷静だ。
「彼は四十年前の、かの国に通じていたことが明らかになった。バールや、クリスタの配下が、その様子を目撃したそうだ」
「でも、それならカルマ侯爵家は……!」
侯爵家は、王国の中でも絶対的であり、支柱のような者達だ。
敵国に与していた――それは即ち、王国に対する重大な裏切りだ。
彼らは、慌てて周囲を探した。
そしてこの場に、カルマにまつわる貴族達は一人も出席していないことに気がついた。
「カルマ侯爵家の者は全て、今回の一件のあと姿を消してしまった。彼が、この魔獣騒ぎを起こした張本人だ」
王国の三本柱の一柱が失われた動揺は、あまりに大きかった。
ポール王子が話している最中であるにもかかわらず、ざわめきは収まらなくなる。
次第に、不信感が会場に蔓延していく。
そこで、静かに声をあげたのが、侯爵令嬢クリスタだ。
「ポール様が話している最中よ、静まりなさい」
下級貴族達を戒める、鋭い声が、冷たく会場を通り抜ける。
彼らは、慌てて口を閉ざした。
「すまないね。まだ全貌が明らかになっていない以上、彼の処遇は決められない。事実関係がわかり次第、追って説明の場を設けることとする」
その言葉で、いったん貴族達はしずまった。
不信感や、動揺が拭えたわけではなかったが、ひとまずは異議を唱える者はいなくなった。




