ゲームで決めましょう
「これも師匠の試練ですね!受けて立ちます!」
元気の良いレミルの返事を聞き届け、私はレミルを家に招く。
玄関から直接リビングにになっており部屋の真ん中に置かれているテーブルの近くにある椅子に座りお互い向かい合う。
レミルは少し落ち着かない様子で私の家をきょろきょろと見渡している。
「そんな緊張しなくても良いですよ。すぐに終わりますから」
嘘は言っていません。だって私の勝ちはもう決まったようなものですから。
それを悟られないよう表情は至極真面目で冷酷な雰囲気を放っておきましょう。
「は、はい!が、頑張ります」
いや、頑張らないでください。私が勝つのは間違いないですけど万が一そのやる気であなたが勝ってしまったら私の平穏が邪魔されてしまいますからね?
「それで、ゲームとは一体何をするんですか?」
レミルに質問されたユリカはポケットから革製のケースと取り出しふたを開ける。
「ここに4種類各13枚で組まれているカードがあります」
「トランプですよね、それ」
それっぽい感じで説明しようとしていたらレミルにすぐに指摘されてしまう。
ノリが悪いのはマイナスポイントです。
「そうですね、それでは神経衰弱をしましょう順番はコイントスで決めましょう」
レミルは私の提案を二つ返事で飲み込んでくれた。
私は手慣れた手つきでカードをシャッフルし縦4枚、横13枚で綺麗に並べていく。
コイントスの結果先行はレミルだ。
レミルちゃん……せめて一つ位ペアを揃えてくださいね。
そんな願いを尻目にレミルが最初に手を伸ばして裏返したカードはハートの5。
「見えます……!私には見えます……間違いない……ここがペアです!」
自信満々にすぐさま次のカードに手を伸ばしていく。
ダイヤの5。
「いよっしゃあああ!!!師匠!私やりました!一人前に一歩近づきましたよ!」
レミルの壮絶な戦いに勝ったかのような喜びの叫びが響き渡る。
いきなり叫ばないでください。うるさいです。鼓膜破れるかと思いました。あと全然近づいてないです。どちらかというと私の平穏の終わりが一歩近づきましたよ。
その喜びも束の間、次のカードは外れたらしく、レミルは涙目を浮かべながらぐぬぬ……っとうなっている。
この子さっきから大袈裟すぎませんか?神経衰弱の当たり外れ程度で……。
いえ、この子にとって、私にとってもこの試合は言ってしまえばこれからの人生を大幅に変えうる可能性があるのだから当然なのかもしれません。
「さて、それでは私の番ですね」
私はカードの上に手をかざして目を瞑る。
「おっ、師匠、私みたいに見えてるんですか?流石ですね」
良く分かってますね。その通りです。流石私の弟子なだけは…じゃない、認めてはいけません。
それはさておき何を隠そう私が現在使っているのは魔法の一つである透視。
瞑っていた目を開けると机の上のカードが半透明になりカードの裏が浮かび上がってくる。
レミルちゃんには申し訳ないですがこちらも人生がかかっているのですから問答無用で勝たせてもらいます。
私は手を伸ばしカードを裏返す。
スペードの6
迷う事なくすぐさま別のカードを裏返していく。
ダイヤの6
「おぉ!さすが師匠です。私も負けられないです」
張り切っている所申し訳ないですがもうあなたはカードを裏返せませんよ。
再びカードに手を伸ばす。そこに迷いなんて物は存在しない。
ハートの8
クローバーの8
スペードの3
ダイヤの3
「え?…え?」
次々とペアを揃えていく私を見てレミルは目を点にしてその光景を頭が混乱しているのか呆然と眺めている。
当然だろう今の私は引いた場所がペアになっているのかの如くカードを揃えているのだ。驚かないわけがない。
14ペア。
つまるところ過半数以上のペアをずっと私のターン状態で揃えて手を止める。
「私の勝ちですね」
これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべて勝ち台詞を言い放つ。
守られた!守りましたよ!私の日常!
心のガッツポーズはとても激しく力強いものだった。
「なんでですか!?」
「魔法使いには運も必要ですから」
あからさまな不正ですね。しかし世の中にはバレなければ犯罪ではないと言った言葉もあるのですから仕方ないです。
「では残念ですが……弟子は諦めてください」
私は喜びの笑顔を抑え申し訳なさそうな嘘の仮面を作りレミルに見せつける。
「くぅ……ぐぬぬ……ぐすっ」
レミルは目に涙を浮かべて下を見て俯いている。かなり悔しいようだ。
心が痛いですが仕方ありません。私にその気はないのです。
その気がないのに弟子を取ってしまっては、かえってレミルちゃんに悪いですからこれも成長の一環として受け止めてもらいましょう。
「……レミルちゃん。今日はもう夜も遅いですからここに泊まってください。明日の朝、朝食を食べたら街まで送りますね」
慰めるというわけでもありませんが流石に私にも非があるとは思うのでそれくらいはしなければいけません。
「はい……ありがとうございます」
力のない声だが感謝の気持ちはしっかりと込められた声で礼を言われた。
やはり良い子ですね。きっと大人になったらとても皆から慕われるような素敵な方に育つのでしょうね。
「師匠の弟子に…なりたかった…です」
最後の力を振り絞るような掠れた声でそう言うとレミルはまるで力尽きたかのように机に突っ伏して眠ってしまった。
こんな夜遅く道に迷ったとも言っていましたし体も疲弊していたのでしょう。それなのにイカサマしてまで勝つだなんて悪いことをしてしまいましたね。
私は静かに寝息を立てるレミルをそっと抱き抱えてベッドまで運んで行く。
一応来客ですしベッドで寝かせてあげるべきでしょうね。私はソファで眠りましょう。別に眠らなくてもいいんですけど昔からの習慣は抜けないものですね。それに今日は疲れましたから。
私は寝室のベッドにレミルを寝かせて布団をかけ、すぐに寝室から出て行きソファで横になった。
それにしてもあの子一人でどうやってここまで辿り着いたのでしょう?
私の住んでいる森は迷いの森と呼ばれていて基本的に同じような木々が並んでおり、土地勘のある人間もすぐに迷ってしまう。
私は空を飛んでたら迷う事は無いので例外ですがあの子も迷っていたみたいですね。
そこに関しては別に問題ないですね。だってワープしたりするわけでは無いんですからいつかは辿りつきます。
ただここら一帯は獣や魔物が出ます。
私は別に襲われても問題はありませんし、この家の周りには魔獣除けの結界が貼ってありますから獣、魔物の類は近寄れません。
ですがあの子は単身でこの森を、しかも夜に抜けて来ました。
魔法使いを目指しているからには彼女もそれなりの実力者なのかもしれませんね。
明日、目を覚ましたら少し聞いてみますかね。
私は完全に眠る体制に入りリビングの上の光源となっていた魔法術式が編まれた札に向けて指を向けて明かりを落とす。
お休みなさい。たまにはこういう日があっても良いのかもしれませんね。
この日は疲れと平穏を守り切った安心感により快眠でした。
朝、ソファの上で目が覚めて体を起こす。
半開きの乾いたドライアイを何度かの瞬きと涙で潤し視界を広げていく。
今日の始まりを体に教え込むために朝日を浴びようと立ち上ろうとしたが床に視線を落とした私はそこから動けなかった。
いや、体は動きますよ。腕とか脚とかすごく動きます。
ですが目の前の景色に頭が混乱しているのです。
一点を見つめて固まっているユリカの視線の前には。
「どうか私ともう一度戦ってください!」
昨日の夜同様、模範解答にしたくなるような土下座をしていたレミルだった。