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第10話 既視感


 十一月二日(水)


「相良!」


 後頭部に鈍い痛みが走り、霧のかかった意識がはっきりしてくる。


六花(りっか)ちゃん……」


(俺、確か赤装束の男に……)


 グチャグチャに絡まった記憶の糸がほぐれて来るにつれて、鮮明なイメージとして頭の中に投影されていく。

 ――生首となった年配の警官の姿。

 ――堂島の床に転がった四肢と臓物のデコレーションに、テーブルに飾られた生首(オブジェ)

 ――月明かりに照らされた、大鎌を振りかぶる赤装束の男。

 次々に湧き上がる悪夢の光景に喉に酸っぱい物が込み上げて来て、右手の掌で口を押える。


「ど、どうしたのだ? 顔が真っ青だぞ」


 六花の疑問に上手く答えることもできず、暫し身動き一つせずに机に突っ伏していた。


(ここは教室……か?)


 ようやくこの場が、うんざりするくらい見慣れたD組の教室だと認識し、額に滲み出る脂汗を拭い、いつもの様に六花ちゃんの頭を撫でる。


「悪い、六花ちゃん。悪夢見てた」


 六花は呆気にとられたような顔をしていたが、頭を三撫でした直後、顔を火のように火照らせる。間違いなく怒りからだ。


「うほぅ。今日もユウキュンのナデナデスキルに、照れてる六花ちゃん、マジ天使!」


 すかさず、後ろの席の空気の読めないお気楽馬鹿(寛太)が、黄色い声を上げる。


「この馬鹿者!!」


 教科書で俺の後頭部に痛烈な一撃をお見舞いすると、プリプリと全身で怒りを表現しながら授業を再開する六花。


(夢……か? それにしては、随分生々しかったような……それにあれが夢なら今はいつだ?)


 ポケットからスマホを取り出し、机の下で確認すると、日付は、十一月二日(水)となっていた。交番での猟奇的事件は、十一月六日(日)だったはずだ。

 どこぞのSF小説でもあるまいし、タイムスリップなどのトンデモ事件などそう簡単にあってたまるものか。一先ず、あれは夢だったと考えるべきだ。

 それにしても、リアルな夢だった。しかも、数日単位で、しかも、夢の中で寝るなどの摩訶不思議な現象のおまけつき。俺、やっぱ疲れてるんだろうな。

 ともあれ、とても二度寝するような心境でもない。立花ちゃんの《探索者史》の授業でも聞くことにする。

 頬杖をつきつつも、立花の幼い声に耳を傾け始めた。


                ◆

               ◆

               ◆


 

(どういうことだ?)


 授業終了後、俺の頭を占拠していたのは、激烈な疑問だった。

 立花の《探索史》の授業が夢で見た授業の内容と全て同一だったのだ。

 授業の中身はもちろん、立花が質問する生徒の順番も、ご丁寧に、生徒達の返答まで同じ。流石にここまでくると異常だろう。

 考えられるはデジャヴだ。しかし、これは既視感のようなあやふやなものではなく、夢の内容を明確な未来の事象として与えていたのだ。

 そしてこの疑義は午後の模擬試験で確信に変わる。

 

 第一闘技場実技場(アリーナ)へ足を踏み入れると、夢と同一のタイミングで朱里と視線がぶつかる。俺を見る、その感情を殺した無表情な顔にも見覚えがあった。

 もっとも、この程度なら、偶然が重なった可能性も否定できない。もう少しばかりの検証が必要となる。

 朱里に背を向け、実技場(アリーナ)へと続く入場口通路付近へ行く。あの夢が現実を忠実に追っているなら、A組の奴がたむろっているはず。

 俺の予想は的中し、通路付近で談話に勤しんでいたA組の奴等数人は俺を見ると、夢と同様の侮蔑と嫌悪の視線を向けつつも、実技場(アリーナ)へ移動していく。

 そして――。


「悠、らしくなく、難しい顔してるなぁ」


 金髪チャラ男の銀二に、背後から背中を叩かれる。

 俺の疑念が確信に変わるにつれ、心を締めつけられるような息苦しさが湧き上がる。だってそうだろう? それは俺にとってまさに悪夢に等しい事実のはずだから。


「悪い、今は話す気分じゃねぇ」


俺の絞り出すような言葉に、銀二は暫し目を見張っていたが、肩を竦めると、軽く右手を上げて実技場(アリーナ)へ去っていく。


 まだだ! あの夢が真実であると決めつけるのは早い。この一連の事象が偶然の可能性は零ではない。現に、銀二の台詞もわずかに変わってきている。

 次の模擬試験の組み合わせは、十一月一日に教官達が、ランダムで決めたもの。一学年は凡そ、二〇〇人。その中から無作為に二組が選ばれるのだ。同一の相手となる確率は、天文学的なものとなる。ここで、夢のように一色至(いっしきいたる)と対戦することになれば――。


「集合!!」


 教官の野太い声が第一修練場に木霊し、俺も、実技場(アリーナ)へ向かう。


「組み合わせ表はたった今、一年生全員に送信した。各自確認するように」


 生徒達は一斉にポケットから小型のスマホ型端末を取り出し、操作し始める。

 この端末は、入学と同時に武帝高校から支給されたものであり、学校からの様々な情報提供はこれを介して受けることができる。また、今回の実習試験等の受験票的役目も担い、武帝高校の生徒にとっての必需品だ。

 俺も震える手でポケットから、端末を取り出し、新着の表示をタップする。

 組み合わせを脳が認識するにつれ、周りの情景からスルスルと現実感が引いていき、代わりにとびっきりの絶望に塗り替えられていく。

 そう。俺の対戦相手は、一色至(いっしきいたる)だった。


(あの夢は未来に起こりうる事実か……)


 もう、現実逃避をするには事実がそろい過ぎている。

 この摩訶不思議な現象について、考えられる可能性はおそらく二つ。

 一つは、タイムスリップもしくは、タイムリープだが、《魔術》の世界的な研究機関である《ウロボロス》と、《スキル》の研究機関である《アトラス》、《飛天》の三大組織が、理論上不可能だと断言している。まあ、あり得まい。

 だとすると、未来予知の可能性が濃厚だろう。俺は夢の形で、近未来を実体験した。これなら十二分に辻褄が合うし、超絶レアな《スキル》や《魔術》ではあるが、存在自体は確認されていることからも、矛盾はない。

 今まで俺は《魔術》と《スキル》の適正値は高かったが、その発現は認められなかった。それが遂に発現した。今はそう予測するのが適当だろう。

 あの夢が、未来予知だとすれば、俺が明日、バイトでカリンと出会うことも、交番での虐殺も全て起こり得る未来。

 だとすると、極めてまずい自体だ。年配の警官は兎も角、堂島は《サーチャー》。ライセンスを有する彼女からすれば、一色至(いっしきいたる)を初めとするこの武帝高校の一般生徒など物の数に入らぬ雑魚にすぎまい。その彼女が、赤装束の男に、実にあっさり殺された。そんな奴に俺とカリンは狙われている。

 だとすると、どうすればいい? 俺は《サーチャー》どころか、一色至(いっしきいたる)にすら為すすべもなく敗北するほどの虚弱体質だ。今の俺の唯一ともいえる武器は、この《未来予知》の能力のみ。

 だとすれば、優先すべきは、自己の能力の分析だろう。

今日の模擬試験の形式と対戦相手は、来週の本試験と同じ。そして、『探索者』とは情報の収集や駆け引きも極めて重要な意義を持つ。故に、学校側も模擬試験での棄権行為を咎めはせず、むしろ推奨すらする傾向にある。

 とは言え、それあくまで《探索者》というプロ達の間での常識に過ぎない。素人の生徒間では、この手の棄権行為は大層受けが悪く、模擬試験で棄権はしないというのが暗黙の了解となっている。この当然の帰結として、この黙示の規律を破ったものは、以後ハブられたり、必要な情報を止められたり、嫌がらせを受ける危険性をはらむ。

 だから、普通の生徒は、仮に体調が最悪でも模擬試験に出席しようとする。そう。通常の生徒ならば――。


「俺は今回の模擬試験、棄権させてもらう」


 教官に近づくと、その旨だけを伝える。


「相良が棄権。他に棄権するものはいるか?」


 誰も手を上げない。代わりに、怒号、嘲笑や侮蔑の言葉は至る所から湧き上がる。


(けっ! 勝手に(さえず)ってろ!)


 どの道、今の俺に、一色至(いっしきいたる)を打ち破れるだけの力などない。なぶられて気絶し、数時間をロスするだけ。

 今は時間が惜しい。俺が選択を誤れば、あの交番の光景が現実のものとなる。それだけは俺は許容できない。今は、できる限り速やかにこの《未来予知》を把握すべきとき。成績に無関係なお飯事などやっている場合ではない。

 俺への否定の言葉が渦巻く喧騒の中、俺は第一闘技場を後にした。


                ◆

               ◆

               ◆

 

 修練専用の服から制服へ着替え、武帝高校の『中央図書館』へ直行する。もちろん、《未来予知》について調べるためだ。

 この『中央図書館』は、探索者養成学校の武帝高校らしく、最も巨大で、充実した施設となっている。 具体的には、一般生徒が閲覧可能な地上施設と、閲覧に資格制限がかかる地下施設からなる。

 地下施設の書庫に足を踏み入れることができるのは、《サーチャー》、《シーカー》のライセンスを有する者又は武帝高校が認めた生徒とされている。

 無論、俺が武帝高校に認められているはずもなく、閲覧できるのは、地上施設のみだが、それでも凄まじい数の書物があり、今回俺が知りたい情報を得るには十分だろう。

 受付カウンターで、《未来予知》についての書物の場所を尋ねると五階のB3と教えられる。エレベーターを待ちきれず、階段を駆け上がり、五階で本の探索を開始する。



 未来予知に関する本は、ホットな分野であることもあり、とんでもなく多かった。その中でも、基礎的事項の本を数冊引っ張り出し、窓際の一際大きな机で読み始める。



 暫く、本を読みふけっている俺の前に誰かが立つ気配が生じる。

 顔を上げると、膝近くまで伸びた長く艶やかな黒髪を白いリボンで結んでいる女性が俺を見下ろしていた。


「君、一年生の相良君でしょう? 《未来予知》、面白いもの読んでるね?」


 両手をくびれた腰に当て、垂れ気味の目で俺を見下ろすこの美しい女性については、学校の事情に疎い俺でも知っている。

 武帝高校二年、現生徒会会長――神楽木美夜子(かぐらぎみやこ)。魔術の一形態に分類される伝統ある《陰陽術師》の系譜であり、学内ランキング第五位の実力者。

 武帝高校は、探索者達の育成高校。各生徒は一般人とは比較にならない身体能力と、特異的な力である《スキル》や《魔術》を有しており、単なる喧嘩でも命に係わることは往々にしてある。ここで《サーチャー》である教官達が、生徒同士の諍いを諌めれば一番手っ取り早いが、それは次の理由からよしとされていはいない。

 武帝高校への生徒達の親は、トップレベルの《サーチャー》か、日本の政治経済を動かす要人が滅法多い。この事をもって、学校側は教官が積極的に生徒間の争いに介入することは、不正やいじめの温床に繋がりかねず、武帝高校の実力主義の原則を害する危険性があると説明している。

だが、もっともらしいご高説を捏ねて入るが、下手に生徒間のくだらないいざこざに介入し、痛くもない腹を探られるのを防止したいのが本音だと思われる。

 兎も角、生徒達自身の自浄作用を狙い、この武帝高校では生徒会と風紀委員を初めとする自治機関には非常識なほどの強権が与えられている。強権が与えられていても、それを実行できないのでは意味がない。故に、生徒会や風紀委員は武帝高校でも最精鋭で構成されることになる。

 その生徒会の中でも神楽木美夜子(かぐらぎみやこ)は天才と称されているのだ。俺のような落ちこぼれとはまさに対極に位置する存在といえよう。


「何か御用で?」


 朱里と一色至(いっしきいたる)も一年生で数少ない生徒会の人間だ。正直、風紀委員や生徒会には散々な目にあわされた記憶しかない。いつもなら直ぐにでも本を片付けて、この場を立ち去っているところだが、まだ調査は不足している。


「そう、警戒しないで。邪魔したなら謝るから」


 僅かな狼狽を顔に漂わせ、両手を眼前でブンブン振る神楽木。


「……」


 てっきり、複数人の机を占有していることにつき、小言でも言われるのかとも思っていたが、純粋な興味からのようだ。なら、放っておこう。お気楽女に構っている余裕は俺にはない。

 無言で読書を再開する俺に、神楽木は大きなため息を吐くと、俺の正面の席に腰を掛け、手に持つ本を読み始める。


                ◆

               ◆

               ◆

 

 それから、約二時間、本を読み漁った結果、《未来予知》の大体のメカニズムは理解できた。

 一つ目が、未来予知の能力は、全てスキルであり、魔術は存在しないこと。

 ここで、探索者協議会は、魔術とスキルを第一階梯から第七階梯まで分類している。無論、階位が上の魔術、スキルの方が、より強力で超常的な力を示す。

 具体的には――。

 第一階梯――戦術系一般。

 第二階梯――戦術中位。

 第三階梯――戦術系上位。

 第四階梯――戦略系一般。

 第五階梯――戦略級中位。

 第六階梯――戦略級上位。

 第七階梯――戦略系最上位。

 これ以上の魔術・スキルは、全て禁術・禁技として、発動に関し、協議会の統制化に置かれている。

 さらに、魔術については《魔術種》という総論的な大枠と《魔術格子》という各論的なものに分類される。これらは具体的に考えれば、よりわかりやすい。

 まず《黒魔術》が総論の《魔術種》、《黒魔術》第一階梯の【火球(ファイアーボール)】は、各論の《魔術格子》となる。

 対して、スキルにはこのような種別の概念は存在せず、あくまで《階梯》によってのみ分類される。

 この探索者協議会の分類法に従えば、未来予知は第六階梯のスキルということになる。

 

 二つ目は、未来予知には大きく分けて、短気未来予知と、長期未来予知の二つがあること。

 短気未来予知は、一般に予知可能時間は数秒と極端に短く、予知した未来を覆すのは極めて困難。一般にいう予知はこれを意味する。

 これに対し、長期未来予知は、数分から数時間単位で、数ある未来の内の一つのみを予知をできる。また、その未来は容易に変容し得る一方で、かなり漠然、断片的なものとなるのが通常である。これは予知というよりは、俗に言う『予言』の方が近いかもしれない。そして、この予知はレム睡眠時に起きるのが通常であり、『予知夢』とも呼ばれる。

 俺のこの現象は、教室での浅い眠りでリアルなイメージを獲得したものであり、長期未来予知に違いあるまい。まあ、漠然的でも断片的なものでもなかったのが相違点というところか……。

 

 掛け時計を見ると、一六時を指していた。予知夢の中では、俺が保健室で意識を取り戻したのは、一六時四五分。

 今、ケントとマリアが公園で遊んでいるはずだ。あの兄妹を放っておくのは危険すぎる。現にもう一歩遅かったら、挽肉になっていたところだ。屋敷まで送り届けるべきだろう。

 それに、赤装束の男の狙いがカリンにある可能性がる以上、あの兄妹達も同様に危険な状況にあると考えて差し支えない

 パタンと本を閉じて、席を立ちあがると、神楽木と目が合った。


「すごい集中力ね。この二時間まったく席を立たないんだもの」

「そりゃあ、どうも」


 心にもない世辞ならいらない。自分の身のほどはわきまえている。それに、ことはカリンの命に関わっているのだ。集中力があるのは寧ろ当然だ。

 本を一か所に重ねていると、神楽木から疑問の声が上がる。


「貴方、もしかして、《未来予知》の能力者?」


 心の内側に小さな波が立つ。


「はあ? そんなトンデモ能力があれば苦労しない。そもそも、どうしてそう思うんだ?」

「それだけ、熱心に《未来予知》の本を読みふけっていたら、誰でもそう思うよ」

 

 この返答に対する意外性はそこまで強くないない。俺が神楽木でも当然そう思うからだ。

 しかし、エリート集団の神楽木達生徒会の役員は廃棄クラスであるD組である俺の存在を過小評価しようとする傾向が強い。その生徒会の筆頭の神楽木が、悪目立ちしている俺に超レアな能力があるなど、その高いプライドが認めようとしないだろうとタカをくくっていたのも事実だ。

 少々面倒なことになったかもな。

 本の内容からすると、《未来予知》は世界でも十数人しかいないレア能力。文字通り、未来の事象を読めるのだ。世界への影響は半端ではない。使い方を誤れば、世界の富をその手中に収めることも可能だろう。故に、限りなく禁技に近い扱いを受け、その保有が明らかになった時点で《探索者協議会》の統制下に置かれる。特に、あの事件の生き残りである俺は、最悪実験動物として研究所送りなんてことにもなりかねない。慎重に言葉は選ぶべきだ。


「今日、立花ちゃんの授業で《未来予知》についての話題が出て来たから、単に気になって――」

「君、さっきとは一転、饒舌になってるよ」


 子供が悪戯に成功したかのように、にっこりと微笑む神楽木。


(ちっ! いきなり、失敗かよ!)


 この手の駆け引きは苦手だ。特に神楽木とはいささか分が悪い。

 だが、俺が不当に金銭で儲けたりしない限り、《未来予知》の能力を俺が持つことを証明できないのも事実。なら、過度な心配までは無用かもしれない。


「……」


 机の本を脇に抱えると、この場を離れるべく、足を踏み出す。


「今度、生徒会に遊びにきてね。待ってるから」


 この背後からの言葉に俺は、言いようもない不吉な予感を感じていた。



お読みいただきありがとうございます。

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