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第11話 志摩家への報告


日相谷(ひさがや)駅前》付近の公園では、予想通りケントとマリアがフリスビーで遊んでいた。

 俺が近づくと、ケントがマリアを庇うように自身の背後に隠す。この二年、会わないうちに、ケントの奴、すっかりお兄ちゃんになったようだ。


「久しぶりだな。ケント、マリア」


 二人は、一瞬、キョトンとして小首を傾げたが、


「「ユウお兄ちゃん!!」」


 直ぐに顔をパッと輝かせ、俺のお腹に勢いよく飛び込んでくる。

 二人の金色の髪をそっと撫でると、夢のときのように気持ちよさそうに目を細める。


「お前ら、お迎えは?」


 ケントとマリアは現在七歳であり、小学生のはず。この付近で二人が通う学校となると、《帝都大付属》だろう。いずれにせよ、過保護な志摩家が、こいつら兄妹の送り迎えをしないなんてこと自体があり得ない。

 案の定、見上げていた顔を再び俺のお腹に埋める。


(だろうなぁ……)


 二人を公園のベンチへ連れて行き、事情を聴く。


 凡そ俺の予想通りだった。ケント達の授業が終了し、校門前へ行くと、普段いるはずの世話役の姿がいない。十数分待っても来ないので、二人で帰ることにしたようだ。二人にとっては丁度良い冒険だったのだろうが、今頃、志摩家は大騒ぎになっていることだろう。

 しかも、《日相谷(ひさがや)駅前》への途中、公園を見つけて、おじさんに買ってもらったフリスビーで遊んで帰ろうと考えた。そこに俺が通りかかったというわけだ。

 

「頼むから、お前らだけで帰ろうとすんなよ……」

「……」


 二人とも俯くだけで、一言も答えない。脚をバタバタさせていることからも、反省など皆無だ。


(こいつら、絶対、味を占めたな)


 カリンやクリス姉が、幼い頃から習い事三昧だったことから考えるに、ケント達も分刻みのスケジュールが課せられていることだろう。そんな二人にとって、今日の冒険はスリルと興奮を味わうことのできた絶好の娯楽だったはず。少し、両親に説教されたくらいで、懲りるとも思えない。

 しかし、今回の件はケント達だけで済む問題ではない。おそらく、遅れ来た世話役にはかなり厳しいお咎めがある。ケント達の世話を外されることは勿論、下手をすれば首になるかもれない。

 そして、同時にこの件はケント達が行動に移さなければ厳重注意で済んでいたことでもある。


「いいか、よく聞け。今回、お前らの勝手な行動のせいで、送り迎えをしていた奴は大目玉だ」

「「え?」」


 綺麗に声をハモらせ、勢いよく顔を上げる二人。やはり、そこまで気がまわらなかったか。二人にとっては、一世一代の大冒険。無理もないが。


「お前の両親に、お前以上に滅茶苦茶怒られるし、同僚から非難もされる」


「で、でも、悪いの、僕らだし……」


 ケントが今にも消えそうな声で反論を口にする。悪い事だという自覚はあるか。なら、多分何とかなる。


「お前らが大人ならな。だが、お前らはガキだ。まだ、お前らだけで責任など取れやしない。お前らの身に何かあったら、責任は全てお前らの大切な奴らが背負うことになる」


「ミラノ、怒られちゃうの?」


 マリアが泣きそうな声で俺にしがみ付き、尋ねて来る。

 ミラノね。あのやたら気が強いメイドさんか。正直苦手だが、仕方ない。


「ああ、間違いなくな。最悪、ミラノと二度と会えなくなるかもしれない」


 これは嘘ではない。お人よしのおじさん達は兎も角、志摩本家はそう甘くはあるまい。例え長年使えたメイドだろうと、容赦なく切り捨てるほどには――。


「そんなのやだっ!!」

「だめなの!!」


 目尻に涙をためて俺を見上げて来る二人の児童。


「なら、もう二度と今日のような勝手な事をしないと誓え。そうすれば、俺が何とかしてやる」

 

 ケントとマリアの頭に掌を置き、力強い言葉で言い聞かせる。


「誓うよ!」

「誓うの!」

「わかった。いい子だ」


 遂に泣き出すカイト達の頭を撫でて落ち着かせ、スマホで志摩家へ電話をかけてもらう。

電話に出た半蔵さんに、事のあらましを説明する。

 今回の件でケント達に罪悪感等を生じさせたくないからミラノに対する処罰を止めるよう告げると、あっさり了承されるが、話を詳しく聞きたいからと、俺まで屋敷に同行するはめになった。

 内心を独白すれば、志摩家とはこれ以上お近づきになりたくはない。志摩本家のカリン達の叔父にあたる志摩時宗(しまときむね)から、これ以上志摩家に関われば、排除するとの宣告を受けているから。

 しかし、ここで断っても、今度は俺がケント達を誘拐しようとしたなどの因縁をつけられかねない。いわば、俺は奴らにとって目の周りをブンブン飛び回る蠅だ。鬱陶しいが、害があるとまでは言い難い。そんな存在だから、理由があればこれ幸いと排除される危険性がある。

 それに、赤装束の事をそれとなく伝えれば、心配性なカリンの両親のことだ。厳重な警護をつけることだろう。


                ◆

               ◆

               ◆


 志摩家の広大な屋敷へ到着し、絢爛豪華な応接間に通され、ケントとマリアと伴にソファーに座り待つこと一時間。ケント達の父親――志摩辰巳(しまたつみ)おじさんと母親の志摩ジェシカおばさんが相次いで部屋に入ってくると俺の正面の席につく。次いで眼鏡の赤髪おさげメイドのミラノと半蔵さんも姿を現し、恭しく一礼すると辰巳おじさん達の後ろに控える。


「ミラノが迎えに行くのが遅れたのは私達の都合によるもので、彼女に落ち度はない。ケントとマリアも反省しているようだし、今回は全て不問にするよ」


 志摩辰巳(しまたつみ)おじさんは、穏やかな笑みを浮かべ結論を口にする。ミラノは辰巳おじさん達に深く頭をさげた。


「よかったな。ケント、マリア」

「「うん!」」


 真っ白な歯をだして、眩しい笑みを浮かべるケントとマリア。


「それで、俺は何を説明すれば?」

「半蔵から事情のあらましは聞いている。その必要ないよ」

「は?」


 俺の口から、言葉にならない声が漏れる。当たり前だ。決着がついているなら、俺を呼ぶ意味もないはずだから。


「ごめん、ごめん、今日呼んだのは別件だ」


 さっと、俺から顔を背ける半蔵さんに、気まずそうに頬を掻くジェシカおばさん。どうやら、嵌められたらしい。

 猛烈に厄介ごとの匂いがする。志摩家は今の俺にとって鬼門に等しい。不用意に怒らせて、小雪が『府道総合病院』を追い出されるなんてことになるのだけは御免だ。志摩家の力なら、造作もないことだろうし、その意思が奴らにある。

 聞きたくなど微塵もないが……。


「御用件をお伺いします」


 自然に声からは温もりが消失していた。

 ケントが不安そうに俺を見上げつつもその袖を掴み、マリアが抱きついて来る。


「そう警戒しないで欲しい。君にも悪い話じゃない」

「そういわれましても……」


 警戒するな? それは無理な話だ。俺にはもう小雪しかいない。志摩家は、事と場合によってはその大切な小雪に危害を加える意思があると宣告してきた家だ。もちろん、辰巳おじさん達にその意思があるとは思っていない。だが、志摩本家の重鎮共はそうであるまい。これ以上、深入りしても百害あって一利なしだ。

 

「君は相良の忘れ形見だ。それは、相良が死んでも変わりはしない」

「はあ……」


 それはそうだろう。この人は一体何を言いたいんだ?


「だから、相良との取り決めは未だに有効だと思っている」

「取り決めですか?」


 嫌な予感がプンプンする。これは俺の勘だが、これ以上は踏み込まない方がいい。そんな予感がする。なのに、人の性だろうか、それとも怖いもの見たさからか、疑問が口から飛び出していた。


「嫌だなぁ、とぼけているのかい? ほら、君とクリスとの件だよ」

「クリス姉との件?」

「そう婚約の件さ」

「はあ?」


 今度こそ、自分でも驚くほど素っ頓狂な声を上げていた。


(クリス姉が俺と婚約? あの不良中年共、一言も聞いちゃいねぇぞ!)


「ほ、本当に相良から聞いてなかったのかい?」


 辰巳おじさんの声が裏返っていることからも、俺がこの事実につき既知だと思っていたようだ。


「微塵も」

「あのお気楽夫婦……」


 頭を抱える辰巳おじさんに、オロオロするジェシカおばさん。ケントとマリアは、事情が呑み込めないのか、キョトンとしていた。

 兎も角、なぜ、志摩本家の志摩時宗(しまときむね)が事件直後、一転して不自然なほど高圧的な態度に出たのかがわかった。確かに、それは志摩家に破滅をもたらす劇薬だ。時宗が今後場合によっては、小雪にまで危害を加える旨の発言をした事自体には、全く納得はいかないが、奴と志摩家の立場は理解できる。

 

「事情は把握しました。ですが、約束をした当事者の父はもういません。その契約はもう無効なはずです」

「クリスが好きじゃないのかい?」


 辰巳おじさんはもういつもの飄々とした姿に戻っている。立ち直りが早い人だ。

 辰巳おじさんの言葉に、ケントとマリアが『結婚、結婚』と口遊みながら、辺りを駆けまわる。


「好き嫌いの問題じゃないことは、俺以上に貴方達の方が十二分にわかっているはずですが?」

「やっぱり、君、時宗に何か言われたんだね?」

「……いえ、別に」


 気に入らない奴だが、今回だけは時宗の判断はこの上なく正当だ。何より、クリス姉の気持ちを無視して、俺と結婚など、辰巳おじさん達もどうかしている。あの美貌なら言い寄る男など履いて捨てるほどいるし、予知夢でのカリンの言葉が真実なら、クリス姉は目下婚約中のはずだ。俺はクリス姉の人生を台無しにするほど落ちてはいない。


「僕らも、当事者である君達の意思を無視する気はない。時間まだまだたっぷりあるし、再考してもらえれば嬉しい」


 もう、この話題に意味などない。早く本題に入ろう。


「……一つ、お耳に入れて欲しい事があります」


 一旦話を切り、半蔵さんに視線を向けると、軽く頷く。


「ケント坊ちゃん、マリアお嬢様、別室でお食事の準備ができております」

「え~、僕、ユウお兄ちゃんと一緒がいい」

「マリアも、マリアも!」


 兎のように飛び跳ねる、ケントとマリアの頭に掌を乗せる。


「ケント、マリア、また遊んでやるよ。だから今日は従いな」

「本当?」

「ああ、俺は嘘つかねぇよ。ちゃんと、よく噛んで食うんだぞ」

「「は~い」」


 半蔵さんが部屋を出て、新人のメイドらしき人を連れて戻る。メイドは、一礼するとケント達を連れて出て行く。

 ここからが勝負だ。昔から、半蔵さんの人間観察は尋常じゃない。嘘を言っても、直ぐに見破られる。だから、上手く偽らずに事実だけを告げなければならない。それに、この場に半蔵さんがいるのはある意味、チャンスでもあるのだ。嘘さえ言わなければ俺の言葉を信じてもらえるはずだから。


「俺は、近々、カリンの命が狙われるとの情報を得ました」


 仮にも自身の娘が襲われると告げたのだ。慌てふためくかと思っていたが、辰巳おじさんも、ジェシカおばさんもさほど動揺しているようには見えない。半蔵さんなど、眉をピクリとも動かさない。唯一、メイドのミラノだけが、大きく目を見開いていた。


「ふむ。その情報はどこで?」


 辰巳おじさんが顎に手を当てて、俺に至極当然の疑問を投げかける。


「情報を得た経緯は諸事情から、控えさせていただきます」

「ふ、ふざけているのか!?」


 ミラノが俺に詰め寄ろうとするが、半蔵さんに制される。


「俺は極めて真剣です。委細をお伝えできないのは、最近発現した俺の能力とも関係があります」

「そうか、能力か……」

「当主様、こんな話を信じるんですか!?」


 激高するミラノ。ミラノは俺達が幼い頃から、カリンに対してやたら過保護だった。そのカリンに危機が迫っている。それだけは受け入れがたいのかもしれない。


「まあね、彼はカリンの事に関し、嘘をつくような人間ではないよ。それに――」


 辰巳おじさんが背後に控える半蔵さんに振り返る。


「悠真様は嘘をついておりません」


 半蔵さんの断定の言葉に、ミラノはぐっと言葉を飲み込み、歯ぎしりをする。


「襲撃者は全身赤装束の大鎌を持つ男で、現役の《サーチャー》を圧倒できるほどの手練れです。素人の警備など何人いようと無意味かと」


 初めて半蔵さんの眉がピクリと動き、辰巳おじさん達も、今までの余裕は消失し、顔から血の気が引いていく。


「わかったよ。警護についてはこちらで考えよう」

「ありがとうございます。それと、カリンの奴、多分、明日無断で四奈川区(しながわく)にあるファミレス――《バーミリオン》でバイトをする予定になっているはずです。そして、そのバイトの帰りに襲われる可能性高い」

「あの、おバカ娘……」


 頬を引き攣らせると右手の掌で顔を覆う辰巳おじさん。ジェシカおばさんも、呆れ果てたように首をゆっくり左右に振る。

 辰巳おじさん達のこの様子から察するに、カリンが現在危機的状況にあることはわかってもらえた。

志摩家は、現代の貴族とも称される六壬真家(りくじんしんか)の一つ。政治的な力、財力共に比較にならない力を有する。今回の件で、カリンには高ランクの《サーチャー》の護衛がつく。なら、もう俺ごときが心配する必要もない。


「それでは、俺はこの辺で暇乞(いとまご)いさせていただきます」


 席を立ちあがり、辰巳おじさんに軽く一礼する。


「今日は、ケント達とカリンの件、本当にありがとう。親として感謝をさせて欲しい」


 感謝の筋合いはない。基本、俺は利己的だ。俺個人のために動いているに過ぎない。


「いえ、それでは」


 再度、軽く会釈し、部屋を出ようとすると、半蔵さんが扉を開けてくれた。

 

 玄関口前で、俺の送り迎えはいいから、カリンの警護の件について全力を尽くして欲しいと伝えると、今回はすんなり了承される。ただ、カリンの件で改めて聞きたいとの理由で、電話番号を尋ねられたので教えておく。

 


お読みいただきありがとうございます。

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