06. 聞いちゃった
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6
「お前ら、ほんまにバケモンか……」みつほと千草の協力によって、ようやく強固な拘束から解放された荒田守は、自分の身を案ずるよりも先に、開口一番そう叫んだ。
あぐらをかいて床に座り込む彼の傍には、拘束に使われたタオルとワイヤロープ。それらを切断するために使ったペンチやニッパが転がっている。道具は、デスクの引き出しから偶然見つけたものだ。
「助けてくれたレディに対して、バケモノ呼ばわりはないでしょおが」ひとしきり泣き喚いたみつほの顔は、全体が真っ赤に腫れ上がっていたものの、今では、いつもの勢いを取り戻している。しゃがみ込み、自分の顔をぐっと近づけて、手垢でベトベトに汚れた守のメガネを睨みつける。けれども、分厚いビン底レンズに隠れて、目玉はほとんど見えない。
「いやあ、すまんすまん。ふたりはほんまに命の恩人や」荒田は、目の前に迫ったみつほの顔に照れたようで、顔を退けた。「それに、ええもんも見せてもろたしな」
荒田はにやけた表情で、ふたりの女性隊員を交互に見やる。
「なによ、ええもんって」みつほは、怪訝そうな顔を向ける。
「お前らさっき、こいつらしばく時、思いっきり、かわええパンティ見えとったで」嬉しそうに鼻の下を伸ばし、満足そうに頷く研究員。「みつほは黄色で、千草は白地に赤い花柄模様やったわ、うん。いやあ、ほんまに久しぶりにええもん、ナマで見させてもろ……」
次の瞬間。
暗い部屋に響く、二発の鈍い僕打音。
ボサボサ頭を両手で抱えて、痛みに悶え苦しむ研究員。
「いってぇ……。なにすんねん! しかも千草まで殴ることないやんけ……、痛えマジで……。国宝級の頭、おかしなったらどないすんねん!」守は、顔を起こして、二人の女性を憎らしげに見上げた。
「ごめんなさい、つい……」苦笑しながら澄まし顔の千草は、愛らしく首を傾げた。
「守ちゃんが変なこと言うからいけないんでしょ、馬鹿! 千草も謝らなくていいし」
「は、はい……、すみません」
「まったく……、どいつもこいつも」みつほは大きくため息をついて、立ち上がった。
「ま、まぁそない怒るなや。科学者たるもの、いかなる状況でも、見逃したらあかんもんがあるんや」守は、懲りない様子でニヤニヤと薄笑いを浮かべた。
「ほんと、馬鹿じゃないの……。命がけで助けて損した」腕組みをしたみつほは、頭を抱えながらくだらない弁明を重ねる守に軽蔑の視線を向けた。「しばらく会わない間に、見た目以外もだらし無くなったのね」
「いや、ほんまにすまん……、ありがとお。この通りや」そう言うと荒田は、粛々とした動きで正座に直り、深々と頭を下げた。
「どの通りよ……」みつほは、目の前で、床に額をつけて土下座するるボサボサ髪の同級生が、世紀の大科学者の血を引いているとは到底思えなかったが、久しぶりに、生きた守の姿を見ることができて、少しは嬉しい気持ちもあるのに気づいた。
「でも、守さん、元気そうでよかったです」千草は膝をついて座り込み、守に微笑みかけた。
「いやあ、相変わらず千草は優しい。マジで天使や。ありがとおな」
「いえ……」千草は少し照れた表情で、救いを求めるようにみつほを見上げた。
みつほは呆れを通り越し、少しだけ眉毛をあげて肩をすくめた。少し気持ちがリセットできたような気がしたので、優しく問いかけることにした。「ところで守ちゃん、あなた、こんなところでなにやってたのよ」
「なにて、研究資料を探しに来とっただけや。そこの端末で資料どこにあるか思て検索しとったら、急に背後からこいつら出て来て、いきなりガツンやで」守は、自分の拳で頭を叩く仕草をしてみせる。「まさかこんなところに訳のわからん奴らが隠れとるなんて、想像もしとらんかったからなあ……。軍隊基地のくせして、警備甘すぎやでほんま、どうなっとんねん。それに、こいつら誰やねん」
そこまで言い終えた守は、床に倒れたままの男たちを一瞥するが、すぐに、目の前で絶句する二人の同級生に気がついた。
「な、なんや……、その驚いた顔は?」
「守さん、本当になにも知らないんですか?」千草は驚いた様子で守を見遣った。
「知らんって、なにがや?」ようやく立ち上がった守は、両手で白衣をパンパンと払って埃を落とす。
彼は、みつほや千草よりも背が低い。小学生の頃からほとんど身長が伸びていないのが、彼の悩みの種だったが、それには誰も触れないのが、彼ら同級生の間での暗黙のルールだった。
みつほはその様子を見て、深く大きなため息をつく。なにも知らない守に呆れたというのもあるが、なによりも、小汚い白衣を目の前で払われたことが不快だったのもある。「研究、研究って、部屋に籠り過ぎなのよ……」
「しゃあないやんけ、それがワイの任務なんやから」
みつほと千草は仕方なく、ここ数週間の間に起こったこと、見たことをすべて順を追って丁寧に伝えた。説明を聞けば聞くほど、彼の顔色がみるみるうちに変わっていく。
「お前ら、なんでそんな大事なこと、はよ教えてくれんかったんや!」守は、声を荒げて叫ぶように言った。
「なに言ってるのよ! 巧くんが何度も連絡してくれてたのに、電話に出ようともしなかったのは守ちゃんじゃない。しかも、どこにいるかだって全然分からなかったし。みんな心配してたのよ」みつほは即座に反論する。
「そ、そか……。そういうことやったんか……。それはワイが悪かった……、すまん」みつほの様子に驚いた守は、反省した様子で肩を落とし声を潜めた。「しかし、愛咲博士、ほんまに亡くなったんか」
守は、できることなら信じたくない、否定して欲しいと言いたげな顔で千草の目を見つめた。けれども、彼女は黙って首を縦に振るだけだった。
「そか……、ほんまにか……」荒田は大きくうなだれて、湿った声でつぶやいた。「なんで……、なんで立派な研究して、世の中に貢献しようっていう人らから先に、みんな逝ってしまうんや。そんなん、おかしいやんけ……」
その時、三人の背後で、何かがゆっくりと蠢いた。
しかし、彼らは話に夢中で一向に気がつく様子がない。
「ていうか、守ちゃん、愛咲博士のこと知ってるの?」みつほは眉をひそめて問いかける。
「当たり前やろ!」荒田は勢い良く顔を起こした。「学会の世界におって、愛咲博士を知らんやつなんて、おるわけないやろ。おったとしたら、そりゃただのもぐりや。しかもあの博士は、ワイのじいさんと……」
「おじいさんって、あの、大科学者って呼ばれていた荒田潤次郎さんのこと……?」
「せや。愛咲博士はじいさんとも仲ようしとって……」
次の瞬間、静かな空間に、不気味な叫び声が響き渡った。
「聞いちゃったあああ たね みいつけたあああ!」
ついさっきまで床の上で伸び上がっていた長身の男が、胸元から取り出した短銃を手にし、こちらに銃口を向けていた。男は、薄気味の悪い口端を大きく斜めに釣り上げて、ケタケタと不気味な笑い声をあげる。
(しまった……!)
向けられた銃口に対しての恐怖感。
それと同時に、守に説明した話をすべて聞かれたことへの喪失感。
みつほと千草は、ほぼ同時にそう感じた。
それと同時に、男の動きに反応しようと試みたが、遅かった。
トリガに力を掛ける、骨ばった人差し指。
室内に響き渡る二発の銃声。閃光。
薔薇の花弁のような鮮烈の赤が、飛沫を上げて辺りに激しく飛散した。
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