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02. 陰陽の狭間で

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2


 大鎚平太、神代達也、橘エミリの三人は、上空三千メートルの夕闇を飛んでいた。


 既に彼らは制服姿ではなく、出発前にニーナから支給されたNFI専用の戦闘服に身を包んでいる。


 全身の肌に吸い付くようにフィットしたボディスーツは、着たことのない特殊繊維で出来ていた。周囲の少ない光を多方向に反射し、ぬらぬらと輝く黒いカーボンのような質感が特徴的だった。多少、サイズが窮屈に感じたが、戦闘服なのだから仕方がない。見た目よりは着心地が良かったことが幸いだった。しかも、薄いのに暖かい。


 彼らが頭に装着しているのは、ヘアバンド形式の戦闘時用のヘッドマウントギアだった。額の位置には、スモークのかかった半透明のバイザモニタがセットされ、左耳部にはイヤモニタ用と思われるスピーカが埋め込まれている。そのスピーカからは、応答用の細いインカムマイクが伸びている。


 武器は、見慣れたハンドガンが一丁、サブマシンガン型の大きなレーザーガンが与えられた。腰に回した小型ポーチには、スタングレネードやスモークグレネード、手榴弾等が装備されている。その他にも、士官学校時代の訓練で使い慣れた装置が幾つか持たされた。


 ヘッドマウントギアとボディスーツは、使用経験がなかったが、ニーナからの取り扱いの説明は一切なかった。もちろん、これからの任務で使用することは間違いないだろうが……。


 時刻は十七時。


 彼らを乗せた軍事輸送ヘリ『UH-60ブラックホーク』は西日に照らされ、鉛色(なまりいろ)の大きな機体は、徐々に、(くす)んだ濃厚オレンジに変えられていく。


 新入隊員の三人は、ヘリの進行方向を向きながら、冷たく黒いベンチシートに横並びで腰掛けている。


 右手間近には雄大な地平線。


 左手遠方には、紫がかった水平線を望みながら、周囲の山のどの頂よりも高いところを飛んでいる。


 目的地は、筑紫から数百キロ以上離れた都会である。


 座席横の小さな窓から垣間見える光景はまさに圧巻のひと言で、この星が巨大な球体であるということを理解するには、十分過ぎるほどの大パノラマだった。


 東側の端に座るエミリは、窓の外に視線を送り、移りゆく景色をただじっと見つめていた。


 大きな二つの黒い瞳は、映画のスクリーンのように綺麗に澄んでいて、窓から差し込む景色を忠実に映し込んでいた。


 夕焼けに焦がされ膨張する西の山側と、次第に薄闇に冷やされ凝縮していくような東の海側のコントラストは、目を見張るほど美しい。見ているだけで、心が洗われるような気持ちになった。自然の雄大さ、美しさをここまで感じたのは初めてかもしれない、とエミリは心の中で呟いた。


 この地球上に存在するすべてのものは、いかなる時も変化をし、一定ということはない。常に移り変わっている。


 日が昇り、日が沈み、月が出て、月もまた必ず沈む。


 世界も、人も、社会も、環境も。


 常に同じ状態のものなど、存在し得ない。


 陰と陽。


 善と悪。


 プラスとマイナス。


 この星の理は、両極が常に表裏一体となって複雑に絡み合って、お互いを行き来し、浸透し、また離れ、浮かび、沈み、浸透し……、離れ……、くっつき……。


 無限の循環を延々と繰り返しながら、螺旋的な円運動を保って絶妙なバランスをとって動き、維持されている。


 ミクロの世界に目を向ければ、電子と陽子、中性子の関係のよう。


 否、もっとも正確に言うのならば、量子の世界。


 それら、人間の目には見えないミクロの仕組みが、太陽と月、地球というマクロな関係にも一貫して反映されていて、この緻密な世界のすべてを形作っている。


 その仕組みは、人間風情には絶対に変えることのできない法則。


 すべてに適合する、仕組み。


 宿命。


 絶対に変えられない。

(ならば……、どうしてあなたはここにいるの……?)エミリは、心の中で両膝を抱えて閉じこもっている黒い自分に自問した。けれども、彼女はもちろん答えてはくれない。そんなことはわかっていた。ただ、なんとなく、寂しそうに俯く、心の中の自分に声をかけてやりたかっただけだ。


 ヘリに乗車する直前から感じ始めていた背中の違和感を確かめるようにして胸を張り、エミリは、隣に座る平太に気づかれないよう大きく深呼吸した。


 高度三千メートルは、酸素こそ薄かったが、筑紫山の水源で飲んだ湧き水のように、冷たく澄んだ、不純要素が微塵も感じられない純粋な空気で満たされていた。呼吸をする度、背中の違和感が和らぐようで、心地よかった。


 ここは、宇宙に近い分、すべてが純粋だった。


 空が、宇宙が、こんなに澄んでいるなんて。


 こんなに美しくて、なにもない場所が、この世界中にあったなんて。


 知らなかった。


 ここが天国かもしれない。


 できることなら、もう地上には戻りたくない。


 彼女は、心からそう思い、強く願った。


 これから、本格的な濁りの中に身を投じる身にとって、この空間は、束の間の、そして、唯一の休息場所だ。


 エミリはゆっくりと息を吐き出し、目を閉じた。


 和らいだはずの背中の違和感は、少しずつ痛みに変わってきている気がした。



 機体中央部の乗員用座席は、墜落時の耐衝撃性を兼ね備えたものらしく、簡易式にしては頑丈な作りで、けれども、無骨な見た目よりは座り心地が良かった。


 狭い機内に充満するロータノイズ。プロペラが空気を切り裂く激しい音は、座席に座る面々の焦燥感を煽るかのように、ただ延々と続いていた。ヒータがつけられてはいるものの、機体の隙間から流れ込む外冷気は、肌を突き刺すように冷え切っていた。その冷たさは、自分たちの居場所が、どれだけ地上から離れているかを物語っているようだった。


 NFIとNARDSFが、軍部と警察組織からの緊急応援要請を受けたのは午後二時過ぎ。北部中央基地の爆破事件の約四十分後だった。あまりに急な展開のため、事態をしっかりと把握する暇さえ与えられなかったが、司令官のニーナからはたったひと言、



『総理官邸が占拠された』と説明を受けた。



 NARD本部が受けた情報によると、北部中央基地同様、すでに全国の至る所で大規模な爆破が連続して起きているという。つまり、事態は事故や事件のレベルをとうに超え、既に同時多発テロと認識されており、国防軍全体が鎮圧に動き出しているという。


 この国の中枢から始まった鮮烈な恐怖の波紋は、既に世界中に衝撃を与えるべく、広がりつつあった。


 達也は、基地内の爆破に巻き込まれた直後から、慌ただしい勢いに巻き込まれて現在に至る。彼の頭の中には、銃撃されて倒れた、一輝の死んだような青白い顔だけが何度もフラッシュバックを続けていた。今は、広げた両膝の上に肘を置き、うなだれるようにして、虚ろな目で足元を見つめ、ただじっと黙しているだけだった。


 銃撃された傷口から大量の血液を流し、徐々に青ざめていく一輝の顔。


(どうしてオイラ、あの時……)達也は、強く目を閉じ両手を握りしめた。


 あの時、廊下で彼を引き止めていれば、あんなことにはならなかった。


 そんな自責の念ばかりが頭の中を埋め尽くしていく。



「おい、神代」



 機体前方部の中央座席に構えた後醍醐蘭丸が、機内ノイズに負けないくらいの大きな声で叫ぶように言った。「大丈夫か?」


 呆然と床を見つめていた達也は、後醍醐の野太い声で目を覚ましゆっくりと顔を上げ、「はい、なんとか……」と力なく答えた。自分では笑ったつもりだが、多分、頰の筋肉が引きつっただけの、無様な顔だったろうと自覚した。


 後醍醐は、憔悴を隠しきれない達也の顔をしばらくの間見つめた後、唐突に言い放つ。


「辛いか」

 深い茶色をした彫りの深い目元は、相手の心の奥底を見抜くような、鋭い眼光をたたえている。


 達也は、後醍醐からの唐突な質問に対し、どう答えればいいか困った。


 辛い。


 でも、ここは軍隊。


 今、自分は、初めての任務に向かっている。


 そんな中で、弱音など吐けるわけがない。


「いえ……。オイラは大丈夫です」結局、的確な言葉をなにひとつ見出せなかった出せなかった達也は、首を軽く横に振って、後醍醐の問いかけを否定した。


 それでも後醍醐は表情を変えずに、真っ直ぐ、達也の顔を見つめ続けた。そして、太筆のような眉毛を軽く上げてから言葉を続けた。


「いいか。大鎚も、橘も、よく聞け」後醍醐の芯のある太い声は、周囲の雑音に負けることなく、機内に響き渡る。「無理はするな。辛ければ辛いと言え。泣きたければ泣け。笑いたければ笑え。それが人間として一番自然で、大事なことだ。俺の部隊、NARDSFは、それを許容する」


 三人は、暗い機内の闇に浮かび上がる、後醍醐の野生じみた大きな顔をじっと見つめた。



「神代、辛いか」後醍醐は、もう一度、低い声で聞いた。



 達也はしばらく返答に迷ったものの、声を詰まらせながらも応答した。

「辛い……、です」言い放つや否や、達也は、湧き上がった後悔の重さに耐えかねたように頭を下げてうな垂れた。


 仲間や上官に、涙だけは見られたくない。


 これから戦場に行くというのに、泣いている場合じゃない。


 何度も自分にそう言い聞かせた。


 けれども、後醍醐の温かい言葉に触れたことにって、ここまで必死に堰き止めていた感情の波が限界推移を超えてしまったのだろう。


(オイラは、友達さえも守れなかった……)歯をくいしばると同時に、数滴の涙の雫が、冷たい鉄の床に滴り落ちた。


 後醍醐は、音もなく涙する新人を見守りながら、穏やかな表情で淡々と言葉を紡ぐ。「神代、お前は本当によくやった。お前があの場にいなければ、今頃、光剣はこの世にいなかったかもしれない。だから、悔いることはない。やるだけのことはやったんだ。あとは、他の連中に任せればいい。あいつは、まだ死んだわけじゃない」


 中央棟爆破の直前、謎の男たちに銃で撃たれた一輝を抱え上げた達也は、逃亡した男連中のあとを追うようにして、食堂のガラス壁に飛び込み、建物の外部に脱出したのである。その勇気ある行動によって、一輝は、辛うじて一命を取り留めた。現在は、昏睡状態のまま、基地内の病棟で緊急手術を受けていると、報告が上がっていた。 


「仲間が撃たれたっていうのに、そいつのところには行ってやることさえできない。有事があれば、こうしてすぐに動かなければいけない。だがな、これが戦争だ。これが軍隊だ。これが、戦いの中に身を置くということの現実だ。だから、今は辛いかもしれんが、耐えろ」


 後醍醐にそう言われた達也は、少しずつ、自分の心の内側に火が灯るのを感じ始めていた。涙に濡れた顔をそのまま上げて、鬼の蘭丸を見つめる。


 後醍醐は、覚悟を決めた達也の表情に向かって満足そうに頷くと、真剣な目つきで再び口を開いた。


「お前らが学生だった頃、俺は色々なことを教えてきたつもりだ。だが、それは所詮、知識に過ぎん。頭で覚えるだけの知識や言葉は、戦場での生死を分ける一瞬には、なんの役にも立たない。お前たちはこれから、目の前に迫ることを即座に受け入れろ。無駄なこと、余計なことは一切考える必要はない。とにかく、行動することが最優先だ。やられる前にやれ。いいな」そう言い終えた後醍醐は、グローブのような両手で達也の肩を力強く掴み、揺さぶった。そして、勇気付けるように、わざとらしい笑みを浮かべた。


「ありがとうございます……」達也は、目前に迫った大きな顔面が、暗闇の中で少しだけゴリラに見えてしまい、吹き出しながら小声で礼を伝えた。


「それでいい。辛い時こそ、ありのままでいればいいんだ。なにも考えずに笑ってるほうが、お前らしいと、俺は思うぞ」後醍醐は、達也から視線を外し、遠くを見つめるように、曇った窓の外を見遣った。「まぁ、入隊初日にしては、少々過激すぎる一日だがな……」


 その表情は、なにか遠くの記憶に想いを馳せ、どこか懐かしんでいる。達也にはそう見えた。


 再び、機内に充満し始める大きなロータノイズ。


 人間は、夢中になっていればいるほど、煩雑な外部情報を忘却することができる。


 逆に言うと、一つに集中し過ぎる余り、周囲が盲目的に見えなくなるということでもあるのだが……。


 後醍醐は、勢力を取り戻したノイズを払いのけるように、カバのような大きな口から言葉を吐き出した。


「光剣のことなら心配するな。あいつは、もやしみたいに細くて、弱っちくて、どこか頼りがないが……」後醍醐は、自らの胸元を指し示すように、ゴリラのドラミングのように、大きな拳を強く打ち付けた。「あいつは、ハート(ここ)だけは強い。誰にも負けないという、ブレない芯みたいな負けん気がある。そういう奴は、銃で一発や二発撃たれたくらいじゃ死なないもんだぜ」


「ですよね……」達也はゆっくりと顔を上げ、瞳に期待をにじませた。「いっちゃん、死んだりしないですよね」


「あたりめえだろ」真剣な様子で話しに聞き入っていた平太が、賞賛するような表情で達也の顔を覗き込み、声を弾ませた。「マジで達也が駆けつけなかったら、あいつ、今頃死んでたかもしれないんだぜ。だからお前もすげえって。オレなら、ションベンちびってその場にへたり込んでたかもしれないんだからよ」


「はは、ヘイちゃん、ありがとね」達也は苦笑して肩をすくめた。「おかげで、元気が出てきたよ」


「大鎚くんの場合は、そのままひとりで爆破に巻き込まれてドカン。一発でさようならね」エミリは、窓の外を見つめたまま、ぼそっと一言つぶやいた。


「お前、それ、冗談にも程があるぞ……」エミリの方を向いて平太は顔をしかめた。


「そう? なら失礼」エミリは冷たい口調で言い放った。

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

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