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06. 父の手紙

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6


 時刻は十時を回った。


 少女が泣き止むのを待って、歩がお湯を沸かした。全員にお茶を注いでいく。その間、全員が考え込むように黙っていて、空間は静かだった。


 少女は、一輝の膝に座ったまま、湯飲みを両手で抱えて、ふーふーと息を吹きかけながら一口ずつお茶をすすっていく。目はまだ腫れたままだ。


「とにかく、分からないことが多すぎるな」歩は湯飲みを持ってカウンタに腰掛け、ため息まじりに言う。「そもそもなぜ、この愛咲博士っていう人は、俺たちに逃げろなんて言ったんだろうか……」


「あのおっさん、確かに逃げろって言ってたぞ」平太が、強い口調で言い放つ。


「なにかしらの危険を察知されていたのではないでしょうか」千草が歩に向かって発言した。


「危険……、って?」みつほが不安そうに聞く。


「分からないですけど、例えば、なにかすごい危険な研究をされていたとか……、軍事的な秘密を知っていたんじゃないかなって思ったんです。だから、その研究の成果を誰かに奪われないように、私たちにあれを……」千草は、テーブルに寂しげに置き去りにされたアタッシュケースに目をやった。


 三日前、海馬巧が拾い上げたアタッシュケースは、外側全体に深い傷がたくさんついている。でこぼこで泥だらけに汚れたその様子は、あの日の事故の凄惨さを如実に物語っているようだった。


「誰かって、例えば?」みつほがもう一度聞く。


「そうですねえ……、例えば、外国の軍隊とか、悪用するテロリストとか……」


「そう考えると、俺たちが山を降りた後に現場に向かった軍隊は、そのアタッシュケースを回収しに行ったっていう可能性もあるな」歩が言った。


「じゃあ国防軍は、愛咲博士があの飛行機に乗っているのを知っていたっていうこと?」一輝が聞く。


「いや、待てよ。そうすると、そもそも墜落を事前に知っていて準備していた……?」歩は、自分で言った言葉に驚いたように目を見開いた。


「まさか、そんな……」千草は両手を口の前で開き、目を丸くした。


「でも、河原にいた車が国防軍の車って決まった訳じゃないですよね」みつほが、少し笑いながら言う。まるで、自分の不安を和らげるような口調だった。


「マスコミの次は、国防軍まで悪者かよ。そんなこと有り得ねえって」平太が笑った。「でもよ、もしかしたらそのアタッシュケース、今頃、国防軍が血眼になって探してたりしてな」


「怖いこと言わないでよお」みつほが平太を横目で睨む。


「いずれにしても……」歩は、軽くため息を吐くように切り出した。「一輝と袴田さんの言うように、危険なものや、誰かに見られてはいけないものが入っている可能性も高いな」


 歩は、右手で顎をつまみながら考え事をするようなポーズで、全員の顔を見まわしながら、周囲の反応を待った。すると、達也が、紙風船のように気軽い笑みを浮かべて、あっけらかんと言い放った。


「あのさ、オイラ思ったんだけど、そんなに不安だったら、そのケース、今すぐこの場で開けちゃえばいいんじゃないの?」



 一瞬の沈黙。



 破天荒な達也の性格をよく知る一輝は、これから予測される彼の行動をけん制するために、最もらしい説明を加えた。「いや、でも、これさ……、実は、鍵が掛かってて開けられないんだよなあ」


「あ、そうなの? じゃあ開けちゃおうか」と、達也は口元を斜めにして笑った。


「どういうこと?」みつほが目を丸くして聞き返す。


「鍵が開けばいいんでしょ?」


「でも待てよ、万が一大爆発とかしたらどうするんだよ」平太は、あまりに馬鹿馬鹿しいことを真顔で言い放つ。


「大丈夫だって」達也は肩を竦めて笑った。「もしもそんなに危険なものなら、事故の時に爆発してるでしょ」


「ま……、まあ、そうか……」平太は渋々頷いた。


 達也は立ち上がると、バッグの中からなにかを取り出して、アタッシュケースの前に屈む。「それに、爆発物は機内になんか持ち込めないしい」


 達也の右手には、細長いクリップを伸ばしたような鉄の芯が摘まれていた。鍵穴に差し込み、カチャカチャと回し始めた。


「おい、達也、やめとけって」一輝が止めようとした時、鍵穴から小さな金属音が聞こえた。


「開いたよ」神代は得意げな表情で一輝に笑顔を見せる。


 一同は、唖然とした表情で、笑う達也を見つめた。


「お前、マジで泥棒みたいだな」


「えー、人聞き悪いこと言わないでよ平ちゃん」



 神代は、鍵を開けたその手で、ゆっくりと蓋を開いていく。その場にいる全員の視線は、達也の手元とケースに集中する。


 ほどなくして、蓋の境目からコンプレッサによって圧縮されていた空気の圧が変化する、小さな空気音が聞こえた。それと同時に、内部からは白い冷気が微かに漏れ出てくる。どうやらアタッシュケースは携帯型の冷凍ケースらしい。


「なんだ、これ」達也は拍子抜けした声を発して、目を丸くした。


 中には、クッション用の凸凹な黒いスポンジが敷き詰められており、丸くくり抜かれた穴が六個、二列に分かれて等間隔に並んでいる。穴には、直径五センチ程の透明なガラス製シャーレが埋められていた。


「冷凍ニンニクか?」平太が後ろからケースを覗き込みながら、真面目な顔で言う。


「それ、あんまり美味しくなさそうだね」達也は顔をしかめて苦笑いする。


「似てますけど、それ、球根じゃないんでしょうか」千草が興味深そうに言った。


 シャーレには、確かにそれぞれ植物のものと思わしき物体が入れられている。


 若い枝の切れ端、綿毛の付いた吹けば飛んで行ってしまいそうな程小さな種、泥の付いた球根など、すべて形が違うものである。


「名前は分からないけど、それ、全部植物の種ね」エミリが席に座ったまま、遠巻きに見ながら言う。「枝の切れ端は、恐らく挿し木用。一番小さな球根はフローラ系。綿毛付きはキク科植物のタネ」


「エミリ、詳しいね」一輝は、一瞬で植物の名前をすらすらと言う彼女に感心した。確かエミリは、趣味でガーデニングをやっていると聞いた事がある。もちろん本人から聞いた訳ではないが、だから詳しいのだろう。


「でも、普通のタネとは違うわ」エミリは顎を上げて呟いた。


「なにが違うの?」とみつほ。


「発光してる」


「え?」


「神代くん、電気消してみてくれ」歩が玄関側のドアの横にあるスイッチを指差して言う。


「はーい」達也が立ち上がってスイッチを切る。


 カウンターと厨房も含めた、部屋のすべての照明が消えた。外はまだまだ明るいが、エミリの言っていることを確認するには充分な暗さであった。


 シャーレに並べられたタネは、蛍光塗料を塗られたプラスティックのオモチャ部品のように、確かに薄ぼんやりとした青白い光を発していた。


「すげー」

「綺麗ですね」

「なんだよこれ」

「月夜見草みたいね」

 それぞれから感嘆と感激の声が上がる。


 全員が一通り、種の光を確認し終えたのを見計らって、達也が電気を付け直した。再び周囲は、裸電球の暖かい光で照らされる。


「そういえばよ、上の列の一番左に詰め込まれてるのはなんだ?」平太が指さしをしながら言う。


 ケース内の十二個ある穴の中に、ひとつだけシャーレがはめ込まれていない穴があった。


「このケースがそういう仕様で作られてるだけで、種はたまたま十一種類しかなかったんじゃないの?」一輝が答えた。


「じゃあよ、その穴に詰め込まれてるのはなんなんだ?」


「本当だ、これ、ハンカチだね」達也は、穴に押し込められている布を、親指と人差し指で軽く摘んで、引っ張り出した。


 それは、黒い花柄模様のハンカチだった。


 すると、達也に持ち上げられたハンカチの隙間からは、小さく畳まれた一枚の紙が落ちてきた。


「手紙……?」千草が首を傾げて言う。


 達也はそのまま黙って、紙をゆっくり広げていく。


「なにか書いてある。読むね」




  穂花

  君が無事に地上にたどり着き

  もしもこの手紙を読んでいるとしたら

  恐らくもう私はこの世にはいないだろう

  いつかこういう日が来ることは 覚悟していたつもりだ  

  だからこれでいい

  君と 君の住むこの世界に平和が訪れさえすればそれでいい

  その思いで、長い間、命を削って研究を重ねてきたつもりだ

  いいか穂花

  君も知っている通り、この種は危険なものだ

  恐らく、世界の構造を大きく変えてしまう程の力を持っているだろう

  だからこそこの種は決して彼らの手に渡るようなことがあってはならない

  私と約束した通り この種たちを守ってやって欲しい

  この種たちが根付く方法を探し当て

  いつの日か 命の花を咲かせて欲しい

  そして、この世の闇を照らすのだ

  私たちの積年の思い

  どうか繋いで欲しい

  穂花

  頼んだぞ

  君の辿り着く場所に

  光があることを

  願っている

  元気で 立派に

  ありがとう


  父より



 手紙は恐らく、墜落している飛行機の中で書き残したものだろう。気丈に振舞った文章だったが、きっと恐怖に震えた手で書いたに違いない。手紙に書かれた文字は、正確に読み取るのが困難なほど波打ち、乱れていた。


 声に出し、内容を読み終えた達也は、手紙を見つめたまま立ち尽くしている。


 皆、黙っている。


 千草は、表情を変えずに目に涙を浮かべていた。 


 一輝も、言葉が出なかった。


 逃げることさえできない空の上で死に直面した人たちは、一体どれだけの恐怖を感じただろう。


 どれほど無念だったろう。


 どれほどの思いが、あの火の中に消えていったのだろう。


 愛咲が死に際に見せた、一瞬の笑顔を思い出す。


 なぜ笑ったのだろう。


 分からない。


 確かに笑っていた。


 気が遠くなる。


 心拍が高まり、肺が締め付けられ、息が詰まる。


「お父さん……」一輝の膝に乗っていた少女が、突然呟いた。


 全員が驚き、少女を見る。


 少女は、テーブルの上に置かれたハンカチを両手で握りしめ、顔に当てている。


「このハンカチ、お父さんの匂いがする」彼女は一輝の方を見て、そう言った。


 大粒の涙を流しながら、くしゃくしゃの笑顔を見せた少女の顔は、


 まるで、夕立上がりの晴れ空に咲く、

 ひとしきり濡れそぼった、小さい向日葵(ひまわり)のようだった。

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

[ Copyright 2015 Koma Aoi. All rights reserved. Never reproduce or replicate without written permission. ]

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