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03. あさげの香り

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3


「わっはっは、そりゃ悪かった。すまんすまん」


 花宮神社の社務所兼食堂に、喜多川歩の笑い声が響く。紺色の作務衣を着て、頭には手ぬぐい。カウンタの奥で朝食の後片付けをしている。かなり機嫌が良さそうだ。


「笑い事じゃないよ、兄さん」一輝はそっぽを向きながら頬杖をつき、不満そう口を尖らせた。彼は、キッチンカウンタの一番奥、右端の席に座っている。


「わははじゃないですよお、歩さん!」みつほは、目玉を三角にして歩を睨みつける。


 今日の天気は晴天だった。


 広場を囲む竹やぶの合間からこぼれた穏やかな日の光が、食堂のガラス窓から斜めに差し込み、床やテーブルの上にこぼれ落ちている。まだ寒い日の多い筑紫だが、今日は暖かい一日になりそうな気配を感じる。


 社務所の食堂は数年前に改装されていた。木肌が露出していた古びた壁と天井は、今は漆喰(しっくい)で白く塗られていた。横長のスペース、その中央に並べられたテーブルは全部で四つ。それぞれに椅子が四つずつ配置されている。天然木製の質素なテーブルとイスは、滑らかで自然な光沢をたたえている。触らずとも、素材の良さ、手触りの良さを感じ取れるようだ。四つのテーブルを左右二つずつ分けるように、部屋の中央には、ウッドチップを使用するストーブが一台置かれている。今は、火はつけられていない。


 各テーブルの上には、天井から吊り下げられた裸電球がひとつずつ配置されていた。暖色の光が、テーブル周辺の空間を一つ一つ照らしている。食堂を巡るように作られた長押(なげし)には、シームレスの蛍光灯が埋め込まれていて、中からぼんやりと天井を照らし上げている。カウンタ側の天井にも、小さなダウンライトが四つ埋められ、淡いオレンジ色に輝いている。


 玄関寄りの壁際には、古びた食器棚がひとつ置かれていた。中には、使い込まれた木製の皿やお椀、ガラス製のグラスがいくつも入れられていた。


 この食堂は、料理が趣味の喜多川歩が自身がデザインと設計をし、作り上げたた自慢の空間。暖色に統一された空間は、居座る者の気持ちを和らげるように落ち着き払っている。ここにいると、ついつい時間が過ぎるのを忘れてしまう……。そんな、リラックスできる空間だった。


 たった今、キッチン奥の柱に掛けられた小さなアンティーク時計が、朝の八時二十分を指し示した。


 玄関側から数えて二つ目のテーブルには、みつほと千草が横並びでカウンタに向かって垂直に座り、その向かいでは、ブロンズヘアの女の子がストーブに背を向けて黙々と朝食を食べている。


「ごはん、おいしい?」みつほが、先ほどとは打って変わって優しげな口調で、少女の顔を覗き込む。


 朝食のメニュは、炊きたての白いご飯に焼き魚。味噌汁に納豆、野菜の漬物とお浸しという、典型的な和食だった。ほんわりとした鰹出汁(かつおだし)の旨味のある香りが、白い湯気に乗って周囲を漂う。


 一輝は、あまりの目覚めの悪さに食事を取る気分が起きなかったので、兄の誘いを断った。歩は、みつほと千草にも朝食を勧めていたが、二人とも自宅で食べてきた、と断っていた。三人とも、今は、歩から出されたほうじ茶を飲んでいる。


「うん、すごくおいしい」少女は箸を持つ手を止め、みつほの顔を見上げて微笑んだ。


「そっか、よかった」みつほも釣られて笑顔になる。「そのご飯、私たちの町で採れたお米なんだよ」


「お米、作れるの……」少女は、子犬のような仕草で首を傾げた。


「そうよ」みつほは、少女の無垢な瞳を真っ直ぐに見つめた。「私たちの国は、まだお米とか野菜とか、食べ物を作れる場所がたくさん残ってるの。すごいでしょ」


「うん……」少女は再び食事に目を落とし、黙々と食べ始める。

 裸だった少女は、千草が選んで買ってきたという服を着て、足を浮かせながら椅子に腰掛けていた。


 襟と胸元に白いレース生地のアクセントが入ったグレーのワンピースに、ワインレッドのタイツ。足元には、花形のコサージュがついた黒のエナメルシューズを履いていた。今から小学校の入学式にも参加できそうな服装である。


「しかし驚いたなあ……」歩は食器を洗いながら、切れ長の目を細めて嬉しそうに言った。「外人さんなのに言葉もちゃんと通じるし、箸を持つのも上手だ。しかも、納豆まで食べるなんてな」


「こっちの言葉、お上手ですよね」千草が、両手を合わせて少女に目をやった。


「それもそうだけど、三日間、何も着せずに裸で寝かせてたなんて酷い! まったく……」みつほは二人のずぼらな兄弟を交互に見て、鋭く言い放つ。「風邪でも引いたらどうするんですか、歩さん! あと、一輝も!」


「布団はいっぱいかけてたけどな」と、無表情で言い返す一輝。


「そういう問題じゃないでしょっ」みつほは、三角定規のように目を吊り上げる。


「すまんすまん。我が家に女の子なんて、居たことがないから、丁度いい服がなくてさ。どうしたものかと思って……」歩は、頭を掻きながら照れ臭そうに笑った。


「服ぐらい買ってあげてください」みつほは語気を緩める気は無さそうだ。


「そんな鬼みたいな顔して怒らなくたっていいだろ」一輝は呟く。


「誰が鬼よ」みつほは言われて、八重歯を剥き出しにして見せた。


「みつほさん、今日はいつになく激しいですねぇ」千草は首を横に向け、感心した様子で彼女を見つめた。


「千草もちょっとは怒ってよお、もう……」みつほは呆れ顔で顔をしかめ、頭を抱えてテーブルに肘をつく。


 朝食をきれいに食べ終えた少女は箸を箸置きに置いて、両手を合わせて目を閉じた。「ごちそうさまでした」魚も、骨を残して綺麗に食べ終わっている。


「こちらこそ、お粗末さまでした」歩は穏やかに声をかける。「お腹はいっぱいになったかい?」


 少女は、カウンタに立つ歩を向いて無言で頷いた。


「お行儀がいいですね」千草は微笑む。


 今日の千草は、肩まであるウェーブのかかったクセ毛を三つ編みでまとめたお下げ髪だった。白のシャツに紺色の長袖セーター、真っ赤なロングスカート。トレードマークのメガネはもちろん、ヘアゴムも赤色だった。


 一輝は、鼻から息を漏らすとそれとなく立ち上がり、少女の食べた食器を無言でカウンタに下げていく。


 その様子を見ていたみつほは、小言を言ったものの、どこの誰かも分からない謎の少女を当たり前のように介抱する二人の姿を見て、心の中がほんのりと温かくなるのを感じた。


(なんだかんだ、この二人、優しいんだよなあ……)


「まだなにか文句でも?」一輝は、みつほに凝視されていることに気づき、ふてくされ顏で聞いた。


「なんかいいなー、って思って」


「なにがだよ」


「……別にー。なんでもないですう」


 千草が、頬を膨らましたみつほの顔を見て、くすっと笑った。


 一輝は、「なんだよ……」と小声で呟き、今度は少女の横にしゃがみ込んで、右手を彼女の頭に乗せた。


「どう? 少しは元気出たか?」


「うん、イッキ、ありがとう」少女は真っ白な歯を見せ、満面の笑みで返事をした。


「礼なら兄貴と、食べ物を作ってくれてる人たちに言いなよ」一輝は軽く微笑むと立ち上がった。広場側のガラス戸まで歩き、ドアをスライドさせて外に出た。


「一輝、どこ行くんだ?」歩がカウンタ越しに声をかける。


「ちょっと散歩」一輝は振り返らずにそう言うと、後手に戸を閉め、境内の入り口に向かって歩いて行った。全員が一輝の後ろ姿を目で追っていく。


「私、ちょっと色々言い過ぎちゃったかな……」みつほは少しだけ心配そうな表情になり、歩を見た。


「いやあ、そんなことはないよ。きっと一輝のやつ、この子の姿を見て、昔の自分を思い出したんだろう」歩は、食器を洗う手元を見つめながら、つぶやくように言った。その表情は、どこか寂しげに見えた。


 みつほと千草は、歩の表情を見て思い出した。


 光剣一輝は、苗字から分かるように、喜多川歩と実の兄弟関係あるわけではない。花宮神社の宮司である喜多川弥之助の実の子供でもない。一輝は、十七年前に、この北部地方を襲った巨大地震によって起こった大津波で、この筑紫の町まで流されきた震災孤児なのである。


 当時、まだ五才にも満たなかった一輝は、水に囲まれた転覆船の下という、いつ窒息死してもおかしくない状況の中、実に十日間以上にも渡って閉じ込められていたという。その後、捜索隊に発見され、無事に救出されたが、当時の状況を知る者は皆、口々に「あの状況でよく生きていた」と、当時を振り返る。


 今まで、その実体験を、彼自身が自ら進んで口にすることは一切なかった。しかし、小学校からの同級生であるみつほはもちろん、中学生時代から付き合いのある千草も、その事実は知っていた。過去に歩から聞かされたことがあるのだ。


「俺も、一輝が我が家に来た頃を思い出すよ……」歩は、一回りも年の離れた弟の昔を思い出し、手を止めた。


 まるで、空間の時間が止まったようだった。


 こじんまりとした食堂には、蛇口から流れる水の音だけが響く。 


 みつほと千草は、物思いに耽る歩にどう声をかけていいか分からず、しばらく黙っていた。


 みつほは、ふとカウンタに目をやると、慎ましやかに置かれた小さな雫型のガラス花瓶に真っ白なスノードロップが一輪、生けられていることに気がついた。細長い淡緑の花茎の先に、羽を広げた昆虫を思わせる、けれども清らかな純白の花びらが、提灯のように頭をもたげている。雪どけの頃に咲くこの花は、筑紫に遅い春の訪れを感じさせる花のひとつでもある。


「そうだ、お腹もいっぱいになったところで、少しあなたに聞きたいことがあるの」みつほは、思い出したように話を切り出した。満面の笑顔である。


 千草と歩も、少女のことを見つめる。


 少女は少しばかり驚いた様子で目を見開き、みつほを見返した。淡いブロンズの髪が、外から差し込む光を受けて、柔らかな栗色に輝いている。


「あなた、お名前は?」


「……おなまえ?」


「どこの国から来たのかしら……」


 少女は視線をゆっくりとテーブルに落とした。


 しばらく、そのまま黙っていたが、への字に結んだ口をゆっくりと開いた。


「わからない……、あたし、なにも思い出せないの……」

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

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