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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

一章:かくして疫病神は灰を被る

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018 宴の席で


 幾多もの星が輝き始める頃、八雲はすでに村中央の広場に連れ出されていた。ラルカが寝てしまっているためリリカは家に残っている。
 今夜は八雲の歓迎会を開いてくれるのだ。内心期待に満ち溢れていた八雲は、しかしそれを表情に出さないようポーカーフェイスを貫く。

「八雲殿」
「……村長さん」

 老齢でありながら若々しさもある村長はみなに慕われているのだろう。今朝の挨拶に際しても村長の一言でみなが八雲という異質な存在の受け入れを了承してくれた。

「今日は目いっぱい楽しんでください。私たちは八雲殿、あなたを歓迎する」
「ありがとうございます」
「あそこに席を設けていますから。私はもう少しここにおりますのでお先にどうぞ」

 感謝を述べてから村長の指示に従って行くと、複数の席が設けられている。
 真ん中にある焚き火を囲って御座が敷かれているから、まるでキャンプファイアのようだ。

「ああ、八雲くん。君はこっち、僕の隣だよ」
「あ、すみません」
「僕はテグス。元冒険者だよ」
「服部八雲です。よろしくお願いします」

 挨拶してきたのは爽やかな好青年だ。くすんだ金髪に精悍な顔つき。ここにいない誰かを思わせる風貌は、八雲の胸に苦い想いを残す。

「あまり硬くならなくていいよ。どうせ僕らはさほど歳も変わらないからさ」
「そうですか……あ、そ、そうか」
「うん、それでいい。……つかめんどいから俺もこの口調やめるわ! よろしくな八雲!」
「お、おう……」

 テグスの急激な変化に戸惑った八雲は、とりあえず気になったことを尋ねることにした。

「テグスさんは、いや、テグスは元冒険者だったのか?」
「ああ、今言ったじゃねえか。俺は元冒険者だよ」
「この世界には冒険者もいるんだな……」
「まさか知らなかったのか?」

 テグスは驚いた顔で八雲を見つめる。だが冒険者なんて職業があるなどとは思ってもいなかった。
 どうにも恥ずかしくなった八雲は、俯きがちに首肯する。この世界では冒険者の存在は常識らしい。

「ま、仕方ねえか。むしろこっちの世界に詳しい方が怖えよ」

 テグスは白い歯を見せると、身振り手振りを交えて冒険者がどういったものなのかを説明してくれた。

 冒険者は職業の一つとして認定されている。と言っても会社に勤めるように、大本の組織の下で働くだとかそういったものではない。
 彼らは基本的に自由だ。どこかへ行って魔物を狩り、その素材や肉を売って生計を立てているのだ。
 冒険者といっても武に精通したものだけが冒険者なのではない。中には吟遊詩人や旅の商人と言った者たちもいて、彼らは彼らで冒険者と呼ばれるのである。

 冒険者を名乗るのは自由。その理由は生死も自己責任であるからだ。戸籍のないこの世界では彼らが死んだとしてもそれを知る方法もない。
 冒険者こそ自由。自由こそ冒険者。
 巷で謳われている文句だ。しかしこの文句が冒険者のすべてなのである。

「テグスがやめたのは好きな人ができたから、だったか?」
「おう!」

 テグスも元は冒険者の一人であり、たまたまこの近辺で怪我をして村で休養を取ることにしていたらしい。
 治療してくれたのは村長の娘で、テグスは彼女に恋をしたのだとか。

「諦められなかったね。だから俺は何度もアタックして、そのすえに落としたわけだ」
「執念だな」
「言い方に気ぃつけろ! 燃える恋心ってやつだよ」
「お前みたいなのが言うと気持ち悪いな……」
「結構失礼だなお前!?」

 叫ぶテグスを見て八雲は声に出して笑った。テグスは幼馴染に似ている気がしてどうも可笑しくなってしまう。

「くくっ……」
「…………」

 突然黙り込んだテグスを見てみると、彼は優しげな微笑を湛えていた。

「ど、どうかしたか……?」
「いや、不思議な奴だと思ってな。無表情のくせに笑うと一気に子供っぽくなるというか……不思議な奴だ」
「そんなことないと思うが?」
「でもお前、結構表情に出るタイプだろ。考えてることがすぐわかる」

 ううん、と八雲は首をひねる。表情に出しているつもりはないのだが、存外出してしまっているのかもしれない。
 思い返せば、幼馴染たちにはいつだって考えていることが読まれていた。

「意外とそうなのかもな」
「意外どころか見たまんまそうだよ!」
「言われたこともなかったんだが……」
「そりゃお前のことを気遣ってくれたのさ」

 テグスはそんなのもわからんのかと肩を竦める。なんだかイラついたので、八雲は無視を決め込むことにした。

「ったく……これからは俺がなんでも教えてやるよ」
「…………」
「なんでも訊いていいんだぜ? 筆の持ち方に足し算引き算のやり方に……」
「俺は小学生かっ!」

 思わずツッコんでしまったことに悔しさが募る。

「結局無視できなかったな?」
「なんで無視しようとしてたこと知ってるんだよ……」
「しかめっ面しすぎだぜ? その顔で一回無視されたら気づくに決まってんだろ」

 悪戯が成功したときのように笑うテグスは腕白小僧みたいだ。
 イラッとくるが、親しみやすいというかなんというか、とにかく面白い男である。

「まあいいじゃねえの。あんま気にしなくてもいいだろうさ」
「……そうかよ」
「いつまでも引っ張ったって仕方ねえぜ? ほら、もうそろそろ始まるから準備しとけ」
「準備?」
「そ、もう一回自己紹介させられると思うぜ」

 テグスは八雲の背を叩くと、その場にどかっと座り込んだ。
 八雲は内心げんなりしつつも隣で胡坐をかく。

 そういえば、テグスはわずかに顔が赤い。まさかとは思うが、おそらくはそういうことなのだろう。
 八雲としては嫌だとしか思えないのだが、人と付き合うとなればそういったことも大切だ。

 ──仕方ないか……。

 決心して、八雲はこの宴会とも言うべき歓迎会に臨むことにした。


    ×   ×   ×   ×


 宴会の始まりは正直地獄だった。村長の挨拶から始まったかと思えば、今度は八雲に番が回ってきて、テグスの言うとおり二度目の自己紹介と相成った。
 名前と年齢に付け加え、なぜか好きな女性のタイプまで訊かれて答える破目になってしまった。
 と言っても好きな女性などいたことないからまったくわからないので、とりあえず優しくて可愛らしい人、とだけ回答しておいた。

 その後はもちろんと言うべきか呑み会になっていた。八雲の前にもグラスが置かれ、注がれたのは村で造った蜂蜜酒。
 内心飲みたくない気持ちでいっぱいだったが、これが意外と美味しい。アルコール独特の苦みが消えていて、蜂蜜の甘みが上手く引き出されている。
 そんなものだからついつい八雲も手が動いてしまって、乗せられるがまま何杯も呑んでしまった。

 テグスなどはボトルごと飲み干していて、結局潰れてしまっている。それを介抱しているのは目がくらむほどの美女。
 名をセリカと言って、テグスの話にあった婚約者だ。
 腰ほどまで伸ばした紫紺の髪を編み込んで一本に纏めている。肌は滑らかな乳白色で、うっとりするほど肌理(きめ)が細かい。

「テグスは大丈夫ですか?」

 セリカに声を掛けつつ、八雲は自分の声が上ずっているのに気付いた。酒のせいか気分が高揚していて自然と顔が綻んでしまう。

「いつものことですもの、大丈夫よ。それより八雲くんはどう? 気持ち悪くない?」
「あー……少しだけ」
「あらあら……あんなに激しく呑むからよ? こっちへいらっしゃい」
「えっと……はい」

 逡巡したのち、八雲は手招きするセリカのそばへ。
 近づくとふわっと華やいだ香りがして、まだほろ酔い気分の八雲は大いに困った。

「ほら、ここに寝転がって」
「こ、こうですか?」
「ううん、それじゃ面倒だからここに、ね」
「うわっ!」

 セリカに引っ張られて視界が急転する。何度か瞬き(まばた)すると、そこにあったのは綺麗な微笑み。つまるところ、今の八雲はセリカに膝枕されていた。

「この方が楽なのよね。じゃあ、今治してあげるわ」
「……治す?」
「ええ、これでも回復魔法は得意なのよ?」

 微笑を崩さず、セリカは自慢げに胸を張った。そのせいで八雲も目のやり場がなくなってしまい、仕方なく瞑目した。
 この状態で目を開けているのは罪悪感があるのだ。

「我、汝の傷を癒さん。“精霊の恵み”」

 セリカの言葉とともに、胸の辺りに暖かな感覚が広がる。じわじわと広がる暖かさはやがて気持ち悪さを吸いとるように消していって、ついには酔いさえも醒めた。

「回復魔法ってこんな使い方もあるんですね……便利だ」
「そうでしょ? 基本的に回復魔法は万能なのよ」
「ならテグスも治してやればいいんじゃ……?」

 酔いつぶれたテグスは気分がすぐれないらしく、先ほどから転がりながら唸っている。回復魔法で治せるのなら治してやればいいのに、と思ったのだが、

「ん? 何か言った?」
「い、いえ……何も」

 八雲の考えはセリカの凄絶な笑みにかき消された。やはり美女が笑むと恐ろしいことが多い。麗華や愛華しかり、セリカしかりだ。

「さ、そろそろ戻ってね。他のひとたちと仲良くしてあげてちょうだい」

 八雲は若干頬を引き攣らせながら自分の席へと戻る。そのさなかに考えたのはセリカとテグスのことだ。
 もしかすると、この女性(ひと)は悪女というか計算高い女性なのではないだろうか。問うまでもなく絶対そうに違いない。
 案外テグスが落としたというよりテグスが落とされたのでは……なんて推測は八雲の考えすぎだろうか。

「お、主賓が戻ってきたぞ! しかもまだ飲めそうだ!」
「……お、お手柔らかに」

 ともあれ、今はこの状況を切り抜けねば。
 乾いた笑みを張りつけ、八雲はなみなみに注がれる酒を見つめるのだった。
 どうやら夜明けはまだ先らしい。
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