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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

一章:かくして疫病神は灰を被る

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017 幼き日の思い出

 夕暮れに焼けた空を背景に、八雲とラルカは帰路に着いていた。と言っても、ラルカは疲れきって眠ってしまい、現在は八雲の背中だ。
 幸いラルカが家の位置を教えてくれていたので、その指示に従って歩いていると、こじんまりとしたログハウスが見えてくる。
 ドアをノックすると、「はーい」と気の抜けた応答。

「おかえりラル──えぇっ!?」

 八雲の存在を視認するやいなや、リリカは大きな瞳をこれでもかと見開かせて驚く。

「わりとリアクションが激しいんだな」
「へ? あ、わたしったら……はしたない」
「そんなことはないさ」
「すみません……何もないですけど、どうぞなかに」
「……お邪魔します」

 勧められるがまま、家にお邪魔する。
 リリカは、若葉色をした生地に林檎の刺繍がついているエプロンを着用していた。柳眉にかかった前髪は、汗をかいたのか濡れている。

「疲れ切ったみたいなんだ。ベッドまで運ぶよ」
「あ、すみません……。あっちの部屋なんです」
「ありがとな。ついでに何か、身体を拭くものを持ってきてくれないか」

 ひとつリリカに頼んで八雲は教えてもらった部屋に入る。
 ラルカの部屋には一枚の絵があった。両親らしき人物と姉弟が描かれている。絵のなかにいる家族はみな笑顔で、八雲の胸を塞ぐにはこれ以上にないほどだった。

「ありがとうございます」
「……どういたしまして」
「助かりました……。あとはわたしが拭いておくので大丈夫ですよ」
「俺が拭いておくから大丈夫だぞ?」
「でも……」
「気を遣わなくていいって。俺はしばらくこの村で過ごすんだからさ、気兼ねせずにいこう」

 八雲がそう言うと、リリカは複雑な表情になる。困惑と感謝とが入り混じった表情だ。

「どうかしたか? その、俺がいると不安ってことなら出ていくが……」
「い、いえ! そういうことでは……その、非常に言いづらいんですけど……、」

 言い淀むリリカに八雲は疑問符を浮かべる。何かばつが悪そうな様子だ。
 不思議になった八雲が視線を送る。するとリリカは思い切った面差しになった。自然八雲の心持ちも真剣になる。

「じ、じつはラルカは女の子なんです!」

 顔を赤くしながら言い切ったリリカ。思わず八雲は、

「……え?」

 素っ頓狂な声をあげてしまった。

「あの子、自分のことを『俺』って言うし、男の子っぽい恰好してますけど……実はれっきとした女の子なんです! もし疑っているようなら証拠をお見せしますちょっと待っててくださいね今見せますから」

 と、リリカは混乱からか目を回し始めた。しかも、あろうことかラルカの服を脱がせようとしている。それは本末転倒なのではなかろうか。
 焦って、八雲はリリカを羽交い絞めにした。

「落ち着けよリリカ……」

 暴挙に走りそうなリリカを抑え、八雲はやんわりとなだめる。

「わたしすごく落ち着いてますし全然大丈夫ですよ」
「まったく落ち着いてないとしか思えないな」
「落ち着いてますっ」

 憤慨しているのになぜ落ち着いていると豪語するのかはわからないが、そこはおそらく精神もまだ子供だからだろう。なにせラルカの話によればリリカはまだ十五歳である。

「ラルカが女の子だってことは信じるよ」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だよ」
「よかった……」

 内心げんなりしながらも、八雲はそれを悟られぬよう笑顔を取り繕う。
 リリカは安堵した様子で八雲の隣に腰掛けた。ラルカはすっかり寝入っていて、寝顔はやはりあどけなく、どこからどう見てもただの女の子である。
 実際にはリリカに教えられるまで、ラルカは男の子だと思っていたのだが。

「それにしても、ラルカは元気だな」
「あはは、やっぱりですか? わたしも手を焼いてるんです」
「でもこっちまで楽しくなってくる。今日楽しかったのはラルカのおかげだよ」
「それはあの子に言ってあげてください。きっと喜びます」

 だといいな、と八雲は苦笑する。振り回されるのはあまり好きじゃないほうだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
 無邪気な子供を眺めていると心が安らぐというか和らぐというか、有り体に言ってしまえば癒されるのだ。そういう時間が好きで、昔は近所の子供とは結構遊んでやったりしていた。ただ、やはりと言うべきか子供たちの親は快く思っていないようだったが。

 昔の思い出に浸るとどうしても切ない気分になってしまう。
 八雲の肉親は今祖父と祖母しかいないが、家族同然の存在ならばあと四人ほどいる。彼らはこれからも互いに支え合い、周囲とは上手く折り合いをつけて生活していくのだろう。

 そのなかに自分がいないのを想像するのは辛いが、一方で嬉しくもある。八雲がいないことで周囲からは疎まれないだろうし、むしろ積極的に交流を広められるはずだ。

「今日はこれから歓迎会でしたっけ?」
「歓迎会という名の飲み会にしか思えないよ」

 ついさっき酒が飲めると騒いでいた男衆を見かけている。八雲はげんなりしつつも嬉しくなったものだ。

「明日の予定は?」
「もう決めてあるんだ」
「早いですね……」

 リリカは感嘆したのか溜息を漏らして八雲を見つめる。別に早くもないと思うのだが。
 明日は騎士団の常駐所に行ってギリアンという老騎士に指南役となってくれないか交渉するつもりである。もしかしたらこれから始まると言う宴の席で話をする機会もあるかもしれない。
 宴はいわば八雲の歓迎会であるらしいのだが、リリカは参加しない。こちらでは酒を飲むのに年齢制限もないし、なんなら成人年齢が十五歳であるからギリギリ成人してはいるのだが、リリカ自ら辞退したようだ。妹想いのいい姉である。

 さて行こうかと思ったところで、つい先刻村長との会話を思い出す。

「悪いんだが……ここで厄介になってもいいか?」
「……? もちろんですよ? もう村の一員じゃないですか」
「いや、その……だな。この家に滞在してもいいのか、ってことだ」
「…………」

 リリカは言葉の意味を取るのに黙考して、二、三拍置いた後、

「えぇえええええええっ!? どうしてっ!?」
「ら、ラルカがぐずってな……最初は村長さんの家に泊まることになってたんだが」

 村長との会話中に割り込んできて泊まってと駄々をこねたラルカの姿は記憶に新しい。
 まだ若い姉妹の家に男が泊まるのはいかがなものかと思ったのだが、村長は村長で良い提案だねと手を打っていた。そこからは八雲の抗議むなしく話が進んでいったというわけだ。むろん八雲は最後まで反対していたのだが、まだ幼い子供に涙ながらに訴えられてはどうしようもない。

「その……空いてる部屋があれば借りたいんだが、というか、リリカが嫌だったら別にかまわないんだ! そのときは村長さんの家に泊めてもらうことになってる」

 身振り手振りをいれながら説明する。というのも、リリカが訝し気な眼差しを向けてくるものだから、つい八雲も焦ってしまった。
 まったく下心がない、と言えば嘘になりかねないのだが、八雲にはそんな気は毛頭ない。

「……ふふっ」
「……え?」
「あはははっ! 八雲さんでも焦ったりするんですね? なんだか怖いイメージだったから、ふふっ……おかしいっ」
「…………」
「あ、うちには空き部屋もあるのでどうぞ泊まってください」
「…………」

 別に怖くないのに、と八雲は眉をひそめてふてくされた。
 怖いと思われるほど自分は(いか)めしい顔をしているだろうか。しかし思い返せば小学校高学年あたりからは幼馴染にもたまに怖いと言われていた。

 ──こんなんじゃダメだ。

 今は一人で頑張らねばならないというのに、思い返せばすぐに幼馴染だ。これまでの人生でどれだけ幼馴染に依存、もとい心の支えにしていたかよくわかる。
 だがどうしても思い出してしまうのだ。

 再び、八雲は絵を眺めた。ラルカが描いたであろう一枚の絵にいるのは、笑顔の家族四人。絵の中の父と母、姉と妹は手をつないで会心の笑みを見せていた。

「昔は俺もこんな絵を描いたっけな」
「へぇ……意外ですね」

 リリカが目を丸くする。子供時代に家族の絵を描くなんてよくあることだからそう珍しいものではないと思うのだが……、もしかすると八雲が描いていたこと自体が驚きなのかもしれない。

「家族の絵くらい誰だって描くさ」
「そうですね……わたしも描いてました」

 八雲は横目にリリカを見やって、それから彼女の表情を見て茫然となった。
 彼女は懐かしさに目を細めるでもなく、楽しそうに唇をほころばせるでもない。

 目を伏せていた。まるで見たくないものを見たかのようだった。

「…………」
「…………」

 胸が詰まってかけようとした言葉も出なくなる。けれど出さなければ苦しいままで、それがいつまでも続くのはもどかしい。

「なあ」
「……どうしました?」

 間をおいてリリカが返す。寝息を立てるラルカをなでながら、リリカは八雲に向き直った。顔には笑みが貼り付けられていて、八雲の目にはそれがどこか空虚なものに映った。
 彼女の表情を見ると、尋ねようと開いた唇がまた閉じようとする。八雲は数度唇をわななかせて、

「親御さんはいないのか?」
「……っ」

 やはり訊かれたくなかったのか、リリカは華奢な身体をびくりと震わせた。

 不安定だ。強がろうとしていて、しかし強がりきれずにボロが出る。
 昔鏡で見た自分の姿を思い出しながら、八雲はリリカの瞳の奥にある感情を悟った。

「……悪い」
「……いえ、気にしないでください。いつかは話すことですから」

 微笑して、リリカはゆっくりと語りだした。
 三年前、村を盗賊が襲ったということ。リリカはラルカとともに隠れていたということ。姉妹を護るために両親は家に押し入った盗賊と戦い、死んだということ。それからすぐ、駆けつけた騎士団員が盗賊を殺して二人を保護したということ。

 そして、今でも騎士団を憎んでいるということ。

 八雲はそれを静かに聴いた。相槌をうつこともせず、少女によって淡々と語られる、苦しい記憶を聴いていた。語り終えると、少女はまだ幼さの残る、しかし儚げな笑顔で言ったのだった。

「騎士団の方々を憎むのはお門違いだってわかってるんですけどね……」

 八雲は、妹の額に当てられた手が微かに震えているのを見た。憎悪に駆られているのか、はたまた悲しみに暮れているのかは露知らず、だがわずかに震えているのをしかと見た。

「それでも、あと少しだけ……っ、あと少しだけ早ければ……っ」

 語尾は次第に弱まって、虚空に消えていく。
 外にはぼんやりとしたうす明かりがあって、かまびすしい騒ぎ声は内と外の狭間にある溝を想起させた。

 八雲は何も言わずリリカの背をさすった。かすかに伝わる少女の温もりと震えが、そこにある命を感じさせる。

 まるで──

 あの日の情景が浮かび上がる。

 外から柔らかなそよかぜが迷い込んできた。
 生(ぬる)い微風は、部屋を温めることも冷やすこともない。

 ベッドに眠るラルカは穏やかな寝息を立てる。顔を覆うリリカの姿はひどく脆い。
 絵の中の家族は、満面の笑みで手を繋いでいる。その笑顔は、まるで絵の中にだけしか存在しないかのようだ。

 記憶の断片に触れながら、八雲は少年の幼き日を想っていた。
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