T1-8
午後七時半。俺たちは再びボス前の扉までやってきていた。あれから俺はつらつらとあのボスを倒す方法を考えていたのだが、どうしても思いつかず暗澹とした気持ちに苛まれていた。しかし、エリのほうはそうではないらしい。
「ガルドさん。わたし、思いつきましたよ!」
顔に「わくわく」と書かれているかのような笑みを前にして、俺は本当にいい作戦なのかなあと捻くれた考えをもったが、まあ自分が作戦を思いつかなかったのだから素直に聞くことにする。
「ボスが最後に使ってくる解放必殺技への対策を、バフじゃなくて、〈リフレクション〉にしましょう!」
〈リフレクション〉とは中級の防御魔法で、上級魔法までならどの方向から来ても跳ね返すことができる。しかし、俺にはそれがいい案だとは思えなかった。
「やつの解放必殺技は魔法を瞬間発動させるやつだぞ? それに併せてこっちも〈リフレクション〉を唱えたんじゃ、間に合わないと思うが……」
通常、魔法を唱えた場合はそれ専用のエフェクトが武器から発生し、そこから一秒弱くらいのタイムラグがあってから魔法を発動することが可能となる。この長さは魔法によって異なり、一般に上級魔法が長く、下級魔法や補助魔法は短い。また、武器によってその時間が短縮されたり長くなったりする。スフィアーツのカテゴリに「杖」や「魔剣」がある理由がそれだ。〈リフレクション〉はタイムラグが短い方だが、相手が瞬間発動の特殊効果を使ってくるなら焼け石に水だ。
しかしエリは、その質問を見越していたかのようににっこりと笑った。
「はい、ですからこちらも解放必殺技を使うんです。確かガルドさんは、〈アゾット剣〉を持っていましたよね?」
「そうか、なるほどな……」
確かに、俺の持っている〈アゾット剣〉というスフィアーツは解放必殺技として魔法瞬間発動の能力を持っている。だが、俺はその能力を防御用に使ったことは一度もなかったため、そのような発想には至らなかったのだ。
「それなら、やつの解放必殺技に合わせてやれば十分防御できるな。だが、〈スペルブースト〉とか〈魔法反射強化〉を入れる余裕はないから、〈ディスペル〉は防御できそうにないな……」
「はい、ですからガルドさんはボスのHPがまだ残っているうちに弱体化魔法をすべて使わせて、封じておくんです。そこで〈ディスペル〉を二、三発使われるでしょうけど、HP七割までは安全に戦えるはずです。以降はできるだけ魔法を避けながら戦って、ボスが瀕死状態になって解放必殺技を使ったら〈リフレクション〉で防御しましょう。あとは……」
「魔法をできるだけ撃たせないように特攻あるのみ、か」
俺が後を引き継ぐと、エリはこくりと頷いた。最初に〈ディスペル〉を三回使われたら、ボスが瀕死状態になるころにはすべてのバフが解除されてしまうだろう。その状態で限界突破した威力の上級魔法を食らったら、まず助からない。そのような威力の魔法が存在するからこそ、特定属性の攻撃を完全に無効化するバフがあるのだから。
「わかった、その作戦でいこう。二十四時までまだ四時間はあるし、なんとかなるだろ」
「はい!」
勝利の確証はなかったが、戦闘回数を重ね、頭を絞って考えた作戦だ。あとは俺がベストを尽くすしかない。
俺は再度スフィアーツとアビリティを構成しなおし、八つの呪い(デバフ)を吸い込んだ〈ダインフレス〉を手に、扉をくぐった。
相手の魔法を食らってもいい、その条件下での戦闘は先ほどよりもかなり難度の低いものだった。わざと弱体化魔法を誘発させ、その隙に切り込んでいけばほぼ確実にダメージを与えられるのだ。だが、それが永遠に続くわけではない。HPが七割を切ると積極的に上級魔法を使ってくるし、〈ディスペル〉もあまり使わせすぎるとボスが瀕死になる前にバフが切れ、魔法ダメージを負ってしまう。二十回近くに及んだ戦いの中で、ボスが瀕死になる前にこちらのHPが尽きたこともあった。
そしてなにより、瀕死状態のボスの魔法はあまりにも危険だ。上級魔法なら食らったら即死だし、たまに使ってくる初級魔法も直撃すればHPの半分近くが吹き飛ぶ。苦労して削ったボスのHPの前に倒れる悔しさを、俺は何度も味わった。
そして何度目か覚えていない戦闘で、俺はついにバフを六つ以上残した状態でボスを瀕死にすることに成功した。
青い刃の剣精が、その本体を輝かせ、必殺技を放たんとする。俺もそれに合わせ、叫んだ。
「〈解放〉!」
同時に、右手に握っていた〈エペタム〉ではなく、何も持っていない左手に意識を向ける。その瞬間、俺の左手には柄に大きな球体のついた、短めの直剣が現れる。そして、その〈アゾット剣〉はすでに赤い魔の光を放っていた。
直後、俺の体を〈ディスペル〉の光が包み込むと同時に、六つの氷の槍が飛んできた。氷属性初級魔法〈アイスホーン〉だ。一瞬遅れ、俺を透明なガラス球のような障壁が覆い、氷の槍を跳ね返した。
「よしッ!」
再度叫び、右手の〈エペタム〉でスキルを発動。〈チャージ&トリプルクラップ〉で強引に突進する。回避を捨てた突進であったためにカウンターを貰うが、無視して攻撃を続ける。ここでは〈エペタム〉の能力をフルに活用すべきだ。〈アゾット剣〉はすでに解放してしまったため、消えてしまっている。
俺は続けてスキルを発動、〈テトラピアース〉の淡い緑を纏った四連突きを叩き込む。その動きに剣精はついていけず、しかし防御する代わりに横薙ぎに剣を振るってきた。直撃し、HPを減らすが退かずに攻撃。相手のHPを削ることでこちらのHPを回復する。ごり押しだろうがなんだろうが、これが〈エペタム〉の戦い方だ。今度はスキルを使わず、がむしゃらに刃をふるっていく。
これまでの戦いで、この剣精の本体『因果剣ファルスクエア』はあくまで魔法剣であって、物理主体の武器でなないことがわかっていた。攻撃力も筋力補正も特化しているとは言えず、ただHPが減少したときの魔力上昇が狂っている、そういった性能なのだ。だから正面から打ち合えば筋力で押し返せるし、刀という軽い武器の斬撃の速度に対応しきれない。ボスの優秀なAIは確かにやっかいではあるが、能力差で圧倒できるような戦い方なら問題ない。それに、俺は四十回以上もこいつと戦っているのだ。剣技の癖など嫌というほど見ている。
ここにきて、ボスのHPは残りニ割近くになっていた。俺は攻撃の手を緩めず、二連重刺突〈ルナストライク〉を発動。
だが、俺はここで焦っていたと言わざるを得ない。剣精のAIの性質を考えるなら、大技ではなくすばやい攻撃をしかけるスキルを使うべきだったのだ。
青い剣精は大技の宿命である大振りな攻撃を、刃を絡ませていなし、続く二撃目をバックステップでかわした。大技を回避された俺は、そこで自分の不覚を悟る。
〈ファルスクエア〉のほの暗い色とは明らかに違う、蒼いエフェクト。そして力を解き放つように両手研が前へと振るわれる。
水属性上級魔法〈ペインスコール〉。直後、槍がごとき水の濁流が、広範囲に降り注ぐ。上級魔法の中では威力こそ劣るが、効果範囲がもっとも広いものだ。
だが、俺はそこで魔法を恐れる必要がないことに思い至る。これまでなら上級魔法を食らっただけで即死だったが、まだ俺には三つのバフが残されており、その中にはそれぞれ四属性の魔法ダメージを無効化するものが二種類あるのだ。今の俺には、どの属性の魔法でもダメージを与えることができない。
が、唐突に俺のHP横に表示されたアイコンに、俺は息を呑む。毒のアイコン。状態異常を無効化する〈ダインフレス〉や単体属性魔法完全無効化のバフを使っていたために忘れていたが、四属性魔法ダメージ無効化魔法〈レジスト・エレメンタル〉と〈レジスト・アトミック〉の効果はあくまで魔法ダメージの無効化であって、状態異常までは防げないのだ。「毒」の状態異常は水属性魔法の追加効果であり、魔法特化型のプレイヤーに水属性が人気な理由がそれだ。
限界突破している魔力によって発生させられた毒は、恐ろしい速度で俺のHPを奪っていく。だが、俺にはこれを回復している暇はない。やつの刃は俺が回復アイテムを使うのを許さないだろう。しかし、回復しなければ俺のHPが尽きてしまう。
俺は苦し紛れに背中に浮いたままだった〈クラウ・ソラス〉を〈解放〉する。すると〈クラウ・ソラス〉はひとりでに動きだし、剣精へと飛んでいった。こいつの解放必殺技は、自立飛行して相手に襲いかかるものだ。構図としては一対一がニ対一になるので強力ではあるが、そのぶん持続時間は十秒のみだ。
その瞬間、俺の四方八方から雷と風の矢が飛んでくる。いきなりのことに対応が遅れ、まともにくらう。今のは雷属性初級魔法〈サンダーアロー〉と〈ウィンドカッター〉で、四方八方から飛んできたということは剣精が解放必殺技を使ったのだろうが、発動の瞬間が見えなかった。
と、剣精のほうを見やるとその剣はほの暗い光をまとっており、それが徐々に薄れるエフェクトが確認できた。
「あいつ……こっちの解放と合わせやがった」
こっちがが解放必殺技を使った瞬間にあいつも解放必殺技を使ったのだ。こちらの油断によるものだが、解放のエフェクトに注意が逸れて相手の解放に気が付かなかった。相手は〈ディスペル〉を使ってこなかったらしく〈レジスト・アトミック〉の効果でダメージはないものの、HPバーの横には「麻痺」と「沈黙」のアイコンが追加されている。先ほどと同様の理由、〈サンダーアロー〉と〈ウィンドカッター〉の追加効果だ。移動にはそこまで支障はないが、筋力値が大幅に減少してしまっている。
今の俺はHPがものすごい勢いで減少している上、満足に剣を振るうこともできないし魔法も使えない。そして、回復する手段もない。まさに、「摘んだ」状態だ。
だが、諦められるか! 報酬のこともあるが、俺はいつしかその期限が過ぎようともこの剣精を倒そうと決意していた。もう四十回近くもこいつの前に倒れているのだ。一度は勝利し、その力を自らの手に納めなければ、この世界に生きる〈英霊〉としてのプライドが許さない。
俺が今抱く目的は一つ。
「おまえを倒すッ!」
叫び、俺はいつも共に戦ってきた愛剣を呼び出す。瞬間、二つあった状態異常は消え去り、代わりに「呪い」の状態異常が課される。「鈍足」や「目眩み」だったら終わっていたが、俺の愛剣は俺の意志に答えてくれたようだ。そして、早く倒せと言っているらしい、MPが継続的に減少する「呪い」が禍々しくも頼もしく思えた。もうすでに〈ダインフレス〉の起動でMPは底をついているのだが。
俺が新たな武器を抜き、また状態異常以外でダメージを負っていないことを見た青い剣精は、猛烈なダッシュとともに打ちかかってきた。先ほどまでかかっていた毒状態のせいでHPは半分近くまで減ってしまっていて、まともに受けたら敗北してしまうだろう。
だが、俺は退かない。それぞれの手に〈エペタム〉と〈ダインフレス〉を持ち、剣精を待ち受け、
「〈解放〉……!」
そのどちらにも強い光を発するように意志を表す。直後、二つの呪いの剣は刺すような紅い光を発した。
中級乱舞〈ブルータルダンス〉。普通のスキルと違い、乱舞とカテゴリされるスキルはスフィアーツの解放と同時に発動することができる。こうすることで、一撃の威力は素の解放必殺技よりも劣るが、筋力や機動力パラメーターを越えた超高速の連続攻撃を行うことができるのだ。無論、リスクは高く、解放した武器は手元から消えるし、そもそも乱舞系スキルは一度使ってから次に使えるようになるまでの時間、「クールタイム」が通常スキルよりも理不尽なほど長い。それを二刀流でやっているのだから、この技が終わったとき、俺はすべての戦力を失うことになる。解放した〈クラウ・ソラス〉も後ろからボスを狙うが、こちらも制限時間つきだ。
だが、これでやつを倒せれば……!
システムアシストにより、本来アバターが出すことのできる限界を越えた速度で斬撃が行われる。無意識のうちに、俺は二刀流版〈ブルータルダンス〉の十連続攻撃の一発一発を数えていた。
――三、四、五……。
一撃がヒットする度、青い剣精がのけぞり、HPバーが減少していく。だが、続く六発目を防がれ……、
――七、八、九……!
だが、かまわずシステムアシストに乗り、竜巻のように体を捻りながら左手の〈ダインフレス〉を突き出す。
――十!
最後の一撃が剣精の胸を貫き、HPを残らず食い散らす。すべての生命力を失った青い剣精は、剣を握ったままよろめき、支えを失ったかのように膝をついた。がいん! と両手剣が地面に突き立てられ、剣精はそのまま煙のように輪郭が崩れ、消え去った。
スキルが終了するとともにシステムアシストが切れ、突き出した〈ダインフレス〉をそのまま取り落としてしまう。そのまま二つの呪剣と宙に浮く意志を持った剣が消え去り、俺はそれらにつられるようにして膝をつく。
そして、俺の目の前にはボスからのドロップ品の一覧が現れ、ボスが完全に撃破されたことを告げた。
「勝った……」
つぶやき、その実感がわいてくると、俺は思わず両手で拳を作り、高く掲げた。
「よっしゃあああァァァァァ!」
その声は、扉の外にいたエリにも聞こえたという。
チラシ裏的解説
・〈アゾット剣〉
十六世紀に活躍した錬金術師パラケルスス(ドイツ語でホーエンハイム)が持っていた短剣。不釣り合いに大きな柄に「AZOTH」と書かれていたらしい。高名な錬金術師の持っていた短剣だからか、この柄の中に悪魔を飼っていただとか、賢者の石が入っているだとか、いろいろ逸話が絶えない。
・〈ファルスクエア〉
対重歩兵用の重量刀「ファルシオン」をもじった名前の剣。ファイアーエムブレム「紋章の謎」等に登場する主人公専用装備「ファルシオン」のせいで、何故か作者に「不思議な光を放つ剣」という印象をもたれ、こんな見た目になった。