T1-7
エリから連絡があったのは、手ごろなレベルのダンジョンでウォーミングアップを終え、ギルドハウスでアビリティ構成を練っているときだった。それなりに時間があったはずだが、エリと合流した後も、俺はアビリティ構成に悩むことになる。時間をかけすぎな気もするが、ここは一つ俺の弁明を聞いてほしい。
このゲームにおけるスキルやアビリティは、キャラクターのレベルアップで覚えたりするものではい。というより、このゲームには基本的にレベルという概念が存在しない。敵モンスターの強さをレベルで表したりはするが、それは特定の消費MPのスフィアーツと同程度の能力値を持つことをシステム的に表しているにすぎない。例えば、起動時の消費MPが60である〈ダインフレス〉と同じ程度の能力値を持つモンスターのレベルは60と表示されるのだ。
そして、スフィアーツ使いであるプレイヤーキャラクターは、その基礎能力が一切成長することがない。敵を倒すだけではHPは1000から変わらず、MPも100から増えることはないのだ。だからこそ、もともとその貧弱なパラメーターを、スフィアーツを起動することで上昇させ、アビリティで調整する。
このゲームに存在するアビリティやスキルは、すべてアイテムとしてキャラクターに装備するものであり、アビリティやスキルを揃えてしまえば、よくあるRPGのようにキャラクターを一から育てあげなくとも様々なタイプのキャラクターを操ることができる。ちゃんと使えるかどうかは本人の腕次第だが。
というわけで応用力の塊であるプレイヤーキャラの特性を生かし、あの剣精の打倒を狙っているわけだ。理論的にはどんなに強い相手でも、アンチ戦法を取ればほぼ無傷で勝つことも不可能ではない。十分に時間をかける価値がある。
「うーん、〈ディスペル〉を極力唱えさせたくないから、ある程度はごり押ししたいが……魔法防御と筋力と機動と強靭全部上げたいぞ……」
すべてのパラメーターを限界値まで引き上げたいところではあるが、アビリティのスロットは全部で15個しかないので不可能である。一応、複数のパラメーターを限界突破させるとんでもないスフィアーツも存在するが、これがまたとんでもなくレアで、そして能力が先鋭化し過ぎているために弱点だらけでソロのボス戦では使いものにならない。結局、能力面ではある程度妥協し、あとはプレイヤーの腕でなんとかするしかないのだ。それがこのゲームの醍醐味でもある。
というわけで、俺とエリはそれぞれ決戦用アビリティ構成と支援用アビリティ構成を切り上げ、因果剣ファルスクエアの元へ向かう。
昨日と同じ要領で〈ダインフレス〉の準備を整え、次にエリが俺に強化魔法をかけていく。昨日までバフの数は十七個だったが、今日はさらに増やして二十一個。六回まで〈ディスペル〉を使われても問題ない量だ。
準備は万端。俺はあの青い剣精と決着をつけるため、ボスエリアの扉をくぐった。
何度まみえたかわからない、地面に突き刺さったサファイアの結晶のような青い剣。そこからほの暗く青い光が発せられ、人の形をとった。
「らあッ! 行くぞッ!」
俺は気合いを入れるつもりで叫び、〈ダインフレス〉を両手で構える。そして青の鎧の剣精がその姿を表した瞬間、スキルを発動する。
突進型四連軽斬撃〈チャージ&テトラクラップ〉。システムのアシストによって筋力と機動力パラメーターいっぱいまで加速された斬撃が、剣精を襲う。やつは二撃目までは防御できたものの、以降の二発の斬撃をまともにくらう。しかしどちらも軽い斬撃だ。剣精霊はすぐに反撃に移る。
青い光――斬撃系のスキルの特徴だ、を剣に纏わせ、水平に薙ぎ払ってくる。だが、俺はもうこの動きを何度も見てきた。軽斬撃系スキルの隙の少なさを生かし、すぐに〈ダインフレス〉を返す。相手の薙ぎ払いに刀身を押し上げるように合わせ、軌道を逸らして空振りさせた。何度目からできるようになったかは分からないが、トライ&エラーはプレイヤーの特権だ。
重い斬撃を空振りさせて作り出した隙を逃さず、スキルを発動。三連軽刺突〈トライピアース〉、閃光のごとき鋭い突きが、立て続けに剣精の胴体に吸い込まれていく。とてもじゃないが、スキルによるシステムアシストなしにここまで早い刺突はできそうにない。
幾度となく戦って、俺はこいつの使う剣、というか本体が両手剣であるために、斬撃が大振りにならざるを得ないことを知っていた。いかにAIが優秀で、攻撃を読み切れるとしても、自分の剣よりも速く動く攻撃をとらえるのは容易ではない。容易ではないというだけで、何発かは防がれるのだが。
接近戦が不利だということを敵AIが学習したのか、不意にバックステップで距離を取ろうとする。この動作も何度も見ており、直後、剣精は状態異常を発生させる魔法や、あの忌まわしき〈ディスペル〉を使ってくるのだ。
俺は相手に魔法を唱える隙を与えないために、ダメージ覚悟でスキルによる突進を慣行。〈チャージ&ダブルスラッシュ〉で魔法を唱えようとしていたその剣を弾き、妨害する。しかし続く二撃目を防がれ、隙を突いて放たれた刺突を腹に食らう。
今更だが、このゲームでは「痛み」が存在しない。だが、プレイヤーは確かに痛いと「知覚」する。このシステムに関して説明することはとても難しい。初めてこのゲームを体験する人の反応を見れば少しはわかりやすいだろうか。
ただ、プレイヤーには攻撃を食らうことで一つのメリットが生じる。それは、体を斬られた時の剣線を完璧に把握することができるということだ。俺は自らが斬られたその軌道を読みとり、スキルを発動させる。
三連中斬撃〈トリプルスラッシュ〉の青いエフェクトを〈ダインフレス〉に纏わせ、一発目を剣精の胴へ、続いて刃を返して俺に刺さっている剣へ合わせる。刺さっている剣を無理矢理動かした為に俺のHPが減少するが、それによって剣精の本体である両手剣はあさっての方向に流された。続く三発目が深く相手の胸をとらえ、大きくHPを減らす。
よし、行ける。ここまで俺は剣精に魔法を使わせず、バフはすべて残ったままだ。このまま行けば、やつのHPが残り四分の一になったときに放たれる必殺技に対応できる。
そう思い、これまで以上の気合いで相手に打ちかかっていく。
そして、数分後、
「あー、くそ。普通に負けた……」
俺はウバイド遺跡の「英雄碑」の前に立っていた。
いくらなんでも、特攻しすぎた。確かに相手のHPが五割を切るまでほとんどバフを消させなかったのだが、こっちのHP自動回復機能を大幅に越えるペースでダメージを受け続けてしまったのだ。はりきっていただけに、ショックも大きい。気落ちしながら、再びボスとまみえる為にエリの元へ向かう。
そこからは、ジレンマとの戦いだった。元々俺がこのボスと相性がよかったのは、弱体化魔法が俺に効かなかったからだ。しかし、〈ディスペル〉を使わせるわけにはいかない今、奴に無理矢理にでも接近戦をさせなければならない。だが、やつのAIはかなり優秀で、どうしてもカンウターを食らってしまう。
そしてもう一つ、やつはHPが七割以下になると、状態異常を発生させる弱体化魔法ではなく、〈ディスペル〉を優先的に使い始める。そして、HPが五割を切ると、弱体化魔法を優先するのだ。いくら接近して魔法を封じようとしても、やつのHPが四割を切るまでに三回か四回は〈ディスペル〉を食らってしまう。そうなると、ひとつの属性を状態異常まで完全に無効化する強化魔法を打ち消され、HPが五割を切ってからの弱体魔法に耐性がなくなってしまう。
もちろん、それまで〈ダインフレス〉が残っていれば状態異常は防げるが、それまで俺は剣精と激しく刃を打ち合わせねばならない。そうなるとどうしても耐久値が減ってしまい、〈エペタム〉に切り替えなければならないのだ。
そして弱体化魔法で行動を阻害された上で威力の高い上級魔法を食らい、お陀仏というわけだ。最初の時のように一度でも弱体化魔法を無効化されたことを学習させればこんなことにはならないのだが、合間に〈ディスペル〉を使われることがあるため、ナンセンスだ。
十回は数えるかという戦闘を通じ、俺たちはそろそろ作戦の変更を余儀なくされていた。
「やっぱり、ボスの魔法をバフだけで防ぐのは無理がありますね……。さっきから考えてたんですが、武器に〈魔法反射〉のアビリティを付けて、判定を叩き斬ってみるのはどうですか?」
「いや、それって〈リフレクター〉使うよりも難しいだろ……。というか弱体化魔法って〈魔法反射〉で跳ね返せんの?」
「タイミングはシビアらしいですけど、可能らしいですよ。やってみたらどうですか?」
一度こんな議論があって、俺は〈ダインフレス〉に〈魔法反射〉を装備し、エリが撃つ弱体化魔法を「斬ろう」としたのだが……。
「無理だ……」
あまりにもタイミングがシビアすぎる。弱体化魔法は魔法の発動と同時にターゲットに命中するため、距離は関係ないのだが、いかんせん判定が短すぎた。これが〈ファイアボール〉のように実体のある魔法だったらやりやすかったのだが、これは無理だ。練習している間に、日付が変わってしまう。
そこで気づいたのだが、やつの魔法は〈スペルブースト〉というアビリティによって強化されていると予測されるために、もともと消費MP50の弱体化魔法が消費MP110にまで増えているのだった。通常一つのバフしか消すことのできない〈ディスペル〉で三つのバフを消してくるのがその証拠だ。これでは消費MP60の〈ダインフレス〉では反射することすらできない。魔法反射のレベルを補うアビリティも存在するが、今はそれを装備している余裕もない。
「どうしたものか……」
時刻はすでに午後六時前。すぐにはいい案も出そうになかったので、俺たちはいったんログアウトし、休憩をとることにした。




