想いをあなたに 前編
「うーん……。」
あたしは真剣な目でしばらくショーウィンドーとにらめっこしていた。悶々と考え込む。やがて、いい加減考えるのにくたびれたあたしは溜息を一つついて踵を返した。
その時
「あっれー、珍しい。早苗が寄り道なんて。」
うしろから声を掛けられて、あたしは文字通り跳び上がった。恐る恐る振り向くと、くりっとした目に高めのポニーテール、活発そうな女子中学生が目の前にいた。
「由依ちゃん……」
何だ。もう、驚いて損した。彼女とあたしは同じクラスの友達同士。並んで歩き出すと、由依はやけに楽しそうにニコニコして尋ねてきた。
「お悩みは、察するにバレンタインかな?」
「うん、まあ……ね。」
あたしは曖昧に頷いた。
あたしには、一応彼氏と呼べる存在がいる。彼は同じ中学の先輩で一つ年上、三年生。つまり最近までずっと受験生で、当然のようにデート禁止、学校にも来ないという日々。こちらからは電話もせずに耐えていたんだ。
それが……昨日だったかな。久々に彼から電話があったのは。
『久しぶり、早苗。』
声を聞くのは何日ぶりだったろう。本当はずっと聞きたかった、優しい声。
「日比谷先輩! 受験終わるまで電話しないって約束」
『終わったよ。』
「……え?」
『だから、終わったよ。合格した。』
「ほんとですか?」
あたしはいつの間にか、気が抜けたように座り込んでしまっていた。涙がにじむ。
「良かったあ……。」
『早苗が応援してくれてたお陰だな。』
そんな優しいこと言って。人一倍コツコツ勉強してたの、ちゃんと知ってるんだから。
『来週、報告とかもあって学校行くんだ。その時会おう。週末には久しぶりにどっか遊びに行こうな。』
最後は相槌しか打てなくて、通話が切れた後もしばらく呆けていた。と、部屋の壁に貼られたカレンダーが目に入り、ハッとする。
カレンダーには、来週の彼と会う日に既にしるしが付いていた。大きなピンクのハートマーク。
その日は、ちょうどバレンタインの日だった……。
「ねえ、由依ちゃん。」
「何?」
あたしは隣に並ぶクラスメイトに、思い切って聞いてみる。
「日比谷先輩、好き嫌いあるかな。甘いの嫌いだったりしないかなあ。」
「なんで私に聞く? そんなもん、お兄ちゃんに直接聞けばいいでしょ。」
実は由依は、例の彼……日比谷先輩の妹なのだ。彼とあたしが出会うキッカケになったのも、背中を押してくれたのも由依だった。彼のことは由依に聞けばだいたい間違いない。
「直接聞けないから由依ちゃんに聞いてるんじゃないのお。」
「わーったわーった、くっつくなって!」
腕にすがりつくあたしを無情にも振り払う由依。うう、ひどい。
「お兄ちゃん、好き嫌い無いよ。甘かろうが辛かろうが何でも食べる。」
「そう……。」
じゃあ一安心だ。優しい彼の事だから、たとえチョコ苦手でも喜んだフリしてくれるだろうけど、その心配はなくなった。もっとも、選択肢は減ってないから振出しに戻っただけだって気もするけど。
なおも考え込むあたしに、由依は首をかしげる。
「なんでそんなに悩んでんの? バレンタインだよ? 一番良いのはアレしかないって気がするけど。」
「なになに? 教えて!」
勢い込んで尋ねたあたしに、由依は怪訝そうな目を向ける。なんで分からないのかとでも言いたそう。そしてさも当然のように、その単語を口にした。
「手作り。」
「うっ」
顔が引きつる。手作り、ねえ……。いや、あたしだって全く考えてなかった訳じゃないよ。けど。
「由依ちゃん……あたしの、家庭科の成績、知ってる……?」
「まあ、だいたいの察しはつく。」
そう。あたしは、手先が致命的に不器用なのだ。今までに何回かお菓子含む料理に挑戦したことはあるが、ことごとく失敗している。どんな簡単なレシピだとしても、恐ろしいものが出来上がるに違いない。
付き合い始めて一回目の、記念すべきバレンタインに、得体の知れないチョコらしき物体を渡すなんて……
「無理。絶対無理。」
「まあまあそう言わずに。チャレンジしてみればいいじゃん。」
また他人事だと思って簡単に言うー。
「たとえ見た目が多少いびつでも、スポンジが膨らんでなくても、クッキーが焦げてても、シュークリームがぺったんこでも、カラメル焦がして真っ黒でも、」
……どれもやったことある。なんで全部ぴったり当てるの。思わず頭を抱えた。
「お兄ちゃんなら美味いって言ってくれると思うよ。」
「だから余計申し訳ないんだってば!」
と、由依は唐突にバッと駆け出した。さすが運動部、足速い。持病もあって走れないあたしは、ただ立ち尽くして見送るしかなかった。
「じゃあね、がんばれ! 応援してるよー」
由依は満面の笑みで叫んで手を振る。とっても楽しそうに。
「薄情者ー!」
人が真剣に悩んでるっていうのに!
そんな事をしている間にも彼女の姿はみるみる遠ざかり、人混みに呑まれていく。あたしは雑踏の真ん中に取り残されていた。
くそお、そんなに言うんなら、やってやろうじゃないの!




