Ⅰ 放課後
あらすじにも書きましたが、『My Spotlight』という作品の作中劇の小説版です。そちらもお読みいただければ幸いです。
明るい午後の光が差す、晴れた初夏の日。窓の外で、濃い緑色になった桜の葉がそよぐ。
教室の窓辺では、三人の少女たちが他愛もないお喋りに花を咲かせていた。三人ともクラスで男子から人気の高い美少女たち。下ろしたばかりの半袖ブラウスの白さが、男子どもの目にちょっと眩しい。
そこに体育着姿のポニーテールガールが、慌ててパニックを起こしかけながら駆け込んで来た。
「ヤバいヤバいヤバーい! 忘れ物! 部活遅刻しちゃうっ!」
「やっほ、由依ちゃん。部活忙しいの? 大変ね。」
自分の荷物をかき回して探し物をする彼女の背に、のんびりとした調子で声をかけた三つ編みの大人しそうな少女・歩美。由依はちょっと苦笑しつつ彼女に答えた。
「まあね、試合近いし。」
手に持ったテニスラケットを軽くとんとんと叩いてみせる。ところで何の話してたの?と尋ねる由依に、一番背の低い陽子という女子生徒がその名に似合う太陽のような笑顔で答えた。
「へへっ、恋・バ・ナだよっ! ねえ由依ちゃん、好きな人とかいないの?」
「やだな、いないよぉそんなの。」
呆れたように笑って答える由依。もう一人の少女が身を乗り出して言う。
「もったいない。由依ちゃん可愛いのに。」
「どこが。男から見て可愛いってのはね、早苗みたいな子の事を言うのよ。」
由依は大げさに肩をすくめて言い返す。クラスメイトの早苗は黒髪、色白、小柄と三拍子そろった美少女。病気持ちだという儚げな外見と彼氏持ちという要素も合わさって、高嶺の花としてクラス男子からの人気はNo.1だ。
「人の事はいいからさ、歩美と陽子はどうなのよ。恋バナとか言うからには、いるんでしょ、好きな男子。」
悪戯っぽく笑って切り返した由依に、歩美は赤くなって視線を泳がせた。私は別に……なんて口の中で呟く。それとは対照的に、陽子は思いっきりその話題に食いついた。どうやらこの話を持ち出したのは他ならぬ彼女だったらしい。
「私ね、同級生なんかより、断然先輩がいいの! 例えば、由依のお兄ちゃんとか……」
「だめ! 蓮くんはあげないよ、あたしのカレシだもん。」
早苗が素早く陽子のセリフを遮った。ぷっと頬を膨らましてみせる。陽子は大声で笑った。
「冗談だってば、もう。あと、爽太先輩とか。あっ、光先輩もいいな。めっちゃ格好良いよねっ!」
「うっわあ、陽子ってば面食いなんだ。」
早苗が呆れ返った調子で言う。陽子が素敵だと名前を挙げたのは、全員一学年上の男子生徒。この蓮、爽太、光は親友同士で、まとめてイケメン三人組などと言われたりもする。人気が高い人ばかりというのが、何て言うか陽子らしい。歩美がくすくす笑いながら冗談半分に言う。
「光先輩はやめときなよぉ。あの人、カノジョいっぱいいるって噂じゃない。私、浮気っぽい人は嫌だな。」
「確かに、私も聞いた。本当らしいよ。お兄ちゃん言ってたもん。」
歩美の言葉に由依も便乗し、爆笑が巻き起こる。由依の兄は蓮、話に出た光や爽太の親友であり、早苗の彼氏だ。おなかを抱えて笑いながら、陽子は早苗にも話を振った。
「ところで早苗、そういうあんたはどうなのよ?」
「あたし? 決まってるじゃん。あたしは、蓮くん一筋よ。今はそれ以外なんて考えられない。」
大真面目に答えた早苗。にっこりと幸せ一杯の笑みを浮かべる。由依は大げさに肩をすくめてみせた。
「分っかんないなあ。あんなお兄ちゃんのどこがいいの?」
「全部。」
「おおっ、言うねえ。」
セリフの後ろにハートマークがつきそうな早苗の口調。陽子がヒューっと口笛を吹いてひやかす。由依は興味なさそうにもう一度ただ肩をすくめる。
「ふーん、そういうもんなのかね。って、あ、あれ?」
急に様子が変わった。焦った表情で鞄の中身を引っ掻き回している。
「どうかしたの?」
歩美が尋ねると、由依は明らかにがっくりと肩を落として荷物の上にぐたっと身を投げ出した。
「飲み物忘れた……。あーあ、もう最悪。」
「うっわ、ドンマイ。」
陽子がその肩をとんとんと叩く。運動部で活動中に水分が取れないのは辛いだろう。ちょうどそんな時、彼女達の教室の入り口に一人の男子生徒がひょいと姿を現した。
「おーい、由依まだいるか?」
「蓮先輩!」
歩美が思わず悲鳴のような声で叫ぶ。その声を聞いて由依は顔を上げ、膨れっ面のまま振り向いた。
「お兄ちゃん。何か用?」
あんまりな妹の言葉に、蓮は苦笑する。
「何か用、じゃねえだろ。ほら忘れ物。」
そして、手に持っていたピンクの水筒を差し出す。由依の表情がぱあっと晴れ、テンションと声のトーンが面白いくらい跳ね上がった。
「あっ、ありがとう! よかったあ。じゃ、部活行ってくるね!」
水筒をひったくるように受け取って、両手いっぱいにその他の道具も抱えて慌ただしく教室から駆け出していった。落ち着きのない妹を微笑ましく眺めていた蓮の腕に、早苗がぴたっと抱きつく。甘えた声で言った。
「蓮くん、一緒に帰ろっ!」
「ああ。」
そしてさり気なく早苗の鞄まで持ってやる。これが、彼がイケメン三人組の中でも一番モテる所以だろう。とにかく女の子に優しいのだ。
「いいなー! 羨ましいな、私も彼氏ほしいっ!」
わめく陽子に笑顔で手を振り、早苗はちょっと大げさに蓮の腕にしがみつく。ふたりは楽しそうに、廊下の雑踏の向こうに紛れていった。