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4話 ラン・アップ・ネクスト

 鈍い灰色の装甲が反射する日の光に顔を顰めながら、スレイは大きくため息を吐いた。


 シュラーゲという呼称が決まった、蛇の三つ首を持った超大型ビースト。

 エレオラの駆るアーキタイプ・ジェヌヴとの戦いを経て、クルセイダは機体を構成する大部分を損壊した。


 残ったのは、頭部と胴体部のみ。

 修復は絶望的だろう。この機体は役目を終えたのだ、思いを多くの者が抱くなか、それでも諦めることはできなかった。


(こんなになっても、俺とクーナさんを無事に帰してくれたんだ……。このままにしておくなんて、したくない)


 その名残惜しむ気持ちを汲んでくれたのは、アグルだった。アグルは、残骸とも呼べる有様となったクルセイダを眺めるスレイの、丸まった背中をバシ、と叩いた。


「このままには、しておけねぇよな」


 まっすぐに見据えるアグルの視線は力強い。彼の揺るがぬ決意が、スレイの肌を通じて伝わった。


 アグルと、サウリをはじめとしたマザーパーチ号の整備班。それにスレイも協力をして、クルセイダの後継機は建造されたのである。


 勿論、使用する資材や設備は共和国軍のものだったが、キサラギ研の技術的な協力もあったからこそ短期間で形になったといえる。


 クーナからことの次第を聞いたミドリからの、罪滅ぼしの意味も込めての協力ではあったが、いくら中立国とはいえキサラギ研を有するイヅモ皇国がよく承諾したものだと、サウリらが唸る声をスレイも不思議に思いながら聞いていた。


 いずれにせよ、クルセイダを基礎とした後継機は三ヶ月という短期間で起動試験が可能なまでに至ったのだが、それからの開発は難航した。


「……しっかり休んどけよ。コイツはまだ試験中の、手のかかる幼子《ちびっこ》なんだ。手綱を握るパイロットが万全でなけりゃ、不慮の事故も起きるってもんだぜ」


「おやっさん……。なんか俺、自信失くしちゃったよ」


 もともとずんぐりとしていたシルエットを更に一回り大型化した後継機には、増加した分の重量によって低下した機動性を補ってあまりある力が備わった。


 それは後継機の象徴ともいえるシステムで、アグルのアイデアによる新型機構によってもたらされた恩恵ではあるのだが、同時に制御の困難さが機体の完成を遠ざけてもいた。


「ドールズの操縦には、ちょっとは慣れてきたと思ってたんだけど。コイツには振り回されてばっかりだ。後ろに乗ってる、クーナさんが管理してくれてるけど、まったく安定しない」


 クーナの責任ではない。クーナ程の技量があっても制御が困難なほど、システムとして未完成なのだ。それは、開発に関わる全員が承知していた。


(それに……)


 スレイは、右の手のひらに視線を落とす。

 すっかり皮膚の固くなった手を、何回かゆっくりと握っては開く。


「なんだか、前ほど思ったように動かせない時があるんだ。前は、何も考えなくても自然にできてたことも、意識しないとできなくなった」


「ふぅん……」


 アグルは顎の髭を擦った。


「多分。多分だけど、俺思うんだ。クルセイダがあの強烈な白い光を解き放った時、クルセイダが持っていた力も無くなった……」


 まだ塗装もされていない、鈍色《にびいろ》の装甲を見上げる。


「見守って、助けてくれていた、親父も一緒に。あの時に、向こう側へと流れていってしまった……」


 スレイは、ふいに酷くもの悲しい思いに襲われて俯いた。

 冷たく、身震いさせるような風が、胸の内に吹き込んだような気がしたのだった。


「……お前は、託されたんだよ」


 アグルの言葉に、スレイは顔を上げて隣に立つ伯父の顔を見た。


「お前なら、大丈夫だってな。だから、そんな顔をしてんじゃねぇよ。それに、お前はしっかりと嬢ちゃんと一緒に帰ってきただろ? 自信を持っていい。お前は、良いドールズ乗りだ」


「……ありがとう、おやっさん」


 スレイは少し迷ったあと、はにかみながら頷いて応えた。




 ◆   ◆   ◆




 クルセイダから放たれた白光が怒涛に渦巻くその奔流に飲み込まれ、アーキタイプ・ジェヌヴは崩壊していった。


 眩しすぎる光で眼も開けていられないなか、かすかに覗く視界から見えたのは、宙に浮かぶエレオラだった。


 特になにかをする様子はない。


 白光の波を寄せつけず、ただ静かにその場に浮かぶ姿に、スレイはぞっとしたものを覚えた。


 ——ふふ。


 鉄仮面の下でせせら嗤う、エレオラの声が聞こえた。

 次の瞬間、エレオラの姿が消えた。


 白光の波に飲み込まれたのではなく、身体の周囲に黒い靄のようなものを纏わせ、一瞬のうちに姿を消したのだ。


 スレイはハッとして辺りに視線を走らせようとして、自壊したクルセイダと共に、意識を白光の波にさらわれた。次に気がついた時には、回収してくれたケリースの艦内であった。


 ——また、逢いましょう。


 そう囁いたエレオラの声が、いまもまだ耳に絡みついて残っている。


(……また、戦うことになるんだろうか。エレオラさんは、何がしたいんだ……それに、何者なんだろう)


 エレオラは生きている。


 その事実を、スレイは皇帝ツェペリが直々に呼び出してきたモニター通信の場で語った。


 レンファの母艦の艦橋ではあったが、人払いがされて皇帝とスレイの二人だけが残った。


 スレイが見た光景を聞いた皇帝は、ひとこと「そうであろうな」と言った。たぶん、予想はしていたのだろうと、スレイは感じていた。


「そう易々と死ぬような女ではない。あれは、正真正銘のバケモノだ。ビーストどもなど、足下に及ばぬほどのな」


 モニター越しのツェペリが、黄金に輝く自身の執務椅子に背をもたらせ、ふ、と薄く笑ったのをスレイは見た。


 何かつぶやいたように見えたが、あまりにも小声で、内容までは聞き取ることができなかった。


 その後ツェペリは何も言わずにスレイを下がらせてしまったし、スレイ自身も皇帝にその気がない以上、教えてくれることはないと分かっていた。


 エレオラの件については、それっきり誰にも話していなかった。口止めされているわけでもないが、必要があれば皇帝が説明するだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。


 だが、その一件がどうも気にかかる。


 クーナや仲間たちと過ごす日々、後継機のテストと日々が過ぎていくなかにあって、そのしこりは消えず、少しずつ膨らんでいく。


 刺さった棘が抜けず、じくじくと膿んでいくかのような錯覚すら覚えた。


(クーナさんに、話そうか)


 クーナは堪えるようにして俯いて、目を瞑っていたから、あの時の光景を何も覚えていない。気がついた時には、スレイと同じく医務室のベッドの上だ。


 真っ当に考えるのなら、伝えるべきだろう。


 けれどもいまだ迷ってしまっているのは、クーナとエレオラに何か近しいものを感じたことがあったからだ。それが、クーナに移植されたというビースト因子であることは、すぐに思い至ることができた。


 エレオラの金色の瞳を、クーナもまた発現させていたのだから。


(辛い思いをしたクーナさんを、余計に傷つけることになったら……。そんなこと、したくない)


 低く鳴り響く警報に、スレイはハッと我に返った。


「出力が危険域まで急上昇! エーテル・ブースターへの供給をカット。システムをシャットダウンするわ」


 複座型コクピットの後部。全部よりもやや上に設けられた後部シートで、クーナが叫びながらコンソールを叩いている。


「機体が一気に重くなるわよ! スレイ、気をつけて!」


 ダークブルーの空が視界いっぱいに広がる。

 新型機構であるエーテル・ブースターの高高度飛行試験中であったことを、スレイはようやく思い出していた。


 下へ下へと吸い込まれていく感覚と、不安定に揺れる機体。

 ビリビリと震える両手の操縦桿を強く握り、スレイは姿勢制御に集中した……。


「いったいどうしたの? 貴方らしくもない」


 なんとか無事に着陸し、停止させた機体から降りると、後ろから声をかけられた。振りかえりながら、スレイはバツが悪いような気がして、ぼりぼりと頭の後ろをかく。


「……いや、ちょっとぼうっとしちゃって。すみません、迷惑かけて」


「無事に機体を降ろせたのだし、迷惑なんてことはないわ。疲れが残っているようなら、次のテストは延期してもらったほうがいいと思うけれど……」


「テストは休めませんよ。少しでも開発を急がないと。ソング・バード隊のみんなは任務に戻ってるのに、いつまでも足踏みしてられません」


 補充機が回されたとはいえ、パイロットが増えた訳ではない。

 むしろ減員しているのだし、艦船《ふね》だって間に合わせなのだから、以前と違い危険度が下がった任務内容とはいえ、相対的に過酷な状況に変わりない。


 クーナは歩む足を少しだけ早めて、スレイに近づいた。


「……なにか悩みがあるのなら、言って。力になるから」


「ありがとう、ございます。もしも話を聞いてほしくなったら、その時はお願いします」


 クーナが少しだけ間をおいてから頷いたのを見て、スレイは胸のうちがちくりと痛んだのを感じていた。




 ◆   ◆   ◆




 軍技術研究所に隣接する基地の隊員棟。

 宛がわれた部屋に戻ると、スレイは後ろ手で扉を閉めた。


 轟沈したマザーパーチ号のものよりも広い部屋には、簡素なベッドに、四脚のテーブルと椅子しか置かれていない。


 半分だけ下ろされたブラインドカーテンから入り込んだ、強い日差しのせいで噴き出してきた汗を拭いながら、スレイはどっかりと腰を落とした。


(あんな顔をさせたかったわけじゃない。……なにをやってんだ、俺は)


 別れ際の表情が思い出され、スレイはたまらず溜息をついた。


「……お前さん、意外とすぐ悩むものよな」


 背後から低い男の声が聞こえて、慌てて腰を浮かせ振り返る。

 そこに居たのは、赤茶色の衣を纏った坊主。『聖域』の大導師、ヴァーンだった。


「……脅かさないでくださいよ。なんでいつもこう、急なんですか」


 ベッドの上で胡坐をかき、素足の裏側を覗かせながら、ヴァーンは口端を歪める。


「前にも言っただろう。結んだ縁を辿り、金色の風を渡る術を修めているのだと。もう何度目かにもなるというのに、まるで成長しないな」


 聞いてはいたが、それでも驚いてしまう。

 まるで霧のなかから姿を現すように、何もなかった場所からぬぅと出てくる様を見れば、誰だってそうなのではないか。


「……それで、今日はなんの用です?」


「儂はただ、思い悩んでいる若い風に呼ばれただけだ。用事があるのは、お前さんだろうに」


 不敵な笑みを浮かべた大導師は、背を少し前に丸めた姿勢で、頬杖をつきながらじっとスレイを見つめている。


 どうせ口では敵わないのだし、とスレイは諦めながら、エレオラが白光に飲み込まれず、姿をくらましたことを話した。また逢いましょうとせせら嗤う、声についても。


 ヴァーンは、鉄仮面をした帝国の女軍人の話だと分かると、すんと無表情な顔をした。


 ところどころ表現に迷いながらも最後まで話し終えるまで聞き、それから痩せた顎を擦った。


「厄介な相手に目をつけられたものだな」


 ヴァーンの声からは軽さが消えていた。


「儂の見立てだが、あれは真っ当な人間ではない。皇帝は肌感覚で評しているのだろうが、バケモノというのは正しいのだろう。


 星の息吹を用いる術を扱う、伝承に関する知識をも持つ。星を巡る災いに、かなり大きくかかわる存在に違いはあるまい。あの者は、我々の……いや、この星を荒れ乱す敵対者だ」


 スレイは息を飲んだ。

 明確に敵であることは感じていたが、星の敵対者とはスケールが大きすぎやしないか。


 呆気にとられるスレイの顔に、ヴァーンはため息を吐いた。


「お前、そんなんでどうする。『調和の器』たるモノに選ばれたお前が、いずれは打ち倒さなくてはならぬ存在だと言っているんだぞ。あのクルセイダという機械人形とともに、お前が成し得なくてはならないのだからな」


「そんな……だって、そんなこと」


 一言も言わなかったじゃないか、という言葉をスレイはなんとか飲み込んだ。


 たしかにこの褐色肌をした僧侶はこれまで一度も、そういった運命とか定めだということは口にしなかった。やりたいようにやればいいと、背中を押してくれていた。


 裏切られた、とか怒りや失望といった感情は湧いてこない。


 考えてみれば、この世界では特別な意味を持つ『聖域』を統べる大導師である彼が、創成譚に語られる役割をこれまで押し付けようとしなかったことに、スレイはヴァーンの心のうちに触れた気がしていた。


(……来るべきものが来るんだぞって、教えてくれてるんだろうな)


 ただ、クルセイダはとてつもない力を持った白光を放つ力を失った。

 コアパーツを継いだ後継機にも、あの時の力があるようには思えない。それではダメなのではないだろうか。


「……あの機械人形が力を失ったのは、器のなかに留まっていた力が解き放たれ、がらんどうになったからだ。器としての本来の能力が失われたわけじゃあない。あれは、そういうものなんだそうだ」


 こちらの考えを見抜いたような言葉には、ただ頷くしかできない。

 あいかわらず、こちらが考えていることがよく分かるものだ。そういう能力に長けている人物が、人を纏めて教え導く側になっていくのだろう。


「だからな、スレイ。あまり口出しはしたくないんだが、あの銀髪をしたお嬢ちゃんとは仲良くしておけ」


 重さが取り除かれたようなヴァーンの口調に、スレイはどきりとした。


「……クーナさんのことですよね。それ、関係あるんですか」


「馬鹿もん、大ありだ。あのお嬢ちゃんがあればこそ、お前さんは戦えるのだろう。お嬢ちゃんの助けなしには、お前はやっていけないんだからな」


 妙に自信たっぷりに言い切る言葉に、スレイはつい口をとがらせる。


「なんですか、それ。そんなの、なんで分かるってんですか」


 ヴァーンはにやりと笑った。


「人間なんて、そんなもんだからだよ。だからこそ、ともいえるがな」


 含むところのあるヴァーンの言葉に対して、スレイが声を上げようとしたところに、来訪者を教えるコール音が鳴った。


 次いで、壁かけのスピーカーから聞こえてきたのは、女性の声だった。


「あの、スレイ。時間があれば話をしたいんですが……お茶とお菓子も用意したので、なかに入れてもらえませんか」


 クーナの声だった。「あ、はいっ」と返事をした後に、慌てて扉から視線を戻すと、ベッドで胡坐をかいていたヴァーンの姿は消えていた。


 視界の端に、ほんのわずかに金色の粒子が煌めいている。


 スレイは大きく息を吸い込み、胸のなかを空にするよう、ふうぅと長く吐き出した。

 そして、クーナが待つ扉を開けた。


「ちょうど、俺もクーナさんに話を聞いてほしいと思ってたんですよ」


 スレイに部屋へと招かれ、柔らかな笑みを見せるクーナの手には、二人分のティーカップと焼き菓子を乗せたトレイがある。


 うすく湯気を立てるティーポッドからは、スパイスティーの良い香りがしていた。


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