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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
16/122

純粋な怒り

よろしくお願いします。


 ーーイエ姉、イエッ!……無事でいてくれっ!


 それだけだった。その一心だけで俺は、斜に無に後先も考えず走り続けていた。

 破裂しそうな心臓も、酸素を渇望する肺も、限界と悲鳴をあげてる足も、一切合切を無視して、ただ一秒でも早く彼女のもとへと俺は急ぐ。


 流れる汗と冷静さを置き去りに、ただがむしゃらに走っていた。


「ハァッハァッハァッ。……イエ、イエ、頼む、頼むから。ハァッハァッハァッ……無事で、いてくれ!……無事でっ、あ、えっ!?」


 街道を越え、森を抜けて、やっとの思いで辿り着いた俺達の村、森山村。

 その眼前に広がる光景に惨憺(さんたん)たる現状に俺は、思わず言葉を飲み込んでしまった。


 唖然としてしまった。


 家屋は焼かれ逃げ惑う村人達。女、子供を執拗に追い回す漆黒の鎧武者。物資を根こそぎ掠奪する毛皮を纏った男達。

 そこかしこから聴こえる悲鳴と怒号。

 想像を遥かに超えた惨劇に、現実味を帯びた悲劇に俺は……。息も絶え絶えの俺は、この現実を前に只々言葉を失い、立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 ジワリと、心の奥から漏れ出る感情。

 

 腹の中から煮え立つ。

 強者による一方的な暴力。生きてるだけで搾取され続ける弱者の理り。この余りにも耐えがたい理不尽に、なす術も無く佇むだけの俺自身に向けられている。


 ジワリ、ジワリと腐臭を放つ感情が漏れ出して来る。


 未だかつて、これ程までに感じた事の無かった、耐え難い怒り。


 そうだ、この感情は怒りだ、激怒、憤怒。


 俺の中にある、純粋な怒りの塊。

 悪感情だと決めつけ、あまり表に出したく無かった感情。ただ相手と自分を傷つけるだけの感情。


 止めどなく湧き出る汚泥のごとき怒気が、ジワリ、ジワリと体を満たす。


 痛い、頭が破裂しそうに痛い。

 押さえきれない。口から、たぎった何かが出てきそうだ。落とした頭をもたげ、モンジは灼熱に染まった顔を晒した。


「邪魔だ。……邪魔なんだよテメェらっ!ふざけんてんじゃねぇーぞッ!!」


 突然、体を震わせ吠えるモンジ。足元に転がっていた棒切れを拾うと、血走る眼で奴等を睨みつけた。

 村を襲う理不尽を、不条理を睨みつけた。そしてモンジは走り出す。疲弊した体を怒りで無視して。


 この世で一番大切な彼女の元へ、一緒に生きると誓ったイエの元へと、怒気を(まと)って少年は、力の限り大地を蹴りけていた。



♦︎♦︎♦︎



 賊どもの襲撃を躱しながら何とか俺は、寺までは辿り着けた。もう少し、もう少しで彼女に会える。気持ちばかりが先走る。

 

 限界を超えていた。

 無理が祟ったのか、呼吸も、足も、心臓も、もう、どうしようもないぐらいに、悲鳴を挙げている。

 しかも、致命傷ではないにしろ、既に体は無数の切り傷で惨憺たる有り様。俺は限界を超えていた。


「イエ、イエッ、がはっ! はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、イエ姉。ゲホッ、ゴホッ」


 荒い息が止まらない。足を引きづり、家まであと少しという所で、突然、寺の山門から飛び出して来る女性の姿を見た。


「ッイエ! はぁ、はぁ、はあー、無事、だった、はぁ、はぁ、良かった」


 彼女だった。俺は心底、安堵した。

 彼女の無事な姿にホッとした瞬間、ここまで酷使して来た体が、足が、ガクンと力が抜けて、膝から地面に落ちてしまった。

 まだだ、まだこれから彼女と安全な所に逃げなきゃ、終われないッ。


「クッ、クソッ! もう少し、もう少しでいいんだ! 動けっ、動けよっ、俺の足っ!」


 願いも虚しく、笑いっぱなしの膝は震えるだけで、言う事を聞いてくれない。


 まだ、届いかないッ!


 耳の聴こえ無い彼女に、こんな離れた所から叫んでも意味が無い。くっそ、馬鹿足ッ、動けって!


 両足を拳で殴りつける。ぐっと、奥歯を噛みしめ、彼女だけを視界に捉え続けた。口の端が切れて血が流れ出るが、そんな事はどうでもいい。


「ーー!? イエ」


 あざが出来るほど、拳で強引に足へと気合いを入れてる最中。彼女の様子がおかしい事に気付いた。しきりに後ろを気にしている。ここからは山門が邪魔して見づらい。

 (うかが)い知れない事態に、悪い予感しかしない。


 彼女の視線の先にある何か、それから逃げようと急いでいるようにも、見える。しかも足を怪我しているみたいで、上手く歩けないでいる。ヤバい、ヤバいっ、ヤバいッ! 焦燥感に駆られる。


 とうとう彼女は、(つまず)いて転んでしまった。


 イエ姉が見つめていた先、寺の山門からゆっくりとした歩調で漆黒の鎧武者が出て来たんだ。


 抜き身の刀をクルクルと回しながら、首を左右にコキコキと鳴らしながら、まるでウサギ狩でも楽しんでいるかのようだった。

 そして絶対的な強者の威圧感を湛えてーー黒い奴が出てきやがった。悪い予感が的中した。


「ッイエェェェーーーーーーーーッ!」


 思わず叫んでいた! 考える余裕なんか無いッ!


 耳の聴こえ無い彼女に、届くはずの無い叫び。けれど叫んばずにはいられない!


「いえぇぇえええぇぇぇーーーーーッ!!」

  もう、泣きそうだった。


「ーーーーぁ!?」


 けど、届いた。

 イエ姉は俺の方へ向くと……ホッとした表情のまま優しくーー微笑んだ。


 微笑んだっ!?


 あ、あり得ないだろ! 今まさに、自分が死ぬかも知れない場面で彼女は、微笑んだんだ!


 俺が無事である事に安堵して、俺に会えた事が嬉しくて、彼女は微笑んだッ!


 ふざけんな!もっと自分を大事にしろよ!もっと命を大事にしろよ!俺はお前と生きるって決めたんだ!だから……た、頼むから。……俺を独りにしないでくれよ。


 心からの叫びに、決壊しそうなほど涙を溜める少年に、一瞬、困ったように顔を曇らす彼女。しかし、その優しい瞳は少年を見詰めたまま、ひと時も離れない。


 彼女は薄く微笑み(に、げ、て)と、声にならない声を少年に投げてかけて来た。



 いつでも、どんな時でも、彼女は俺なんかの事を最優先に考えてくれる。その献身的な愛に、かつての幸せだった家族の風景を重ねて、俺はやっと分かった。


 ーーそうだ、俺は家族が欲しかったんだ。


 本心を悟りフリーズする。

 頭のてっぺん辺りに、チリチリとした微痛に似た感覚を覚える。その微痛が徐々に体に浸透して行く。




 俺の叫びなど些事とばかりに、イエ姉の背後からズカズカと、無遠慮に、傲慢に近づく漆黒の鎧武者。


 “ ……やめろ! クソ虫!”


 イエ姉の背後に立つと、彼女の背中を片足で踏み付けやがった。


 “ テメェなんかの汚ねぇ足で、その娘にさわんじゃねぇ!”


 黒武者がゆっくりと刀を持ち上げる。


 “ ぶっ殺すッ! ”


 微痛が一気に、全身を覆い尽くした。



「ヌガアアァァァァァァアアァァァァァァァァァッ!!」


 声にならない叫び。殺意が怒りを塗り潰した瞬間。__暗転した。



 薄闇の世界。いつか見た悪夢の中に俺はいた。無数に漂う光の球、その中で一際大きく光る光体が、俺に近付いて来る。


 不思議と今は恐怖など微塵も感じず、無意識にソイツを右手で掴んでいた。気の所為だろうか、その光りは一瞬、ニヤリと笑ったような気がした。アレ、掴めた。そう思った瞬間。


 __暗転。



 戻ったーーモンジに降りた。


 時間の経過は、微塵も感じさせない。

 暗転する直後の映像。視線の先では、漆黒の鎧武者が刀を上段に構え、足蹴にしたイエ姉の首を刎ねようとしている。


「シッ!」


 刹那、息を吐き出しモンジの身体が勝手に動き出す!


 “ダンッ!” 地面が少年の足形に陥没する。去り際に砂塵を撒き散らす。

 

 2〜30mはあろう距離を右足の踏み込み一つで、走ったーー跳んだッ!


 秒で奴との距離を消したモンジ。そのままの勢いで鎧武者の頭を鷲掴みにすると、兜ごと後頭部を地面に、叩き付けたッ!


 反動で跳ねる返る黒武者。モンジは、その腹に馬乗りになると、腰の回転を活かした直線的な拳打で、漆黒の仮面ごとーー。


 殴る!殴る!殴る!殴る!殴る!殴るッ!!


 顔面を粉砕。仮面も粉々になりかけ、その地面には血溜まりが出来始める。

 モンジは馬乗りのまま、殴った拳を手刀に変え、指先を鎧武者の首に合わせ、一気に突きーー!?


 ガシッと、腰に(まと)わりつく何者かがいる。視線を落とすと、イエ姉が女座りのまま腰にしがみ付いていた。


 顔を上げたイエ姉と視線がカチ合う。

 彼女は、眉を(ひそ)め顔も髪もクシャクシャにして、その垂れた大きな瞳から涙を溢れていた。


「【……サキ姫さま】」(サキ姫?)


 頭の中で、無機質な声が聞こえた。ついでに俺の口からも出ていた。


 硬直したままのモンジに、首を横にブンブン振りながら、彼女は必死に訴えかける。


「モ"〜、ダエ、ダエ!コ、オ、ヒ、ジャ…。ダエ!コ、オ、ヒ、ジャ…。ダエ!」


 モンジは驚いたように目を見開くも、モンジのその瞳はいつもの緑色では無く、酷く濁った灰色をしていた。


 まさしく死人のような眼だった。


 彼女の訴えにモンジは小さく、けれどしっかりと頷く。


「【……御意】」(!?)


 頭の中でまた声がする。そして俺の口も勝手に同じセリフを吐いている。


(一体どうなってる。体が誰かに乗っ取られているみたいだ。これじゃまるで……狐憑きじゃねぇか!まさか、ホントの狐憑き!?)


 自分の中に、もう一人得体の知れない誰かがいる。しかもコイツに体の主導権を奪われている。

 得も言われぬ不快感に、意識体だけの俺は困惑していた。そんな俺を置き去りに、また勝手に体が動き出す。


 ピクピクと痙攣(けいれん)し続ける鎧武者。跨る足を離しモンジは、仰々しいまでにイエに対して、頭を垂らし(こうべをたらし)跪いた。


「【……失礼仕る】」


 そう言ってモンジは、おもむろにイエ姉をお姫様抱っこで抱える。彼女は、ヒャッと小さく声をあげ、目をまん丸くさせて、まるで狐に摘まれたような顔をしていた。


「【……では、参る】」


 そう一言モンジは呟くと、いきなり走り出す。

 音も無く、周りの景色も消し去り、人間離れしたスピードで駆け出していた。

 余りの速さに目を回したイエは、堪らずモンジの首にしがみつく。軽く眉尻を下げるモンジは、彼女に視線を落とし、微笑んだ。


 すぐに視線を切り、目を細めたモンジは前を向く。

 滑るように走り、森の中で更に加速する。モンジは山道を、一気に駆け上がって行った。


 尋常ならざるスピードで、木々の間を風のようにすり抜けるモンジに、意識体だけの俺もまた目を回していた。


(クッ!何なんだよ!……どんな走り方してんだよコイツ!)


 毒付く意識体の俺に、我関せずと無言を貫くコイツ。無愛想なコイツの向かった先は……。ハト爺の工房だった。


 前回来た時は気付かなかったが、工房の裏手で離れにある火気厳禁と書かれた建物が見える。

 足音も立てずそこに辿り着くと、まるで壊れ物のようにイエ姉をソッと降ろして、コイツは辺りをグルッと見回した。


 誰もいない。

 さすがに、ここまではまだ賊ども来ていないらしく、ハト爺の姿もしかりで、人の気配はしなかった。コイツ的に、隠れ家的な場所だから多分、ここなら安全だと思ったに違い無いけど。


 だけど、なんでコイツは、この場所を知ってるんだ? 普通に疑問が湧いて来た。


(なんで、お前さ。この場所、知ってんの?)


「【……】」


 ガン無視かいッ!

 あいも変わらず俺を無視し続けるコイツは、戸惑い佇むイエ姉の前で地面に片膝を落として。


「【……村の掃除に参る。失礼仕った】」


 そう言うや否や、踵を返し走り出す。訳も分からずイエ姉は、ただポカーンと口を開けている。

 しかし、すぐにハッと我に帰り、両手を口の横にそえて拡声器のようにするイエ。

 大切な彼を慮り、拙い言葉を懸命に吐き出していた。


「ジ、ナ、ナ、イ、デ! ヤク、ゾ、グッ」


 少年の姿が見えなくなっても彼女は、手を振り叫んでいた。彼女の願いはひとつだけ。また必ず、生きて会えることを願って。

 


ありがとうございました。

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