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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
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トラウマ

 よろしくお願いします。


 暗いな。


 曇天の空は月を隠し。

 仰いだ俺の目にはこの空が途方もなく深い、夜の海原に見えたんだ。


「やっぱ、クジラだよな……」


 空に浮かぶ飛行船がまるで。

 深海を優雅に泳ぐ鯨に思えてしまい、つい口走っていた。


「……クジラ?」


「うん。デッカい魚擬き……」

「魚もどきって、なにそれ〜、ウケる〜!」


 顔が煤まみれのバンビがキャッキャ笑って、楽しそう。なんでだろう、こいつのこんな顔見てたらイジりたくなった。


「鼻の下まっ黒なお前の顔も、プフッ、ウケる」

「な、え、えっ! ……笑うなっ! も、モンジだって、モンジだってチョビ髭じゃん!」


 バンビが真っ赤な顔をして、汚れた顔を必死に袖で拭う。


「あんま見ないで! こっち見ないで!」


 でも、そんな彼女が微笑ましく思える。

 羽はオンボロ、操縦桿はすかすか。

 このグライダーは今にも落っこちそうな状況なのに。


 なんだこれ。……俺、危機感が薄い。


「モンジのチョビ髭もあたしが拭いてあげる」


 イエ姉救出に全身全霊をかけなきゃならない現状なのに……。


「……エヘヘ、綺麗になったよ」


 俺さ、思うんだけど。

 やっぱ、こいつと居ると……凄く楽しいんだよね。


「……ありがと」

「いいよ別に!」


 バンビの白い髪が風になびく。

 こいつはイエ姉とは違うから。

『紋次』じゃなくて『十一』である俺を、モンジを助けてくれる。


「もうすぐお姉さんに会えるね」

「そうだな。……お前のお陰だな」


「エヘ、嬉しい?」

「そりゃあ、嬉しいだろ」


「じゃあ、あたしはモンジの一万倍嬉しい」

「なんだそりゃあ」


 ほんと、変わりもんで不思議な奴。


「じゃあ、俺は十万倍」

「だったらあたしは、一億万倍!」


 なんだそれ……。


 だけど。

 俺はたぶん、こいつとは一生良い関係でいれると思う。もちろん男女の関係以前に。


 いい友達としてずっと、たぶん死ぬまで……。

 


「バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ……」


 エンジンは生きてる。

 俺達はまだ空を飛べている。


 徐々に下降していた機体を、全開に操縦桿を引いて機首を持ち上げ、アクセルを解放してゆく。視界を埋め尽くすのはイエ姉の乗る飛行船だ。


「……バンビ」

「……うん」


「行くよ」

「うん……」


「心の準備は出来てる?」

「だから、うんてば、しつこいなぁ。モンジは男の子なんだから、ガツンと遠慮せずに行けばいいの! あとの事はあたしが何とかするから、気にすんな」


 いい顔でこんな事を言いやがる。


 ……何とかする、か。

 少女に言わせる台詞じゃねぇな、ったく。


 それでも決戦を前に、映画の主人公みたくカッコいい台詞で決めたい俺は。


「……ぶ、豚もおだてりゃ木に登る」


 緊張のあまり、洒落た言葉が出てこんかった。思いついたのがこれだった。自分にガッカリだよ。


「ププー、なにそれぇ、ウケるぅ」


 ……小馬鹿にしやがって。

 仕方無しに俺は、ありのままの素直な気持ちを吐き出していた。


「……バンビ、お前は最高だよ。マジで」

「えっ!」


 目をまん丸にして驚くバンビ。

 照れ屋な俺は、当然こいつを無視してアクセルを全開放。


「バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ!」

「おっしゃあっ、張り切って行くぞおおお!」

「ちょっとぉ、デレるなら、キャ〜〜〜ッ!」


 高回転のエンジンが唸る。

 高度を上げて加速してゆくグライダー。

 目標はあいつ、並んだドデカい風船の後ろのヤツ。


 これでやっとイエ姉に会える。

 胸の奥が焼けただれたみたいに、辛くて苦しい最低な気持ちとも、やっとおさらば出来る。全てが終われば平凡な毎日が待ってる。


 そう思うと、否が応にも気持ちが昂ってきて。


「ぬおおおおおおおおおおっ!」


 森山村での平和な暮らしを思い、心踊らす俺は。

 どこか、花火大会の始まる前にも似た浮ついた気持ちで、突撃していったんだ。


「イエ姉ぇええええええっ!」

「モンジいけえ〜〜〜〜〜っ!」



♦︎



 船内にて。

 洋装の部屋で目を合わせた杏子と胸骨は、瞬きを繰り返していた。


「ねえ杏子。さっきの子って……」

「ええ、確かに。あの男の子ですね……」


「クッ──」


 ──こうしちゃあいられない!


「っあ!」

「待って!」


 放心している杏子と胸骨を強引に振り切り、イエは走り出していた。


「一人じゃ危ないですっ、イエさま!」

「もうびっくりしちゃった。イエちゃん、すんごい力なんだもん」


「そんな呑気に、感心している場合じゃありません! 追いかけますよ、胸骨さん!」

「もう、うるさいわねぇ。急に大声出さないでよねぇ」


 杏子はうろたえ訴えかけるも、胸骨は眉間に皺を刻んで耳を塞いだ。


「うるさいとは何ですかっ、うるさいとはっ! これは緊急事態なんですよ!」

「はいはい、分かったから静かにして。私、人より五感が鋭い方だから、あんたのキンキン声が頭に響くのよ」


「キンキン声とは何ですか!」

「あーっ、もう、うるさい!」


 イエの事を忘れ、喧嘩を始めた二人。

 彼女らを尻目に船内通路へと飛び出したイエは、すぐに辺りを見回し、甲板へと続く登り階段を探したいた。と、ここで。


「スンスン、??」


 船内に充満する匂いに彼女は顔をしかめた。


「スンスン、スンスン……」


 程なく場所が特定できて、そこに視線を向ける。


 もしかして、この匂いは……。


 通路の先から焦げ臭い匂い、火薬の匂いが漂ってきて、彼女は恐る恐る歩きだす。


 通路の先を進み。

 匂いのする部屋の前、半開きの扉の前で立ちどまり、中を覗き見た。


「パンッ、パパンッ! クッソ、暗く見ずれぇんだよ」

「おいそこっ、黙って撃ち続けろ!」

「へえ〜い。パン、パン、パパン!」


 そうっと中を覗くと。

 案の定、船内には発砲音が響き渡っていた。

 それも勿論、難聴の彼女には聞こえる筈も無く。

 イエは勘と匂いだけでモンジに仇なす物と決めつけ、邪魔する決意を固めた。


「う〜、う〜」


 辺りを見回す彼女。

 丁度よく壁に掃除用のモップとバケツが立て掛けてあり、イエは迷わずモップを手にしていた。


 ランタンの灯る薄暗い通路。

 飛行船とはいえ船内は、一般的な巨大船を模して造られている。


「……ゴクリ」


 生唾を呑むイエの表情は真剣そのものだ。

 彼女は、モップを胸に抱えて真っ直ぐに伸びた通路を進んでゆく。


 扉の前で佇むイエの傍らには、いつのまにかフクがいて。


「……フク」

「ピュルル……」


「……勇気、ちょうだい」

「ピュル、ピュルー!」


 柳眉を逆立て彼女は扉の中に踏み込んだ。


「……これはイエ様。いかがされました?」


 飾り兜の隊長らしき人物に声をかけられ戸惑うイエ。

 左右に五人づつが小脇に砲筒を抱えている部屋の中で彼女はひとり、固まってしまった。


「ささ、ここは危のうございますので、お部屋にお戻り下さい」

「んん〜〜」


 近寄る隊長に、いやいやしながらブラシ部分を前に突き出し、モップを構えるイエ。


 そこで彼女を捕えようと伸ばした隊長の腕に、フクは鋭いクチバシを突き立てた。


「痛っ! こんのクソ鳥っ、どっから迷い込んだ!」


 怒りを露わに隊長は懐から小型の銃を取り出して、フクへと銃口を向けた。

 薄ら笑いで撃鉄を引く隊長にイエは。


「ダメ!」


 無我夢中でフクに覆い被さっていた。

 イエの行動に吃驚した隊長は、思わず引き金を引いてしまった。そして──


「──ッダン!」


 銃口から漏れる紫煙。

 部屋に広がる硝煙の匂い。

 目を剥く隊長と、うずくまるイエ。

 それと。


「……イエ様」


 爽やかな香りにイエは顔をあげる。


「お怪我はございませんか?」


 そこには、彼女を抱きしめる金髪碧眼の美青年、背骨が微笑んでいた、


「……あ」


 イエの白い頬に赤い雫が垂れてくる。

 見れば、黒装束姿の背骨の肩口から、血がポタポタと滴り落ちていた。


「ワシの所為じゃあ無いです! イエ様が勝手に──」

「ああああああああっ! だれっ、誰がやったの!」


 言い訳がましい隊長の言葉を遮ったのは、突如部屋に押し入ってきた胸骨だ。


「……背骨。……イエちゃん。……あんたら、絶対に許さない」


 彼女は部屋に入るなり背骨とイエの様子を目にして、突沸したように怒りを露わにした。


「ですから、イエ様が御乱心なされて……」

「うるさいっ! お前がやったのかああああっ!」


 爪を立てる胸骨は、さながら狂人のよう。

 後ずさる隊長を前に彼女は、聞く耳もたぬと鋭い爪で襲いかかった。


「おわ、おわ、あわわ!」

「死ね、死ね、死ね!」


 胸骨の猿みたいな素早い動きに、拳銃を盾に防戦一方の隊長は顔が引きつらせた。


「死ねっ!」

「がはっ!」


 隙を突いた胸骨の回し蹴りが隊長のこめかみを容赦なく捉え、彼を思いっきり床板に叩きつつけた。

 

「落ち着いてくだされ、胸骨様!」


 慌てた部下の一人が胸骨に銃口を向ける。


「お前も……」


 この行為が火に油であった。胸骨の怒りが爆発した。


「お前もかああああああっ!」


 彼女の怒りが射出室内全員に飛び火する。


「「うわあっ、胸骨様が御乱心なされた〜! 誰か止めろ〜! ギャ〜〜!」」


 瞬く間に乱闘となる室内。


「「ぎゃー! 胸骨様を取り押さえろ! 胸骨様の爪には毒が、どふ、ぐえ! 痺れる、助けてぇ! ひぃ〜、逃げろ〜」」


 たったひとりで十人もの男達を手玉にとる胸骨。

 阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れる。髪を振り乱して暴れる彼女を、もはや誰も止める事など出来ない。


「あわわわ、どうしましょう、どうしましょう。あ、イエ様!」


 出入り側。

 どっちつかずでオロオロしていた杏子は、イエを見つけて駆け寄ってくる。


「イエ様、こんな野蛮な所から一刻も早く離れましょう」


 大乱闘を横目に杏子は、イエの袖を引っ張り、退室を促す。が、しかし。


「ちょっと、ちょっと待って……」


 腕を引っ張る杏子を押し留めイエは、胸元からハンカチを取り出し、傍らにいる背骨の肩口に押し当てた。


「……かたじけない。……あ」


 イエの行動に恐縮する背骨は、イエの持つハンカチを掴もうとして誤って手を握り、恥ずかしそうに目を逸らす。


「やめてください! イエ様のお手が汚れてしまいます!」


 杏子に繋いだ手をペシッと手をはたかれ、背骨は立ち上がろうするも。


「ダメ。ちゃんと、止血して。お医者に、いくよ」


 イエに両手で頬を押さえられ、困惑してしまい、ついこんな事を口走った。


「……お医者と言われましても、これぐらいの傷は日常茶飯事で、大した事は……」

「メッ、ダメ! お医者いくの、分かった! 杏子ちゃ、お医者、どこ?」


 しかし、イエは譲らない。

 子供みたいに叱られて背骨は黙り込む。


 大混戦の部屋の中をしかめつ面で眺めていた杏子は、やや驚いた素振りで答える。


「軍医様なら、階段を降りて船尾の部屋におりますが……」

「ありがと」


 ニッコリと微笑みイエは立ち上がる。すかさず背骨の手を握り、部屋を出ようとしたその時だった。


「っあ! キャッ!」

「おい、邪魔なんだよ、おんな!」


 イエは男に蹴られて尻餅をついた。


「イエ様!」


 彼女は駆けつけた援軍の一人に蹴りつけられていた。


「……て、お前はあん時の女じゃねぇか! それに毛唐、お前も何でこんな所に……」


 先日のチンピラ三人組である。


 背骨の眉がピクリとあがる。

 爽やかな面差しが、見る見るうちに鬼の形相へと変わってゆく。


「……杏子、イエ様を部屋の隅にお連れしろ」

「は、はい!」


 イエの傍でただならぬ殺気を放つ背骨に、杏子は肝を冷やす。


「あたし、平気。あなた、怪我してる」


 イエは不穏な空気を察っしてか。

 気にしないでと彼に優しく訴えかけるも、前髪で表情を隠した背骨はゆらりと立ち上がり。


「イエ様、お手間は取らせません。暫しお待ちくだされ」


 強気の発言ではあるが。

 鉛玉を食らった彼の右腕はダラリと垂れ下がり、その指先から血を滴らせていた。圧倒的に不利な状態でチンピラ風情と相対する。


「兄貴、やばいですぜ。こいつ、俺達の上官ですぜ」

「うるせえ、分かってんだよそんなこと」


 きゅうに腰が引ける二人に、痩せた男がポツリと。


「……殺しても空から放り投げれば死体も見つからんだろ」


 ニヤリと卑しい笑みを浮かべる三人に、表情を隠したままの背骨は。


「……確かにそうだな。もし俺を殺しても死体はでないだろうよ。ふふ、構わん。無礼講だ、かかってこい。お前らのクズさ加減に、俺も遠慮なくお前らをぶん殴れる」


 左腕一本でファイティングポーズをとる背骨に、チンピラ三人組は余裕の表情を見せる。


「無礼講だとよ。上官殿がそう言うなら、ワシら下っ端は命令に従わねーとなあ!」

「ああ、そうだな」

「なんでもありの無礼講でさぁ」


 先日の恨みとばかりにチンピラ三人は背骨ににじり寄る。


「クズにはクズのやり方で相手をしてやる。ふん、さっさとかかって来いカス共」


「ふざけやがって毛唐が! やっちまえ!」

「「っおう!」」


 目の前で大喧嘩を始めた男共に、杏子は頭を抱えて狼狽えた。


「もう、めちゃくちゃですう〜〜っ!」


 大混乱の室内で杏子は、逃げるようにしてイエの手を引き、ひとり叫んでいた。

 




「モンジほら、パンパン鳴ってた音が静かになったよ」

「確かに……」


 弾幕が急に消えた事に違和感を覚えるも。


 敵さんも空中戦に慣れてきたのか、奴らの射撃の精度も侮れなくなり。

 ゴリ押しの乗船作戦はやむ無く様子見と相成り、俺達は気勢を削がれたまま、飛行船の周りを飛び回っていた。


 エーティーフィールドは弾丸に弱い。


 これがネックだった。

 俺達は鉛玉を避けつつ、弾幕の薄い箇所を探して船の周りをグルグルと旋回していた。


「……弾切れってヤツかな?」

「理由はわかんない。でも今がチャンスだから、早く乗り込もうよ」


 バンビの言う通り、今しかない。

 俺は体重移動でグライダーを傾ける。


「じゃあ、1、2、の3で突っ込むからな! サンだよ、サンで突っ込むからな!」

「もう、何回も言わなくても分かってるよ! あと、モンジもお願いね」


「ああ、抜かりねぇ」


 そうだ。

 乗り込むにあたって、バンビと俺で役割分担をしていた。

 車で例えると、バンビはバンパー役で俺はエアバック的な感じなんだけど、分かるかな?


 まぁ、簡単に説明すると。

 まずはバンビに全面と真横に大きく展開していたエーティーフイールドを徐々に小さく狭めてもらい。

 これが完成したら、この中に衝撃吸収剤をぶち込むのが俺の役目なんだけど、こんな感じ。


 そして忘れてはいけない大事な確認をバンビにとらねば。


「ちなみに、バンビって小虫とか得意なほう?」

「……モンジって馬鹿なの。そんな女の子がいる訳ないじゃん。あたし、虫を見ただけでムシょうに虫唾が走るもん」

 

 だよねぇ。

 俺からの質問に、下手なダジャレ込みで心底イヤそうな顔をするバンビ。


 何故こんな質問をしたかと問われると、言わずもがなで。


「モンジ、ごっちゃんです」


 チリチリ女の時の応用だ。

 俺達の四方と上分をコンパクトに不可視の壁で覆ったバンビは、何故か角界用語でOKを下した。


 ニヤけるバンビがこいこいとせがむので、俺も仕方なく。

 

「……ごっちゃんです」


 しぶしぶ返してやった。


「ごっちゃんです!」


 バンビは妙なテンションでお相撲さん風だった。


「ぶふうー、何だよそれ!」

「モンジだって変な喋りかた!」


 決戦を前にケラケラ笑う俺達。

 何気ないバンビとのやり取りが滅茶苦茶楽しい。

 

 こんな気分にさせられたのは、向こうの世界で勇作と馬鹿話していた時以来かもと。

 胸の奥に懐かしさがじんわりと込み上げてきた。


「随分遠くに来たもんだよ、まったく」

「……どうしたの?」


 感慨に耽るのも一瞬で。

 小首を傾げるバンビの頭に手を置いた。


「子供扱いしないで!」


 イケメン風を装ったつもりが、パシッと手を払い退けられた。


「はいはい、バンビちゃんは大人だもんな」

「まーねぇ。あたしこう見えて、モモみたくボーボーだもん」


 またそれを言う。

 こいつの大人の定義はどこにあるんだろう。

 それにモモだって、知らない所で俺なんかにそんな下事情を暴露されてるって知ったら、本気で泣くぞ。どっちみち確認の仕様のない話だけどな。


「モンジはヒヨコの産毛だよね」

「……」


 この野郎、マウント取ってきやがった。こいつ、つるつるの癖に……。


 だが、嘘と分かっていても青春ど真ん中の俺には、女子の下事情にツッコめんのよ。


 なので、ドヤ顔で胸を張るバンビに渋めの苦笑いを返した俺は、グッと拳を握り、邪念を振り払い、改めて気合いを入れ直した。


「……馬鹿話もこれぐらいにして、行くぞ!」

「……うん」


 弾幕は止んでいる。

 千載一遇のチャンスってヤツだ。

 バンビの準備も万端、あとは俺次第。


「ふぅ。……いち、にいのさん。モンジッ、いきま〜す!」

「バンビッ、いきま〜す!」


 アムロよろしく。

 俺は風船部分を旋回していたグライダーを下降させて、下にくっ付いてある船の甲板めがけて突撃した。


 作戦としては単純で、グライダーごと船に乗り込む作戦だ。


 アクセル全開。

 機体はぐんぐんと加速し、瞬く間に船が目前に迫る。あとは真っ直ぐ飛べれば甲板に突き刺さる、はず。


 と、ここまで来て甲板上に人影が……て。


「……赤毛の野郎」


 見開いた俺の目には、ド派手な傾奇いた衣装の赤毛、薄ら笑いの清光の獅子面が映り。


「ッオン!」


 バンビの造った箱型のエーティーフィール内部に黒の式神を解き放ち、ヤツ目掛けて突進した。


 薄ら笑いの清光に妙な寒気を覚えた俺は。

 ほぼ瞬間でシート周りを黒く覆い尽くした中で、バンビの頭を更に下へと押しやり、俺自身も彼女に覆い被さった。



 その一方。

 甲板上で、鞘から刀を抜き取る清光がいた。


「は、ははっ! 小猿、待ちくたびれたぞ」


 口から覗く犬歯を光らせ、モンジの乗るグライダーを見据える清光は、抜き身の刀を大上段に構えていた。


 猛スピードで突っ込んできたグライダーに、片眉をあげた清光が一閃。


「っふん!」


 ── ッキン!


 微かな金属音。

 グライダーが上下に分離する。

 機体の羽の部分は明後日の方向に飛び去り、下部分は甲板上をガリガリと走りる。

 挙句に、船首に積まれた木箱に勢いよく激突して、俺達のグライダーは大クラッシュ、見る影も無くひしゃげて、もうもうと煙をあげた。


 袈裟斬りで振り下ろした清光の刀は、グライダーを真横に切断していた。


「はっ、鬼丸国綱が刃こぼれを起こしておるわ。は、ははん!」


 刀身部分の中央、沸出来の小乱れの波紋がひび割れ、反りの強い部位の刃が欠けた名刀を一瞥した清光は、何の躊躇もせず無造作に床に投げ捨てた。


 そして俺は。


 上半分がすっかり喪失した不可視の壁から、ひょっこりと顔を出した。


「……オフ」


 あの黒い小虫達がホイホイハウス、もとい腰にぶら下げてある黒い箱に帰ってゆく。


 体を確かめて頷く。

 衝撃に備えてエアバック代わりに張った黒の式神が功を奏したのか、大事故の割に俺の体は無傷ではある。


「クソ、石川五右衛門の斬鉄剣かよ、ったく。また、つまらぬ物を斬ってしまった、てか。……おい、バンビ。お前は生きてるか?」


 気づけば、俺の股ぐらにいたはずのバンビが居なくなり、心配になって声をかけてみた。


「……モンジ見て見て」


 バンビの声がしてホッと胸を撫で下ろす。

 そしたら声のした座席の下、てか俺の股ぐらからこいつは頭をだして……。


「ちょんまげ」


「……」


 俺は言葉を失った。


「ほら、ちょんまげ」


 何してくれてんだ、こいつ。

 このバカは俺のはみ出した横ちんを頭に乗っけてやがった。……しかも。


(ちん)はバンビでおじゃる。おちんはバンビで、おじゃる。このおちんちんはモンジでおじゃる」


 公家っぽく、ハッチャケてやがる。


 バンビの奇行に死んだ目の俺は、口を結んで黙り込む。


 いやいや、そんな事はどうでもいいんだよ。


「おい、お前何やってんだよ」

「おじゃるでおじゃる」


「……まあ、いいや。それより怪我は?」

「……痛いとこは無いよ、うん。……ふふ、モンジのおちん、なんか面白い」


 この野郎……。

 クスクス笑うバンビが無性に腹立たしい。


 まあなんだ。

 俺のおちんで遊んでる時点で心配なんて不用なんだけど。


「それより結構ヤバかったんだぞ。これ見てみろよ」

「……ほわ〜、天井が綺麗さっぱり無くなったね」


 自分で張ったエーティーフィールド然り。

 グライダーの上部、羽部位も然り。

 ただのゴミクズとなったこの機体も然りで、今更えらく驚いて見せるバンビに頭を抱えてしまった。


 そんな中。


「おい、小猿」

「ッひ!」


 任侠映画にありがちな、この気迫たっぷりの濁声に肩が跳ねた。


「……と、てめぇはシカク(バンビ)か?」

「っにゃ!」


 猫みたいに鳴いて、さっと俺の股ぐらに隠れるバンビ。


「ははん、シカク、てめぇの手引きか。どうりで、このガキ一匹にしちゃあ、この手際の良いと思うたわ。有り得ねぇと思っていたが。ははん、蓋を開けてみりゃあそうか、なるほどな。お前の力が有れば納得出来るわ」


 合点いったと頷く清光に、バンビが俺の股から顔を出し。


「ひ、ひとりでも、モンジはやれば出来る子だもん! あたしのモンジを馬鹿にしないで!」


「……」


 俺を推してくれるのは嬉しいんだが、それは出来ない子の親が言う台詞。ちょっとヘコむ俺。


「は、ははんっ、そうかシカク。お前、寝返ったのか」

「はあ、寝返った? 最初っから貴方になんか、これっぽっちも忠誠心なんて持ち合わせていませんが、はあ? 気楽に週ニのパート感覚で働いてただけなんですが、はあ?」


 パンビが吠える、吠える。

 調子に乗って清光を挑発するバンビと、見る間に目が吊り上がっていく赤毛のおっさん。それと同時に俺の顔色は青ざめていく。


 ヤバいな。

 前回のトラウマなのか、赤毛のおっさんに睨まれると恐怖が先立つ。さっきからサブイボが半端ない。


「は、はは! そうか、そういうことか。はは、はっ、はは、はは……」


 おっさん、口では笑ってはいるが、目が笑ってない。


「そうですぅ〜。おっさんのストーカーはキモいし迷惑なんですぅ〜。ほら、モンジも言ってやって、あたし達はバカッブルだって言ってやって!」


 俺をせっつくバンビ。

 もう、冷や汗が止まらない。

 このバカ、どうしてくれよう。


 当初、このバカの作戦はコッソリこそこそ大作戦のはずだった。


 それをなんだよこれ。

 ちゃぶ台返しも甚だしいだろ。

 チラッと見ると、清光は獲物を狩るような目で俺達を見ていた。


 赤毛に過度な刺激は愚策と判断した俺は。


「バンビ、もうそんぐらいにしとけ。それに何でお前がそんなにブチ切れてんだよ」


 バンビの肩を揺らして小声で宥める。


「……あいつ、モンジを小猿って言った」


 そこぉ!?

 口を尖らせてバンビはそっぽを向く。


「あー、小猿だろうが子豚だろうが全く気にして無いから、お前はとりあえず落ち着け、なっ」


「……あたしは気になるもん。モンジは小猿じゃ無いもん」


 面倒くせぇなぁ、こいつ。

 

「分かった、分かったから。そうだ、後でリンゴ飴を買ってやるから機嫌を直せ」

「……や、リンゴ飴なんかいらない」


 ほんと面倒くせぇよ、こいつ。


「あー、だったら、なんかプレゼントしちゃるから。ほら、コレみたいな綺麗な石コロが付いてるヤツとか、どうよ」


 そう言って首にぶら下げているネックレスを取り出す俺。


 こんなやり取りをしている間にも、赤毛の野郎は指をポキポキ鳴らして近寄ってくる。焦る、焦りまくる、早く逃げないと。


「……いらない」


 ……なんなんだよ、こいつ。空気読めや。


「分かった。じゃあ、何でも言うこと聞いてやるから、な」

「……なんでも?」


 バンビの目が光る。


「お、おう、どんとこいだ」


「……じゃあ」


 赤く頬を染めるバンビに、嫌な予感がする。


「じゃあ、あたしをモンジのお嫁さんにして」


 ここで言うか。


 俺のふんどしのびろーんとしている所をイジイジ弄りながら、バンビは赤ら顔でチラチラと見てくる。


「……」


 結局これも先延ばしにしていた返事なので、一秒思い悩んで今の俺の答えを伝えた。


「……ごめんなさい」


「なんでっ、なんでよ! あたしの何がイヤなの、なんで、なんで。……あたし何でも直すから、答えてよ!」


 決河の勢いで詰め寄るバンビに、俺は仰反る。


「イヤとかそういうんじゃなくて、まだ早いって言うか。俺的にはデートとか重ねて二、三年? いや五年後くらいかな、そんぐらい経ったら、そういうのもアリかなぁ、なんて……」


「五年後なんて遠いよ!」


「はっ! 五年後の話なんて随分と余裕があるんだな、てめぇらはよう」


 気づかなかった。

 気配を感じなかった。

 いつのまにか清光は俺達の真後ろにいたんだ。


「まあ、こんだけ派手にやらかしたてめぇらにゃあ、寸刻後の未来すら無ぇけどな……。特にシカク、てめぇにはな──」


 清光の体がブレる── ッバンビ!


「ッガ!」


 バンビに飛びついた瞬間、俺はぶっ飛んだ。

 頭を大岩でぶん殴られた衝撃だった。

 勢いを殺せず、バンビを抱えたまま甲板上を滑る俺の背中はガリガリと削られ、そのまま船首の柵に激突して止まった。


「クゥ── ッ、痛ってぇな、こんちくしょう!」


 ヤバかった。

 背中がジンジンする。


「てめえ、邪魔しやがって……」


 睨みつけてくる赤毛がマジで怖い。


「うっせぇんだよ、馬鹿」


 なけなしの勇気を振り絞って反抗する。


 そりゃあそうだろう。

 なにせこいつはバンビを狙いやがったんだ。

 神速の赤毛の拳打に、たまたま俺の体が反応してくれたから良かったものの。


「はっ、裏切り者には粛清だろうが! そんな事も分からねぇのかてめぇは、このたわけが!」


「し、知らねぇよ、バカちん」


 怒涛の如く怒鳴りつけてくる赤毛に、もれなく日和る俺。


 本当の所は。

 こう強がってはいるけど、いかんせん。

 一発殴られたダメージなのか、視界はぐるぐる頭もボヤけて、足も腕もガクガクだった。


「モンジ、血が出てる。血が出てるよ!」


 バンビが騒いでる。安心させなきゃ。


「……気にすんな。血なんて、たまに鼻血が出るくらい有り余ってんだから」

「鼻血のレベルじゃないよ!」


 クソ、また赤毛が近寄ってきた、どうする。

 バンビと会話しながら俺は、清光の動向を窺っていた。


「あー、どうでもいいよ。それよりお前は平気──」


「っどうでも良くない!」


 思考が停止した、バンビの迫力に驚いた。


「あ、はい……」


「ちょっと待ってて」


 そう言うと。

 バンビは胸元から手拭いを取り出して、俺の頭に巻いてくれた。


 ほんのりと温もりのあるこの手拭いに。

 なんだろう、少し照れ臭く感じる。


「……ごっちゃんです」

「はい、ごっちゃんです」


 照れ隠しのごっちゃんに、バンビも嬉しそうに答えくれた。


「おい。なに勝手に見せつけてくれてんだ、てめぇら」

「痛っ!」


 やっちまった。赤毛から目を離しちまった。


「いでででででで!」


 頭が、いや髪が痛い。

 床板から腰と体が浮いていく。


「うるせぇ、小猿だな」

「モンジ!」


 バンビの巻いてくれた手拭いごと、髪の毛を鷲掴みにされた。赤毛の片腕一本で宙吊り状態になった。


「なあ小猿よ。てめえには、ワシの船団に対する落とし前つけてもらわにゃあ、気がすまねぇんだわ。分かってんのか? ああ"!」

 

 俺の真横に赤毛の獅子面がある。

 そばにある獰猛な顔面に体が勝手に震える。それでも俺は脳味噌をフル回転させていた。


 だけど、どう考えても答えは一つだ。


「……バンビ、逃げろ」

「……」


 バンビだけでも助けたい。


「こいつは俺が何とかするから、早く逃げろ」

「……」


 ジッと佇むバンビに苛立つ。

 何してんだよバンビ、動けよ!


「走れよバンビ! 走れっ!」

「うっせえなあ!」


 邪魔くさそうに言い放った赤毛。


「ッドン! っおご!」


 強烈な一発を腹に食らい、モンジは苦悶の表情を晒す。


「バン、ビ、走、れ……」


 俯くバンビは拳を握り締めたまま動こうとはしない。


「は、はは! おい猿、てめぇがこのワシを何とかするのであろう。おら、おら、早う何とかせい! おら、おら、おら、おら!」


 喋りながら赤毛は、モンジをサンドバッグ代わりに殴りつける。

 

「っごふ、げふ、げへっ、どふっ……」


 脱力するモンジ。


「……ばん、び……にげ、ろ」


 搾り出すよう。

 宙吊りのモンジは、血と共に声を吐き出す。


「……だとよ。シカク、てめぇはどうするんだ?」


 試すように。

 赤毛はバンビに選択を迫る。


「……あたしは」


 答えあぐねるバンビ。


「ワシは信頼を裏切る奴は大嫌いなんだよ。だが、もしてめぇが戻るんなら、この小猿は生かしておいてやる。お前が寝返るつもりなら、ここでこいつの首をへし折ってやるが、どうするよ」


 モンジの命で叛逆か服従の二択を迫ってきた。


「……あたしは。……あたしは」


 逡巡するバンビ、そして……。


「……モンジ、ごめんなさい」


「は、は、ははん! 今回だけは特別に、胸骨からキツいヤツ一発でてめぇを許してやる。は、ははん!」


 俯くバンビは、清光にゆっくりと手を伸ばす。


「モンジ、本当にごめんなさい」


 ここで俺は気づいた。

 謝罪する彼女の本当の意味を。

 

 バンビの伸ばした手、開いた小指には、炎が灯っていたんだ。


「ッメラ!」


 清光を欺き、バンビは術を発動させた。

 次いで、モンジの髪の毛が勢いよく燃え出す。


「あちゃちゃちゃちゃちゃ──」


 暴れるモンジ。

 清光の掴んでいた髪の毛が燃えて離れ、モンジは真下に落下、床板にしこたまお尻を打ちつけ涙目だ。


「あ痛ぁ!」

「── ッモンジ!」


 すかさずバンビはモンジに駆け寄り抱きつくと。


「ルーラ!」


 電光石火の早業で二人は、清光の前から消え去っていた。


「……は、はは、ははんっ、は、はっ! してやられたわ。あの小娘如きに、はは、は、はっ、ははん!」


 一人残された清光は甲板上で笑う。


「は、はは、しっかし、感情を殺したシカクを短時間でこうも手懐けるとはな。はは、は、小猿もなかなかやりおるわ、はは、は、はっ、ははっ、は!」


 家臣が見れば驚くぐらいに、愉快、愉快と腹を抱えて笑っていた。


 ひとしきり笑った清光は、すぅと視線を流し。

 その赤眼に、未だ煙まみれの飛行船団を映した。


「……やりすぎたかのう」


 やや反省した様子を見せる。


「は、はは、この期に及んでワシともあろう者が、あの小猿ごときに何を望んでおるのやら」


 己を叱責するよう、こう呟く。


「はは、ははは! モンジとシカク、いやバンビか。ははん、面白い奴らよのう。ふふ、ワシが壊して彼奴が作り変える。はは、ははん。こんな大仕事を任せる奴らにゃあ、もっと試練を与えてやらねばならんのう。そうであろう、九郎よ」


 嬉しそうに口元を緩め。

 まっ赤な長羽織を翻した清光は、船内に続く階段へと爪先を向けていた。

 ありがとうございまた。

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