第95話 乙女の恋慕は凍らない11
しばらく談笑して茶を飲んでいると太陽が西に沈んだ。
太陰が現われ夜になる。
勘定をした後、ミズキとカノンは店を出る。
歩いていると、スッと夜風が殺気を運んだ。
背筋をからかうように刺す風が冷やっこい温度を投げかけ、悪寒という形で虫の報せを得る。
明確な敵意。
ソレと覚れる。
「いい加減にしろよ」
がミズキの意見だ。
別に自分一人ならどうこうにもなるが、
「他人を巻き込むなよ」
との愚痴も出る。
明敏なるカノンも事態は察知しているらしい。
その辺りの勘所はさすがに戦術級の魔術師としての教養だろう。
「色々と規格外だからな」
ものすごい棚上げでカノンを論評するミズキであった。
こうまでくると、
「何某かの陰謀か?」
程度は読み取れる。
結界を張ると同時に思考も進める。
そもそも本当に正常主義者のテロリズムならミズキをピンポイントで狙うことが不明だ。
たくさん……とまでは言わないが王立国民学院には一定数の魔術師がいる。
わざわざミズキ一人を狙う理由がない。
「政治的な問題か?」
先にも思ったことだ。
が、まさかヒロインたちが吹聴するとまでは思っていない。
あるいは明敏な推理と論理の飛躍……その双方を持つ人材が他国に要るとも考えられないこと能わず。
事実ギフトはその思索能力で核心を突いている。
だがそうなると別の問題が発生する。
曰く、
「不老不病不死」
そう命名しているミズキの能力。
不老は内的劣化。
不病は害的劣化。
不死は終的劣化。
内外問わず劣化を防ぎ、老いも病も無力化するのだ。
物理的に襲ってどうにかなるレベルでは議論できない。
つまりミズキを狙うと言うこと自体が、
「危険因子の排除」
の項目から外れることになる。
あくまで、
「相手方がミズキの能力の真威を知っているならば」
と注釈は付くにしても。
「ふむ」
スッと首を傾げる。
毒矢が側面を通り過ぎた。
躱す必要も無いのだが、デモンストレーション過多も考え物だ。
手の内を晒すのは軽挙だろう。
「殺していいんですか?」
カノンが問う。
「駄目です」
たしなめるミズキ。
倫理観として褒められる言動……、
「重傷程度なら構わんがな」
……そうでも無かったらしい。
「…………」
囲まれるミズキたち。
「計五人か……」
進歩がない。
あるいは人材がないのか。
自省する……ということを覚えないのはミズキから嘆息を引き出す。
およそ自己の危機管理の面で粗雑になるのはしょうがないが、にしても相手方のお粗末さはどうにも分からないことも懸念して。
カノンの方はむしろ活き活きとしていた。
元が戦術レベルでの魔術師だ。
その本懐は戦闘にあり、なお他の追随を許さない様子。
「頑張れ」
ミズキは一切をカノンに任せた。
戦闘の面に於いて信頼は出来る。
「――威力増幅――」
カノンのワンオフ魔術。
ゼネラライズ魔術の威力を底上げする魔術だ。
励起した魔術を執り行う。
謳歌。
宣言。
「――鎌鼬――」
ザクリ。
囲んだ襲撃者の二人が、脚の付け根から切り離される。
「――――」
苦悶の表情。
気にするカノンではない。
明らかに怯えと怯みを見せる襲撃者。
カノンの有り様はいっそ強かだ。
「――火球――」
上空目掛けて火の下級魔術……火球を撃つ。
花火と言うほど雅ではないが、火球にしては威力が大きすぎた。
閃光。
衝撃。
爆風。
爆音。
随時学院街を襲い、震撼せしめる。
そのあまりの爆発はどう考えても火球ではなかった。
「威力増幅」
その恩恵だ。
「一応手加減したんですけど……」
襲撃者たちに苦笑を向ける。
桃色の瞳は無邪気な様子。
「まだやるというなら消し炭にしますよ?」
異論のあろうはずもなかった。
 




