第85話 乙女の恋慕は凍らない01
「お帰りなさいませご主人様」
メイドが揃って出迎える。
「デュフフ。萌え~」
脂ぎった太めの青年だったが営業スマイルは崩れない。
ミズキの場合は、
「…………」
特に参加せず隅っこで本を読んでいる。
それが目立って先までは指名されていたが、此度の客はミズキに興味を示さなかった。
「こちらメニュー表となっております」
カノンが差し出す。
「紅茶とココアケーキのセットを」
「承りましたご主人様」
軽やかな笑顔。
「ついではどのメイドに奉仕して貰いたいか御指名が出来ますけれども」
「ではサラダたんで」
「承りましたわ」
口の端が少し引きつっていたが仕事は仕事として取り組む。
立派な勤労精神と言えたろう。
「…………」
ミズキは本を読むばかりだが。
「こちら紅茶とココアケーキのセットになります」
「ふふふ」
「紅茶に混ぜ物はご入り用でしょうか? よろしければ此方で混ぜさせて貰いますが」
「じゃあ、砂糖とミルクありありで」
「承りましたわ」
混ぜ混ぜ。
「どうぞご主人様」
「いただきます」
貴重そうに青年は紅茶を飲んだ。
「はあ。学院祭のお客様で……」
サラダが会話を相手取る。
「魔術師ですか?」
「ですわね」
旋律の笑い声。
「選民思想ではありますが……まぁ有り難いことかと……」
魔術師は希少なので人類の通念には成り得ない。
むしろ異端だ。
ミズキが襲われたのもその辺。
「魔術が見たいと?」
青年がそんなリクエスト。
「では不肖わたくしが」
とは謙遜。
サラダが不肖なら学院の殆どの生徒は不肖以下だ。
謳歌で術式を構築。
宣言。
「――燃焼――」
ボッと炎が手の平から生まれる。
あまり魔力を注いでいない。
それでも魔術には相違ない。
火種。
燃料。
その双方の欠けた現象。
熱力学に適わない現象。
それが魔術だ。
人の体力で出来ることは限られる。
その点、
『魔術』
という技術は体力を器用な現象へと昇華させる。
「神様の粋」
と言えばその通り。
場合によっては世界すら単体で崩壊させかねない威力だ。
さすがにそれほどの威力を出せる魔術は例外だが、
「…………」
その一角は無常で本を読んでいた。
シルクの髪。
パールの瞳。
彫刻ですら再現不能の美貌。
ピンと伸びた背筋。
男でありながらメイド服を着て、なお似合ってしまう業の深さよ。
「魔術は凄いですなぁ」
青年の客は喜ぶようにはしゃいでいた。
気持ちは共有できない。
そもそも魔術師は、
「魔術を使えて当然」
だと思っている。
それが全てでは無いにしろ、謳歌さえ覚えれば不可思議を起こせるのは魔術師の妙とも言える。
「どうすれば魔術師に?」
客の意見は非魔術師の総意だ。
「さあ?」
サラダは肩をすくめる。
先天的な異常者。
そうであるが故の魔術師なのだから。
「コツとか無いのかね?」
「あればいいですわね」
ニッコリ営業スマイル。
実質、
「論じるに値しない」
もサラダの本音だった。




