第72話 学院祭パニック13
「…………」
刺客が襲ってきた。
真っ黒い服を着た夜の溶ける暗殺者。
スタッブのプロは複数で、目の前の三人以外にもおそらく潜んでいるだろうし、ミズキにとってはそれこそやってられない面倒事でもある。
そこにあるのは、夜の星の見守る街道。
魔力による明かりはあるが、特別光を必要ともしていない。
「ミズキに限れば」
と注釈は付くが。
瞳が燗と燃える。
毒ナイフが一閃。
軽やかに躱す。
反撃は出来なかった。
弓矢の援護が飛んできたので更に躱したのだ。
左右から毒ナイフ。
「ヒュウ♪」
連携は高度に洗練されていた。
およその速度は上々で、その挟撃はたしかに人命を理不尽に奪うほどの説得力を持つ。
ミズキはその刃身を叩いて軌道を逸らす。
濡れている毒に構うこともしないらしい。
合気。
不条理が暗殺者の重心を捉えて翻弄した。
うち一人を石畳に叩きつける。
「っ」
自分が何をされたかも襲撃者は理解していないだろう。
ソレを踏みつけて彼はさらに加速。
もう一人の刺客に詰め寄る。
ナイフの一閃。
だが牽制と距離の取り方以上ではない。
見切って避ける。
トンと拳を当てる。
理屈は八卦掌と八極拳に相似する。
「?」
仮面の奥から困惑が透けて見えた。
何故殴らないのか?
そんなところだろう。
甘い目算ではある。
発破。
爆裂。
踏みつけた地面からニュートンが伝播する。
整備された街道がミズキの踏み込みで破裂した。
あまりといえばあまりな爆発的かつ暴威的な踏み込みから武術の秘奥……寸勁が繰り出された。
吹っ飛ぶ刺客。
石畳を転がる。
「――――――――」
追撃しようとしたところで矢による狙撃。
頭を捻って避ける。
すぐ傍を通り過ぎる矢をどうにか目の端に捉えていると、今度は別の刺客の毒ナイフが水平の薙ぎを繰り出した。
身を低くして躱す。
同時にミズキの片足が跳ね上がる。
蹴撃によって刺客の手に握っていたナイフが弾かれる。
そこからは神業だ。
傍目には一瞬。
刹那の出来事。
ミズキには平常だが。
「――――」
呼気一つ。
正中線を蹴りで穿つ。
眉間。
喉。
心臓。
股間。
「――――――――」
犠牲者が何を思ったのかも既に覚れず。
足刀が一瞬で刺客を無力化した。
ここで漸く石畳に叩き付けられた刺客が襲ってくる。
ミズキはヒラヒラとナイフを躱す。
「何をしているのか?」
それはミズキ以外の当事者が誰も思うところだろう。
距離はつかず離れず。
「攻撃を加えないのは何のためか?」
答えはすぐだった。
武威を感じたミズキが加速。
刺客に足払いを掛けて、
「ふむ」
バランスを崩した刺客を肉壁にする。
そこに矢が飛んだ。
彼を狙ったはずの矢が、体勢を崩した刺客に刺さる。
要するに同士討ち。
矢に毒は塗られていて、ある種の致命傷だろう。
「――治癒――」
毒矢の刺さった刺客を治癒して、首元に一撃。
鮮やかな手刀だった。
簡便に意識を奪う。
それから、
「――疾駆――」
風で加速する。
飛躍的な加速で矢を弓につがえた刺客の高度まで跳ね上がる。
建築物の屋根の上。
「っ」
困惑。
然もあろう。
が、事実は事実として此処にある。
矢を捨ててナイフを装備。
その機転は賞賛に値するが、
「まず毒ナイフを持った三人の刺客を一瞬で無力化した」
ともなれば残り一人がどこまで戦えるか。
はなはだ心許ない。
と云うよりはっきりと、
「無理」
の二文字だ。
――中略。
およそ決着がついて警備隊に刺客を引き取って貰い、散歩の続き。
「ミズキは強いですね」
ギフトの眼はキラキラとしていた。
憧憬。
「色々ありまして」
当然ギフトの知るところではある。
が、魔術師が近接戦闘で暗殺者を圧倒するというのは、
「能力の割き方がどうなっているのか?」
との懸念もある。
ミズキにしろギフトにしろ、
「まぁねぇ」
との様子だが。
「さて」
「さて?」
「散歩を再開しますか」
それは健全な提案だった。




