第29話 へっぽこなりし治癒魔術10
「なんでこんなことになった……」
「ふん。わたくしと肩を並べることこそ光栄なる栄光だと思ってほしいですわね」
「空虚なる虚空を感じるんだが」
それがミズキにとっての現実の実現だった。
コトの起こりは、少し時間を遡る。
ミズキが、セロリとカノンを連れて、学食で食事をしていた時、
「へっぽこ!」
凛とした声が、ミズキを異名(蔑称ともいう)で呼んだ。
傲慢さと高貴さが一対一でブレンドされた声だった。
ミズキは、レタスサラダをシャクリ。
「どうだ。翻訳具合は?」
カノンに水を向けた。
「やるなら一極集中が基本です。今は火属性の中級魔術を『神話の詩』に翻訳しているところですね」
「よくやるよ」
ミズキは苦笑する。
「聞きなさいへっぽこ!」
あっさりとスルーされたことに癇癪した声の主……サラダ=シルバーマンが声を荒らげたのだった。
「シルバーマンですね。殺しましょうかミズキ?」
いとも平然と、カノンは殺意を口にする。
「サラダは学院の財産だ。そう気楽に殺されたら困る」
ミズキは、
「やれやれ」
と制する。
「ならどうするの?」
これはセロリ。
「何か用ですかドラゴンブレス?」
しょうがなくサラダに視線を振って、ミズキは要件を聞いた。
「へっぽこ!」
「たしかにへっぽこだが」
「というか……み、ミズキ!」
「おや……まぁ……」
目を白黒させる。
サラダが、頬を赤く染めながら、彼の本名を呼んだ。
今まで彼を指して、
「へっぽこ」
としか呼んだことのないサラダが――である。
「良薬口に苦し……かな?」
無論のこと言葉にはしないが、決闘の一件が響いているのだろうことは、ミズキでなくともわかった。
「ミズキ」
「なんでっしゃろ?」
「遠征の支度をしなさい」
「…………ほ」
卵スープを飲んで一息。
沈思黙考にも時間はかかる。
最終的に、
「なぜ?」
と問うたのも責められるべきことではないだろう。
「わたくしとミズキとで、グラス砦へ遠征実習をするのですわ!」
カルテジアン劇場の観客が、完全に白けきった。
「…………」
「…………」
「…………」
ミズキとセロリとカノンが、一様に沈黙する。
嵐の前の静けさ。
爆発前の沈黙。
そして嵐が来て、爆発する。
「何を言ってるんだよ!」
「意味わかんないんですけど!」
セロリとカノンが激昂する。
ちなみにミズキは、冷静に黒パンを千切って食べていた。
「心底どうでもいい」
白い瞳が語る。
しかし聞くべきことは確かにあった。
「なんで俺がお前と?」
「わたくしたちは相性ばっちりですわ」
「言っている意味がわからないんだが……」
まったくもって道理である。
「わたくしは攻撃魔術が得意。ミズキは防御や補助の魔術が得意」
「相対固定を使えるお前がそれを言うか?」
「わたくしは足を止めての間を開けた魔術の打ち合いが得意。ミズキは動き回っての接近戦が得意」
「疑似変換を使えるお前がそれを言うか?」
「わたくしは火と水と土の属性のゼネラライズ魔術が得意。ミズキは風の属性のゼネラライズ魔術が得意」
「風を使えなくても大した影響はないだろう?」
「そのためパートナーになるならば……わたくしとしては、とても不満かつ遺憾ではありますが……ミズキが最善と判断できますわ」
「却下」
あっさりと切って捨てる。
「拒否は出来ませんわよ?」
「したらどうなるってんだ?」
「ん」
サラダは、一枚の書類を見せつけた。
「サラダおよびミズキのグラス砦遠征実習の履行命令書」
鳥の羽の紋章。
学院長の判が押されていた。
「学院長命令ですわ。拒否は出来ませんことよ?」
「なら事前に言ってくれよ……」
渋い顔になるのは、避けられなかった。




